佐々木敏光 俳句・アンソロジー
『富士山麓』
今まで三冊の句集を作った。82歳の今、色々な事情からあらためて句を
作るのは断念し、三冊の句集を読み直し私家版「俳句アンソロジー」を作
るのをこれからの仕事としたいと思う。残された老後の仕事としたいのだ。
三冊の句集とは、 以下の句集である。
第一句集は『富士・まぼろしの鷹』(2012年)、
第二句集は『富士山麓・晩年』(2017年)、
第三句集は『富士山麓・秋の暮』(2024年)である。
新たに『アンソロジー』(T、U、V)としてまとめてみたい。
「佐々木敏光さんの俳句には、晩年の静けさや人生の深みがにじんでいて
読むたびに心に染みるものがある。」
と誰か書いていたが,やがて消えゆく運命ながら、最後のまとめとしたい。
T ( 『富士・まぼろしの鷹』より)
「富士百四十句」
早蕨や天地一杯富士ひらく
水すでに春の音楽富士山河
牛たちは富士を仰がず春の風
春の富士裾野をゆけば靴が鳴る
花盛り富士の天舞ふ咲耶姫(さくやひめ)
散る花に乗りて越えたし富士の空
花吹雪富士はしづかに浮揚する
蚕(こ)のごとく富士は雲吐きまゆごもる
春夕べ海月のごとく富士浮かぶ
遠蛙富士五合目の灯がともる
震災後富士詠むジレンマ桜咲く
卒業や校歌にそびゆ富士の山
凧一つ夕陽を富士とともに浴び
富士消えて空よりしだれざくらかな
大地揺る富士の空舞ふ春の鳶
巣立鳥いま飛立てり富士の空
富士五合目アサギマダラようこそようこそ
豊かなる両翼ひろげ春の富士
富士の雪ながめてをれば春が来る
富士の胸ブラジヤーアみたいな春の雲
ガイヤなる笑窪の一つ富士笑ふ
富士桜咲き満つ我が家にめざめけり
四月馬鹿富士は朝から隠れんぼ
春雷や闇に一瞬若き富士
2・23の日の2・23は俺のこと?
汗の中富士の裸を登りゆく
ルート5
鸚鵡鳴く富士山麓や春眠し
若鮎の跳ねる魚梯や空の富士
野遊びや富士切株に置いてみる
はればれと五月富士ある駿河かな
美しき植田それぞれ逆さ富士
入道雲富士にすわりてゐたるかな
赤く灼け富士の筋肉盛上る
雲海に富士かがやける帰国かな
川涼しこの水上は富士の地下
日本最高峰富士山剣ケ峰
炎天へ刃するどく剣ケ峰
蟻として富士山頂を目指すかな
富士山に登り天下を小とする
雷神の喜び遊ぶ富士の闇
闇の中ご来光へ向けて
光の子ら登り来るなり富士山頂
とりあへず六根清浄富士登る
爺さんといつしかなりぬ富士登山
虹たつや天の浮橋富士の空
祭笛腰を浮かして富士の山
雲海や巨船のごとく富士すすむ
万緑は富士山頂を攻めきれず
シヤツター街行く手大きく夏の富士
火祭や炎に浮かぶ死者と富士
ニーチェ忌や超人富士は只管打坐
富士山を洗濯したる野分かな
樹海なる苔の宇宙や小鳥来る
菊の酒南山として富士を置く
富士一つ夢は無数よ星月夜
今年酒富士の水より生れけり
裏富士のとある月夜の人殺し
星月夜銀河鉄道富士発車
神の留守富士は出雲におもむかず
縄とびや富士いま入るまた入る
富士へ向け鷹放ちたるもののふよ
変人も奇人も見あぐ雪の富士
