現代俳句抄 (佐々木敏光抄出)

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   佐々木敏光・俳句個人誌『富士山麓』(月刊)

   佐々木敏光句集『富士・まぼろしの鷹』 発売中

   他選 『富士・まぼろしの鷹』の句 2013.3.21.

  「気になる俳句」

 俳句百句選


 もっとも美しい精神とは、もっとも多くの多様性と柔軟性をもった精神である。 (モンテーニュ『エセー』III−3)

 このところ更新がきわめて少なくなっています。更新は老年期の冬眠的な状態にはいっていると御承知下さい。  ただし唐突的に更新することもありえます。(2018.8,14.)


正岡子規    内藤鳴雪    夏目漱石    芥川龍之介   松瀬青々
高濱虚子    河東碧梧桐   臼田亞浪    村上鬼城    松根東洋城
渡辺水巴    飯田蛇笏    前田普羅    原石鼎     水原秋櫻子
高野素十    阿波野青畝   山口誓子    荻原井泉水   中塚一碧樓
種田山頭火   尾崎放哉    長谷川かな女  竹下しづの女  室生犀星
久保田万太郎  富安風生    山口青邨    富田木歩    日野草城
杉田久女    相生垣瓜人   中村草田男   加藤楸邨    中村汀女
星野立子    川端茅舎    松本たかし   皆吉爽雨    後藤夜半
石田波郷    芝不器男    篠原鳳作    富澤赤黄男   高屋窓秋
三橋鷹女    西東三鬼    渡邊白泉    野見山朱鳥   木下夕爾
大野林火    橋本多佳子   永田耕衣    橋閒石     秋元不死男
平畑静塔    細見綾子    安住敦     相馬遷子    石川桂郎
篠原梵     下村槐太    能村登四郎   桂信子     角川源義
森澄雄     金子兜太    佐藤鬼房    鈴木六林男   澤木欣一
石原八束    松崎鉄之介   村越化石    野澤節子    草間時彦
飯田龍太    三橋敏雄    上村占魚    清崎敏郎    高柳重信
赤尾兜子    津田清子    中村苑子    飯島晴子    波多野爽波
藤田湘子    飴山實     宇佐美魚目   川崎展宏    阿部完市
岡本眸     加藤郁乎    鷹羽狩行    河原枇杷男   原裕
有馬朗人    稲畑汀子    上田五千石   平井照敏    寺山修司
福永耕二    矢島渚男    黒田杏子    角川春樹    坪内稔典
攝津幸彦    中原道夫    長谷川櫂    夏石番矢    小澤實
田中裕明    岸本尚毅

◆(続)
1996年に開始して、いつかこの目次を改定しようと思いながら、今にいたっています。あしからず。

井上井月
石井露月    青木月斗    岡本松浜    大須賀乙字   鈴木花蓑
野村泊月    嶋田青峰    清原枴童    高田蝶衣    阿部みどり女
野村喜舟    松村蒼石    林原耒井    鈴鹿野風呂   池内たけし
吉岡禅寺洞   大場白水郎   大橋裸木    尾崎迷堂    軽部烏頭子
島村元     栗林一石路   西島麦南    長谷川双魚   山口草堂
三宅清三郎   篠田悌二郎   横山白虹    及川貞     右城暮石
金尾梅の門   高濱年尾    滝春一     海藤抱壺    橋本夢道
武原はん女   百合山羽公   福田蓼汀    池内友次郎   石塚友二
長谷川素逝   細谷源二    山口波津女   柴田白葉女   稲垣きくの
鈴木真砂女   中川宋淵    橋本鶏二    谷野予志    赤城さかえ
殿村菟絲子   藤後左右    京極杞陽    石橋辰之助   石橋秀野
中島斌雄    岸風三楼    三谷昭     神生彩史    清水径子
火渡周平    古澤太穂    田川飛旅子   後藤綾子    斎藤玄
阿部青鞋    林翔      中尾寿美子   目追秩父    上野泰
香西照雄    後藤比奈夫   岸田稚魚    清水基吉    西垣脩
斎藤空華    島津亮    原子公平    沼等外    伊丹三樹彦
眞鍋呉夫    楠本憲吉    小川双々子    深見けん二    堀口星眠    鷲谷七菜子
和田悟朗    神尾久美子   森田峠     古賀まり子   八木三日女
林田紀音夫   松沢昭     寺田京子    岡井省二    鈴木しづ子
加藤三七子   橋本美代子   星野麦丘人   針呆介     山田みづえ
穴井太     福田甲子雄   津沢マサ子   沼尻巳津子   廣瀬直人
大峯あきら   青柳志解樹   宮津昭彦    斎藤梅子    星野椿
倉橋羊村    永島靖子    大牧広     鍵和田秞子   馬場駿吉
折笠美秋    友岡子郷    宇多喜代子   野村秋介    安井浩司
中嶋秀子    檜紀代     大串章     宮坂静生    茨木和生
齋藤慎爾    池田澄子    大石悦子     倉田紘文    大木あまり   石寒太
鳴戸奈菜    寺井谷子    辻桃子     大沼正明    小島健     高野ムツオ
大庭紫逢    宮入聖     西川徹郎    千葉皓史    あざ蓉子
西村和子    大井恒行    保坂敏子    能村研三    大西泰世
今井聖     江里昭彦    奥坂まや    高澤晶子    大屋達治
正木ゆう子   藤原月彦    片山由美子   星野高士    林桂
中烏健二    鎌倉佐弓    中西夕紀    和田耕三郎   四ッ谷龍
松本恭子    石田響子    藺草慶子    櫂未知子    皆吉司
山田耕司    住宅顕信    上田日差子   小川軽舟    仙田洋子
黛まどか    五島高資

常に準備中。掲載場所が急に変わる時もあります。

原田浜人  藤木清子  片山桃史   阪口涯子  佐々木巽   堀徹   坂井道子  原田喬  松本旭  堀井春一郎  堀葦男  伊丹公子  吉野義子
八田木枯  星野石雀  岡田日郎  小原啄葉  澁谷道  伊藤通明  文挟夫佐恵  柿本多映  今瀬剛一  高橋悦男  栗林千津
三村純也  宗田安正  石川雷児  酒井弘司  澤好摩  筑紫磐井  前田吐実男  山本紫黄  
正木浩一  いのうえかつこ  島村正  仁平勝  西村我尼吾  戸恒東人

姜h東(カン)  高山れおな  高柳克弘  橋本榮治  倉阪鬼一郎  島田牙城  行方克巳  渡辺誠一郎  
加藤静夫  

井上弘美  加藤かな文  柴田佐知子  岩永佐保  高田正子  岩田由美
八染藍子  今井杏太郎  岬雪夫  小林奈穂  和湖長六  加本泰男

大谷弘至  榮猿丸  明隅礼子  小沢麻結  上田信治  相子智恵
藤田哲史  山口優夢  神野紗希  中本真人  冨田拓也  宇井十間

関悦史  堀本裕樹  照井翠  金原まさ子  恩田侑布子  山下知津子  鴇田智哉  
川口真理  佐藤文香  光部千代子 月野ぽぽな 竹鼻瑠璃男

『俳コレ』より
(野口る理 福田若之 松本てふこ 南十二国 雪我狂流 山田露結 斎藤朝比古 山下つばさ 渋川京子 望月周
 津川絵里子 依光陽子

『新撰21』などより
(谷雄介 北大路翼 豊里友行 五十嵐義知)

「平成の名句600句」より
(田島風亜 村上鞆彦 鳥居真里子 土肥あき子)

「ゼロ年代の俳句100選」+チューンナップ
(小野裕三 柴田千晶)

『虚子選ホトトギス雑詠選集100句鑑賞』より

『ホトトギスの俳人101』より
(赤星水竹居 深川正一郎 大久保橙青 伊藤柏翠 高木晴子 上野章子 福井圭児 成瀬正俊 荒川あつし
 田畑美穂女 藤崎久を 竹下陶子 小島左京 今井千鶴子 藤浦昭代 坊城中子 岩垣子鹿 千原叡子 安原葉
 山田弘子 稲岡長 長山あや 水田むつみ 内藤呈念 岩岡中正 稲畑廣太郎 坊城俊樹 山田佳乃 坂西敦子)

『戦後生まれの俳人たち』より
((既出の俳人は各々の所に掲載)渡辺和弘 井上康明 田中亜美 小林貴子 藤田直子 福永法弘
有澤榠(りん)<カリン> 西山睦 野中亮介 野中亮介
 田島健一 山田径子 横澤放川 細谷喨々 矢野玲奈 佐藤郁良 対馬康子 夏井いつき)

◆文筆家(等)の俳句

尾崎紅葉    幸田露伴    泉鏡花  森鴎外        佐藤紅緑    永井荷風
久米正雄    寺田寅彦    内田百閒    佐藤春夫    滝井折柴
田中冬二    横光利一    吉屋信子    三好達治    太宰治    五所平之助
上林暁     永井東門居   安東次男    塚本邦雄    吉岡実    結城昌治
丸谷才一    高橋睦郎    清水哲男    辻征夫
間村俊一    川上弘美    石牟礼道子

**特別席** (新設)

揚田蒼生    伊藤松宇    増田龍雨    トランストロンメル   

俳句的一行(西脇順三郎など)

又吉直樹(ピース)       亀山郁夫さんの父君の句   

**俳句豊穣**
(様々な俳句をアットランダムに追加。また俳人補遺の役割も。)
  原月舟、室積徂春、高篤三、中勘助、瀧井耕作、木村蕪城、中島月笠、阿部宵人、遠藤梧逸、成田千空、仁智栄坊、 三好潤子、川口重美、角川照子、松葉久美子、田中不鳴、田中陽、小川国夫
本宮哲郎、行川行人、泰夕美、遠山陽子、本井英、森田智子、山尾玉藻、辻田克己、児玉硝子  的野雄 寺島ただし、外山恒一、稲田眸子、久保純夫、外山恒一、藺草慶子、大高翔、金澤明子
長瀬十悟 若井新一 鯉屋伊兵衛 田辺和香子 小津夜景 月野ぽぽの
徳川慶喜(虚子添削)、渋沢渋亭、島崎藤村、竹久夢二、若山牧水、平塚らいてふ、谷崎潤一郎、荻原朔太郎、神保光太郎、吉川英治、ねじめ正一
徳川夢声、下田実花、棟方志功、佐治敬三、江國滋、横溝正史、渥美清、岸田今日子、入船亭扇橋、永六輔、子供俳句 等)


