全約九百八十句の内、六百七十七句選句
寛文二年(1662) 19歳
春や越し年や行きけん小晦日(こつごもり)
(注)当時の暦の上の「立春」が「小晦日」(十二月二十九日)に来る矛盾をおかしく表現。
寛文三年(1663) 20歳
月ぞしるべこなたに入らせ旅の宿
寛文四年(1664) 21歳
姥桜さくや老後の思ひ出(いで)
寛文六年(1666) 23歳
年は人にとらせていつも若夷
京は九万九千くんじゆの花見哉
五月雨に御物遠(おんものどほ)や月の顔
(注)御物遠:ご無沙汰。
杜若(かきつばた)似たりや似たり水の影
夕顔にみとるるや身もうかりひよん
岩躑躅染むる涙やほととぎ朱
(注)時鳥は血の涙を出して鳴くという。ほととぎ「朱」は言葉あそび(かすり)。
たんだすめ住めば都ぞ今日の月
(注)「たんだ」:ただひたすらに。「すめ」は「澄む」と「住む」の、「今日」は「今日」と「京」の掛詞。
影は天(あめ)の下照る姫か月の顔
(注)「影」:月影、月の光。「月の顔」を下照姫に見立てた句。
荻の声こや秋風の口うつし
寝たる萩や容顔無礼花の顔
時雨をやもどかしがりて松の雪
萎(しを)れ伏すや世はさかさまの雪の竹
寛文七年(1667) 24歳
あち東風(こち)や面々さばき柳髪
春風に吹き出し笑ふ花もがな
うかれける人や初瀬の山桜
糸桜こや帰るさの足もつれ
寛文八年(1668) 25歳
波の花と雪もや水の返り花
桂男(かつらをとこ)すまずなりけり雨の月
(注)「桂男」:月にある桂の木の下にすむという美男子。「すむ」は「澄む」と「住む」の掛詞。
寛文十一年(1671) 28歳
春立つとわらはも知るやかざり縄
きてもみよ甚兵(じんべ)が羽織花衣
(注)「きてもみよ」:「き」は「着」と「来」の掛詞。「羽織」は「我折り」(降参する)をもじっている。
寛文十二年(1672) 29歳
雲をへだつ友かや雁の生き別れ
寛文年間
命こそ芋種よまた今日の月
延宝三年(1675) 32歳
町医者や屋敷方(がた)たより駒迎へ
武蔵野や一寸ほどな鹿の声
延宝四年(1676) 33歳
天秤や京江戸かけて千代の春
この梅に牛も初音と鳴きつべし
雲を根に富士は杉形(すぎなり)の茂りかな
(注)「雲を根に」:雲の上に。「杉形」:杉の木の大きくそびえたような形。
命なりわづかの笠の下涼み
夏の月御油より出でて赤坂や
富士の風や扇にのせて江戸土産
(注)富士の風:雪白き涼しき富士颪。
なりにけりなりにけりまで年の暮
延宝五年(1677) 34歳
門松やおもへば一夜(いちや)三十年
大比叡(おほひえ)やしの字を引いて一霞
猫の妻竈(へつひ)の崩れより通ひけり
明日は粽(ちまき)難波の枯葉夢なれや
五月雨や龍燈あぐる番太郎
梢よりあだに落ちけり蝉の殻
木を切りて本口(もとくち)見るや今日の月
色付くや豆腐に落ちて薄紅葉
行く雲や犬の駈け尿(ばり)村時雨
一時雨礫(つぶて)や降つて小石川
霜を着て風を敷き寝の捨子哉
白炭やかの浦島が老の箱
霜を着て風を敷き寝の捨子哉
あら何ともなやきのふは過ぎてふくと汁
延宝六年(1678) 35歳
甲比丹(かびたん)もつくばはせけり君が春
内裏雛人形天皇の御宇とかや
初花に命七十五年ほど
あやめ生(お)ひけり軒の鰯のされかうべ
水学も乗物貸さん天の川
秋来ぬと妻恋ふ星や鹿の革
実(げ)にや月間口(まぐち)千金の通り町
塩にしてもいざ言伝(ことづ)てん都鳥
忘れ草菜飯に摘まん年の暮
延宝七年(1679) 36歳
発句なり松尾桃青(たうせい)宿の春
待つ花や藤三郎が吉野山
阿蘭陀も花に来にけり馬に鞍
草履の尻折りてかへらん山桜
滄海の浪酒臭し今日の月
盃や山路の菊と是を干す
見渡せば詠(なが)むれば見れば須磨の秋
霜を踏んでちんば引くまで送りけり
今朝の雪根深(ねぶか)を園の枝折(しをり)哉
延宝八年(1680) 37歳
於(ああ)春々大哉(おほいなるかな)春と云々
悲しまんや墨子芹焼を見ても猶
花にやどり瓢箪斎と自(みづか)らいへり
五月の雨岩檜葉(いはひば)の緑いつまでぞ
蜘蛛何と音(ね)をなにと鳴く秋の風
花木槿はだか童のかざし哉
夜ル竊(ひそか)ニ虫は月下の栗を穿ツ
愚案ずるに冥途もかくや秋の暮
枯朶(えだ)に烏のとまりけり秋の暮
(枯枝に烏のとまりたるや秋の暮)
いづく時雨傘を手にさげて帰る僧
柴(しば)の戸に茶を木の葉掻く嵐哉
雪の朝独リ干鮭を噛み得タリ
石枯れて水しぼめるや冬もなし
延宝年間 30-37歳
二日酔(ゑ)ひものかは花のあるあひだ
張抜きの猫も知るなり今朝の秋
餅花やかざしに挿せる嫁が君
花に酔(ゑ)へり羽織着て刀さす女
延宝九年天和元年(1681) 38歳
餅を夢に折り結ぶ歯朶の草枕
藻にすだく白魚やとらば消えぬべき
(藻にすだく白魚やとらば消えぬべし)
盛りぢや花に坐(そぞろ)浮法師ぬめり妻
摘みけんや茶を凩の秋とも知らで
ばせを植ゑてまづ憎む荻の二葉哉
郭公(ほととぎす)招くか麦のむら尾花
五月雨に鶴の足短くなれり
愚に暗く茨を掴む螢かな
夕顔の白ク夜ルの後架に紙燭とりて
侘びてすめ月侘斎が奈良茶歌
芭蕉野分して盥に雨を聞く夜哉
貧山の釜霜に啼く声寒し
氷苦く堰鼠(えんそ)が咽をうるほせり
(注)えんそ:もぐら。もぐらのような私。『荘子』
櫓の声波ヲうつて腸(はらわた)氷ル夜やなみだ
暮れ暮れて餅を木魂の侘寝哉
天和二年(1682) 39歳
梅柳さぞ若衆かな女かな
艶ナル奴今様花に弄斎(ろうさい)ス
花にうき世我酒白く飯黒し
桑の実や花なき蝶の世すて酒
青ざしや草餅の穂に出つらん
朝顔に我は飯くふおとこ哉
月十四日今宵三十九の童部(わらべ)