寒月や富士は凛たる雪女
一塊の大き静もり雪の富士
七五三富士の水湧く神の池
海底の海鼠は富士を夢想する
枯木立いつもは富士の見えぬ道
枯菊や遥か墳墓のごとく富士
たましひや富士の空行く寒の月
光こそ命なりけり富士初日
稜線にキスして富士の初日かな
破魔矢もていつしか富士をさしてゐる
スサノヲもゼウスも集へ富士火口
まさか母富士の青空遊びゐる
禁煙のぼくと煙を吐かぬ富士
悲報
なぜだらう涙の向かう富士がある
異国よりきて滑落死富士は富士
戦争花嫁富士の写真が居間にある
孫来る富士のあなたの都会より
富士サンは三つあるのと問ふ子かな
列車事故ホームで富士と過ごしけり
吉田うどん
裏富士へうどんを食ひにいかないか
富士見ずに母逝きたまふ父もまた
富士火口火の鳥飛ぶを誰も見ず
妻へ感謝することあまた
この世にて会へてよかった君と富士
「まぼろしの鷹」
まぼろしの鷹か凍湖の宙に消ゆ
牡蠣殻の山をこえきて牡蠣を食ふ
踏切をことなく越えて落椿
年越の伊良湖骨山浪無限
山眠る伊豆も見ゆるぞ冬怒濤
雪山に火焚けば雪の香りけり
自転車に春の空気を入れてみる
牛の眼に青き血脈夏の河
向日葵やインド旅行記買ひにでる
インド ブツダ・ガヤ 成道の木
菩提樹の病葉一葉掌にうけぬ
秋の雨盲導犬に美女添へり
一位の実赤し甘しと飛騨の旅
猿山へ運動会の鬨の声
紅葉狩教師もつとも酔ひにけり
階段の暗闇をおり木枯へ
年惜しむ登呂に畦あり畦あゆむ
山葵田の水をうましと飲みたるよ
菜の花や廃村闇に沈みゆく
沢がにをかかげもつ子と峠こゆ
首長き女五月の坂おり来
荒梅雨の牛舎びつしり牛の鼻
大学の闇の深さよ青葉木菟
鯵刺の寂しき沼を刺しにけり
ひぐらしの林なかなかぬけきれず
芋嵐バイクの女沖を見る
深爪に血のにじみたる無月かな
忘れをり髪にさしたるコスモスを
うそ寒の五合の酒となりにけり
草の実をつけ教壇にどもりをり
ベランダのつひの一鉢紅葉づれり
立冬の夕日浴びたる牛の尻
枇杷の花妻にあくびをうつしけり
鮟鱇の口の無念をまねてみる
わび電話妻に入れさす師走かな
しやつくりをつつしみてをる淑気かな
狂言師遅れ着きたり春の雪
亀鳴くや紙にて切りし指の先
まぶた閉ぢ落花あびゐる女かな
自転車をとめて見てゐる夕牡丹
炎天の崖の上から会釈さる
甲斐駒のつきささりたる代田かな
早乙女の腰を見てゐる烏かな
遠花火呆けし母を訪ふべきや
鉄橋を兄と渡りし祭かな
広島の町見ゆる島泳ぐかな
なきがらを島へ運ぶや草の花
秋風や屋上にある潦(にはたづみ)
東京の凸凹の空鳥渡る
冬菊を壺に挿す指吸ひたしよ
遠足の二手よりくる峠かな
羽衣の松の海より黒揚羽
ほととぎす信濃も北の朝の湯に
遠足の二手よりくる峠かな
荒梅雨のしづくまとひて教壇に
曲家の撫でて秋蚕の頭かな
流れゆく薄つと立つ河童淵
広島のまつかな釣瓶落しかな
天高し無頼詩人のぞつき本
酒うまし今宵は月の上るべし
青萱に切られ不惑の腕かな
教授会半ばのわれの大くさめ
人の嘘責め過ぎにけりふぐと汁
をけら火を回し過ぎたる手首かな