 正岡子規(1867-1903)
初雪やかくれおほせぬ馬の糞(ふん)  (『寒山落木』)
梅雨晴やところどころに蟻の道 
朝霧の中に九段のともし哉    
海原(うなばら)や何の苦もなく上る月 
あたたかな雨が降るなり枯葎(かれむぐら)
魂祭ふわふわと来る秋の蝶  
小烏の鳶なぶり居る小春哉      
菜の花やはつと明るき町はづれ
秋風や伊予へ流るる汐の音
ふみこんで帰る道なし萩の原
雲助の睾丸黒き榾火かな
死はいやぞ其きさらぎの二日灸
春の野に女見返る女かな
小春日や浅間の煙ゆれ上る
元日と知らぬ鼾(いびき)の高さかな
涅槃会や蚯蚓ちぎれし鍬の先
恐ろしき女も出たる花見哉
甲斐の雲駿河の雲や不二詣       
大粒になつてはれけり五月雨
金時も熊も来てのむ清水哉
五月雨やけふも上野を見てくらす
手の内に蛍つめたき光かな
蝿憎し打つ気になればよりつかず
一人旅一人つくづく夜寒哉
秋風の一日何を釣る人ぞ
冬籠日記に夢を書きつける
いそがしく時計の動く師走哉 
長閑(のどか)さや障子の穴に海見えて
若鮎の二手になりて上りけり
行く秋をすつくと鹿の立ちにけり
我声の風になりけり茸狩
毎年よ彼岸の入りに寒いのは
我庭や上野の花の花吹雪
涼しさや羽生(はねは)えさうな腋(わき)の下
羽黒山蛍一つの闇夜かな
我宿は女ばかりのあつさ哉
妻よりは妾の多し門涼み
みちのくへ涼みに行くや下駄はいて
夕立や殺生石のあたりより
夕立や沖は入日の真帆片帆
夕立にうたるる鯉のかしらかな
見てをれば夕立わたる湖水かな
稲妻や生血したたるつるし熊
盆過の村静かなり猿廻し
秋の暮女をみれば猶(なほ)淋し
鞭あげて入日招くや猿まはし
夕雲雀もつと揚つて消えて見よ
隧道にうしろから吹く風すずし
みちのくへ涼みに行くや下駄はいて
夕立にうたるる鯉のかしらかな
田から田へうれしさうなる水の音
月の出や皆首立てて小田の雁
蕣(あさがほ)や君いかめしき文学士   (漱石来る)
薪をわるいもうと一人冬籠
三尺の庭に上野の落葉かな        (根岸草庵)
日のあたる石にさはればつめたさよ
絶えず人いこふ夏野の石一つ
生きて帰れ露の命と言ひながら      (従軍の人を送る)
禅寺の門を出づれば星月夜
赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり
鳥啼いて赤き木の実をこぼしけり
徴発の馬つづきけり年の市
凩や海は虚空にひろがりて
天地を我が生み顔の海鼠かな
初夢の思ひしことを見ざりけり
何となく奈良なつかしや古暦
春の夜や寄席の崩れの人通り
春や昔十五万石の城下哉         (松山)
故郷はいとこの多し桃の花
涼しさや石灯籠の穴も海
炎天や蟻這ひ上る人の足
短夜や眠たき雲の飛んでゆく  
啼きながら蟻にひかるる秋の蝉
六月を奇麗な風の吹くことよ
夏痩の骨にとどまる命かな
行く我にとどまる汝に秋二つ
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
漱石が来て虚子が来て大三十日(おほみそか)
寒けれど不二見て居るや坂の上
雲のそく障子の穴や冬こもり
枯薄ここらよ昔不破の関
元日の人通りとはなりにけり
春風にこぼれて赤し歯磨粉
のどかさや千住曲れば野が見ゆる
春の夜や屏風の陰に物の息         (妖怪体)
一桶の藍流しけり春の川
春雨のわれまぼろしに近き身ぞ
目さませば我裾に春の月出たり
夏嵐机上の白紙飛び尽す
夕立や並んでさわぐ馬の尻
美服して牡丹に媚びる心あり
しんとして牡丹崩るる夜中哉
行く秋の鐘つき料を取りに来る
砂の如き雲流れ行く朝の秋
蟷螂や二つ向きあふ石の上
梨むくや甘き雫の刃を垂るる
しぐるるや蒟蒻冷えて臍の上
無爲にして海鼠一萬八千歳 
小夜時雨上野を虚子の来つつあらん
雪降るよ障子の穴を見てあれば
いくたびも雪の深さを尋ねけり
元日や朝からものの不平なる       (『俳句稿』 「未定稿」含む)
君を送りて思ふことあり蚊帳に泣く    (送秋山真之米国行)
山の池にひとり泳ぐ子肝太き
四時に烏五時に雀夏の夜は明けぬ  
余命いくばくかある夜短し
つり鐘の蔕(へた)のところが渋かりき  (つりかねといふ柿をもらひて)
三千の俳句を閲(けみ)し柿二つ
柿喰ひの俳句好みしと伝ふべし
萩咲いて家賃五円の家に住む       (我境涯は)
足の立つうれしさに萩の芽を検(けん)す
虚子を待つ松蕈(まつたけ)鮓や酒二合
フランスの一輪ざしや冬の薔薇
ある僧の月を待たずに帰りけり
初暦五月の中(うち)に死ぬ日あり      (所思)
この頃の蕣(あさがほ)藍に定まりぬ
押分けて行けは行かるる萩の原
金持ちは涼しき家に住みにけり   
蜩や神鳴晴れて又夕日  
鶏頭の黒きにそそぐ時雨かな
春雨や傘さして見る絵草子屋
雪残る頂き一つ国境  
林檎くふて牡丹の前に死なん哉
春風や阿波へ渡りの旅役者
菜の花や小学校の昼餉時
のどかさやつついて見たる蟹の穴
藤の花長うして雨ふらんとす
薔薇の香の紛々(ふんぷん)として眠られず
鶏頭の十四五本もありぬべし
寒月や枯木の上の一つ星
行く春ややぶれかぶれの迎酒
芭蕉忌や我俳諧の奈良茶飯  
年玉を並べて置くや枕もと  
五月雨や上野の山も見あきたり
栗飯や病人ながら大食ひ       
痩骨ヲサスル朝寒夜寒カナ
鶏頭ノマダイトケナキ野分カナ
イモウトノ帰リ遅サヨ五日月
枝豆ヤ三寸飛ンデ口二入ル
ツクツクボーシツクツクボーシバカリナリ
首あげて折々見るや庭の萩
活きた目をつつきに来るか蝿の声
病床の我に露ちる思ひあり
糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
痰一斗糸瓜の水も間に合はず
をととひのへちまの水も取らざりき
     ☆
ぼんやりと大きく出たり春の不二   (富士)
短夜や幽霊消えて鶏の声    
極楽は赤い蓮(はちす)に女かな  
一匙のアイスクリムや蘇(よみがえ)る
長き夜や千年の後考へる
凛として牡丹動かず真昼中
祇園会や錦の上に京の月
宵闇や薄に月のいづる音    
アメリカの波打ちよする岩ほ哉
涼しさや羽生えさうな腋の下
病間や桃食ひながら李(すもも)画く
ねころんで書よむ人や春の草     
うれしさにはつ夢いふてしまひけり
夏草やベースボールの人遠し    
句を閲すラムプの下や柿二つ
秋の蝿追へばまた来る叩けば死ぬ
蝿を打ち蚊を焼き病む身罪深し
芭蕉忌や我に派もなく伝もなし
故郷やどちらを見ても山笑ふ
人にあひて恐しくなりぬ秋の山
正月や橙(だいだい)投げる屋敷町
一日は何をしたやら秋の暮
弘法は何と書きしぞ筆始
猫老て鼠もとらず置火燵
睾丸の大きな人の昼寝かな
春風や象引いて行く町の中
夕立や蛙の面に三粒程
忍ぶれど夏痩にけり我恋は
夏草や嵯峨に美人の墓多し
無精さや蒲団の中で足袋をぬぐ
蒲団から首出せば年の明けて居る
行水や美人住みける裏長屋
                          目次へ
  内藤鳴雪 (1847-1926) 
雀子や走りなれたる鬼瓦        (『鳴雪俳句鈔』)
夏山の大木倒す谺かな
我が声の吹き戻さるる野分かな
初冬の竹緑なり詩仙堂         (『鳴雪俳句集』)
俎に薺のあとの匂ひかな    
                          目次へ
 夏目漱石  (1867-1916)
帰ろふと泣かずに笑へ時鳥        (『漱石俳句集』)
寝てくらす人もありけり夢の世に       
蛍狩われを小川に落しけり
骸骨やこれも美人のなれの果
何事ぞ手向けし花に狂ふ蝶
鳴くならば満月になけほととぎす
 (注)学年末試験で落第した正岡子規(子規=ほととぎす)に
何となう死にに来た世の惜しまるる
菜の花の中に小川のうねりかな
初夢や金も拾はず死にもせず
草山の重なり合へる小春哉
名月や故郷遠き影法師
罌粟の花さやうに散るは慮外なり
凩や真赤になつて仁王尊
落つるなり天に向つて揚雲雀
端然と恋をしてゐる雛(ひいな)かな
何となく寒いと我は思ふのみ
あんかう(鮟鱇)や孕み女の釣るし斬り
東西南北より吹雪かな
親展の状燃え上る火鉢哉
雪の日や火燵をすべる土佐日記
なき母の湯婆(たんぼ)やさめて十二年
叩かれて昼の蚊を吐く木魚哉
うかうかと我門過る月夜かな
凩に早鐘つくや増上寺
溜池に蛙闘ふ卯月かな
梅の奥に誰やら住んで幽(かす)かな灯
絶頂に敵の城あり玉霰(あられ)
物草の太郎の上の揚雲雀
枯野原汽車に化けたる狸あり
菜の花の中に糞ひる飛脚哉
海見えて行けども行けども菜畑哉
どこやらで我名よぶなり春の山
永き日や欠伸うつして別れ行く
名月や十三円の家に住む
古白とは秋につけたる名なるべし  (憶古白)
降る雪よ今宵ばかりは積れかし   (逢恋)
忘れしか知らぬ顔して畠打つ    (絶恋)
行春を琴掻き鳴らし掻き乱す    (恨恋)
凩や海に夕日を吹き落す
日あたりや熟し(じゆくし)の如き心地あり
人に死し鶴に生れて冴え返る
寒山か拾得か蚊に螫(さ)されしは
ふるひ寄せて白魚崩れんばかりなり
落ちさまに?(あぶ=虻)を伏せたる椿哉
木瓜(ぼけ)咲くや漱石拙(せつ)を守るべく
菫程な小さき人に生れたし
大手より源氏寄せたり青嵐
仏性は白き桔梗にこそあらめ
名月や無筆なれども酒は呑む
月に行く漱石妻を忘れたり
某(それがし)は案山子にて候雀どの
ぶつぶつと大いなる田螺の不平かな
行く年や猫うづくまる膝の上
湧くからに流るるからに春の水
我に許せ元日なれば朝寝坊
絶壁に木枯あたるひびきかな
新道は一本道の寒さかな
やかましき姑(しゆうと)健なり年の暮
老たん(耳偏に冉)のうとき耳ほる火燵(こたつ)かな   老たん=老子
紅梅に艶なる女主人かな
若葉して籠りがちなる書斎かな
草山に馬放ちけり秋の空
秋の川真白な石を拾ひけり
いかめしき門を這入れば蕎麦の花
先生の疎髭(そぜん)を吹くや秋の風
何の故に恐縮したる生海鼠(なまこ)哉
剥製の鵙鳴かなくに昼淋し
或夜雛娶りけり白い酒
むつとして口を開かぬ桔梗かな
安々と海鼠(なまこ)の如き子を生めり  (妻、長女出生)
秋風の一人をふくや海の上
暑き日の海に落込む暑かな
日は落ちて海の底より暑(あつさ)かな
三階に独り寝に行く寒かな       (倫敦)
霧黄なる市(まち)に動くや影法師   (倫敦)
手向(たむ)くべき線香もなくて暮の秋 (子規追悼句、倫敦にて)
雲の峰雷を封じて聳えけり 
無人島の天子とならば涼しかろ
更衣(ころもがへ)同心衆の十手かな
能もなき教師とならんあら涼し
楽寝昼寝われは物草太郎なり
  『沙翁物語』序文(二句)
罪もうれし二人にかかる朧月 
白菊にしばし逡巡(ため)らふ鋏かな
物いはぬ人と生れて打つ畠か
二人して片足づつの清水かな
時鳥厠半ばに出かねたり
春の水岩を抱いて流れけり
わが影の吹かれて長き枯野かな
別るるや夢一筋の天の川
秋の江に打ち込む杭の響かな
秋風や唐紅の咽喉仏(のどぼとけ)
秋風やひびの入りたる胃の袋
立秋の紺落ち付くや伊予絣
洪水のあとに色なき茄子かな (病後対鏡)
逝く人に留まる人に来る雁
生き返へるわれ嬉しさよ菊の秋 
生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉
秋の蚊のささんとすなり夜明方
甦(よみが)へる我は夜長に少しづつ
逝く人に留まる人に来る雁
肩に来て人懐かしや赤蜻蛉
骨の上に春滴るや粥の味
病んで夢む天の川より出水かな
君が琴塵を払へば鳴る秋か
有る程の菊抛げ入れよ棺の中
ただ一羽来る夜ありけり月の雁  
朝寒や生きたる骨を動かさず  (吐血した朝)
腸(はらわた)に春滴るや粥の味
秋風や屠(ほふ)られに行く牛の尻
春の夜や妻に教はる荻江節
耳の穴掘つてもらひぬ春の風
秋立つや一巻の書の読み残し
瓢箪は鳴るか鳴らぬか秋の風
かたまるや散るや蛍の川の上  
虫遠近病む夜ぞ静かなる心  
限りなき春の風なり馬の上
なあるほどこれは大きな涅槃像
思ふ事ただ一筋に乙鳥(つばめ)かな
山門や月に立つたる鹿の角
蟷螂(とうろう)の何を以つて立腹す
奈良の春十二神将剥げ尽せり
船出るとののしる声す深き霧
朝顔や咲た許りの命哉
君が名や硯に書いては洗ひ消す
   ☆
朝顔の葉影に猫の目玉かな
秋はふみわれに天下の志
どつしりと尻を据ゑたる南瓜かな
灯を消せば涼しき星や窓に入る
菜の花を通り抜ければ城下かな 
鳴きもせでぐさと刺す蚊や田原坂(たばるざか)
寝てくらす人もありけり夢の世に 
ごんと鳴る鐘をつきけり春の暮
