死の舞踏

 



  死の舞踏(抄訳)

 ヴィヨンが少年時代にも接したことがあると思えるパリのサン・ジノサン墓地の壁画に書かれた「死の舞踏」の詩句を再録しているギュヨ・マルシャン刊行の『死の舞踏』(一四八五年初版)の翌一四八六年刊行の増補版のテキストの一部を抄訳で紹介しておく。全体と解説はそのうち掲載する。
 登場人物は、教皇、皇帝、枢機卿、国王、教皇特使、公国の君主、主教、元帥、大司教、騎士、司教、貴族、修道院長、判事、占星術師、有産者(ブルジョワ)、教会参事会員、商人、教師、軍人、シャルトルーズ会修道僧、法務官、修道僧、高利貸、貧乏人、医者、恋人、弁護士、音楽師、主任司祭、農夫、検察官、獄吏、巡礼、羊飼い、フランシスコ会修道士、子供、見習僧、隠者、矛槍兵、道化師の四十一人におよぶ。いずれにしろあらゆる階層の人々である。
 それぞれの人々に死者(ここでは死者は骸骨ではなく、ミイラ化したひからびた屍として表現されている)が肩に手をかけたり、腕を引くようして話しかけ「死の舞踏 」に誘う。

 冒頭は、「著者」の発言である。

  「著者」
 永遠の生を望む
 賢明な被造物(人間)よ、
 おまえには死すべき生をきちんと終えるために
 次のような注目すべき教えがある。
 踊り(ダンス)はマカブルと呼ばれている、
 みんな踊りを学んで欲しい。
 当然男にも女にも、
 死は身分の上下とも見逃さない。
 [....]

 そして、四人の死者がめいめい次のように言う。


 「第一の死者」
 神に決められ
 さまざまな身分に生きるお前たちは
 良き者であるうが悪しきものであろうが
 みなこの躍りを踊るのだ、
 そして身体を虫に食われてゆく。
 [....]

  「第二の死者」
 どんなわけでお前たちは
 決して死ぬことはないと思うと言うのだ、
 死は今日はあるもの、朝は別のものと
 お前たちの家にさがしにゆく、
 誰もお前たちを助けられない。
 [....]

  「第三の死者」
 おれの言うことを聞け、
 若者も老人も、身分高きも低きも、
 賢人の言によれば
 日増しに死んでゆくのだ。
 [....]
 死んでゆく以上は
 百歳前まで生きるものでも、
 ああ、百年はすぐに過ぎて行く。

  「第四の死者」
 百年が過ぎ去る前に
 全ての生者はこの世から
 地獄に、また天国に
 移ってゆくのだ。
 [....]

 「死者」はまず「教皇」に語りかける。

  「死者」
 お前は確かに今は生きているが、
 遅かれ早かれ、踊ることになる。
 いつだって? 神だけが知っている。
 [....]

  「教皇」
 地上では神でもある
 この第一人者も踊らなければならないのですか?
 わたしは教会では
 最高の威厳を保っていました
 [....]

 次は「死者」は「皇帝」に語りかける。

  「死者」
 この世では比類なき
 君主にして領主、大皇帝のお前よ、
 王権の象徴たる金の玉を、
 軍隊、王杖、王印、王旗を手放さなければならぬ。
 何もあとには残させない、
 領主権を行使することもできない。
 すべてを浚ってゆくのだ、それがおれのやり方だ、
 アダムの子孫は皆死なねばならぬ。

  「皇帝」
 わたしにとりつく死に対して
 誰に訴えていいのかわたしは分りません。
 つるはしも、シャベルも
 経帷子も必要です、このことが心配です。
 みんなに対してこの世の栄華をほこっていました、
 それにも関わらず死ななければならないのです。
 [....]
 高い位置にいても有利にはなりません。
 そして「死者」は「枢機卿」に、その次には「国王」と次々に語りかけてゆく。死の舞踏にくわわらねばならぬ、お前は死んでゆくのだ、死んでゆくのはお前ひとりではないと。

 当時の軍隊は、通過する村々から奪うようにして食料品を調達していたが、「槍持ち」の所ではそのことも表現されている。

  「死者」
 お前は良き村人たちの
 鶏を食い、葡萄酒を飲み、
 一文も払わずに狼藉を働く。
 [....]
 前に来て、
 とにもかくにも踊るがよい
 
  「槍持ち」
 気をつけていても
 死がやってくるのは怖いものです。 
 死を恐れないものは賢くありません、
 わたしの槍は何のやくにもたちません、
 [....]
 守りにはいって
 防ごうと思っても
 死が襲ってくれば、降伏せざるをえません。

 「農夫」には

  「死者」
 いつも心配事と労苦の中に
 生きている農夫よ、
 死なねばならぬ、このことは確かなかことだ、
 [....]
 
  「農夫」
 わたしは死をしばしば望んでいました、
 しかし、自然の情としては逃れようとしました、 
 [....]
 しかし大きな喜びがそこにはあります、
 まさに恐れがなくなるのです、
 この地上から出ていかないものはいません、
 この世には休息がないのです

 この世で何の楽しみもない「農夫」には「死」が休息であるというのである。

 「羊飼い」には

  「死者」
 羊飼いよ、軽快に踊れ、
 ここでは何も考えることはない。
 この今も、お前の子羊は
 別の危険に見舞われている。
 というのは、要するにお前も
 やがて死んでゆく、もう生きてはいけない。
 [....]

  「羊飼い」
 ああ、わたしの子羊たちは羊飼いもない野原で
 大きな危険に直面している。
 この時にも、飢えた狼は食べようと
 まわりに潜んでいる。
 [....]
 生きとし生けるるものには死が確実にやってくる。

 「死者」は「子供」にも容赦はしない。

  「死者」
 子供はあまり生れてこない、
 この世には楽しみはほとんどない、
 子供も大人と同じように踊りに
 連れていかれる、死は全てのひとに
 権力をおよぼしているのだ、
 [....]
 
  「子供」
 あ、あ、あ、ぼくは話すことができない、
 赤ん坊だから、舌を動かすだけだ、
 昨日生れた、今日は消えて行かなければならない、
 この世に出入りしただけだ、
 [....]
 こうして みんな死ぬ、老いも若きも。

 「死者」は最後に「道化師」に「わが友」と語りかける。

  「死者」
 同じ踊るなら、わが友道化師よ、
 君のように出来るだけ賢く
 踊ることだね、
 人はみな踊りに適している。
  [....]

  「道化師」
 ところで、われらはみな良き友だ、
 不和の中で生きてきた
 敵といえども大勢がここでは
 むつまじく踊っている、
 死が彼らを一致させるのだ、
 死は賢いのも馬鹿なやつも
 一体にする、神も同意されているが
 死者はすべて、身分の区別はない。

  「著者」が最後に再登場する。

  「著者」
 このことをよく考えるものはいない、
 すべては、風であり移りゆくものである、
 各自はこの踊りによってこのことがわかるはずだ、
 そのためにも、この話しをよく見て、
 きちんと覚えておくことだ
  [....]
 以上ヴィヨンも読んだことがあると思えるサン・ジノサン墓地の「死の舞踏」の詩句の一部を紹介した。上記のように、全訳と詳しい解説はそのうち掲載する。

  テキスト

 これもその内掲載します。  


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 (開設:1997.9.24)