凧あがる無人島とぞ思ひしが
母の日とわからぬ母の笑顔かな
フランスの闇フランスの螢追ふ
小諸なる町かたぶけて銀河かな
親も子も戦争知らずカンナ燃ゆ
用なくてのぼる踏台秋の暮
毛衣や巴里女の胸の量
河豚食うて展望塔にのぼるかな
フランス語吃りてゐたる暖炉かな
鳶の輪の下に怒濤や紅椿
雨の日は雨の中ゆく遍路かな
聖五月ピアノの下に目覚めけり
黴にけりわが臍の緒も脳髄も
Tシヤツに豊胸透ける夕立かな
雷の夜エツフエル塔のひびくなり
天高し研究室の昼の酒
次男なる着易さにをりふぐと汁
蛸焼きや明石にのぼる春の月
門柱に蝉の脱け殻休暇果つ
稲妻や丹塗剥げたる太柱
とりあへず落葉プールへ着水す
踏む落葉海の響きの天城越
わが癖を子の大仰に初笑
からつぽの俺の頭よ懐手
人の死や濡れて落葉の切通
はるの夜やとろりとろりと喉へ酒
一の滝二の滝春のこだまかな
鳥帰る少年院の格子窓
夕牡丹しづかに蕊へ誘はるる
家康の像と負喧の翁かな
チユーリツプ地底明るくなりをるか
夏の河からすは死魚の目を穿つ
蚊を打ちて研究室の裸かな
鶏舎なる首六百の暑さかな
螢火よはるか昔の汽車の灯よ
休暇果つ怠け心は生き生きと
銀漢や黒塊として富士の山
学生は口論すべし懐手
遥かなるもの胸にあり四月馬鹿
鶏鳴のやぶれかぶれや梅雨深し
この丘の薄の揺れをいつまでも
凍鶴よ不覚の涙ゆるされよ
春昼の頭蓋の中の独語かな
登呂の田の蝌蚪の姿に生まれけり
青蛙飛び込み田植終りけり
牡丹のこを女王と見定めつ
星月夜終着駅に目覚めけり
侘助や好色の性つつがなし
大胆に生きよ冬木の芽に独語
カーニバル君の乳房は揺れに揺れ
亀鳴くや名もなき父の骨納め
薫風や人面石は眼閉ぢ
夕方は木犀の香にとりまかれ
全山の薄揺れゐる力かな
秋風やわが胸底の眼なし魚
着ぶくれて大東京に紛れこむ
斑鳩の巣立鳥なり日輪へ
放浪の心は老いず西行忌
青年の腋くろぐろと夏に入る
カンナ燃ゆ昔の駅に降りたちぬ
銀河恋ふ虫もあるべし虫時雨
たっぷりと酒あるけふの夜長かな
裏道が好き裏道の菊畠
落葉美(は)しついの住処をここと決む
氷山が俺の頭に頑とゐる
懐手妻には妻の懐手
猫の恋律儀な教師律儀顔
新幹線桜吹雪に突入す
朧夜や妻の隠せし酒いづこ
充実の一日終りぬ遠花火
われ男なんじ女の良夜かな
花みかん 駿河に老いてゆくも良し
秋の暮考へすぎないやうにする
山女美(は)しきよらの塩ふりて焼く
冬晴へ放り投げたき心かな
躁鬱のいづれまことや去年今年
瞑目をしをる冬木と独断す
山の子は挨拶上手咲く桜
脳髄のどこか黴てか陽気なり
立ちあがり尺取虫となりにけり
かなかなや森の奥へと夏は去る
後悔のぐわんと居座る夜長かな
胸底のさびしき鬼へ豆をまく
汽車おりて祭の中を抜けにけり
わが行く手暗しあかるし雪の原
狂ひ泣く虫ありせつになつかしく
声かけて行くや花野の花たちへ
薄原地下こんこんと水ゆくか
小鳥らの巣かけ戦ふ春来たる
戸袋は鳥の巣一つ蔵しをり
鳴く虫に浄められゆく身体かな
ぜんまいののの字の眼開きけり
春風の中で叫べば鵯の声