同じ橋三たび渡りぬ春の暮
煩悩の朧に似たる夜もありき
君が琴塵を払えば鳴る秋か
柿一つ枝に残りて鴉哉
本名は頓とわからず草の花
花売に寒し真珠の耳飾
物言はで腹ふくれたる河豚かな
元日の富士に逢ひけり馬の上
決闘や町をはなれて星月夜
色々の雲の中より初日出
水烟る瀑の底より嵐かな
駄馬つづく阿蘇街道の若葉かな
湧くからに流るるからに春の水
馬の子と牛の子の居る野菊かな
ゆく春や振分(ふりわけ)髪も肩過ぎぬ
春の川を隔てて男女哉
本来の面目如何(いかん)雪達磨
温泉や水滑らかに去年の垢
行けど萩行けど薄の原廣し
馬の背で船漕ぎ出すや春の旅
秋高し吾白雲に乗らんと思ふ
温泉湧く谷の底より初嵐
酒なくて詩なくて月の静かさよ
雪隠の窓から見るや秋の山
山の温泉(ゆ)や欄に向へる鹿の面
鐘つけば銀杏(いちょう)ちるなり建長寺
家も捨て世も捨てけるに吹雪哉
鶯や障子あくれば東山
神の住む春山白き雲を吐く
凩に裸で御(お)はす仁王哉
思ふ事只一筋に乙鳥(つばめ)かな
星一つ見えて寐られぬ霜夜哉
春暮るる月の都へ帰り行(ゆく)
長けれど何の糸瓜とさがりけり
詩を書かん君墨を磨れ今朝の春
菜の花の遥かに黄なり筑後川
吾妹子を夢見る春の夜となれり
大和路や紀の路へつづく菫草
海嘯(つなみ)去つて後すさまじや五月雨
どこやらで我名よぶなり春の山
秋風の聞えぬ土に埋めてやりぬ
本名は頓とわからず草の花
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 芥川龍之介 (1892-1927)
蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな     (『澄江堂句集』)
木がらしや東京の日のありどころ
癆咳(らうがい)の頬美しや冬帽子
木がらしや目刺にのこる海の色
炎天にあがりて消えぬ箕のほこり
初秋の蝗つかめば柔かき
水洟や鼻の先だけ暮れ残る
元日や手を洗ひをる夕ごころ
白南風(しらばえ)の夕浪高うなりにけり
茶畠に入日しづもる在所かな
あかつきや(いとど)なきやむ屋根のうら (病中)
しぐるるや堀江の茶屋に客ひとり
春雨の中や雪おく甲斐の山
初牛の祠ともりぬ雨の中
秋風や甲羅をあます膳の蟹
兎も片耳垂るる大暑かな
青蛙おのれもペンキぬりたてか     (『芥川龍之介全集9』)
胸中の凩咳となりにけり
傾城の蹠(あなうら)白き絵踏かな   (『芥川龍之介句集(餓鬼全句)』)
帰らなんいざ草の庵は春の風  (学校(教師)をやめる)
炎天や切れても動く蜥蜴の尾 
炎天や逆上の人もの云はぬ      
川狩や陶淵明も尻からげ
新しき畳の匂ふ夜長かな
拾得は焚き寒山は掃く落葉
かひもなき眠り薬や夜半の冬
水さつと抜手ついついついーつい    (岩波文庫『芥川竜之介俳句集』)
この頃や戯作三昧花曇り
君琴弾け我は落花に肘枕
行く春や踊り疲れし蜘蛛男
花薊おのれは我鬼に似たるよぞ
三日月や二匹連れたる河太郎
世の中は箱に入れたり傀儡(くわいらい)師
銀漢の瀬音聞こゆる夜もあらむ   
枯芝や庭をよこぎる石の列     
埋火の仄に赤しわが心  (恋)      
春の夜や小暗き風呂に沈み居る   
秋風や尻ただれたる女郎蜘蛛 
切支丹坂を下り来る寒さ哉   
迎火の宙歩みゆく龍之介  
怪しさや夕まぐれ来る菊人形
明眸の見るもの沖の遠花火
雪どけの中にしだるる柳かな  
花薊おのれは我鬼に似たるよぞ
草の実や門を出づれば水暗し
秋風や人なき道の草の丈                          目次へ
 松瀬青々  (1869-1937)
暁や北斗を浸す春の潮         (『妻木』)
ふらここや少し汗出る戀衣
夕立は貧しき町を洗ひ去る
人妻の傘(からかさ)ふかし春の雨   
螢よぶ女は罪の聲くらし
黙りゐる事のかしこきなまこ哉
貝寄風や愚な貝もよせてくる      (『鳥の巣』)
蟻穴を出て地歩くや東大寺
短夜の浮藻うごかす小蝦かな
我妹子の膝にとりつく竈馬(いとど)かな (『鳥の巣』)
女房のふところ恋ひし春の暮      (『松苗』)
桃の花を満面に見る女かな
鞦韆(ふらここ)にこぼれて見ゆる胸乳かな
日盛りに蝶のふれ合ふ音すなり
この国に恋の茂兵衛やほととぎす
 (注)茂兵衛:近松門左衛門『大経師昔暦』の登場人物。京都の大経師の妻おさんと手代の茂兵衛が通じ、
 二人して丹波にのがれたが捕らえられ処刑された。(『大経師昔暦』は川口松太郎の戯曲「おさん茂兵衛」、
 溝口健二の映画「近松物語」の原作)
ただ其処に宙に見えけり夏の月
見る我と別な世界を螢とぶ 
雲の峰ほどの思ひの我にあらば
寒山が友ほしく来しけさの秋
ぽつかりと雪ほどのもの世にあらず
水よりも清き寝覚や茄子和(なすびあへ)
草が木にものやささやく野のおぼろ
春の水喜ぶ我に似たるかな
夢殿の赤に世の冬永きかな
鞦韆にこぼれて見ゆる胸乳かな
色鳥を待つや端居の絵具皿
  ☆
鶏の吹き倒さるる野分かな
氾濫を感ずる裸女かな
舷(ふなべり)や手に春潮を弄(もてあそ)ぶ
あはれなりさかれば鳥も夫婦かな
身をよせて朧を君と思ふなり
アッパッパ思ひ邪なき娘かな
話しかけるやうに女が火を焚きて
妻にせし女世にあり年の暮
元日の庭に真白の椿かな
                          目次へ
 高濱虚子  (1874-1959)
春雨の衣桁に重し恋衣            (『五百句』)
風が吹く仏来給ふけはひあり
怒濤岩を噛む我を神かと朧の夜
海に入りて生れかはらう朧月
大根の花紫野大徳寺
先生が瓜盗人でおはせしか
盗んだる案山子の笠に雨急なり
蛇穴を出て見れば周の天下なり
穴を出る蛇を見て居(お)る鴉かな
柴漬(ふしづけ)に見るもかなしき小魚かな
亀鳴くや皆愚かなる村のもの
蓑虫の父よと鳴きて母もなし
遠山に日の当りたる枯野かな
秋風や眼中のもの皆俳句
ほろほろと泣き合ふ尼や山葵漬
大海のうしほはあれど旱かな
むづかしき禅門出れば葛の花
秋風にふえてはへるや法師蝉
鎌とげば藜(あかざ)悲しむけしきかな
行水の女にほれる烏かな
村の名も法隆寺なり麦を蒔く
芳草や黒き烏も濃紫
桐一葉日当りながら落ちにけり
秋扇や寂しき顔の賢夫人
後家がうつ艶な砧に惚れて過ぐ
秋空を二つに断てり椎大樹
金亀子(こがねむし)擲(なげう)つ闇の深さかな
新涼の驚き貌(かほ)に来りけり
凡(およ)そ天下に去来程(ほど)の小さき墓に参りけり
霜降れば霜を楯とす法(のり)の城
死神を蹴る力無き蒲団かな
春風や闘志いだきて丘に立つ
大寺を包みてわめく木の芽かな
一つ根に離れ浮く葉や春の水
古庭を魔になかへしそ蟇
年を以て巨人としたり歩み去る
時ものを解決するや春を待つ
鎌倉を驚かしたる余寒かな
我心或時軽し罌粟の花
コレラ怖ぢて綺麗に住める女かな
コレラの家を出し人こちへ来りけり
コレラ船いつまで沖に繋かかり居る
一人の強者唯(ただ)出よ秋の風
秋風や最善の力唯尽す
葡萄の種吐き出して事を決しけり
これよりは恋や事業や水温む
露の幹静に蝉の歩き居り
大空に又わき出でし小鳥かな
木曾川の今こそ光れ渡り鳥
闇汁の杓子を逃げしものや何
人間吏となるも風流胡瓜の曲るも亦(また)
蛇逃げて我を見し眼の草に残る
天の川のもとに天智天皇と虚子と
今朝も亦焚火に耶蘇の話かな
老衲(らうなふ)炬燵に在り禽獣裏山に
雨の中に立春大吉の光あり
鞦韆に抱き乗せて沓(くつ)に接吻す
野を焼いて帰れば燈火母やさし
能すみし面の衰へ暮の秋
秋天の下に野菊の花弁欠く
我を指す人の扇をにくみけり
冬帝(とうてい)先づ日をなげかけて駒ケ岳
どかと解く夏帯に句を書けとこそ
天日のうつりて暗し蝌蚪の水
晩涼に池の萍(うきくさ)皆動く
月浴びて玉崩れをる噴井かな
北風や石を敷きたるロシア町
春寒のよりそひ行けば人目ある
白(はく)牡丹といふといへども紅(こう)ほのか
競べ馬一騎遊びてはじまらず
鶯や洞然として昼霞
底の石ほと動き湧く清水かな
大空に伸び傾ける冬木かな
うなり落つ蜂や大地を怒り這ふ
ものの芽のあらはれ出でし大事かな
なつかしきあやめの水の行方かな
大夕立来るらし油布のかきくもり
わだつみに物の命のくらげかな
秋天の下に浪あり墳墓あり   (鎌倉)
やり羽子(はご)や油のやうな京言葉
東山静に羽子の舞ひ落ちぬ
両の掌にすくひてこぼす蝌蚪の水
おもひ川渡れば叉も花の雨
新涼や仏にともし奉る
ふるさとの月の港をよぎるのみ
はなやぎて月の面にかかる雲
われが来し南の国のザボンかな
ふみはずす蝗の顔の見ゆるかな
流れ行く大根の葉の早さかな
此村を出でばやと思ふ畦を焼く
眼つむれば若き我あり春の宵
旧城市柳絮とぶことしきりなり
夕立や森を出で来る馬車一つ
石ころも露けきものの一つかな
栞して山家集あり西行忌
春潮といへば必ず門司を思ふ
炎天の空美しや高野山
闇なれば衣まとふ間の裸かな
もの言ひて露けき夜と覚えたり
大試験山の如くに控へたり
紅梅の紅の通へる幹ならん
飛騨の生れ名はとうといふほととぎす
火の山の裾に夏帽振る別れ
夕影は流るる藻にも濃かりけり
われの星燃えてをるなり星月夜
酒うすしせめては燗を熱うせよ
鷹の目の佇む人に向はざる
聾青畝ひとり離れて花下に笑む
春の浜大いなる輪が画いてある
自ら其頃となる釣忍
くはれもす八雲旧居の秋の蚊に
襟巻の狐の顔は別にあり
凍蝶の己が魂追うて飛ぶ
鴨の嘴(はし)よりたらたらと春の泥
神にませばまこと美はし那智の滝
囀や絶えず二三羽こぼれ飛び
浴衣着て少女の乳房高からず
バス来るや虹の立ちたる湖畔村
顔抱いて犬が寝てをり菊の宿
白雲と冬木と終にかかはらず
玉虫の光残して飛びにけり
黒揚羽花魁草にかけり来る
大いなるものが過ぎ行く野分かな
川を見るバナナの皮は手より落ち
神慮今鳩をたたしむ初詣
一を知つて二を知らぬなり卒業す
道のべに阿波の遍路の墓あはれ
秋篠はげんげの畦に仏かな
かわかわと大きくゆるく寒鴉
大空に羽根の白妙とどまれり
駒の鼻ふくれて動く泉かな          
もとよりも恋は曲者懸想文           
座を挙(あ)げて恋ほのめくや歌かるた
君と我うそにほればや秋の暮
提灯に落花の風の見ゆるかな
此松の下に佇(たたず)めば露の我   
来る人に我は行く人慈善鍋     
木々の芽のわれに迫るや法(のり)の山  
我心漸(やうや)く楽し草を焼く   
芽ぐむなる大樹の幹に耳を寄せ
巣の中に蜂のかぶとの動く見ゆ
ワガハイノカイミヤウノナキススキカナ        (「五百句」時代)   
我汗の流るる音の聞こゆなり
餅も好き酒もすきなりけさの春     
大紅蓮大白蓮の夜明かな
短夜の星が飛ぶなり顔の上
蝶々のもの食ふ音の静かさよ
行春や畳んで古き恋衣
絵ぶみして生き残りたる女かな
宮柱太しく立ちて神無月
子規逝くや十七日の月明に
兄弟の心異る寒さかな
山深く狂女に逢へり葛の花
放屁虫俗論党を憎みけり
地球凍てぬ月光之を照しけり
初空や大悪人虚子の頭上に
其中に金鈴をふる虫一つ
浪音の由比ケ浜より初電車
早春の庭をめぐりて門を出でず
この庭の遅日の石のいつまでも
箱庭の人に古りゆく月日かな
咲き満ちてこぼるる花もなかりけり
狐火の出てゐる宿の女かな
春燈の下に我あり汝あり
宇治川をわたりおほせし胡蝶かな
箒木に影といふものありにけり
ぐんぐんと伸びゆく雲の峰のあり
大空をただ見てをりぬ檻の鷲
大濤にをどり現れ初日の出
鴨の中の一つの鴨を見てゐたり          (『五百五十句』)
我心春潮にありいざ行かむ
熱帯の海は日を呑み終りたる
籐椅子にあれば草木花鳥来(らい)
命かけて芋虫憎む女かな
飛んで来る物恐ろしき野分かな
芭蕉忌や遠く宗祇に遡る
翡翠(かはせみ)の紅一点につづまりぬ
歌留多とる皆美しく負けまじく
マスクして我と汝でありしかな
たとふれば独楽のはじける如くなり
稲妻をふみて跣足の女かな
老人と子供と多し秋祭
落花生喰ひつつ読むや罪と罰
静けさに耐へずして降る落葉かな
行年や歴史の中に今我あり
焚火かなし消えんとすれば育てられ
旗のごとなびく冬日をふとみたり
我思ふままに孑孑(ぼうふら)うき沈み
己が羽の抜けしを啣(くわ)へ羽抜鶏
秋風や心の中の幾山河
もの置けばそこに生れぬ秋の蔭
龍の玉深く蔵すといふことを
春水をたたけばいたく窪むなり
運命は笑ひ待ちをり卒業す
初蝶を夢の如くに見失ふ
虫螻蛄と侮られつつ生を享(う)く
鳰(にお)がゐて鳰の海とは昔より
秋風やとある女の或る運命
手鞠唄かなしきことをうつくしく
羽子板を口にあてつつ人を呼ぶ
大寒の埃の如く人死ぬる