髭風ヲ吹いて暮秋嘆ズルハ誰ガ子ゾ
世にふるも更に宗祇の宿り哉
夜着は重し呉天に雪を見るあらん
天和三年(1683) 40歳
元日や思へばさびし秋の暮
鴬を魂(たま)にねむるか嬌柳(たをやなぎ)
清く聞かん耳に香焼(た)いて郭公(ほととぎす)
椹(くはのみ)や花なき蝶の世捨酒
馬ぼくぼくわれを絵に見る夏野哉
霰(あられ)聞くやこの身はもとの古柏
天和年間 38-40歳
時鳥鰹を染めにけりけらし
(注)時鳥は血の涙を出して鳴くという。真っ赤な鰹の身を表現。
蝶よ蝶よ唐土(もろこし)の俳諧問はん
笑ふべし泣くべしわが朝顔の凋む時
昼顔に米搗き涼むあはれなり
(夕顔に米搗き休むあはれ哉)
白芥子や時雨の花の咲きつらん
ほととぎす今は俳諧師なき世哉
我がためか鶴食(は)み残す芹の飯
手向けけり芋は蓮(はちす)に似たりとて
天和四年貞享元年(1684) 41歳
春立つや新年ふるき米五升
海苔汁の手際見せけり浅黄椀
南無(なも)ほとけ草の台(うてな)も涼しかれ
忘れずば佐夜の中山にて涼め
野ざらしを心に風のしむ身哉
秋十とせ却(かへ)つて江戸を指す故郷
霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き
雲霧の暫時(ざんじ)百景を尽しけり (富士山)
猿を聞く人捨子に秋の風いかに
道の辺の木槿は馬に喰はれけり
馬に寝て残夢月遠し茶の煙(けぶり)
晦日月なし千歳(ちとせ)の杉を抱く嵐
芋洗ふ女西行ならば歌よまん
蘭の香や蝶の翅に薫物(たきもの)す
蔦植ゑて竹四五本の嵐哉
手に取らば消えん涙ぞ熱き秋の霜
綿弓や琵琶になぐさむ竹の奥
僧朝顔幾死に返る法(のり)の松
冬知らぬ宿や籾摺る音霰
碪(きぬた)打ちて我に聞かせよ坊が妻
霜とくとく試みに浮世すすがばや
御廟年経て忍は何を忍草
木の葉散る桜は軽し檜木笠
義朝の心に似たり秋の風
秋風や薮も畠も不破の関
苔埋む蔦のうつつの念仏哉
死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮
琵琶行の夜や三味線の音霰
いかめしき音や霰の檜木笠
冬牡丹千鳥よ雪のほととぎす
明けぼのやしら魚しろきこと一寸
鰒(ふく)釣らん李陵七里の浪の雪
(遊び来ぬ鰒釣りかねて七里まで)
この海に草鞋(わらんぢ)すてん笠しぐれ
馬をさへながむる雪の朝哉
忍さへ枯れて餅買ふ宿り哉
笠もなき我を時雨るるかこは何と
狂句木枯の身は竹斎に似たる哉
草枕犬も時雨るるか夜の声
市人よこの笠売らう雪の傘
海暮れて鴨の声ほのかに白し
年暮れぬ笠着て草鞋はきながら
貞享二年(1685) 42歳
誰が聟ぞ歯朶に餅負ふうしの年
子(ね)の日しに都へ行かん友もがな
旅烏古巣は梅になりにけり
春なれや名もなき山の薄霞
水取りや氷の僧の沓の音
初春まづ酒に梅売る匂ひかな
梅白し昨日や鶴を盗まれし
樫の木の花にかまはぬ姿かな
我が衣(きぬ)に伏見の桃の雫せよ
山路来てなにやらゆかし菫草
船足も休む時あり浜の桃
辛崎の松は花より朧にて
躑躅生けてその陰に干鱈さく女
菜畠に花見顔なる雀哉
命二つの中に生きたる桜哉
蝶の飛ぶばかり野中の日影哉
杜若われに発句の思ひあり
団扇もてあふがん人のうしろむき
いざともに穂麦喰(くら)はん草枕
梅恋ひて卯花拝む涙哉
白芥子に羽(はね)もぐ蝶の形見哉
思ひ立つ木曽や四月の桜狩り
牡丹蕊深く分け出づる蜂の名残り哉
行く駒の麦に慰む宿り哉
山賎(やまがつ)のおとがひ閉づる葎かな
夏衣いまだ虱を取りつくさず
雲をりをり人を休むる月見哉
(雲をりをり人をやすめる月見哉)
旅寝して我句を知れや秋の風
秋をへ(経)て蝶もなめるや菊の露
花皆枯れて哀をこぼす草の種
月白き師走は子路が寝覚哉
めでたき人のかずにも入らむ老のくれ
貞享三年(1686) 43歳
幾霜に心ばせをの松飾り
古畑やなづな摘みゆく男ども
よく見れば薺花さく垣根かな
観音のいらか見やりつ花の雲
古巣ただあはれなるべき隣かな
花咲きて七日鶴見る麓哉
起きよ起きよ我が友にせん寝(ぬ)る胡蝶
古池や蛙飛びこむ水の音
東西(にし)あはれさひとつ秋の風
いなづまを手にとる闇の紙燭哉
名月や池をめぐりて夜もすがら
座頭かと人に見られて月見哉
水寒く寝入りかねたるかもめかな
初雪や幸ひ庵にまかりある
初雪や水仙の葉のたわむまで
酒のめばいとど寝られぬ夜の雪
君火を焚けよきもの見せん雪まろげ
年の市線香買ひに出でばやな
月雪とのさばりけらし年の昏
貞享四年(1687) 44歳
誰やらがかたちに似たり今朝の春
牡蠣よりは海苔をば老(おい)の売りもせで
里の子よ梅折り残せ牛の鞭
留守に来て梅さへよその垣穂かな
忘るなよ薮の中なる梅の花
花にあそぶ虻な喰ひそ友雀
花の雲鐘は上野か浅草か
永き日も囀り足らぬひばり哉
原中や物にもつかず啼く雲雀
笠寺やもらぬ岩屋も春の雨
ほととぎす鳴く鳴く飛ぶぞ忙(いそが)はし
卯の花も母なき宿ぞ冷じき
五月雨や桶の輪切るる夜の声
髪はえて容顔蒼し五月雨
五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん
鰹売りいかなる人を酔はすらん
いでや我よき布(ぬの)着たり蝉衣
酔うて寝ん撫子(なでしこ)咲ける石の上
瓜作る君があれなと夕すずみ
さざれ蟹足這ひのぼる清水哉
朝顔は下手のかくさへあはれなり
刈りかけし田面(たづら)の鶴や里の秋
賎(しづ)の子や稲摺りかけて月を見る
芋の葉や月待つ里の焼畑
月はやし梢(こずゑ)は雨を持ちながら
寺に寝てまこと顔なる月見哉
この松の実生(みば)えせし代や神の秋