春月やふらここ一つゆれはじむ
蜘蛛の糸虹をはらみつゆんわりと
俳句史の死屍累々と晩夏かな
夏草や一本の道輝けり
鷹の目の中の青空限りなし
U (『富士山麓・晩年』より)
漆黒の闇の爆発大花火
川施餓鬼闇・水・炎溶け溶け合うて
名月やシテとして富士舞ひ始む
天高し不運それぞれさまざまに
鳥ゐない鳥籠無敵秋の風
月影や幼いぼくがついてくる
目の前に蓑虫揺るる余生かな
月の出やぐんぐんのぼるわが心
五合目
天高し富士裾野より射撃音
銀漢や人順番に死んでゆく
全機ありわれらの空の雪の雲
歳晩や鼻歌いつか第九へと
桃の花爺(ぢぢい)稼業も佳境なり
冬の沼おぼろなるものたちのぼる
天高し綱わたる人落ちる人
大沢崩の雪形 亡き愛犬プリ
雪形にプリの微笑み花の雲
雲海の下はわが里富士登る
初春の輝く海へ富士下る
死は未踏初日にささぐカツプ酒
七十歳に
胸熱く冬てふ生に入りにけり
冬の庭春待つ我をのせてゐる
寒月光夜の女王然と富士の山
富士ひとつ月もひとつの良夜かな
とぼとぼとしつこく歩む秋の暮
老人病院
柩出づ雪の富士見ゆ裏出口
風船が家出て空へ飛んでゆく
完熟す我家をかこむ杉花粉
舞ひ遊ぶ砂の小人(こびと)ら春湧水
塞翁の馬駆けてゐる春の野辺
ふらここにかけて翁は富士凝視
桜山孤独に弱い人の群
春の闇黒く輝く黒き星
釣瓶落し
充血の秋のまなこは落下せり
廃坑や夏夕ぐれのハーモニカ
万緑や淋しき首を窓に置く
泥濘や牛蚊虻(ぶんばう)に油断すな
万緑の一角揺れて友来たる
流鏑馬を昨日終へたる馬場の寂
わが家へと吹かれて来たる螢かな
廃校の太き棟木や燕来る
鈴蘭の小さな鈴に耳澄ます
勝ち負けは歴史の表大昼寝
おのが子にかしづくわが娘(こ)草の花
老人力
堂々と財布忘るる祭かな
森に住む
窓開けて森林浴や風涼し
孤独だと思へば孤独夏祭
小鳥の巣襲いし蛇を惨殺す
寺山修司
理性とは二流の狂気大枯野
三光鳥三日鳴きしが去りにけり
青田原沖に孤島のごとく富士
大いなる霧に入りたり五里霧中
カーブ曲がりそこねる
自転車はゆつくり落下谷紅葉
山の子は滝の岩場を猿のごと
糞の主どの夏鳥か洗車する
海底に沈んだ都市の秋の暮
天井に魑魅魍魎の夜長かな
文化の日歌ふ「ふるさと」名歌なり
冬眠の癌細胞の寝息かな
霧の中赤いエッフェル歩くのか
妻
パリの秋響く悲鳴や糞を踏む
コンコルド断首の魂(たま)のごとき月
鼻歌はいつかシャンソン オ・シャンゼリゼ
ノートルダム
薔薇窓は燃ゆるがごとし秋夕日
オルセー美術館
開館を並んでパリの秋の冷
カタコンブ(地下墓地)
骨組んで海賊マーク地下の秋
凱旋門つるべ落しの光芒に
暗闇に聖母の涙光る秋
窓々にパリの生活空を月
モンマルトル墓地 ハイネ、スタンダールたちの墓
死者たちの王国散歩パリの秋
運転をやめる日いつか鳥雲に
七十一歳
気がつけば妻子や孫やお正月
命とは妻や子や孫桜咲く
氷上をすべり歩きの鴨真顔
風邪の夜は魑魅魍魎の暴るまま
冬銀河見上げ待ちゐる救急車
星屑の子孫のわれら星月夜
秋の暮どうにかなるとただ思ふ