大寒や見舞に行けば死んでをり
松過ぎの又も光陰矢の如く
吾も亦紅なりとついと出で
秋風や心激して口吃る
よろよろと棹がのび来て柿挟む
おでんやを立ち出でしより低唱す
マスクして我を見る目の遠くより
我が生は淋しからずや日記買ふ
懐手して論難に対しをり
北風に人細り行き曲り消え
夏潮をけつて戻りて陸(くが)に立つ  
草枯に真赤な汀子なりしかな    
静さに耐へずして降る落葉かな       
日ねもすの風花淋しからざるや
実朝忌由井の浪音今も高し
宝石の大塊のごと春の雲       
さまよへる風はあれども日向ぼこ      
閻王の眉は発止と逆立てり             (『六百句』)
夏潮の今退く平家亡ぶ時も
壱岐低く対馬は高し夏の海
山川にひとり髪洗ふ神ぞ知る
水打てば夏蝶そこに生れけり
目にて書く大いなる文字秋の空
大木の見上ぐるたびに落葉かな
冬の空少し濁りしかと思ふ
大根を水くしやくしやにして洗ふ
小春ともいひ又春の如しとも
口あけて腹の底まで初笑
たんぽぽの黄が目に残り障子に黄
春惜むベンチがあれば腰おろし
釣堀に一日を暮らす君子かな 
向日葵が好きで狂ひて死にし画家
何事も人に従ひ老涼し
悲しさはいつも酒気ある夜学の師
天地(あめつち)の間にほろと時雨かな
死ぬること風邪を引いてもいふ女
寒鯉の一擲したる力かな
ハンドバツク寄せ集めあり春の芝
スリツパを超えかねてゐる仔猫かな
生きてゐるしるしに新茶おくるとか
過ちは過ちとして爽やかに
天高し雲行く方に我も行く
不思議やな汝れが踊れば吾が泣く
話しつつ行き過ぎ戻る梅の門 
白酒の紐の如くにつがれけり
土塊(つちくれ)を一つ動かし物芽出づ
牛の子の大きな顔や草の花
虹立ちて忽ち君の在る如し
虹消えて忽ち君の無き如し
山国の蝶を荒しと思はずや
敵といふもの今は無し秋の月
日のくれと子供が言ひて秋の暮
句を玉と暖めてをる炬燵かな
一片の落花見送る静かな        
神はただみそなはすのみ初詣
己が羽の抜けしを咥へ羽抜鳥
襟巻に深く埋もれ帰去来(かへんなん)
うかうかと咲き出しこの帰り花
高々と枯れ了(おお)せたる芒かな
冬籠書斎の天地狭からず
寒といふ字に金石の響あり
鎌倉に実朝忌あり美しき
初夢の唯空白を存したり       
後苑の菊の乱れを愛しつつ
枯菊に尚ほ或物をとどめずや
木枯に浅間の煙吹き散るか
枯菊に尚色といふもの存す
夏草に延びてからまる牛の舌
思ふこと書信に飛ばし冬籠 
深秋といふことのあり人も亦        
尾は蛇の如く動きて春の猫      
犬ふぐり星のまたたく如くなり
新米の其一粒の光かな               (「六百句」時代)
金の輪の春の眠りにはひりけり       
山一つあなたに春のある思ひ            (「小諸時代」)
何をもて人日の客もてなさん            (『小諸百句』)        
ラヂオよく聞こえ北佐久秋の晴          
初蝶来何色と問ふ黄と答ふ
其辺を一と廻りして唯寒し
有るものを摘み来よ乙女若菜の日           (『六百五十句』)
世の中を遊びごころや氷柱折る
日凍てて空にかかるといふのみぞ
我生の今日の昼寝も一大事      
いつ死ぬる金魚と知らず美しき
烈日の下に不思議の露を見し
秋灯や夫婦互に無き如く
山の日は鏡の如し寒桜
茎右往左往菓子器のさくらんぼ
爛々と昼の星見え菌(きのこ)生え
念力のゆるみし小春日和かな
造化又赤を好むや赤椿
海女とても陸(くが)こそよけれ桃の花
冬海や一隻の難航す
秋天にわれがぐんぐんぐんぐんと
人生は陳腐なるかな走馬燈
大紅葉燃え上がらんとしつつあり
やはらかき餅の如くに冬日かな				
虚子一人銀河と共に西へ行く
わが終り銀河の中に身を投げん
手で顔を撫づれば鼻の冷たさよ
闘志尚存して春の風を見る
大空にうかめる如き玉椿
春惜む命惜むに異らず
彼一語我一語秋深みかも
冬ざれや石に腰かけ我孤独
去年今年貫く棒の如きもの
熱燗に泣きをる上戸ほつておけ
冬籠われを動かすものあれば
梅雨眠し安らかな死を思ひつつ
西方の浄土は銀河落るところ    
美しきぬるき炬燵や雛の間
金堂の扉を叩く木の芽風
陽炎の中に二間の我が庵
而してよき風鈴を釣りたまへ
戸隠の山々沈み月高し
椿艶これに対して老ひとり
よくぞ来し今青嵐につつまれて
藝格といふもののあり梅椿
万緑の万物の中大佛
人の世も斯く美しと虹の立つ      
悔もなく誇もなくて子規忌かな     
下萌の大磐石をもたげたる
大いなる新樹のどこか騒ぎをり           (「六百五十句」時代)
ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に             (『七百五十句』)
賽の目の仮の運命(さだめ)よ絵双六
冬枯の庭を壺中の天地とも
志俳句にありて落第す   
何事も知らずと答へ老の春
傲岸と人見るままに老いの春
悪なれば色悪よけれ老の春
脱落し去り脱落し去り明の春
眠れねばいろいろの智慧夜半の秋
明易や花鳥諷詠南無阿弥陀
すぐ来いといふ子規の夢明易き
人生の颱風圏に今入りし
コスモスの花あそびをる虚空かな
羽子をつき手毬をついて恋をして
地球一万余回転冬日にこにこ
鎌倉の古き土より牡丹の芽
一切を抛擲し去り大昼寝
我を見て舌を出したる大蜥蜴
大空の青艶(えん)にして流れ星
例の如く草田男年賀二日夜
春の山歪ながらも円きかな
落椿美し平家物語
牡丹の一弁落ちぬ俳諧史  (松本たかし死す)
この池の生々流転蝌蚪の紐
蜘蛛に生れ網をかけねばならぬかな
朝寝もし炬燵寝もして松の内
不精にて年賀を略す他意あらず	
我れが行く天地万象凍てし中
風生と死の話して涼しさよ
傷一つ翳(かげ)一つなき初御空
灯をともす指の間の春の闇
春の山屍をうめてむなしかり
独り句の推敲をして遅き日を
蝿叩手に持ち我に大志なし
昼寝して覚めて乾坤新たなり  
苔寺を出てその辺の秋の暮
風雅とは大きな言葉老の春  
我が庭や冬日健康冬木健康              
伊予に生れ相模に老いて更衣           (「七百五十句」時代)
永き日を君あくびでもしてゐるか         (『贈答句集』)
これよりは恋や事業や水温む
面脱ぎて嫉妬の汗の美しく     
登山する健脚なれど心せよ             (昭和27年の月刊『俳句』創刊号)
   ☆
その中に小さき神や壺すみれ (『定本虚子全集 第1巻 俳句集 春』高浜虚子著 創元社 昭和23−24)
   ☆
さまざまの情のもつれ暮の春
病葉や大地に何の病ある
椿艶これに対して老ひとり
その辺を一廻りしてただ寒し
玉の如まろぶ落花もありにけり
花の雨強くなりつつ明るさよ
門を出る人春光の包み去る
立子けふボストン日本花盛り
踏みて直ぐデージーの花起き上る
園丁の指に従ふ春の土
燕(つばくら)のゆるく飛び居る何の意ぞ
いつの間に霞そめけん佇ちて見る
春昼や廊下に暗き大鏡
ぼうたんの花の上なる蝶の空
理学部は薫風楡の大樹蔭
一匹の蝿一本の蝿叩
線と丸電信棒と田植笠
美しい蜘蛛居る薔薇を剪りにけり
羽抜鳥卒然として駈けりけり
風鈴に大きな月のかかりけり
橋裏を皆打仰ぐ涼舟
秋の蝿うてば減りたる淋しさよ
ダンサーの裸の上の裘(かはごろも)
蟻這ふや掃き清めたる朝の土
家持の妻恋舟か春の海
大風に沸き立つてをる新樹かな
草萌の大地にゆるき地震かな
此谷の梅の遅速を独り占む
春来れば路傍の石も光あり
                          目次へ
 河東碧梧桐  (1873-1937)
春浅き水を渉るや鷺一つ        (『碧梧桐句集』)
桃咲くや湖水のへりの十箇村
春寒し水田の上の根なし雲
ひたひたと春の潮打つ鳥居かな
ちさい子の走りてあがる凧
旅にして昼餉の酒や桃の花
赤い椿白い椿と落ちにけり 
空(くう)をはさむ蟹死にをるや雲の峰
鳥渡り明日はと望む山夏野
馬方の喧嘩も果てて蚊遣かな
天領の境にさくや桐の花
ひやひやと積木が上に海見ゆる
川上の水静かなる花野かな
露深し胸毛の濡るる朝の鹿 
鳥渡る博物館の林かな
から松は淋しき木なり赤蜻蛉
螽(いなご)飛ぶ草に蟷螂じつとして
この道の富士になりゆく芒かな
豊かなる年の落穂を祝ひけり
流れたる花屋の水の氷りけり
不忍や水鳥の夢夜の三味
思はずもヒヨコ生れぬ冬薔薇
初日さす朱雀道りの静さよ
曳かれる牛が辻でずつと見廻した秋空だ (『八年間』)
ミモーザ活けて一日留守したベツドの白く
髪梳き上げた許りの浴衣で横になつてるのを見まい  
   ☆
鷹鳴いて落花の風となりにけり
ものうくて二食になりぬ冬籠
愕然として昼寝さめたる一人かな
闇中に山ぞ峙(そばだ)つ鵜川かな
寒月に雲飛ぶ赤城榛名かな
大根を煮た夕飯の子供達の中にをる
しだり尾の錦ぞ動く金魚かな
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 臼田亞浪  (1879-1951)
元日や日のあたりをる浅間山      (『亞浪俳句鈔』)
鵯のそれきり鳴かず雪の暮
氷曳く音こきこきと杉間かな
木曽路ゆく我も旅人散る木の葉
今日も暮るる吹雪の底の大日輪
郭公や何処までゆかば人に逢はむ
コスモスへゆきかまつかへゆき憩ふ   (『白道』)
草原や夜々に濃くなる天の川      (『旅人』)
   ☆
死ぬものは死にゆく躑躅燃えてをり
こんこんと水は流れて花菖蒲
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 村上鬼城(1865-1938)
元日やふどしたたんで枕上ミ      (『定本鬼城句集』)
春寒やぶつかり歩く盲犬
世を恋ふて人を恐るる余寒かな
春の夜や灯を囲み居る盲者達
榛名山大霞して真昼かな
残雪やごうごうと吹く松の風
治聾酒の酔ふほどもなくさめにけり
生きかはり死にかはりして打つ田かな
闘鶏の眼つぶれて飼はれけり
己が影を慕うて這へる地虫かな
川底に蝌蚪の大国ありにけり
ゆさゆさと大枝ゆるる桜かな
念力のゆるめば死ぬる大暑かな
五月雨や起上がりたる根無草
雹(ひよう)晴れて豁然とある山河かな
水すまし水に跳て水鉄の如し
夏草に這上がりたる捨蚕(すてご)かな
秋の暮水のやうなる酒二合
痩馬のあはれ機嫌や秋高し
さみしさに早飯食ふや秋の暮
けふの月馬も夜道を好みけり
月さして一ト間の家でありにけり
親よりも白き羊や今朝の秋
蛤に雀の斑あり哀れかな
小春日や石を噛み居る赤蜻蛉
冬の日や前に塞がる己が影
鷹のつらきびしく老いて哀れなり
冬蜂の死に所なく歩きけり
   ☆
冬山の日当たるところ人家かな
綿入や妬心もなくて妻哀れ
鹿の子のふんぐり持ちて頼母(たのも)しき
馬に乗つて河童遊ぶや夏の川
新しき蒲団に聴くや春の雨
砂原を蛇のすりゆく秋日かな
花ちりて地にとどきたる響かな
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  松根東洋城  (1878-1964) 
のどけさに寝てしまひけり草の上    (『東洋城千句集』)
黛(まゆずみ)を濃うせよ草は芳しき
渋柿の如きものにては候へど
 (注)自作の特色の説明。
絶壁に眉つけて飲む清水かな
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 渡辺水巴(1882-1946)
冬山やどこまで登る郵便夫       (『水巴句帖』)
天渺々笑ひたくなりし花野かな     (『續水巴句帖』)
白日は我が霊なりし落葉かな
さざ波は立春の譜をひろげたり     (『白日』)
てのひらに落花とまらぬ月夜かな 
かたまつて薄き光の菫かな
月光にぶつかつて行く山路かな
一筋の秋風なりし蚊遣香
寂寞(じやくまく)と湯婆に足をそろへけり(『新月』)
うすめても花の匂の葛湯かな      (『水巴句集』)
秋風や眼を張つて啼く油蝉 
日輪を送りて月の牡丹かな       (「ホトトギス雑詠選集」)
     ☆
薫風や蚕(こ)は吐く糸にまみれつつ
団栗の己が落葉に埋れけり
元日やゆくへもしれぬ風の音
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 飯田蛇笏(1885-1962)
もつ花におつるなみだや墓まゐり    (『山廬集』)
鈴おとのかすかにひびく日傘かな
就中(なかんづく)学窓の灯や露の中
花の風山蜂たかくわたるかな
かりそめに燈籠おくや草の中