蓑虫の音を聞きに来よ艸の庵
起きあがる菊ほのかなり水のあと
痩せながらわりなき菊のつぼみ哉
旅人と我が名よばれん初しぐれ
一尾根はしぐるる雲か富士の雪
京まではまだ半空や雪の雲
星崎の闇を見よとや啼く千鳥
寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき
ごを焼(た)いて手拭あぶる寒さ哉
(注)ご:松の枯落葉。
冬の日や馬上に氷る影法師
雪や砂馬より落ちよ酒の酔
鷹ひとつ見付けてうれしいらご崎
夢よりも現の鷹ぞ頼もしき
さればこそ荒れたきままの霜の宿
麦生えてよき隠れ家や畠村
面白し雪にやならん冬の雨
薬飲むさらでも霜の枕かな
磨(と)ぎなほす鏡も清し雪の花
矯(た)めつけて雪見にまかる紙子哉
いざさらば雪見にころぶ所まで
箱根越す人もあるらし今朝の雪
旅寝よし宿は師走の夕月夜
香を探る梅に蔵見る軒端哉
旅寝して見しや浮世の煤払ひ
露凍てて筆に汲み干す清水哉
歩行(かち)ならば杖つき坂を落馬哉
旧里や臍の緒に泣く年の暮
貞享五年元禄元年(1688) 45歳
二日にもぬかりはせじな花の春
春立ちてまだ九日の野山哉
手鼻かむ音さへ梅の盛り哉
枯芝やややかげろふの一二寸
暖簾(のうれん)の奥ものふかし北の梅
梅の木になほ宿り木や梅の花
紙衣(かみぎぬ)の濡るとも折らん雨の花
この山の悲しさ告げよ野老(ところ)堀り
盃に泥な落しそ群燕
物の名をまづ問とふ蘆の若葉哉
芋植ゑて門は葎の若葉哉
神垣や思ひもかけず涅槃像
何の木の花とはしらず匂ひ哉
裸にはまだ衣更着(きさらぎ)の嵐哉
初桜折しも今日はよき日なり
丈六にかげろふ高し石の上
さまざまの事思ひ出す桜かな
花を宿に始め終りや二十日ほど
このほどを花に礼いふ別れ哉
吉野にて桜見せうぞ檜木笠
春の夜や籠り人ゆかし堂の隅
雲雀より空にやすらふ峠哉
花のかげ謡(うたひ)に似たる旅寝哉
扇にて酒くむ陰や散る桜
声よくば謡はうものを桜散る
ほろほろと山吹ちるか滝の音
桜狩り奇特(きどく)や日々に五里六里
日は花に暮れてさびしやあすならう
(さびしさや華のあたりのあすならう)
なほ見たし花に明け行く神の顔
父母のしきりに恋し雉の声
行く春に和歌の浦にて追ひ付きたり
一つ脱ひで後に負ひぬ衣更
灌仏の日に生れあふ鹿の子哉
若葉して御目の雫ぬぐはばや
鹿の角まづ一節の別れかな
草臥れて宿借るころや藤の花
里人は稲に歌詠む都かな
楽しさや青田に涼む水の音
杜若語るも旅のひとつ哉
月はあれど留守のやうなり須磨の夏 (元禄三・四年間)
須磨寺や吹かぬ笛聞く木下闇
ほととぎす消え行く方や島一つ
蛸壺やはかなき夢を夏の月 (元禄三・四年間)
かたつぶり角ふりわけよ須磨明石 (元禄三・四年間)
五月雨に隠れぬものや瀬田の橋
目に残る吉野を瀬田の螢哉
草の葉を落つるより飛ぶ螢哉
世の夏や湖水に浮む浪の上
海は晴れて比叡(ひえ)降り残す五月哉
夕顔や秋はいろいろの瓢(ふくべ)かな
鼓子花(ひるがほ)の短夜眠(ねぶ)る昼間哉
無き人の小袖も今や土用干
宿りせむ藜(あかざ)の杖になる日まで
夏来てもただひとつ葉の一葉哉
城跡や古井の清水先(まず)問はむ
山陰や身を養はん瓜畠
撞鐘(つきがね)もひびくやうなり蝉の声
おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉
このあたり目に見ゆるもの皆涼し
あの雲は稲妻を待つたより哉
何事の見立てにも似ず三かの月
よき家や雀よろこぶ背戸の粟
初秋や海も青田の一(ひと)みどり
旅に飽きてけふ幾日(いくか)やら秋の風
蓮池や折らでそのまま玉祭
粟稗にとぼしくもあらず草の庵
隠さぬぞ宿は菜汁に唐辛子
見送りのうしろやさびし秋の風
送られつ送りつ果ては木曽の秋
(送られつ別れつ果ては木曽の秋)
草いろいろおのおの花の手柄かな
朝顔は酒盛知らぬ盛り哉
ひよろひよろとなほ露けしや女郎花
あの中に蒔絵書きたし宿の月
桟(かけはし)や命をからむ蔦葛(つたかづら)
俤(おもかげ)や姨(をば)ひとり泣く月の友
いざよひもまだ更科の郡哉
身にしみて大根からし秋の風
木曽の橡(とち)浮世の人の土産哉
月影や四門四宗もただ一つ
吹き飛ばす石は浅間の野分哉
いざよひのいづれか今朝に残る菊
木曽の痩もまだなをらぬに後の月
蔦の葉はむかしめきたる紅葉かな
行く秋や身に引きまとふ三布蒲団(みのぶとん)
冬籠りまたよりそはんこの柱
五つ六つ茶の子にならぶ囲炉裏哉
被(かづ)き伏す蒲団や寒き夜やすごき
埋火も消ゆや涙の烹(に)ゆる音
雪散るや穂屋の薄の刈残し
二人見し雪は今年も降りけるか
米買ひに雪の袋や投頭巾
さし籠る葎の友か冬菜売り
貞享年間
吹く風の中を魚飛ぶ御祓(みそぎ)かな
鐘消えて花の香は撞く夕哉
結ぶより早歯にひびく泉かな
声澄みて北斗にひびく砧哉
何ごとも招き果てたる薄哉
奈良七重七堂伽藍八重ざくら
瓶割るる夜の氷の寐覚哉
月華の是やまことのあるじ達
元禄二年(1689) 46歳
元日は田毎の日こそ恋しけれ
おもしろや今年の春も旅の空
朝夜さを誰まつしまぞ片心
かげろふの我肩に立つ紙子かな
紅梅や見ぬ恋つくる玉すだれ
うたがふな潮(うしほ)の花も浦の春
葎さへ若葉はやさし破れ家
雲雀鳴く中の拍子や雉子の声
草の戸も住み替る代ぞ雛の家
入逢の鐘もきこへず春の暮
行く春や鳥啼き魚の目は泪 (元禄五・六年間)
糸遊に結びつきたる煙哉
入逢(いりあひ)の鐘もきこえず春の暮
あらたふと青葉若葉の日の光
暫時(しばらく)は滝に籠るや夏の初め
ほととぎす裏見の滝の裏表
秣負ふ人を枝折の夏野哉