薔薇園の薔薇門の中富士咲けり
晴れ晴れと逆さ富士ある植田かな
石巻日和山神社
鈴鳴らす死者へ津波へ原発へ
秋の暮どうにかなるとただ思ふ
夜明け前最も暗し鉦叩(かねたたき)
御簾(みす)あげて秋風招く女御かな
秋夕べ富士隣人のごとく立つ
泉よりラララ湧きいづ春の声
年賀状「青空」とだけ友若し
水澄むや鱒の鋭き目の光
光年やはるかなるものみな清し
銀閣寺
満月や銀沙灘(ぎんしゃだん)より波の音
東京
巨大なる地下の迷宮冬の蟻
「まああだかい」宇宙の主に問ふや秋
春風や富士が馳走の散歩道
秋風や死にゆくために敬礼す
末黒野に群れて暗黒烏団
矛盾的自己同一や去年今年
赤き薔薇黒く輝く炎天下
悪魔的便秘居座る雲の峰
巨大なる蛾の覗きゐるよその家
赤蜻蛉かき分け洗濯物干せり
夢の世にうつつありけり原爆忌
夢の世や蝶のかたちの夢が飛ぶ
天高しゆつくり急ぐかたつむり
苦か楽かおんぶバツタの背中(せな)の雄
雲間より富士の見おろす祭かな
天武食ひ持統も食ひし柿の裔
御仏の指の先へと秋日差す
まほろばや春の朧の石舞台
わが脳のプールを泳ぐ小人たち
黒き波冬の波止場に白く散る
我が庭の椅子登頂をめざす蛭(ひる)
炎帝は核融合をしてをられ
カマキリは泰然自若昼の地震(なゐ)
雉子諸君車は急に止まれない
ふるさとの枯枝にある懸り凧
雪の原かけゆく犬とその従者
風光る海賊船に子供たち
妄想によつて俳人花嵐
首都高が屋根や真冬の外寝人
春風に吹かれ義兄の葬式へ
無住寺の艶なる楊貴妃桜かな
動物園うらの林や百千鳥
夏草や遺跡歩めば一古人
山頂やふらここありぬ揺れてみる
カナブンをアブの吸ひ切る小半時
ひぐらしに耳の奥より鳴かれけり
鵯たちは我が家のベリー賞味中
そして負けたさうなるはずの戦争に
殺虫剤雀蜂にはたつぷりと
いつか死ぬわたくしでした曼殊沙華
秋の暮歯医者で口を開けてゐる
晩年や前途洋洋大枯野
六道の辻の落ち葉を振りかぶる
富士晴れて雪輝けりGOOD LUCK
滅亡へ遅刻しつづけ秋の暮
東京
ぎつしりと人湧いてくる大枯野
わが背丈どんどん縮む豊の秋
富士へ向けなぜか指揮棒振る男
家の裏にカモシカ
あ!トナカイ!孫が叫ぶやクリスマス
老年や夢の中なる不眠症
富士宮 朝日小滝
初空に富士あり小さな滝元気
雪煙あげて富士立つ神さびて
美しき雉の戦ふ冬田かな
一月や防災神社燃えてゐる
発電を終へても元気春の水
年老いた子供となりて春の野を
富士山に見おろされつつ納税す
新幹線
新春や席取りゲームにまづ負ける
岸辺騒(さう)春の鮒らの交尾かな
さくら散るしづかな音に出でにけり
I had a dream 花は三分の少年期
遠足の列とりあへず抜いてみる
雪月花最上(もがみ)の今は若葉かな
郭公や芭蕉の道も下校時
尿前(しとまえ)を越えて尿(ばり)する若葉かな
足湯して石和(いさわ)の春を満喫す
うぶすなや若葉まとへる老大樹
生き急ぐ声の充満朝の蝉
高原やストラデイバリウスひびく夏
沈黙の最後雄弁花吹雪
遠富士や気合でわたる大枯野
マツカーサー来たる原爆投下以後