はつ汐にものの屑なる漁舟かな 
くれなゐのこころの闇の冬日かな
炉ほとりの甕に澄む日や十二月
ありあけの月をこぼるるちどりかな
ふるさとの雪に我ある大炉かな
古き世の火の色うごく野焼かな
大峰の月に帰るや夜学人
大江戸の街は錦や草枯るる
秋風や野に一塊の妙義山
幽冥へおつる音あり灯取虫
秋風や眼前湧ける月の謎
竈火(かまどび)赫(かつ)とただ秋風の妻を見る
芋の露連山影を正しうす
つぶらなる汝が眼吻はなん露の秋
かりがねに乳はる酒肆の婢ありけり
梵妻を恋ふ乞食あり烏瓜
ある夜月に富士大形の寒さかな
閨怨のまなじり幽し野火の月
なつやせや死なでさらへる鏡山
大空に富士澄む罌粟(けし)の真夏かな
たましひのしづかにうつる菊見かな
山国の虚空日わたる冬至かな
雪晴れてわが冬帽の蒼さかな
死病得て爪うつくしき火桶かな
落葉ふんで人道念を全うす
山寺の扉に雲あそぶ彼岸かな
ゆく春や人魚の眇(すがめ)われをみる
三伏の月の穢(ゑ)に鳴く荒鵜かな
月いよいよ大空わたる焼野かな
筆硯に多少のちりも良夜かな
夏山や又大川にめぐりあふ
一鷹を生む山風や蕨伸ぶ
流燈や一つにはかにさかのぼる
秋の星遠くしづみぬ桑畑
滝風に吹かれあがりぬ石たたき
出水川とどろく雲の絶間かな
ぬぎすてし人の温みや花衣
ゆく雲にしばらくひそむ帰燕かな
いきいきと細目かがやく雛(ひひな)かな
信心の母にしたがふ盆会かな
山風にながれて遠きひばりかな
極寒の塵もとどめず巌(いは)ぶすま
死骸(なきがら)や秋風かよふ鼻の穴
たましひのたとへば秋のほたる哉
山柿や五六顆(か)おもき枝の先
いんぎんにことづてたのむ淑気かな
ひたひたと寒九の水や廚甕(くりやがめ)
春蘭の花とりすつる雲の中
山川に流れてはやき盆供かな
をりとりてはらりとおもきすすきかな
わらんべの溺るるばかり初湯かな
秋たつや川瀬にまじる風の音
浪々のふるさとみちも初冬かな
旧山廬訪へば大破や辛夷咲く   
大木を見つつ閉(さ)す戸や秋の暮
霜とけの囁きをきく猟夫(さつを)かな
うらうらと旭(ひ)いづる霜の林かな
あな痩せし耳のうしろよ夏女     
洟かんで耳鼻相通ず今朝の秋
秋の草全く濡れぬ山の雨
炭売の娘(こ)のあつき手に触りけり
大空に富士澄む罌粟の真夏かな 
黒衣僧月界より橇に乗りて来ぬ 
採る茄子の手籠にきゆァとなきにけり  (『霊芝』)
帯の上の乳(ち)にこだはりて扇さす
くろがねの秋の風鈴鳴りにけり
音のして夜風のこぼす零余子(むかご)かな   
山の春神々雲を白うしぬ
切株において全き熟柿かな
寒鯉の黒光りして斬られけり
大乳房たぶたぶ垂れて蚕飼(こがひ)かな
大揚羽ゆらりと岨(そば)の花に酔ふ
土を見て歩める秋のはじめかな
乳(ち)を垂(た)りて母牛のあゆむ冬日かな
死火山の膚つめたくて草いちご
大つぶの寒卵おく襤褸の上
秋しばし寂(じやく)日輪をこずゑかな
鼈(すつぽん)をくびきる夏のうす刃かな
よき娘きて軍鶏流眄す秋日かな
雪山を匐ひまわりゐる谺かな
秋鶏が見てゐる陶の卵かな
濠の月青バスに乗る河童かな  
草川のそよりともせぬ曼珠沙華     (『山響集』)
月光のしたたたりかかる鵜籠かな
冬の蟇(ひき)川にはなてば泳ぎけり
山の童(こ)の木菟(づく)捕らえたる鬨あげぬ
歔欷(すすりな)くこゑ閨中に大椿樹
去年今年闇にかなづる深山川
老鶏(らうけい)の蟇ぶらさげて歩くかな
夏雲群るるこの峡中に死ぬるかな
はたと合ふ眼の悩みある白日傘  
鷹まうて神座のたかねしぐれそむ
夏真昼死は半眼に人をみる       (『白嶽』)
高浪にかくるる秋のつばめかな
奥嶺よりみづけむりして寒の渓     
日輪にきえいりてなくひばりかな
旅終へてまた雲にすむ暮春かな   
冬滝のきけば相つぐこだまかな     (『心像』)
火山湖のみどりにあそぶ初つばめ
冷やかに人住める地の起伏あり
山水のゆたかにそそぐ雪の池
花びらの肉やはらかに落椿
谷梅にとまりて青き山鴉        
花弁の肉やはらかに落椿      
桐一葉月光むせぶごとくなり      
いわし雲おおいなる瀬をさかのぼる   (『春蘭』)
戦死報秋の日くれてきたりけり     (『雪峡』)
なまなまと白紙の遺髪秋の風
子のたまをむかへて山河秋の風
月光とともにただよふ午夜の雪
降る雪や玉のごとくにランプ拭く
月光とともにただよふ午夜(ごや)の雪
雪山のそびえ幽(く)らみて夜の天
たまきはるいのちをうたにふゆごもり
春燈やはなのごとくに嬰(こ)のなみだ
川波の手がひらひらと寒明くる
雁仰ぐなみだごころをたれかしる 
父祖の地に闇のしづまる大晦日   
凪ぎわたる地はうす眼して冬に入る   (『家郷の霧』)
春めきてものの果てなる空の色    
おく霜を照る日しづかに忘れけり
空林の霜に人生褸の如し
冬渓をこゆる兎に山の月      
寒の月白炎曳いて山をいづ
こころざし今日(こんにち)にあり落花ふむ
炎天を槍のごとくに涼気すぐ
冬の風人生誤算なからんや
暁の虫文業ともに寂かなり
金輪際牛の笑はぬ冬日かな
冬川に出て何を見る人の妻
空林の霜に人生褸の如し       
原爆忌人は弧ならず地に祈る   
寒の闇匂ふばかりに更けにけり 
惨として飛翔かたむく蟷螂かな   
夏来れば夏をちからにホ句の鬼   
薔薇園一夫多妻の場を思ふ       (『椿花集』)
地に近く咲きて椿の花落ちず
寒雁のつぶらかな声地におちず
朝日より夕日親しく秋の蝉
はかなきは女人剃髪螢の夜
秋の風富士の全貌宙にあり
山中の蛍を呼びて知己となす
夏蝶のやさしからざる眸の光   
荒潮におつる群星なまぐさし  
冬山へ枯木を折りて音を聞く
涸れ滝へ人を誘ふ極寒裡
いち早く日暮るる蝉の鳴きにけり
百合の露揚羽のねむる真昼時 
夜の蝶人ををかさず水に落つ
誰彼もあらず一天自尊の秋
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 前田普羅  (1884-1954)
面体をつつめど二月役者かな      (『普羅句集』+『新訂普羅句集』)
如月の日向をありく教師かな
春更けて諸鳥啼くや雲の上       
春尽きて山みな甲斐に走りけり
春雪の暫く降るや海の上
雪解川名山けづる響かな 
月出でて一枚の春田輝けり
絶壁のほろほろ落つる汐干かな
花を見し面を闇に打たせけり
椿落つる我が死ぬ家の暗さかな
潮蒼く人流れじと泳ぎけり
羽抜鳥高き巌に上りけり
人殺す我かも知らず飛ぶ蛍 
新涼や豆腐驚く唐辛子
夜長人耶蘇をけなして帰りけり
盗人(ぬすつと)とならで過ぎけり虫の門
虫なくや我と湯を呑む影法師
しみじみと日を吸ふ柿の静かな
霜月や酒さめて居る蝮取り
寒雀身を細うして闘へり
オリオンの眞下春立つ雪の宿
立春の暁の時計鳴りにけり
雪つけし飛騨の国見ゆ春の夕
行く春や大浪立てる山の池
鞦韆(ふらここ)にしばし遊ぶや小商人(こあきんど)
鳶烏闘ひ落ちぬ濃山吹
梅雨の海静かに岩をぬらしけり
立山のかぶさる町や水を打つ
大空に蜘蛛のかかれる月夜哉
雪卸し能登見ゆるまで上りけり
冬山や径あつまりて一と平
冬ごもる子女の一間を通りけり
うしろより初雪降れり夜の町
雪山に雪の降り居る夕かな             
荒梅雨や山家の煙這ひまわる
奥能登や浦々かけて梅雨の滝
眠る山佐渡見ゆるまで径のあり
我が思ふ孤峰顔出せ青を踏む
春星や女性浅間は夜も寝(い)ねず   (『春寒浅間山』)
うらがへし又うらがへし大蛾掃く
絶壁に吹き返へさるる初時雨
ビロードの夜会服つけ大蛾来
乗鞍のかなた春星かぎりなし      (『飛騨紬』)
紺青の乗鞍の上(え)に囀れり
山吹や根雪の上の飛騨の径
美しき栗鼠の歯形や一つ栗
吹きあがる落葉にまじり鳥渡る
鳥とぶや深雪がかくす飛騨の国 
山桃の日陰と知らで通りけり      (『定本普羅句集』上記句集以外の句)
茅枯れてみづがき山は蒼天(そら)に入る
霜つよし蓮華とひらく八ヶ嶽
駒ケ岳凍てて巌を落しけり
奧白根かの世の雪をかがやかす
弥陀ヶ原漾(ただよ)ふばかり春の雪
雪の夜や家をあふるる童声
秋風の吹きくる方に帰るなり  
かりがねのあまりに高く帰るなり
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 原石鼎(1886-1951)
頂上や殊に野菊の吹かれ居り      (『花影』)
山川に高浪も見し野分かな
山畑に月すさまじくなりにけり
山国の闇恐ろしき追儺かな
風呂の戸にせまりて谷の朧かな
高々と蝶こゆる谷の深さかな
花影婆娑と踏むべくありぬ岨の月
山国の暗すさまじきや猫の恋
山の色釣り上げし鮎に動くかな
提灯を螢が襲ふ谷を来(きた)り
淋しさにまた銅鑼打つや鹿火屋守
蔓踏んで一山の露動きけり
磯鷲はかならず巌にとまりけり
磐石をぬく燈台や夏近し
秋風や模様のちがふ皿二つ
けさ秋の一帆生みぬ中の海
己(わ)が庵に火かけて見むや秋の風
芭蕉高し雁列に日のありどころ
首のべて日を見る雁や蘆の中
短日の梢微塵にくれにけり
切株に鴬とまる二月かな
秋蝶の驚きやすきつばさかな
襟巻に一片浮ける朱唇かな
夕月に七月の蝶のぼりけり
雪に来て見事な鳥のだまり居る
もろもろの木に降る春の霙かな
春の水岸へ岸へと夕かな
晴天や白き五弁の梨の花
鮎の背に一抹の朱のありしごとし
あるじよりかな女が見たし濃山吹 
とんぼうの薄羽ならしし虚空かな
七面鳥冬日の中にわらひけり          (『花影以後』)
   ☆
目覚(さ)まさば父怖しき午睡かな
山霊のむささびなげて春の月
火星いたくもゆる宵なり蠅叩
梟淋し人の如くに瞑(つぶ)る時
松落葉かからぬ五百木無かりけり
水餅や混沌として甕の中
鹿二つ立ちて淡しや月の丘
大空と大海の辺に冬籠る 
                          目次へ
 水原秋櫻子(1892-1981)
来しかたや馬酔木咲く野の日のひかり  (『葛飾』)
蟇ないて唐招提寺春いづこ
馬酔木咲く金堂の扉にわが触れぬ 
馬酔木より低き門なり浄瑠璃寺
金色の佛ぞおはす蕨かな
梨咲くと葛飾の野はとの曇り
連翹や真間の里びと垣を結はず
葛飾や桃の籬も水田べり
ややありて汽艇の波や蘆の角
畦焼に多摩の横山暮れ去(い)んぬ
鴬や前山いよよ雨の中
鞦韆や春の山彦ほしいまま	
春愁のかぎりを躑躅燃えにけり
高嶺星蚕飼(こかひ)の村は寝しづまり
天平のをとめぞ立てる雛かな
夕東風や海の船ゐる隅田川
山焼く火檜原に来ればまのあたり
焼岳のこよひも燃ゆる新樹かな
海蠃(ばい=貝)打や灯ともり給ふ観世音
春雷や暗き廚の桜鯛
むさしのもはてなる丘の茶摘かな
葭切のをちの鋭声(とごえ)や朝ぐもり
羽抜鶏童に追はれ蘆の中
葛飾や浮葉のしるきひとの門
岨高く雨雲行くや朴の花
朴の咲く淵にこだます機屋かな
遠泳や高波越ゆる一の列
夜の雲に噴煙うつる新樹かな
なつかしや帰省の馬車に山の蝶
桑の葉の照るに堪へゆく帰省かな
馭者若し麦笛噛んで来りけり
山彦のゐてさびしさやハンモツク
鯔(ぼら)はねて河面暗し蚊喰鳥
青春のすぎにしこころ苺喰ふ
ふるさとの沼のにほひや蛇苺
コスモスを離れし蝶に谿深し
白樺に月照りつつも馬柵(ませ)の霧
啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々
雲海や鷹のまひゐる嶺ひとつ
蓮の中羽搏つものある良夜かな
鯊釣や不二暮れそめて手を洗ふ
ばい打(うち)や灯ともり給ふ観世音
たのしさはふえし蔵書にちちろ虫
ふるさとや馬追鳴ける風の中
獅子舞は入日の富士に手をかざす
冬ざれやころろと鳴ける檻の鶴
むさしのの空真青なる落葉かな
寄生木やしづかに移る火事の雲
国原や野火の走り火よもすがら
春惜しむおんすがたこそとこしなへ (百済観音)
うつし世に浄土の椿咲くすがた (吉祥天)
おぼろ夜の潮騒つくるものぞこれ (龍燈鬼)
行春やただ照り給ふ厨子の中 (橘夫人念持仏)
利根川の古きみなとの蓮(はちす)かな
雷鳥もわれも吹き来し霧の中     
日輪のかがよふ潮の鮫をあぐ      (『新樹』) 
白樺を幽(かす)かに霧のゆく音か
風雲の秩父の柿は皆尖る
天使魚もいさかひすなりさびしくて
蜩や奥の青嶺にうちひびく
わがいのち菊にむかひてしづかなる
垣の薔薇白きがちりて径(みち)白し
をとめ立てり跳躍台にライト照り
焼岳のこよひも燃ゆる新樹かな   
ぜすきりしと踏まれ踏まれて失せたまへり
寒鯉はしづかなるかな鰭を垂れ     (『秋苑』)
寒鯉を真白しと見れば鰭の藍
白菊の白妙甕にあふれける
ぬるるもの冬田に無かり雨きたる
