(「森の中のモンテーニュ」(連載中)より)


     角をまがれば  (2009.12.7.)

 角をまがったら  大きな富士がくっきりと  悠然とそびえていると  思いながら曲がると  富士はなく  常識常識と脈絡もなく無意味にわめき続ける  非常識人がいて  よけいな時間をくってしまう  相手にしてしまったのが不覚だ  しばらく歩いて  その次の角をまがると  富士はいた  真っ白な富士が広い裾野を左右に広げ  悠然とすわっていた



     陶淵明にならって  (2009.12.31.)

 帰りなん、いざ、田園いま荒れなんとする。  はたして帰るべき田園はあるのか。  ぼくは次男なのだ。  帰ってもいいのかしれないけれど、  そこでは、長男が、田園のまん中にいて、知らぬふりをしている。  とりあえず、ぼくの帰るべき田園はない。  長男を恨んでいるわけではない。  その心もわかる。長男夫婦も両親を支え、つらい時を耐えたのだ。  田園といっても、ちっぽけなものさ。  ぼくは故郷から遠くにいて、少しは心配し続けたが  長男の苦労にくらべれば、ほとんど零だ。    帰りなん、いざ。田園いま荒れなんとする。  ぼくは田園に帰らない。  森へ帰る。森の中へ。  小鳥たちと虫たちと木々たちと野草たちの森へ。  そして妻の小さな菜園の野菜たちのもとへ。  田園の中にも鬱はある。鬱よりもみじめな躁も。  森の中にも鬱はある。鬱よりもみじめな躁も。  明るい躁を、田園に、森に、響かせよう。  小鳥たちと虫たちと木々たちと野草たちとともに。  そして妻の小さな菜園の野菜たちとともに。  悠々として見る、裏の山。  自ら楽しもう。  山河いま荒れなんとする。  荒れているのは山河なのか  人の心なのか。  躁・鬱の風が吹きまくる。  森の中に、そして田園に帰った人たちは  なにかを取り戻そうとしたはずだ。  取り戻した人もいる、取り戻せなかった人もいる。  そのさまざまな彼らにも、時は流れる。時は流れる。  帰りなん、いざ。田園いま荒れなんとする。  帰りなん、いざ。山河いま荒れなんとする。



     地球に死なれてしまうよ  (2010.2.11.)

 多い。賢い人が多い、自分の方がすぐれていると思っている賢い人が。  少なくとも、自分はすばらしいグループに属していると思っている人が。  他のグループは劣っている。  それもいいだろう。  だが、あまり極端にはいきすぎないでよ。  本は書かれる。理論は生産され、増殖する。  哲学者は語る。哲学は、進まない。  政治家は語る。反対派を断罪する。断罪された側が相手を断罪する。  無限地獄の応酬だ。  世界経済の時代だと資本家たちはうそぶく。グローバルの時代だと。  貧しさを背景に、自分達だけの正しさを声高に叫ぶ宗派。  そして、貧しさを、滅び行く生き物を救おうと正義の人達がさらに破壊的になっていく。  環境破壊・・、関係者たちも、市民たちも、自分達以外のものたちの責任だと思い続ける。  人間って、弱いよな。  人間はしかたないのか。  普通のやさしさで生きることはできないのか。  比べながら生きるほかは。  非難しあいながら生きるほかには。  富士山は堂々とそびえている。  地球の上に根をはって。  だけれども、人間、こんなことやってたら、    そのうち    富士山だけでなく、  地球に死なれてしまうよ。 



     戦争についてのありふれた思い  (2011.8.25.)

 夏が来た  夏、なにかと戦争のことが思われる夏  知識でしかない戦争 聞いたことでしかない戦争  それでも  戦争の中で死んでいったものを思う  傷ついたものを思う  兵、戦士だけではない、庶民たち、父、母、子どもたち、若者  南方の島 満州、広島 大東亜     無残な死、無益な死、苦しい死、国家に押しつけられた死    生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず  無残な死、無益な死、苦しい死、国家に押しつけられた死  逃げる途中わが子を殺さざるをえなかった母  戦場では鬼にならねば生きられなかったと語る八十翁  彼らもすでに死んだか、死のうとしている  生き残った悔い、恥じ、おろおろ生き続け、死のうとしている  知識でしかない戦争 聞いたことでしかない戦争  突然涙が出る 偽善の涙だろうか  ぼくは 一歳で戦争の記憶はない  そのぼくがすでに老人なのだ  空襲の中、逃げ惑う母に負ぶわれていたという  母の背中の記憶はない  父親が戦死した友達も多かった  家族が原爆でなくなった友達もいた  満州から引き揚げた友達も多かった  少年時代、祭りの夜、傷痍軍人がならんで、募金箱を首にかけていた  一歳の時 戦争が終わっていなかったら  僕らは、軍国少年として、成長したかもしれない  恐ろしいことだ 悪夢だ  無残な死、無益な死、苦しい死、国家に押しつけられた死    生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず  無残な死、無益な死、苦しい死、国家に押しつけられた死  突然涙が出る 偽善の涙だろうか  偽善の涙だろうか 涙が出る   偽善の涙ではない  が、涙は出る ともすると乾いてしまう涙がでる  涙が湧く   湧けばいいものではないが 涙が湧く  夏の底から 真夏の底から  日本の過去の水脈から   その涙は今も各地で起こっている戦乱とも無縁ではない  今から起こるかもしれない戦争とは無縁ではない  人間の闇に続く深い深い水脈から  涙が湧いて出る  湧けばいいものではない 湧いてそれで終わるものではない  夏が来た  夏、なにかと戦争のことが思われる夏


 
  トップへ

「俳句」へ

  
「ホームページ」へ