V ( 『富士山麓・晩年』より)
初富士や空荘厳の鷹一羽
ジヨーカーの含み笑ひの三日かな
樹海抜け樹海見下ろす霞かな
神死せりニーチエも死せり大銀河
シヤツター街曲がり真冬の冥途道
飛びさうな春の鶏(鳥)なり屋根へ飛ぶ
その角をまがれば光満つ枯野
絶滅は桜吹雪をあびてから
水蜘蛛で銀河を渡る老忍者
山道の道の初めは狂ひ花
新築の縄文住居春の風
春雨や欺瞞の議事堂傲然と
春の空富士をうかべて「いい感じ」
無人駅春田の中やおりたちぬ
さへづりや父母のなければわれもなし
新緑の空の海ゆくくじら雲
キスの日と告げるラジオや若葉風
羽はえて異界へ飛び立つ余り苗
新緑や付喪神住む藁農家
白糸の滝
滝の上若葉輝く空を富士
万緑や瞳のごとき一湖あり
虫の闇われらそれぞれ島宇宙
深酒の夜は深々と大銀河
ベランダに我待つ靴や夏の朝
万緑はわが肺臓や深呼吸
箱根
山百合の見下ろしてゐる関所かな
炎天や大地に点として渇く
ああ太宰水中深く泳ぐかな
緑陰や大地に座り読む老子
わが庭を巡回中の鬼ヤンマ
欠伸して人を恋ふなり夜の秋
ぼうふらの水をぶちまく炎天下
死に体で浮かぶプールや雲の峰
あやまちを繰り返しさう去年今年
富士の闇知りつくしたる清水汲む
釣りあげし鱒の力や青嵐
正面に雪の富士たつ家路かな
冬晴や手を当て欠伸の美(は)しき
神不在われは未完や秋の暮
鹿鳴くや昨夜銃声ありし闇
迷ひたる山路の奥の笑ひ茸
まつすぐに枯木の林とぶ小鳥
宇宙とは巨大な書籍福寿草
寒気住む二階に本をとりにゆく
元日や富士牧場のウエスタン
ほがらかに歩き脱ぎして初湯かな
飼ひならす虚無や天空おぼろ月
小鳥来る森の老いたるフランチエスコ
桜咲く子供や孫へはoui(ウイ)oui と
春の川夢みるごとく玉藻揺れ
悟りとは悟れぬ自覚秋の暮
牢獄としての身体(しんたい)春の雲
若葉峠越ゆれば青空大宇宙
「鹿死体放置禁止」や夏山路
その淵を心冷えゆくまで覗く
白鳥の花のごと飛ぶドナウかな
ベニス
ゴンドラを操る夏の筋肉よ
薪能はてたる空の秋の月
落葉舞ふくるくるぱーのこの世かな
前世は宇宙と思ふなまこかな
水澄むや川底歩むわれの影
鹿の目に大和の国の若葉かな
タナトスとエロスと日本桜の夜
富士かこむ山の笑ひの中にゐる
雪の夜や遠くなまめく灯がひとつ
灼熱の富士の肌(はだへ)を登るかな
信長の首塚のぼる蜥蜴かな
堂々とくたばつてゐる夏の主婦
厭離穢土彼岸へ泳ぐ蛇の首
病院の大天窓の秋の空
万緑のど真ん中から牛の列
親の顔見て鳰(にほ)の子のもぐりけり
蜩(ひぐらし)の告げてゐるのは我が五衰
天高し「ご長寿祝」届きけり
からつぽのあたまのなかも秋の暮
ところどこ靨(ゑくぼ)つくりて春の川
踏切の鳴るや子供となりて待つ
やはらかな死体のポーズ夏の森
カマキリはバッタの頭爆食中
おもしろきことなき世なり掃納(はきおさめ)
柿を干し体も干して老いゆくか
橋渡りまた橋渡り秋の暮
大空に光はなちて薄原
狼がぺツトシヨツプでじやれてゐた
鶯の声聴いてゐる診察台
わが寡黙見おろしたまふ雪の富士