壺にして深山の朴の花ひらく
夏山を統べて槍ケ岳真青なり
雪渓をかなしと見たり夜もひかる
夜焚火に金色の崖峙(そばだ)てり
山焼けば鬼形(きぎょう)の雲の天に在り
わがきくは治承寿永の春の雨か    
しぐれふるみちのくに大き佛あり    (『岩礁』)
向日葵の空かがやけり波の群
狂ひつつ死にし君ゆゑ絵のさむさ
軋り鳴る暮春の扉(と)なり押しひらく (夢殿)
瑠璃沼に瀧落ちきたり瑠璃となる    (『蘆刈』)
初日さす松はむさし野にのこる松
初あらし鷹を入江に吹き落す      (『古鏡』)
この沢やいま大瑠璃鳥(おおるり)のこゑひとつ(『磐梯』)
門とぢて良夜の石と我は居り      (『重陽』)
初富士の海より立てり峠越 
青丹(あおに)よし寧楽(なら)の墨する福寿草
永き日やなまけて写す壺ひとつ     (『梅下抄』)
落葉踏む今日の明るさ明日もあれ
野の虹と春田の虹と空に合ふ      (『霜林』)
冬菊のまとふはおのがひかりのみ
吊橋や百歩の宙の秋の風
伊豆の海や紅梅の上に波ながれ
べたべたに田も菜の花も照りみだる 
厨子の前千年の落花くりかへす    
芥子咲くやけふの心の夕映に     
鰯雲こころの波の末消えて       (『残鐘』)
萩の風何か急(せ)かるる何ならむ
麦秋の中なるがかなし聖廃墟
薔薇の坂にきくは浦上の鐘ならずや
薔薇喰ふ虫聖母見たまふ高きより
白樺の高きが囲む霧の月       
露けさの弥撒のをはりはひざまづく
野の風を濤(涛)と聞く日の玉椿
綿虫やむらさき澄める仔牛の眼     (『帰心』)
碧天や喜雨亭蒲公英五百輪
山桜雪嶺天に声もなし
湯婆(ゆたんぼ)や忘じてとほき医師の業
妻病めり秋風門をひらく音
青梅雨の金色世界来て拝む
喜雨亭翁を侮る鵯の柿に居り
疾風(はやて)来て畦に倒るる春の鶏
牧開白樺花を了りけり
瀧落ちて群青(ぐんじやう)世界とどろけり
雁の空大風ひびきわたりけり      (『玄魚』)
菓子買ひに妻をいざなふ地虫の夜
とまり木に老いける鷲や青嵐
最上川秋風簗(やな)に吹きつどふ
月山の見ゆと芋煮てあそびけり
ふと迷ふ来馴れし辻もおぼろなり
啄木鳥に泉の水輪(みのわ)絶ゆるなし
隅田川見て刻(とき)待てり年わすれ  (『蓬壺』)
蓬莱や東にひらく伊豆の海       (『旅愁』)
行く春や娘首(がしら)の髪の艶
蕪村忌や画中酔歩の李太白
朝寝せり孟浩然を始祖として
月いでて薔薇のたそがれなほつづく
ひぐらしや熊野へしづむ山幾重
十六夜の竹ほのめくにをはりけり    (『晩華』)
江の奥にふかき江澄めり石蕗の花
春睡やわが世の外の医学会       (『殉教』)
ナイターのいみじき奇蹟現じけり
吉次越狐の道となりて絶ゆ
熟睡(うまい)翁敬ふ朝湯沸きにけり
七十路は夢も淡しや宝舟   
春一番武蔵野の池波あげて       (『緑雲』)
春暁の底抜け降りをよろこべり
月幾世照らせし鴟尾(しび)に今日の月
釣瓶落しといへど光芒しづかなり    (『餘生』)
眠る山或日は富士を重ねけり
羽子板や子はまぼろしのすみだ川
餘生なほなすことあらむ冬苺
白玉のよろこび通る咽喉の奥
ナイターのここが勝負や蚊喰鳥     (『蘆雁』)
てんぷらやすでに鰭張る今年鯊
去年の鶴去年のところに凍てにけり
雙六(すごろく)の賽振り奥の細道へ
頼家もはかなかりしが実朝忌
酒しらぬ我は旅のみ牧水忌
宵寝して年越蕎麦に起こさるる
年越蕎麦待てばしきりに救急車     (『うたげ』)
化粧塩打つたる鰭や鮎見事
いわし雲いづこの森も祭にて
六月やあらく塩ふる磯料理
紫陽花や水辺の夕餉早きかな   (辞世)
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 高野素十(1893-1976)
ばらばらに飛んで向ふへ初鴉      (『初鴉』)
あをあをと春七草の売れのこり
探梅や枝のさきなる梅の花
流れきて次の屯へ蝌蚪一つ
野に出ればひとみなやさし桃の花
小をんなの髪に大きな春の雪
春の雪波の如くに塀をこゆ
春塵や観世音寺の観世音
歩み来し人麦踏をはじめけり
人仰ぐ我家の椿仰ぎけり
甘草の芽のとびとびのひとならび
朝顔の双葉のどこか濡れゐたる
ひざまづき蓬の中に摘みにけり
摘草の人また立ちて歩きけり
風吹いて蝶々迅(はや)く飛びにけり
百姓の血筋の吾に麦青む
真白に行手うづめて山辛夷
方丈の大庇(おおひさし)より春の蝶
ジプシーに占はせをり窓の春 
ある寺の障子ほそめに花御堂
水の上(え)に花ひろびろと一枝(いつし)かな 
花冷の闇にあらはれ篝守(かがりもり)
翅わつててんとたう虫の飛びいづる
ひるがへる葉に沈みたる牡丹かな
夜の色に沈みゆくなり大牡丹
くもの糸一すぢよぎる百合の前
ひつぱれる糸まつすぐや甲虫
大いなる蒲の穂わたの通るなり
代馬(しろうま)の泥の鞭あと一二本
蟻地獄松風を聞くばかりなり
早乙女の夕べの水にちらばりて
揚羽蝶おいらん草にぶら下がる
翅(はね)わつててんたう虫の飛びいづる
くらがりに供養の菊を売りにけり
づかづかと来て踊子にささやける
生涯にまはり燈籠の句一つ
食べてゐる牛の口より蓼(たで)の花
露けさや月のうつれる革蒲団
雁(かりがね)の声のしばらく空に満ち
夕月に甚(はなは)だ長し御者の鞭
沈む弥彦の裏は海
鰯雲はなやぐ月のあたりかな
まつすぐの道に出でけり秋の暮
秋風やくわらんと鳴りし幡(はた)の鈴
桃青し赤きところの少しあり
夕ぐれの葛飾道の落穂かな
また一人遠くの芦を刈りはじむ
芦刈の天を仰いで梳(くしけづ)る
大いなる蒲の穂わたの通るなり
柊(ひいらぎ)の花一本の香りかな
鴨渡る明らかにまた明らかに
水尾ひいて離るる一つ浮寝鳥
漂へる手袋のある運河かな
大榾をかへせば裏は一面火
雪片のつれ立ちてくる深空かな
翠黛(すゐたい)の時雨いよいよはなやかに
蛇泳ぐ波をひきたる首(こうべ)かな   
春の月ありしところに梅雨の月     (『雪片』)    
端居してただ居る父の恐ろしき
雪片のつれ立ちてくる深空かな
冬波の百千万の皆起伏
玉解いて即ち高き芭蕉かな
明日はまた明日の日程夕蛙
雷魚殖ゆ公魚(わかさぎ)などは悲しからん
片栗の一つの花の花盛り
明日はまた明日の日程夕蛙
片栗の一つの花の花盛り
お降りといへる言葉も美しく
元日は大吹雪とや潔し         (『野花集』)
雪明り一切経を蔵したり 
美しき春潮の航一時間
空をゆく一かたまりの花吹雪
ふるさとの喜雨の山王村役場
大梅雨の茫茫と沼らしきもの
女あり父は魚津の鰤の漁夫       (「桐の葉」)
夫唱婦随婦唱夫随や冬籠
七種(ななくさ)のはじめの芹ぞめでたけれ
かたまりて通る霧あり霧の中      (「芹」)
月の王みまかりしより国亡ぶ
流燈に下りくる霧のみゆるかな     (『虚子選ホトトギス雑詠選集100句鑑賞』)   
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 阿波野青畝(1899-1992)
虫の火に読みたかぶりぬ耳しひ児    (『万両』)
緋連雀一斉に立つてもれもなし 
口開いて矢大臣よし初詣
大阪やけぶりの上にいわし雲
にぎはしき雪解雫の伽藍かな
かげぼふしこもりゐるなりうすら繭
狩うどの背にぐつたりと獲物栄
をかしさよ銃創吹けば鴨の陰(ほと)
さみだれのあまだればかり浮御堂
星のとぶもの音もなし芋の上
秋の谷とうんと銃(つつ)の谺かな
しろしろと畠の中の梅一本
大阪の煙おそろし和布売
案山子翁あち見こち見や芋嵐
凍鶴が羽根ひろげたるめでたさよ
なつかしの濁世の雨や涅槃像
国原や桑のしもとに春の月
狐火やまこと顔にも一くさり
立春の鳶しばしあり殿づくり
蟻地獄みな生きている伽藍かな
探梅やみささぎどころたもとほり
夕づつの光りぬ呆きぬ虎落笛
葛城の山懐に寝釈迦かな
露の虫大いなるものをまりにけり
初富士を隠さふべしや深庇
けふの月長いすすきを活けにけり
十六夜のきのふともなく照しけり
ガラス越し雨がとびつく無月かな
座について庭の万両憑きにけり
かりそめに住みなす飾かかりけり
道作りみなひだるしやみちをしへ
ふるさとや障子にしみて繭の尿(しと)
古里にふたりそろひて生身魂
畑打つや土よろこんでくだけけり
紺青の蟹のさみしき泉かな       (『国原』)
うつくしき蘆火一つや暮の原
鬱々と蛾を獲つつある誘蛾灯
住吉にすみなす空は花火かな
河豚宿は此許(ここ)よ此許よと灯りをり
目つむれば蔵王権現後の月
水澄みて金閣の金さしにけり
大空に長き能登ありお花畑
一の字に遠目に涅槃したまへる 
籾かゆし大和をとめは帯を解く
花篝魍魎(まうりやう)肩を摩(す)りにけり
鵯の言葉わかりて椿落つ
鴛鴦に月のひかりのかぶさり来
神楽笛ひよろひよろいへば人急ぐ
まつさおな微塵とびたち芝刈器
閑かさにひとりこぼれぬ黄楊の花 
早春の鳶を放ちて宝寺         (『春の鳶』)
朝夕がどかとよろしき残暑かな
激流を鮎の竿にて撫でてをり
端居して濁世なかなかおもしろや
激流を鮎の竿にて撫でてをり
ルノアルの女に毛糸編ませたし
水ゆれて鳳凰堂へ蛇の首
芽ぐむかと大きな幹を撫でめぐり
臘八や雪をいそげる四方の嶺	
牡丹百二百三百門一つ         (『紅葉の賀』)
♨(ゆじるし)のたくさんなこと山眠る
乱心のごとき真昼の蝶を見よ
月の山大国主命かな
磔像の全身春の光あり
鮟鱇のよだれの中の小海老かな
ひとの陰(ほと)玉とぞしづむ初湯かな
わがゆめにありしがごとき山火とも
金髪のごとく美し木の芽伸ぶ
手のひらをかへせばすすむ踊かな
一軒家より色が出て春着の児      (『甲子園』)
寒波急日本は細くなりしまま
山又山山桜又山桜
登山道なかなか高くなつて来ず  (富士裾野)
あおぞらに外套つるし古着市
しらべよき歌を妬むや実朝忌
茲(ここ)十日萩大名と謂ひつべし
奈良坂の葛狂ほしき野分かな
蓑虫の此奴は萩の花衣
モジリアニの女の顔の案山子かな
かがやける臀をぬぐへり海女の夏
こんな蚊が名恵上人を螫(さ)しにけむ
白魚のまことしやかに魂(たま)ふるふ
春空に虚子説法図描きけり
はたはた神夜半の大山現れたまふ
金盞花淡路一国晴れにけり       (『旅塵を払ふ』)
加太の海底ひの鹿尾菜(ひじき)花咲くと
太き尻ざぶんと鴨の降りにけり
武者さんの画にはなりさう種の薯    (『不勝簪』)
土用波うねりに壱岐を乗せにけり
赤のまま天平雲は天のもの
五郎十郎の泥試合
浮いてこい浮いてお尻を向けにけり
土不踏なければ雛倒れけり
鮟鱇のよだれの先がとまりけり
威銃大津皇子は天にあり
補陀落は地ひびきすなり土用浪   
鷹の目は青畝を凝視せざりけり     (『あなたこなた』)
柔肌と石と触れたる初湯かな 
一点は鷹一線は隼来  
南都いまなむかんなむかん余寒なり     
間髪を入れずして年改まる       (『除夜』)
出刃を呑むぞと鮟鱇は笑ひけり
隙間風十二神将みな怒る
年の瀬の灯ぺちやくちやの六区かな
ほのぼのと渚は近江初月夜
恋猫の丹下左膳よ哭く勿れ       (『西湖』)
経師屋に撫でられてゐる寝釈迦かな
恋愛と全く無縁落し文
狐火を詠む卒翁でございかな
初湯殿卒寿のふぐり伸ばしけり
球体の月を揚げたり甲子園
天寿とは昼寝の覚めぬ御姿       (『一九九三年』)
ビニールの姐様かむり牡丹の芽     (『宇宙』)
鑑真の目を玉虫の走りけり
いそがしや木の芽草の芽天が下
養命酒ちびちび舐めて居待月
   ☆
すぐ晴れん空疑はん辛夷かな
花ふぶき殺生石を舞はれけり
鳳凰も羽ばたけば春立ちにけり
                   目次へ
 山口誓子(1901-94)
学問のさびしさに堪へ炭をつぐ     (『凍港』)
夜を帰る枯野や北斗鉾立ちに
鱚釣りや青垣なせる陸の山
流氷や宗谷の門波荒れやまず
凍港や旧露の街はありとのみ
唐太の天ぞ垂れたり鰊群来
郭公や韃靼の日の没(い)るなべに
橇行や氷下魚の穴に海溢る
住吉に凧揚げゐたる処女(をとめ)はも
探梅や遠き昔の汽車にのり 
匙なめて童たのしも夏氷
日蔽やキネマの衢(ちまた)鬱然と
七月の青嶺まぢかく溶鉱炉
鳰鳥の息のながさよ櫨紅葉
かの巫女の手焙の火を恋ひわたる
巨き船造られありて労働祭
手花火に妹がかひなの照さるる
はたはたはわぎもが肩を越えゆけり
扇風器大き翼をやすめたり
定家忌や勤やすまず川田順
春潮に海女の足掻きの見えずなる
かりかりと蟷螂蜂の貌を食む
赤エイは毛物のごとき眼もて見る
スケートの紐むすぶ間も逸りつつ
スケート場沃度丁幾の壜がある