山も庭もうごき入るるや夏座敷
木啄も庵は破らず夏木立
田や麦や中にも夏のほととぎす
夏山に足駄を拝む首途(かどで)哉
野を横に馬牽(ひ)きむけよほととぎす
石の香や夏草赤く露あつし
田一枚植ゑて立ち去る柳かな (元禄五・六年間)
西か東かまづ早苗にも風の音
風流の初めや奥の田植歌
世の人の見付けぬ花や軒の栗
早苗とる手もとや昔しのぶ摺
笈も太刀も五月にかざれ紙幟(かみのぼり)
桜より松は二木を三月越し
笠島はいづこ五月のぬかり道
あやめ草足に結ばん草鞋の緒
島々や千々に砕きて夏の海
夏草や兵どもが夢の跡
五月雨の降り残してや光堂 (元禄五・六年間)
螢火の昼は消えつつ柱かな
蚤虱馬の尿する枕もと
涼しさを我が宿にしてねまるなり
這ひ出でよ飼屋(かひや)が下の蟇(ひき)の声
眉掃(まゆは)きを俤にして紅粉(べに)の花
閑(しづ)かさや岩にしみ入る蝉の声
五月雨をあつめて早し最上川
水の奥氷室尋ぬる柳哉
有難や雪を薫(かを)らす南谷
涼しさやほの三日月の羽黒山
雲の峰幾つ崩れて月の山
語られぬ湯殿にぬらす袂かな
月か花か問へど四睡の鼾哉
暑き日を海に入れたり最上川
象潟や雨に西施が合歓(ねぶ)の花
夕晴や桜に涼む波の華
汐越や鶴脛(はぎ)ぬれて海涼し
温海(あつみ)山や吹浦(ふくうら)かけて夕涼み
初真桑四つにや断たん輪に切らん
小鯛挿す柳涼しや海士が妻
(小鯛さす柳涼しや海士が家)
文月や六日も常の夜には似ず
荒海や佐渡によこたふ天の河
薬欄(やくらん)にいづれの花を草枕
一家に遊女も寝たり萩と月 (元禄五・六年間)
早稲の香や分け入る右は有磯海
あかあかと日は難面(つれなく)も秋の風
秋涼し手毎にむけや瓜茄子
塚も動け我が泣く声は秋の風
しをらしき名や小松吹く萩すすき
むざんやな甲の下のきりぎりす
山中や菊は手折らぬ湯の匂ひ
今日よりや書付消さん笠の露
石山の石より白し秋の風
庭掃いて出でばや寺に散る柳
物書いて扇引きさく余波(なごり)哉
義仲の寝覚めの山か月悲し
月清し遊行の持てる砂の上
名月や北国日和定めなき
月いづこ鐘は沈みて海の底
(月いづく鐘は沈める海の底)
寂しさや須磨に勝ちたる浜の秋
浪の間や小貝にまじる萩の塵
小萩散れますほの小貝小盃
胡蝶にもならで秋経(ふ)る菜虫哉
鳩の声身に入みわたる岩戸哉
そのままよ月もたのまじ伊吹山
籠り居て木の実草の実拾はばや
早く咲け九日(くにち)も近し菊の花
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
月さびよ明智が妻の咄せん
秋の風伊勢の墓原なほ凄し
門に入れば蘇鉄に蘭のにほひ哉
初時雨猿も小蓑を欲しげなり
人々をしぐれよ宿は寒くとも
いざ子供走りありかん玉霰
初雪やいつ大仏の柱立 (南都にまかりしに、大仏造営の遥けき事を思ひて)
初雪に兎の皮の髭作れ
長嘯の墓もめぐるか鉢叩き
少将の尼の咄や志賀の雪
霰(あられ)せば網代の氷魚(ひを)を煮て出さん
何にこの師走の市にゆく烏
元禄三年(1690) 47歳
薦(こも)を着て誰人います花の春
くさまくらまことの華見しても来よ
獺(かはうそ)の祭見て来よ瀬田の奥
鴬の笠落したる椿かな
春雨や二葉に萌ゆる茄子種 (なすびだね)
種芋や花の盛りに売り歩(あり)く
木(こ)のもとに汁も鱠も桜かな
蝶の羽のいくたび越ゆる塀の屋根
一里はみな花守の子孫かや
蛇食ふと聞けばおそろし雉の声
四方より花吹き入れて鳰の波
行く春を近江の人と惜しみける
草の葉を落つるより飛ぶ螢哉
まづ頼む椎の木もあり夏木立
君や蝶我や荘子が夢心
夏草や我先達ちて蛇狩らん
日の道や葵傾く五月雨(さつきあめ)
曙はまだ紫にほととぎす
ほたる見や船頭酔うておぼつかな
我に似るなふたつに割れし真桑瓜
わが宿は蚊の小さきを馳走かな
やがて死ぬけしきは見えず蝉の声
京にても京なつかしやほととぎす
合歓(ねぶ)の木の葉越しも厭へ星の影
川かぜや薄柿(うすがき)着たる夕すずみ
玉祭り今日も焼場の煙哉
蜻蛉(とんぼう)や取りつきかねし草の上
猪もともに吹かるる野分かな
こちら向け我もさびしき秋の暮
白髪抜く枕の下やきりぎりす
名月や座に美しき顔もなし
月代や膝に手を置く宵の宿
桐の木に鶉鳴くなる塀の内
稲妻に悟らぬ人の貴(たつと)さよ
草の戸を知れや穂蓼に唐がらし
病雁の夜寒に落ちて旅寝哉
海士の屋は小海老にまじるいとど哉
朝茶のむ僧静かなり菊の花
蝶も来て酢を吸ふ菊の鱠哉
しぐるるや田の新株(あらかぶ)の黒むほど
節季候(せきぞろ)の来れば風雅も師走哉
住みつかぬ旅の心や置火燵
乾鮭も空也の痩も寒の中
千鳥立ち更け行く初夜の日枝颪
石山の石にたばしるあられ哉
ひごろにくき烏も雪の朝哉
かくれけり師走の海のかいつぶり
こがらしや頬腫(ほほばれ)痛む人の顔
納豆切る音しばし待て鉢叩き
人に家を買はせて我は年忘れ
元禄四年(1691) 48歳
大津絵の筆のはじめは何仏
梅若菜まりこの宿のとろろ汁
山里は万歳遅し梅の花
月待や梅かたげ行く小山伏
不精さやかき起されし春の雨
麦飯にやつるる恋か猫の妻
年々や桜を肥やす花の塵
闇の夜や巣をまどはしてなく鵆(ちどり)
呑み明けて花生にせん二升樽
しばらくは花の上なる月見かな
山吹や笠に挿すべき枝の形(なり)
山吹や宇治の焙炉(ほいろ)の匂ふ時
衰ひや歯に喰ひあてし海苔の砂
嵐山薮の茂りや風の筋
柚の花や昔しのばん料理の間
ほととぎす大竹薮を漏る月夜
竹の子や稚き時の絵のすさび
憂き我をさびしがらせよ閑古鳥
手を打てば木魂に明くる夏の月
一日一日麦あからみて啼く雲雀
能なしの眠たし我を行々子(ぎやうぎやうし)