永遠へ手を振る子らや春の海
春の川同じはやさで歩かんと
わが森のわがふくろふと決めて聞く
一九四三年生れ
記憶なき記憶の日々や終戦記
あたたかく見えぬもの降る春の雨
桜散るチエホフをしのぶ若きわれ
女坂のぼりくだりや桜時
サルトルもカミユも入れ大焚火
春うらら田舎暮しの小地獄
別荘の廃墟にひそと敦盛草
零戦のあらはれさうな夏の雲
地底より響きし声か牛蛙
緑陰に車をとめてさて昼寝
ばちあたりいつしかわれも老いて秋
まれ人に逢ふも枯野や遠会釈
地図なしに渡るこの世や大枯野
岩かげに難破船ある良夜かな
真ん中に雪の富士ある日本晴
秋天や身内流るる深き河
朗らかに富士冠雪を告げる妻
虫の闇われにはわれの真暗闇
木枯や地よりわきたつさざめごと
年をこす見えぬ尻尾をひきずつて
大枯野さまよふ後期高齢者
庭に生ふアミガサダケを盗むなよ
満開の桜の中の俺の鬱
春眠は翁の特技発揮する
春の水ここにて落ちて春の滝
月光を浴びて無人の地球かな
大仏のごとく富士座す春の空
月の森百鬼夜行の御一行
山の子は河童となりて滝壺へ
まるしかくさんかく春の富士の雲
入道雲富士に坐りて腕を組む
滅亡へ向かふ人らの盆踊り
人生は俳句と思ふかはづかな
歳晩や光の都市にめしひゆく
山路行く春の産毛の中を行く
春野行くレットイツトビーの翁かな
雪白くまことの富士となりたまふ
ひつそりと交尾してゐる飛蝗(ばつた)かな
庭かける子犬のやうな落葉かな
StayHungryStayFoolish夏怒濤
この妻を愛すべきなり老いの梅
舐めるぞと大沢崩れの雪の舌
サド住みしラコスト城の血の夕日
棘のある言葉なつかし秋の暮
水底に水の私語満つ水草生ふ
やはらかき春の土なり指で掘る
浅間大社御田植祭
よき乙女御田に苗を投げ入れる
東京
エレベーターのり継ぎ老いの春の旅
監視カメラ東京駅に柿を食ふ
湖北なる古戦場なり鼬(いたち)立つ
コロツセオ夏太陽の血の夕立
駿河甲斐富士はよきかな雪の富士
新緑の森あり家あり本もある
あたたかき落葉の底に寝落ちせむ
バツハ ミサ曲引用
あはれんでください 独裁核の冬
ゆつたりと落花浴びゐる矜持かな
滝壺へ身体(からだ)よろめく齢(よわい)かな
インド バラナシ
炎天下ひと焼く炎肌の泡
薪能魂(たま)のごとくに飛ぶ螢
未完なる人生あまた秋の暮
おほみそか粗忽夫の妻強し
秋風や森の風琴(オルガン)厳かに
雪の富士後光数条飛行機雲(ひこうぐも)
(了)
佐々木敏光
1943年 山口県宇部市生れ
元・「鷹」(藤田湘子主宰)同人
『ヴィヨンとその世界』(単著、フランス文学) 他・フランス文学関係論文、辞書等
『富士・まぼろしの鷹』、『富士山麓・晩年』、『富士山麓・秋の暮』(三句集)
ホームページ「俳句 佐々木敏光」 (俳句個人誌「富士山麓」、「現代俳句抄」等掲載)
京都大学文学部(フランス語・フランス文学)卒
白水社編集部を経て
京都大学大学院博士課程中退
静岡大学名誉教授
2026年1月13日
富士山麓社 発行
富士宮市内野1838・3 佐々木・方