おほわたへ座うつしたり枯野星
玄海の冬浪を大(だい)と見て寝ねき  (『黄旗』)
掌(てのひら)に枯野の低き日を愛づる
蟷螂の斧をねぶりぬ生れてすぐ
ラグビーのジヤケツちぎれて闘へる
男の雛もまなこかぼそく波の間に
祭あはれ奇術をとめに恋ひ焦れ
夏草に気罐車の車輪来て止る
春潮やわが総身に船の汽笛(ふえ) 
ほのかなる少女のひげの汗ばめる
蜥蜴出でて新しき家の主を見たり   (『炎晝』)	
するすると岩をするすると地を蜥蜴
春日を鉄骨のなかに見て帰る
ダイヴァアの頭ずぶ濡れて浮きいづる
ピストルがプールの硬き面にひびき
枯園に向ひて硬きカラア嵌(は)む
月光は凍りて宙に停(とどま)れる
夏の河赤き鉄鎖のはし浸る
火口丘女人飛雪を髪に挿す
双眼鏡遠き薊の花賜(たば)る     (『七曜』)
ひとり膝を抱けば秋風また秋風
蟋蟀が深き地中を覗き込む
断崖を跳ねしいとど(偏・虫+つくり・車)の後知らぬ
凍鶴の啼かむと喉をころろころろ
麗しき春の七曜またはじまる
つきぬけて天上の紺曼珠沙華			
雁のこゑすべて月下を過ぎ終る
俯向きて鳴く蟋蟀のこと思ふ
驟雨来ぬ?は両眼濡らし啼く       
木蔭より総身赤き蟻出づる
秋の暮山脈いづこへか帰る       (『激浪』)
紅くあかく海のほとりに梅を干す
蟋蟀の無明に海のいなびかり
春水と行くを止むれば流れ去る
鷹の羽を拾ひて待てば風集ふ
城を出し落花一片いまもとぶ
この岸にわが彳(た)つかぎり蟹ひそむ
みめよくて田植の笠に指を添ふ
冷し馬潮(うしほ)北さすさびしさに
鬼灯を地にちかぢかと提げ帰る      
やはらかき稚子(ちご)の昼寝のつづきけり
たらたらと縁に滴るいなびかり
菊提げて行きいつまでも遠ざかる      (『遠星』)
海に出て木枯帰るところなし
せりせりと薄氷(うすらひ)杖のなすままに
大根を刻む刃物の音つづく
妙齢の息しづかにて春の昼
土堤(どて)を外れ枯野の犬となりゆけり
天よりもかがやくものは蝶の翅
紫蘇壺を深淵覗くごとくする
頭なき百足虫のなほも走るかな
炎天の遠き帆やわがこころの帆
なきやみてなほ天を占む法師蝉   
駆け通るこがらしの胴鳴りにけり   
寒月に水浅くして川流る
鶫死して翅拡ぐるに任せたり         (『晩刻』)
うしろより見る春水の去りゆくを
月明の宙に出でゆき遊びけり
月光の中じゆんじゆんと時計鳴る
夕焼けて西の十万億土透く
一湾をたあんと開く猟銃音
われありと思ふ鵙啼き過ぐるたび
踏切を過ぎて再び枯野をとめ
寒き夜のオリオンに杖挿し入れむ  
げぢげぢよ誓子嫌ひを匍ひまはれ    (『青女』)
萬緑やわが掌に釘の痕もなし  
波にのり波にのり鵜のさびしさは
行く雁の啼くとき宙の感ぜられ
螢獲(え)て少年の指みどりなり
昼寝の中しばしば釘を打ち込まる
悲しさの極みに誰か枯木折る
秋の暮水中もまた暗くなる
除夜零時過ぎてこころの華やぐも
紅きもの枯野に見えて拾はれず
除夜零時過ぎてこころの華やぐも
遠足の女教師の手に触れたがる
白鷺の長き飛翔をみな終る
水枕中を寒柝うち通る      
蟷螂の眼の中までも枯れ尽す      (『和服』)
冬の浪従へるみな冬の浪
舟漕いで海の寒さの中を行く
海に鴨発砲直前かも知れず
寒き沖見るのみの生狂ひもせず
パンツ脱ぐ遠き少年泳ぐのか
一湾の潮(うしほ)しづもるきりぎりす
家の蟻吾が愛するに客殺す
全長のさだまりて蛇すすむなり
いづくにも虹のかけらを拾い得ず
噴水の穂さきもう行きどころなく
瓜貰ふ太陽の熱さめざるを
頭なき鰤が路上に血を流す
手を入れて井の噴き上ぐるものに触る
秋の暮まだ眼が見えて鴉飛ぶ
家の蟻吾が愛するに客は殺す     
沖までの途中に春の月懸る       (『構橋』)
真黒な硯を蠅が舐めまはす
油虫わが臥てゐるを飛んで越ゆ
大和また新たなる国田を鋤けば
苗代にいのち噴かざる籾が見ゆ     (『方位』)
太陽の出でて没(い)るまで青岬
鵜篝の早瀬を過ぐる大炎上
冬河に新聞全紙浸り浮く
燈台は光の館(やかた)桜の夜
美しき距離白鷺が蝶に見ゆ       (『青銅』)
泳ぎより歩行に移るその境
山窪は蜜柑の花の匂ひ壺
天耕の峯に達して峯を越す
日本がここに集る初詣
ひぐらしが啼く奥能登のゆきどまり 
芭蕉忌の流燈俳諧亡者ども       (『一隅』)
熊の子が飼はれて鉄の鎖舐む
燃えさかり筆太となる大文字      (『不動』)
み仏の肩に秋日の手が置かれ     
富士山に生れて死ぬる黒ばつた
草の絮優遊富士の大斜面 
富士火口肉がめぐれて八蓮華
げんげ田の広大これが美濃の国
シベリアの鶴この刈田指して来し
全山の雪解水富士を下(くだ)りゆく 
巨き船出でゆき蜃気楼となる
蛍火の極限の火は緑なる
峯雲の贅肉ロダンなら削る       (『雪嶽』)
どこまでも水田日本は水の国      (『紅日』)
日本の霞める中に富士霞む
雪の富士 高し地上の ものならず
大枯野日本の夜は真暗闇          (『大洋』)
一輪の花となりたる揚花火 (絶句)  
   ☆
初富士の 鳥居ともなる 夫婦岩
枯を行く覆面の馬美貌なり
月光が皮手袋に来て触るる
音立てて落つ白銀の木の葉髪
螢谿足音の無き人が来る
                          目次へ
 荻原井泉水(1884-1976)
咲きいづるや桜さくらと咲きつらなり  (『原泉』)
空をあゆむ朗朗と月ひとり
棹さして月のただ中
月光ほろほろ風鈴に戯れ
わらやふるゆきつもる
陰(ほと)もあらわに病む母見るも別れかな
石、蝶が一羽考えている        (『長流』)
鳥屋の鳥よ暮れゆく街を眺めをる    (『井泉水句集』)
若葉わさわさ風におどる喜び
たんぽぽたんぽぽ砂浜に春が目を開く
我家まで月の一すぢ
山の昼月に馬車を待つ少年       
火種愛(かな)しく我息かける     (『井泉水俳句集』)
   ☆
月光しみじみとこうろぎ雌を抱くなり  (『風景心経』)
   ☆
水をはると水田はうつくしほととぎす
うちの蝶としてとんでいるしばらく
水がうたいはじめる春になる
蝶、天の一方よりおりてきて舞う
凧の一念空あるゆえに空へゆく 
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  中塚一碧樓  (1887-1946)
春の宵やわびしきものに人体図     (『はかぐら』)
明易き腕ふと潮匂ひある
我死ぬ家柿の木ありて花野見ゆ
千鳥鳴く夜(よる)かな凍てし女の手
夜の菜の花の匂ひ立つ君を帰さじ    (『一碧樓第二句集』)
夫人よ炎天の坂下でどぎまぎしてよろしい
草青々牛は去り            (『芝生』)
わたくしのあばらへ蔓草がのびてくる  (「若林」)
草いきれ女人ゆたかな乳房を持てり   (「くちなし」)
ここに死ぬる雪を掻いてゐる
病めば蒲団のそと冬海の青きを覚え   (「冬海」)
魴(はうぼう)一匹の顔と向きあひてまとも
   ☆
無産階級の山茶花べたべたに咲くに任す   
戦死の遺骨いま着いた冬木の家の入口 
                          目次へ
 種田山頭火(1882-1940)
分け入つても分け入つても青い山    (『草木塔』)
生死の中の雪ふりしきる
木の葉散る歩きつめる
へうへうとして水を味はふ
投げ出してまだ陽のある脚
笠にとんぼをとまらせてあるく
まつすぐな道でさみしい
ほろほろ酔うて木の葉ふる
しぐるるや死なないでゐる
どうしようもないわたしが歩いてゐる
分け入れば水音
捨てきれない荷物のおもさまへうしろ
酔ふてこほろぎと寝てゐたよ
笠も漏りだしたか
うしろ姿のしぐれてゆくか
鐡鉢の中へも霰
笠へぽつとり椿だつた
雨ふるふるふるさとははだしであるく
月かげのまんなかをもどる
やつぱり一人がよろしい雑草
けふもいちにち誰も来なかつたほうたる
あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ
ほうたるこいこいふるさとにきた
ひとりきいてゐてきつつき
ほととぎすあすはあの山こえて行かう
月夜、あるだけの米をとぐ
ここにかうしてわたしをおいてゐる冬夜
夕立が洗つていつた茄子をもぐ
ふくろふはふくろふでわたしはわたしでねむれない
ちんぽこもおそそも湧いてあふるる湯
わかれきた道がまつすぐ
よい道がよい建物へ、焼場です
この道しかない春の雪ふる
飲みたい水が音をたててゐた
あすはかへらうさくらちるちつてくる
病めば梅ぼしのあかさ
春の雪ふる女はまことうつくしい
あるけばかつこういそげばかつこう
てふてふひらひらいらかをこえた
あたたかい白い飯が在る
ふるさとの土の底から鉦たたき
けふは凩のはがき一枚
洗へば大根いよいよ白し
やつぱり一人はさみしい枯草
てふてふうらうら天へ昇るか
街はまつりお骨となつて帰られたか (〈戦死者の〉遺骨を迎へて)
馬も召されておぢいさんおばあさん
風の中おのれを責めつつ歩く
うどん供へて母よ、わたしもいただきまする
咳がやまない背中をたたく手がない
ビルとビルとのすきまから見えて山の青さよ
寝床まで月を入れ寝るとする
へそが汗ためてゐる
石に腰を、墓であつたか
鴉とんでゆく水をわたらう
いちにち物いはず波音
おちついて死ねそうな草萌ゆる
朝湯こんこんあふれるまんなかのわたくし
   ☆
ほうたるほうたるなんでもないよ
窓あけて窓いつぱいの春
うつむいて石ころばかり
                          目次へ
 尾崎放哉(1885-1926)
一日もの云はず蝶の影さす       (『大空』)
沈黙の池に亀一つ浮き上る
ひとをそしる心をすて豆の皮むく
障子しめきつて淋しさをみたす
何か求むる心海へ放つ
大空のました帽子かぶらず
鳥がだまつてとんで行つた
妹と夫婦めく秋草
心をまとめる鉛筆とがらす
こんなよい月を一人で見て寝る
わが顔ぶらさげてあやまりにゆく
紅葉明るし手紙よむによし
漬物桶に塩ふれと母は産んだか
片つ方の耳にないしよ話しに来る
こんな大きな石塔の下で死んでゐる
底がぬけた柄杓で水を呑まうとした
うつろの心に眼が二つあいてゐる
淋しいからだから爪がのびだす
すばらしい乳房だ蚊が居る
足のうら洗へば白くなる
蛍光らない堅くなつてゐる
とんぼが淋しい机にとまりに来てくれた
すぐ死ぬくせにうるさい蠅だ
山に登れば淋しい村がみんな見える
壁の新聞の女はいつも泣いて居る
追つかけて追ひ付いた風の中
蜥蜴の切れた尾がはねている太陽
障子あけて置く海も暮れきる
あらしがすつかり青空にしてしまつた
淋しい寝る本がない
爪切つたゆびが十本ある
入れものが無い両手で受ける
せきをしてもひとり
汽車が走る山火事
働きに行く人ばかりの電車
月夜の葦が折れとる
墓のうらに廻る
窓あけた笑ひ顔だ
枯枝ほきほき折るによし
渚白い足出し
霜とけ島光る
肉がやせて来る太い骨である
春の山のうしろから煙が出だした
   ☆
自分をなくしてしまつて探して居る
たつた一人になり切つて夕空
わがからだ焚火にうらおもてあぶる
さよならなんべんも云つて別れる
つくづく淋しい我が影よ動かして見る
海が少し見える小さい窓一つもつ
うつろの心に眼が二つあいてゐる
雀のあたたかさを握るはなしてやる
犬よちぎれるほど尾をふつてくれる
                          目次へ
 長谷川かな女(1887-1969) 
切れ凧の敵地へ落ちて鳴りやまず    (『雨月』)
羽子板の重きが嬉し突かで立つ 
時鳥女はものの文秘めて
呪ふ人は好きな人なり紅芙蓉
願ひ事なくて手古奈の秋淋し
藻をくぐつて月下の魚となりにけり
西鶴の女みな死ぬ夜の秋        (『胡笛』)
生涯の影ある秋の大地かな
    ☆
水入れて春田となりてかがやけり
虫とんでそのまま消えぬ月の中
                          目次へ
 竹下しづの女(1887-1951)
短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてつちまをか)(『定本竹下しづの女句文集』)
打水やずんずん生くる紅の花
畑打つて酔へるがごとき疲れかな
化粧(けは)ふれば女は湯ざめ知らぬなり
緑陰や矢を獲ては鳴る白き的
紅塵を吸うて肉(しし)とす五月鯉
日を追はぬ大向日葵となりにけり
緑樹炎え日は金粉を吐きやまず
汗臭き鈍(のろ)の男の群に伍す
蓬燃ゆ憶良・旅人に亦吾に
孤り棲む埋火の美のきはまれり
曼珠沙華ほろびるものの美を美とし