五月雨や色紙へぎたる壁の跡
粽結ふ片手にはさむ額髪
風薫る羽織は襟もつくろはず
水無月は腹病やみの暑さかな
秋海棠西瓜の色に咲きにけり
秋風の吹けども青し栗の毬(いが)
乳麪(にゆうめん・煮麺)の下焚きたつる夜寒哉
荻の穂や頭(かしら)をつかむ羅生門
牛部屋に蚊の声暗き残暑哉
秋の色糠味噌壺もなかりけり
淋しさや釘に掛けたるきりぎりす
(静かさや絵掛かる壁のきりぎりす)
米(よね)くるる友を今宵の月の客
三井寺の門たたかばや今日の月
鎖(じやう)あけて月さし入れよ浮御堂
草の戸や日暮てくれし菊の酒
秋風や桐に動きて蔦の霜
百歳(ももとせ)の気色を庭の落葉哉
作りなす庭をいさむる時雨かな
葱(ねぶか)白く洗ひたてたる寒さ哉
(葱白く洗ひあげたる寒さ哉)
折々に伊吹を見ては冬ごもり
凩に匂ひやつけし返り花
水仙や白き障子のとも移り
その匂ひ桃より白し水仙花
雪を待つ上戸の顔や稲光
木枯に岩吹きとがる杉間かな
夜着ひとつ祈り出(いだ)して旅寝かな
宿借りて名を名乗らする時雨哉
馬方は知らじ時雨の大井川
ともかくもならでや雪の枯尾花
留守のまに荒れたる神の落葉哉
葛の葉の面見せけり今朝の霜
鴈さはぐ鳥羽の田面(たづら)や寒の雨
魚鳥の心は知らず年忘れ
元禄五年(1692) 49歳
人もみぬ春や鏡のうらの梅
鴬や餅に糞する縁の先
猫の恋やむとき閨(ねや)の朧月
数へ来ぬ屋敷屋敷の梅柳
花に寝ぬこれも類(たぐひ)か鼠の巣
両の手に桃と桜や草の餅
ほととぎす啼くや五尺の菖草(あやめぐさ)
鎌倉を生きて出でけん初鰹
水無月や鯛はあれども塩鯨
破風口に日影や弱る夕涼み
三日月に地は朧なり蕎麦の花
(三日月の地は朧なり蕎麦の花)
名月や門に指しくる潮頭
青くてもあるべきものを唐辛子
秋に添うて行かばや末は小松川
行く秋のなほ頼もしや青蜜柑
今日ばかり人も年寄れ初時雨
炉開きや左官老い行く鬢(びん)の霜
塩鯛の歯ぐきも寒し魚の店(たな)
御命講や油のやうな酒五升
埋火や壁には客の影法師
月花の愚に針立てん寒の入
なかなかに心をかしき臘月(しはす)哉
蛤の生けるかひあれ年の暮
元禄六年(1693) 50歳
年々や猿に着せたる猿の面
蒟蒻にけふは売り勝つ若菜哉
春もやや気色(けしき)ととのふ月と梅
菎蒻の刺身もすこし梅の花
当帰(たうき)よりあはれは塚の菫草
郭公(ほととぎす)声横たふや水の上
旅人の心にも似よ椎の花
夕顔や酔うて顔出す窓の穴
窓形(なり)に昼寝の台や簟
朝顔や昼は錠おろす門の垣
なまぐさし小菜葱(こなぎ)が上の鮠の膓(わた)
秋風に折れて悲しき桑の杖
入る月の跡は机の四隅哉
菊の花咲くや石屋の石の間(あひ)
行く秋の芥子に迫りて隠れけり
金屏の松の古さよ冬籠り
難波津や田螺の蓋も冬ごもり
寒菊や粉糠のかかる臼の端(はた)
寒菊や醴(あまざけ)造る窓の前(さき)
けごろもにつつみて温し鴨の足
鞍壺に小坊主乗るや大根引
初雪や懸けかかりたる橋の上
振売の鴈あはれなり恵美須講
恵美須講酢売に袴着せにけり
芹焼や裾輪の田井の初氷
みな出でて橋を戴く霜路哉
煤掃は己が棚つる大工かな
有明も三十日(みそか)に近し餅の音
盗人に逢うた夜もあり年の暮
元禄七年(1694) 51歳
蓬莱に聞かばや伊勢の初便り
梅が香にのつと日の出る山路かな
腫物に触る柳のしなへ哉
傘(からかさ)に押し分けみたる柳かな
八九間空で雨ふる柳哉
青柳の泥にしだるる潮干かな
春雨や蜂の巣つたふ屋根の漏り
木隠れて茶摘みも聞くやほととぎす
卯の花やくらき柳の及び腰
紫陽草や薮を小庭の別座敷
麦の穂を便りにつかむ別れかな
目にかかる時やことさら五月富士
どんみりとあふちや雨の花曇り
五月雨や蚕わづらふ桑の畑
駿河路や花橘も茶の匂ひ
さみだれの空吹きおとせ大井川
水鶏啼くと人のいへばや佐屋泊り
柴付けし馬のもどりや田植樽
柳行李(ごり)片荷は涼し初真桑
清滝の水汲ませてやところてん
六月や峯に雲置くあらし山
清滝や波に散り込む青松葉
朝露によごれて涼し瓜の泥
飯あふぐ嚊(かか)が馳走や夕涼み
皿鉢もほのかに闇の宵涼み
夏の夜や崩れて明けし冷し物
秋ちかき心の寄るや四畳半
稲妻や顔のところが薄の穂
ひやひやと壁をふまへて昼寝哉
道ほそし相撲取り草の花の露
家はみな杖に白髪の墓参り
数ならぬ身とな思ひそ玉祭
稲妻や闇の方行く五位の声
名月に麓の霧や田の曇り
名月の花かと見へて綿畠
行く秋や手をひろげたる栗の毬(いが)
ぴいと啼く尻声悲し夜の鹿
菊の香や奈良には古き仏達
菊の香にくらがり登る節句かな
秋もはやばらつく雨に月の形(なり)
秋の夜を打ち崩したる咄かな
おもしろき秋の朝寝や亭主ぶり
この道や行く人なしに秋の暮
この秋は何で年寄る雲に鳥
白菊の目に立てて見る塵もなし
月澄むや狐こはがる児(ちご)の供
秋深き隣は何をする人ぞ
旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
元禄五・六年間
初時雨初の字を我が時雨哉
生きながら一つに氷る海鼠哉
元禄四・五・六年間
むかし聞け秩父殿さへすまふとり
見所のあれや野分の後の菊
白露もこぼさぬ萩のうねり哉
元禄五・六・七年間
鴬や柳のうしろ薮の前
灌仏や皺手合はする珠数の音
元禄年間
春雨や蓬をのばす艸の道
降らずとも竹植うる日は蓑と笠
猿引は猿の小袖をきぬた哉
鶏頭や鴈(かり)の来る時なをあかし
分別の底たたきけり年の暮
古法眼(こほうげん)出どころあはれ年の暮
貞享・元禄年間
春の夜は桜に明けてしまひけり
物いへば唇寒し秋の風
木枯や竹に隠れてしづまりぬ
菊の後大根の外更になし
蝙蝠も出でよ浮世の華に鳥
なに喰うて小家は秋の柳蔭
年次不詳
日にかかる雲やしばしのわたりどり
『奥の細道』全句(62句、内芭蕉50句。自筆本は推敲途上の草稿本)
草の戸も住み替る代ぞ雛の家
行く春や鳥啼き魚の目は泪
あらたふと青葉若葉の日の光
(「あなたふと青葉若葉の日の光」 自筆本 )
剃り捨てて黒髪山に衣更 (曾良)
暫時(しばらく)は滝にこもるや夏(げ)の初め
かさねとは八重撫子の名成るべし (曾良)
夏山に足駄を拝む首途(かどで)哉
木啄も庵は破らず夏木立
(「木啄も庵はくらはず夏木立」 自筆本 )
野を横に馬牽(ひ)きむけよほととぎす
田一枚植ゑて立ち去る柳かな
(「水せきて早稲(苗)たはぬる柳陰」 次に「柳哉」と訂正、
そして貼紙して「田一枚」の句をその上に清記 自筆本 )
卯の花をかざしに関の晴着かな (曾良)
風流の初めや奥の田植歌
世の人の見付けぬ花や軒の栗
(「目にたゝぬ花を頼に軒の栗」に貼紙をして、「世の人」の句 自筆本 )
早苗とる手もとや昔しのぶ摺
笈(おひ)も太刀も五月にかざれ紙幟(かみのぼり)
(「弁慶が笈(おひ)をもかざれ帋幟(かみのぼり)」 自筆本 )
笠島はいづこ五月(さつき)のぬかり道
桜より松は二木(ふたき)を三月越し
あやめ草足に結ばん草鞋の緒
松島や鶴に身をかれほととぎす (曾良)
夏草や兵(つはもの)どもが夢の跡
卯の花に兼房みゆる白毛(しらが)かな (曾良)
五月雨の降り残してや光堂
(「五月雨の」の句はなく、次の二句あり。
「五月雨や年々(としどし)降りて五百たび」
「螢火の昼は消えつゝ柱かな」 自筆本 )
蚤虱馬の尿(ばり)する枕もと
涼しさを我が宿にしてねまるなり
這ひ出でよ飼屋(かひや)が下の蟇(ひき)の声
眉掃(まゆは)きを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花
蚕飼(こがひ)する人は古代のすがた哉 (曾良)
閑(しづ)かさや岩にしみ入る蝉の声
五月雨をあつめて早し最上川
有難や雪をかをらす南谷
(「めくら」を消して、「かほら」(かをら)に 自筆本 )
涼しさやほの三日月の羽黒山
雲の峰幾つ崩れて月の山
語られぬ湯殿にぬらす袂(たもと)かな
湯殿山銭ふむ道の泪かな (曾良)
温海(あつみ)山や吹浦(ふくうら)かけて夕涼み
暑き日を海に入れたり最上川
(「暑き日を海に入れたる最上川」 自筆本 )
象潟や雨に西施が合歓(ねぶ)の花
汐越(しほごし)や鶴脛(はぎ)ぬれて海涼し
象潟や料理何くふ神祭 (曾良)
蜑の家(あまのや)や戸板を敷きて夕涼み (美濃の国の商人低耳・ていじ)
(「蜑の家に戸板敷てや夕涼み」に貼紙して 自筆本 )
波こえぬ契(ちぎり)ありてやみさごの巣 (曾良)
文月や六日も常の夜には似ず
荒海や佐渡によこたふ天の河
一家に遊女も寝たり萩と月
早稲の香や分け入る右は有磯海
塚も動け我が泣く声は秋の風
秋涼し手毎(てごと)にむけや瓜茄子
あかあかと日は難面(つれな)くも秋の風
しをらしき名や小松吹く萩すすき
むざんやな甲(かぶと)の下のきりぎりす
石山の石より白し秋の風
山中や菊は手折らぬ湯の匂ひ
行き行きてたふれ伏すとも萩の原 (曾良)
今日よりや書付消さん笠の露
終宵(よもすがら)秋風聞くや裏の山 (曾良)
庭掃(はい・はき)て出でばや寺に散る柳
物書(かい・かき)て扇引きさく余波(なごり)哉
月清し遊行の持てる砂の上
(「露」に貼紙して「月」 自筆本 )
名月や北国日和定めなき
寂しさや須磨に勝ちたる浜の秋
浪の間や小貝にまじる萩の塵
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
春や越し年や行きけん小晦日(こつごもり)
うかれける人や初瀬の山桜
命なりわづかの笠の下涼み
夏の月御油より出でて赤坂や
あら何ともなやきのふは過ぎてふくと汁
阿蘭陀も花に来にけり馬に鞍
夜ル竊(ひそか)ニ虫は月下の栗を穿ツ
枯朶(えだ)に烏のとまりけり秋の暮
(枯枝に烏のとまりたるや秋の暮)
雪の朝独リ干鮭を噛み得タリ
藻にすだく白魚やとらば消えぬべき
(藻にすだく白魚やとらば消えぬべし)
ばせを植ゑてまづ憎む荻の二葉哉
芭蕉野分して盥に雨を聞く夜哉
氷苦く堰鼠(えんそ)が咽をうるほせり
櫓の声波ヲうつて腸(はらわた)氷ル夜やなみだ
朝顔に我は飯くふおとこ哉
髭風ヲ吹いて暮秋嘆ズルハ誰ガ子ゾ
世にふるも更に宗祇の宿り哉
元日や思へばさびし秋の暮
花にうき世我が酒白し飯黒し
馬ぼくぼくわれを絵に見る夏野哉
春立つや新年ふるき米五升
野ざらしを心に風のしむ身哉
秋十とせ却(かへ)つて江戸を指す故郷
霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き
猿を聞く人捨子に秋の風いかに
道の辺の木槿は馬に喰はれけり
馬に寝て残夢月遠し茶の煙(けぶり)
手に取らば消えん涙ぞ熱き秋の霜
碪(きぬた)打ちて我に聞かせよ坊が妻
義朝の心に似たり秋の風
秋風や薮も畠も不破の関
死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮
冬牡丹千鳥よ雪のほととぎす
明けぼのやしら魚しろきこと一寸
馬をさへながむる雪の朝哉
狂句木枯の身は竹斎に似たる哉
海暮れて鴨の声ほのかに白し
年暮れぬ笠着て草鞋はきながら
春なれや名もなき山の薄霞
水取りや氷の僧の沓の音
我が衣(きぬ)に伏見の桃の雫せよ
山路来てなにやらゆかし菫草
辛崎の松は花より朧にて
菜畠に花見顔なる雀哉
牡丹蕊深く分け出づる蜂の名残り哉
夏衣いまだ虱を取りつくさず
よく見れば薺花さく垣根かな
古池や蛙飛びこむ水の音
名月や池をめぐりて夜もすがら
座頭かと人に見られて月見哉
初雪や幸ひ庵にまかりある
酒のめばいとど寝られぬ夜の雪
君火を焚けよきもの見せん雪まろげ
年の市線香買ひに出でばやな
花にあそぶ虻な喰ひそ友雀
花の雲鐘は上野か浅草か
永き日も囀り足らぬひばり哉
五月雨や桶の輪切るる夜の声
五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん
月はやし梢(こずゑ)は雨を持ちながら
蓑虫の音を聞きに来よ艸の庵
旅人と我が名よばれん初しぐれ
京まではまだ半空や雪の雲
星崎の闇を見よとや啼く千鳥
冬の日や馬上に氷る影法師
鷹ひとつ見付けてうれしいらご崎
面白し雪にやならん冬の雨
いざさらば雪見にころぶ所まで
箱根越す人もあるらし今朝の雪
旅寝して見しや浮世の煤払ひ
歩行(かち)ならば杖つき坂を落馬哉
旧里や臍の緒に泣く年の暮
春立ちてまだ九日の野山哉
枯芝やややかげろふの一二寸
この山の悲しさ告げよ野老(ところ)堀り
何の木の花とはしらず匂ひ哉
さまざまの事思ひ出す桜かな
吉野にて桜見せうぞ檜木笠
春の夜や籠り人ゆかし堂の隅
雲雀より空にやすらふ峠哉
ほろほろと山吹ちるか滝の音
日は花に暮れてさびしやあすならう
(さびしさや華のあたりのあすならう)
なほ見たし花に明け行く神の顔
父母のしきりに恋し雉の声
行く春に和歌の浦にて追ひ付きたり
一つ脱ひで後に負ひぬ衣更
若葉して御目の雫ぬぐはばや
草臥れて宿借るころや藤の花
須磨寺や吹かぬ笛聞く木下闇
ほととぎす消え行く方や島一つ
蛸壺やはかなき夢を夏の月
かたつぶり角ふりわけよ須磨明石
草の葉を落つるより飛ぶ螢哉
無き人の小袖も今や土用干
おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉
このあたり目に見ゆるもの皆涼し
初秋や海も青田の一(ひと)みどり
送られつ送りつ果ては木曽の秋
(送られつ別れつ果ては木曽の秋)
桟(かけはし)や命をからむ蔦葛(つたかづら)
俤(おもかげ)や姨(をば)ひとり泣く月の友
身にしみて大根からし秋の風
吹き飛ばす石は浅間の野分哉
冬籠りまたよりそはんこの柱
埋火も消ゆや涙の烹(に)ゆる音
結ぶより早歯にひびく泉かな
声澄みて北斗にひびく砧哉
奈良七重七堂伽藍八重ざくら
瓶割るる夜の氷の寐覚哉
元日は田毎の日こそ恋しけれ
紅梅や見ぬ恋つくる玉すだれ
草の戸も住み替る代ぞ雛の家
行く春や鳥啼き魚の目は泪
あらたふと青葉若葉の日の光
暫時(しばらく)は滝に籠るや夏の初め
野を横に馬牽きむけよほととぎす
田一枚植ゑて立ち去る柳かな
風流の初めや奥の田植歌
笠島はいづこ五月のぬかり道
夏草や兵どもが夢の跡
五月雨の降り残してや光堂
蚤虱馬の尿する枕もと
這ひ出でよ飼屋(かひや)が下の蟇(ひき)の声
眉掃(まゆは)きを俤にして紅粉(べに)の花
閑(しづ)かさや岩にしみ入る蝉の声
五月雨をあつめて早し最上川
涼しさやほの三日月の羽黒山
雲の峰幾つ崩れて月の山
語られぬ湯殿にぬらす袂かな
暑き日を海に入れたり最上川
象潟や雨に西施が合歓(ねぶ)の花
汐越や鶴脛(はぎ)ぬれて海涼し
初真桑四つにや断たん輪に切らん
文月や六日も常の夜には似ず
荒海や佐渡によこたふ天の河
一家に遊女も寝たり萩と月
早稲の香や分け入る右は有磯海
あかあかと日は難面(つれな)くも秋の風
秋涼し手毎にむけや瓜茄子
塚も動け我が泣く声は秋の風
むざんやな甲の下のきりぎりす
今日よりや書付消さん笠の露
石山の石より白し秋の風
義仲の寝覚めの山か月悲し
月清し遊行の持てる砂の上
名月や北国日和定めなき
月いづこ鐘は沈みて海の底
(月いづく鐘は沈める海の底)
寂しさや須磨に勝ちたる浜の秋
浪の間や小貝にまじる萩の塵
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
初時雨猿も小蓑を欲しげなり
初雪に兎の皮の髭作れ
少将の尼の咄や志賀の雪
何にこの師走の市にゆく烏
獺(かはうそ)の祭見て来よ瀬田の奥
木(こ)のもとに汁も鱠も桜かな
蝶の羽のいくたび越ゆる塀の屋根
一里はみな花守の子孫かや
蛇食ふと聞けばおそろし雉の声
四方より花吹き入れて鳰の波
行く春を近江の人と惜しみける
草の葉を落つるより飛ぶ螢哉
まづ頼む椎の木もあり夏木立
夏草や我先達ちて蛇狩らん
ほたる見や船頭酔うておぼつかな
わが宿は蚊の小さきを馳走かな
やがて死ぬけしきは見えず蝉の声
京にても京なつかしやほととぎす
玉祭り今日も焼場の煙哉
猪もともに吹かるる野分かな
白髪抜く枕の下やきりぎりす
名月や座に美しき顔もなし
病雁の夜寒に落ちて旅寝哉
海士の屋は小海老にまじるいとど哉
しぐるるや田の新株(あらかぶ)の黒むほど
乾鮭も空也の痩も寒の中
こがらしや頬腫(ほほばれ)痛む人の顔
人に家を買はせて我は年忘れ
大津絵の筆のはじめは何仏
梅若菜まりこの宿のとろろ汁
山里は万歳遅し梅の花
呑み明けて花生にせん二升樽
しばらくは花の上なる月見かな
山吹や宇治の焙炉(ほいろ)の匂ふ時
衰ひや歯に喰ひあてし海苔の砂
ほととぎす大竹薮を漏る月夜
憂き我をさびしがらせよ閑古鳥
能なしの眠たし我を行々子(ぎやうぎやうし)
五月雨や色紙へぎたる壁の跡
秋の色糠味噌壺もなかりけり
三井寺の門たたかばや今日の月
鎖(じやう)あけて月さし入れよ浮御堂
葱(ねぶか)白く洗ひたてたる寒さ哉
(葱白く洗ひあげたる寒さ哉)
折々に伊吹を見ては冬ごもり
木枯に岩吹きとがる杉間かな
夜着ひとつ祈り出(いだ)して旅寝かな
ともかくもならでや雪の枯尾花
鴬や餅に糞する縁の先
猫の恋やむとき閨(ねや)の朧月
両の手に桃と桜や草の餅
三日月に地は朧なり蕎麦の花
(三日月の地は朧なり蕎麦の花)
名月や門に指しくる潮頭
塩鯛の歯ぐきも寒し魚の店(たな)
御命講や油のやうな酒五升
埋火や壁には客の影法師
蒟蒻にけふは売り勝つ若菜哉
郭公(ほととぎす)声横たふや水の上
夕顔や酔うて顔出す窓の穴
なまぐさし小菜葱(こなぎ)が上の鮠の膓(わた)
難波津や田螺の蓋も冬ごもり
寒菊や粉糠のかかる臼の端(はた)
寒菊や醴(あまざけ)造る窓の前(さき)
鞍壺に小坊主乗るや大根引
盗人に逢うた夜もあり年の暮
蓬莱に聞かばや伊勢の初便り
梅が香にのつと日の出る山路かな
春雨や蜂の巣つたふ屋根の漏り
紫陽草や薮を小庭の別座敷
麦の穂を便りにつかむ別れかな
駿河路や花橘も茶の匂ひ
さみだれの空吹きおとせ大井川
水鶏啼くと人のいへばや佐屋泊り
六月や峯に雲置くあらし山
清滝や波に散り込む青松葉
朝露によごれて涼し瓜の泥
夏の夜や崩れて明けし冷し物
秋ちかき心の寄るや四畳半
稲妻や顔のところが薄の穂
ひやひやと壁をふまへて昼寝哉
家はみな杖に白髪の墓参り
数ならぬ身とな思ひそ玉祭
稲妻や闇の方行く五位の声
名月の花かと見へて綿畠
行く秋や手をひろげたる栗の毬(いが)
ぴいと啼く尻声悲し夜の鹿
菊の香や奈良には古き仏達
菊の香にくらがり登る節句かな
秋の夜を打ち崩したる咄かな
おもしろき秋の朝寝や亭主ぶり
この道や行く人なしに秋の暮
この秋は何で年寄る雲に鳥
白菊の目に立てて見る塵もなし
月澄むや狐こはがる児(ちご)の供
秋深き隣は何をする人ぞ
旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
生きながら一つに氷る海鼠哉
白露もこぼさぬ萩のうねり哉
降らずとも竹植うる日は蓑と笠
猿引は猿の小袖をきぬた哉
物いへば唇寒し秋の風
菊の後大根の外更になし
春や越し年や行きけん小晦日(こつごもり)
夏の月御油より出でて赤坂や
夜ル竊(ひそか)ニ虫は月下の栗を穿ツ
枯朶(えだ)に烏のとまりけり秋の暮
(枯枝に烏のとまりたるや秋の暮)
芭蕉野分して盥に雨を聞く夜哉
野ざらしを心に風のしむ身哉
道の辺の木槿は馬に喰はれけり
明けぼのやしら魚しろきこと一寸
狂句木枯の身は竹斎に似たる哉
海暮れて鴨の声ほのかに白し
山路来てなにやらゆかし菫草
辛崎の松は花より朧にて
よく見れば薺花さく垣根かな
古池や蛙飛びこむ水の音
名月や池をめぐりて夜もすがら
五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん
月はやし梢(こずゑ)は雨を持ちながら
蓑虫の音を聞きに来よ艸の庵
鷹ひとつ見付けてうれしいらご崎
雲雀より空にやすらふ峠哉
若葉して御目の雫ぬぐはばや
草臥れて宿借るころや藤の花
蛸壺やはかなき夢を夏の月
おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉
奈良七重七堂伽藍八重ざくら
行く春や鳥啼き魚の目は泪
あらたふと青葉若葉の日の光
風流の初めや奥の田植歌
夏草や兵どもが夢の跡
五月雨の降り残してや光堂
閑(しづ)かさや岩にしみ入る蝉の声
五月雨をあつめて早し最上川
暑き日を海に入れたり最上川
文月や六日も常の夜には似ず
荒海や佐渡によこたふ天の河
一家に遊女も寝たり萩と月
早稲の香や分け入る右は有磯海
あかあかと日は難面(つれな)くも秋の風
塚も動け我が泣く声は秋の風
むざんやな甲の下のきりぎりす
石山の石より白し秋の風
月いづこ鐘は沈みて海の底
(月いづく鐘は沈める海の底)
初時雨猿も小蓑を欲しげなり
四方より花吹き入れて鳰の波
行く春を近江の人と惜しみける
まづ頼む椎の木もあり夏木立
やがて死ぬけしきは見えず蝉の声
病雁の夜寒に落ちて旅寝哉
しぐるるや田の新株(あらかぶ)の黒むほど
梅若菜まりこの宿のとろろ汁
憂き我をさびしがらせよ閑古鳥
葱(ねぶか)白く洗ひたてたる寒さ哉
(葱白く洗ひあげたる寒さ哉)
両の手に桃と桜や草の餅
郭公(ほととぎす)声横たふや水の上
梅が香にのつと日の出る山路かな
秋ちかき心の寄るや四畳半
稲妻や闇の方行く五位の声
菊の香や奈良には古き仏達
この道や行く人なしに秋の暮
この秋は何で年寄る雲に鳥
秋深き隣は何をする人ぞ
旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
白露もこぼさぬ萩のうねり哉
物いへば唇寒し秋の風
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『日本古典文学全集 松尾芭蕉集』(小学館)と『新潮日本古典集成 芭蕉句集』(今栄蔵 ・新潮社)を中心に、山本健吉『芭蕉三百句』(河出文庫)、『校本芭蕉全集』(富士見書房)、『古典俳文学大系 芭蕉集(全)』(集英社)や他の多くの芭蕉集・芭蕉論などから全約980句の内、691句選句。
(表記は読みやすさを考えて『新潮日本古典集成 芭蕉句集』を主に参照した。 また「『奥の細道』全句」は、表記を考えて『新潮日本古典集成 芭蕉文集』(富山奏・新潮社)を主に参照。『芭蕉自筆 奥の細道』(岩波書店)も参照。)
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