雑音に耳遊ばせて日向ぼこ
                          目次へ
 室生犀星(1889-1962)
乳吐いてたんぽぽの茎折れにけり    (『魚眠洞発句集』)
そのなかに芽を吹く榾(ほだ)のまじりけり
鯛の骨たたみにひらふ夜寒かな
春雨や明けがた近き子守唄
うすぐもり都のすみれ咲きにけり
行く年や葱青々とうら畠
跛(ちんば)ひいていなごは縁にのがれけり
道のべは人の家に入り豆の花
鶏頭のくろずみて立つしぐれかな
元日や山明けかかる雪の中
春雨や明けがた近き子守唄
若水や人の声する垣の闇
行年や葱青々とうら畠
新年の山のあなたはみやこなる     (『犀星発句集』)  
春の山らくだのごとくならびけり
春の夜の乳ぶさもあかねさしにけり
少女らのむらがる芝生萌えにけり
炎天や瓦をすべる兜蟲
青梅の臀(しり)うつくしくそろひけり
わらんべの洟(はな)も若葉を映しけり
あんずあまさうなひとはねむさうな
小春日のをんなのすはる堤かな
ゆきふるといひしばかりの人しづか
寒餅やむらさきふくむ豆のつや
くろこげの餅見失ふどんどかな
きりぎりす隣の臼のやみにけり
君が名か一人静といひにけり
冬深き井戸のけむりよ朝まだき
近江らしく水光ゐて明け易き
昼蛙なれもうつつを鳴くものか
蝉一つ幹にすがりて鳴かずけり
日の中の水引草は透(すけ)りけり
こほろぎや路銀にかへる小短冊
ほほえめばえくぼこぼるる暖炉かな
蝶の羽のこまかくふるえ交じりけり   (『遠野集』)
   ☆
水洟や仏具をみがくたなごころ
慈姑(くわゐ)の子の藍いろあたま哀しも
金沢のしぐれを思ふ火桶かな 
少女らの白妙の脚かぎろへり
秀才の不治の病や冬薔薇
                          目次へ
 久保田万太郎(1889-1963)
ほととぎす根岸の里の俥宿       (『草の丈』)
神田川祭の中をながれけり
ふりしきる雨となりけり蛍籠
夏足袋やいのち拾ひしたいこもち
もち古りし夫婦の箸や冷奴
奉公にゆく誰彼や海贏(ばい)廻し
海贏(ばい)の子の郭ともりてわかれけり
ぬれそめてあかるき屋根や夕時雨
短日や國へみやげの泉岳寺
水鳥や夕日きえゆく風の中
まのあたりみちくる汐の寒さかな
竹馬やいろはにほへとちりぢりに
ほととぎす根岸の里の俥宿
秋風や水に落ちたる空のいろ
ひぐらしに燈火はやき一ト間かな
吉原のある日つゆけき蜻蛉かな
さびしさは木をつむあそびつもる雪
したたかに水をうちたる夕ざくら
親と子の宿世(すくせ)かなしき蚊遣かな
新涼の身にそふ灯影ありにけり
鶏頭に秋の日のいろきまりけり
ゆく春やをりをりたかき沖津波
校長のかはるうわさや桐の花
かずかずの亡き人おもふ蚊遣かな
夏の月いま上りたるばかりなり
芥川龍之介佛大暑かな
月の雨一トきは強くなりにけり
あきかぜのふきぬけゆくや人の中
しらぎくの夕影ふくみそめしかな
春麻布永坂布屋太兵衛かな
春の夜のすこしもつれし話かな
さる方にさる人すめるおぼろかな
ふかざけのくせまたつきし蛙かな
ことしより堅気のセルを着たりけり
生さぬ仲の親子涼みてゐたりけり
水中花咲かせしまひし淋しさよ
みえてゐて瀧のきこえず秋の暮
久方の空色の毛糸編んでをり
うららかに汗かく耳のうしろかな
おもふさまふりてあがりし祭かな
枯野はも縁の下までつづきをり
ゆく年のひかりそめたる星仰ぐ
時計屋の時計春の夜どれがほんと
夕端居一人に堪へてゐたりけり
短日やされどあかるき水の上
冬の灯のいきなりつきしあかるさよ
ゆく春や鼻の大きなロシア人
パンにバタたつぷりつけて春惜む
この街のたそがれながき薄暑かな
道かへていよいよふかき落葉かな
飲めるだけのめたるころのおでんかな
あたたかきドアの出入となりにけり
秋の暮汐にぎやかにあぐるなり
あきくさをごつたにつかね供へけり
初鶏や上海ねむる闇の底
夕みぞれいつもは不二のみゆるみち
げんげ田のうつくしき旅つづきけり
親一人子一人蛍光りけり
露の道また二タまたにわかれけり
何もかもあつけらかんと西日中  (終戦)
寒き灯のすでにゆくてにともりたる(わが恋よ)
拭きこみし柱の艶や年忘
寒の雨芝生のなかにたまりけり
まゆ玉やきのふとなりし雪げしき
まゆ玉にいよいよ雪ときまりけり
迎火やあかあかともる家のうち
ゆく春や客に見せたき不二みえず
桑畑に不二の尾きゆる寒さかな
ふゆしほの音の昨日をわすれよと    (『流寓抄』)
これやこの冬三日月の鋭きひかり
日向ぼつこ日向がいやになりにけり
度外れの遅参のマスクはづしけり
東京にでなくていい日鷦鷯(みそさざい)
いまは亡き人とふたりや冬ごもり
海の日のありありしづむ冬至かな
はつそらのたまたま月をのこしけり
まゆ玉のことしの運をしだれける
人情のほろびしおでん煮えにけり
わが胸にすむ人ひとり冬の梅 
春浅し空また月をそだてそめ
あわゆきのつもるつもりや砂の上
鴬やつよき火きらふ餅の耳
月の出のおそきをなげく田螺かな
短夜のあけゆく水の匂かな
花菖蒲ただしく水にうつりけり
河童忌や河童のかづく秋の草 
秋の雲みづひきぐさにとほきかな
鳴く蟲のただしく置ける間なりけり
くもることわすれし空のひばりかな
くろかみにさしそふ望のひかりかな
短日やにはかに落ちし波の音
ゆく年や草の底ゆく水の音
ときをりの風のつめたき桜かな
ゆつくりと時計のうてる柳かな
さめにけり汗にまみれしひるねより
東京に行かずにすみし夜長かな
四萬六千日の暑さとはなりにけり
花菖蒲ただしく水にうつりけり
夏じほの音たかく訃のいたりけり
ゆく春やみかけはただの田舎町
あたらしき畳匂ふや夕蛙
ふるさとの月のつゆけさ仰ぎけり
いづれのおほんときにや日永かな
古暦水はくらきを流れけり
ばか、はしら、かき、はまぐりや春の雪
仰山に猫ゐやはるわ春灯
翁忌やおきなにまなぶ俳諧苦
初場所やかの伊之助の白き髭
きやうだいの縁うすかりし墓参かな
水にまたあおぞらのこるしぐれかな
牡蠣船にもちこむわかればなしかな
叱られて目をつぶる猫春隣
四月馬鹿朝から花火あがりけり
双六の賽の禍福のまろぶかな
まゆ玉や一度こじれし夫婦仲
しらぬま間につもりし雪の深さかな
うつぶせにねるくせつきし晝寐かな
はればれと馬市たちし花野かな
連翹やかくれ住むとにあらねども
燈籠のよるべなき身のながれけり
花のある方へ方へと曲りけり
えにしだの黄にむせびたる五月かな
名月のふけたるつねの夜なりけり
短日やにはかに落ちし波の音
夏場所やもとよりわざのすくひ投げ
水にまだ青空のこるしぐれかな
春の日やボタン一つのかけちがへ
春の夜や背にまはりたる胃の痛み
うまれたるばかりの蝶のもつれけり
懐手頭を刈つてきたばかり  
熱燗のいつ身につきし手酌かな     (『流寓抄以後』)
お降りのまつたく雪となりにけり
たけのこ煮、そらまめうでて、さてそこで
一生を悔いて詮無き端居かな
かなかなの鈴ふる雨となりにけり
老残のおでんの酒にかく溺れ
煮大根を煮かへす孤独地獄なれ
まゆ玉のしだれのもとのよき眠り
三月や水をわけゆく風の筋
永き日や機嫌のわるきたいこもち
時雨傘さしかけられしだけの縁
春暁やしらみそめたる床ばしら
秋風やそのつもりなくまた眠り
讀初や讀まねばならぬものばかり
花疲れおいてきぼりにされにけり
高波にのまれてさめし昼寝かな
なまじよき日当たりえたる寒さかな 
死んでゆくものうらやまし冬ごもり 
湯豆腐やいのちのはてのうすあかり
鮟鱇もわが身の業も煮ゆるかな
人の世の悲しき櫻しだれけり
小でまりの花に風いで来たりけり
花のある方へ方へと曲りけり
えにしだの黄にむせびたる五月かな
名月のふけたるつねの夜なりけり
短日やにはかに落ちし波の音
夏場所やもとよりわざのすくひ投げ
水にまだ青空のこるしぐれかな
春の日やボタン一つのかけちがへ
春待つや万葉、古今、新古今
人ごゑを風ふきちぎる焚火かな
案のごとくしぐるる京となりにけり
ものの芽のわきたつごときひかりかな
   ☆
いへばただそれだけのこと柳散る
うすもののみえすく嘘をつきにけり
運不運人のうへにぞ雲の峰
寒き日やこころにそまぬことばかり
亡き人に肩叩かれぬ衣がへ
鳴く虫のただしく置ける間なりけり
鶯に人は落ちめが大事かな            (『春燈抄』)
なにがうそでなにがほんとの寒さかな       (『冬三日月』)
                          目次へ
 富安風生(1885-1979)
鍛冶の火を浴びて四葩(よひら)の静かかな(『草の花』)
柿若葉重なりもして透くみどり
真下なる天龍川や蕨狩
羽子板や母が贔屓の歌右衛門
大風の中の鴬聞こえをり
秋晴や宇治の大橋横たはり
提げ来るは柿にはあらず烏瓜
一もとの姥子の宿の遅ざくら
蛍火や山のやうなる百姓家
大いなる幹のうしろの霧の海
寵愛のおかめいんこも羽抜鶏
この壺を最も好む紫苑さす
万歳の三河の国へ帰省かな
みちのくの伊達の郡の春田かな
よろこべばしきりに落つる木の実かな
茶の花のころがつてをる甃
初富士の大きかりける汀かな
彳(た)つ人に故郷遠し浮寝鳥   
日向ぼこ笑ひくづれて散りにけり
退屈なガソリンガール柳の芽      (『十三夜』)
何もかも知つてをるなり竈猫
雪解水光琳笹に奏でをり
母の忌やその日のごとく春時雨
街の雨鴬餅がもうでたか        (『松籟』)
夕焼は膳のものもを染めにけり
まさをなる空よりしだれざくらかな
昔男ありけりわれ等都鳥
水虫がほのかに痒しレヴユ見る
ハンケチ振つて別れも愉し少女等は
大寒と敵のごとく対ひたり
本読めば本の中より虫の声       (『冬霞』)
冬至の日しみじみ親し膝に来る
小鳥来て午後の紅茶のほしきころ
清閑になれて推書裡夏来る   
春禽の声も万物相の中       
沼波にかくれも低き糸蜻蛉       (昭和十八年「若葉」)
漂へるごとくに露の捨箒        (『村住』)
夕顔の一つの花に夫婦かな
わが机妻が占めをり土筆むく 
かかる日のまためぐり来て野菊晴
大らかに孕み返しぬ夏のれん    
老鴬や珠のごとくに一湖あり      (『母子草』)
しみじみと妻といふもの虫の秋
蟻地獄寂寞として飢ゑにけり      (『朴落葉』)
一生の楽しきころのソーダ水
棗はや痣をおきそめ秋の雨
枯蓮の折れたる影は折れてをる
菜の花といふ平凡を愛しけり
着ぶくれて浮世の義理に出かけけり
皹(あかぎれ)といふいたさうな言葉かな
きびきびと万物寒に入りにけり
書淫の目あげて卯の花腐しかな   
秋晴の運動会をしてゐるよ       (『晩涼』)
むつかしき辭表の辭の字冬夕焼
赤富士の露の満天満地かな
萌え出でて刃のごとき一芽あり
人われを椋鳥と呼ぶ諾はん      
かげろふと字にかくやうにかげろへる
古稀といふ春風にをる齢かな      (『古稀春風』)
赤富士に露滂沱たる四辺かな
乾坤に寒といふ字のひびき満つ
春昼といふ大いなる空虚の中
わが生きる心音トトと夜半の冬     (『愛日抄』)
行く道のままに高きに登りけり
柔かく女豹がふみて岩灼くる
あはあはと富士容(かたち)あり炎天下
狐火を信じ男を信ぜざる
義理欠きてわが身を愛す秋深し
ほつとして何となけれど春夕べ   
枯芝に老後のごとくさす日かな     (『喜寿以後』)
富士薊触れんとしたるのみに刺す
蹴あげたる鞠のごとくに春の月
殺されるために出を待つ団扇かな
美しく芒の枯るる仔細かな
勝負せずして七十九年老の春
生くることやうやく楽し老の春
深吉野の灯とかや霧に泣きぬるる  
一生の疲れのどつと籐椅子に      (『傘寿以降』)
群鳶の舞なめらかに初御空
静かなり耳底に霧の音澄むは
代る代る蟹来て何か言ひては去る
人間所詮誰も彼も我執丙午の春    
露の世の子を抱き給ふ地蔵尊 
三月の声のかかりし明るさよ      (『米寿前』)
家康公逃げ廻りたる冬田打つ
白といふ厚さをもつて朴開く
こときれてなほ邯鄲のうすみどり
霧の中見えざるものの見えにけり    (『年の花』)
命二つ互に恃み冬籠          (『齢愛し』)
母の日や母とは別に妻の愛
わからぬ句好きなわかる句ももすもも 
死を怖れざりしはむかし老の春
春惜しむ心と別に命愛(を)し
しみじみと年の港といひなせる
何か居り何か居らざり春の闇      (『走馬燈』)
何かしら遠し遠しと年暮るる
世の中がふと面白く老の春
見つめをる月より何かこぼれけり
九十五歳とは後生極楽春の風
蝶低く花野を何か告げわたる   (『愛は一如』)
愛は一如草木虫魚人相和し
   ☆
袈裟がけに雪の刀痕葉月富士
夏空へ雲のらくがき奔放へ
端然と坐りて春を惜しみけり       (『愛は一如』)
                          目次へ
 山口青邨(1892-1988)
天近く畑打つ人や奥吉野        (『雑草園』)
海の日のランカン(爛(日+干))として絵踏かな
をみなえし又きちかうと折りすすむ
みちのくの町はいぶせき氷柱かな
牧場守そこらに出でて月をみる
祖母山も傾山(かたむくさん)も夕立かな 
みちのくの雪深ければ雪女郎
みちのくのつたなきさがの案山子かな
みちのくの伊達の郡の春田かな
香取より鹿島はさびし木の実落つ
本をよむ菜の花明り本にあり
火美し酒美しやあたためむ
人それぞれ書を読んでゐる良夜かな
子供等に夜が来れり遠蛙
実朝の歌ちらと見ゆ日記買ふ
ともしびにうすみどりなる春蚊かな   
馬育つ日高の国のをみなへし      (『雪国』)
菊咲けり陶淵明の菊咲けり
人も旅人われも旅人春惜しむ
をばさんがおめかしでゆくバイ(貝独楽)うつ中
沈みゆく海月みづいろとなりて消ゆ
たんぽぽや長江濁るとこしなへ
みちのくの淋代の浜若布寄す
舞姫はリラの花よりも濃くにほふ (ベルリン、三句)
われが住む下より棺冬の雨
夏は来ぬ人はにほへりバラとリラと
かの瀑布みどりの草の山に落つ
四月馬鹿ローマにありて遊びけり
惨として大英帝国夕焼す
海底のごとくうつくしく末枯るる
みちのくの鮭は醜し吾もみちのく
みちのくの乾鮭獣の如く吊り
雲の中滝かがやきて音もなし  
雑炊もみちのくぶりにあはれなり
銀杏散るまつだだ中に法科あり     (『露団々』)
啓蟄の蚯蚓の紅のすきとほる
吊したる猪の前雪が降る 
外套の裏は緋なりき明治の雪
月光が革手袋に来て触るる
玉虫の羽のみどりは推古より
鮎の宿おあいそよくて飯遅し
乱菊やわが学問のしづかなる
よろこびはかなしみに似し冬牡丹
わが机古しこほろぎ来て遊ぶ
紅顔の人等つどへり実朝忌 
蟷螂の斧をしづかにしづかに振る    (『花宰相』)
はなやかに沖を流るる落椿
森の中噴井(ふきゐ)は夜もかくあらむ
はなやかに沖を流るる落椿
泣きぼくろ彼女持ちけりけふの月                
ほのかなる香水をたてわがむすめ
泣くときは泣くべし萩が咲けば秋 (八月十五日)
恋の矢はくれなゐ破魔矢白妙に     (『庭にて』)
ゼンマイは椅子のはらわた黴の宿
こほろぎのこの一徹の貌を見よ
都鳥汝も赤きもの欲(ほ)るや
けふもまた花見るあはれ重ねつつ 
ある本の海賊版や読初         (『冬青空』)
日輪は胡桃の花にぶらさがる
雪の野のふたりの人のつひにあふ
げらげらと笑ふ橇より落ちころげ
これよりは菊の酒また菊枕
そばの花山傾けて白かりき       (『乾燥花』)
この新樹月光さへも重しとす  
光堂かの森にあり銀夕立
わが性の淋しき道へ落椿
初富士のかなしきまでに遠きかな    (『粗餐』) 
被害妄想者そこらを散歩冬の蝶     
ある日妻ぽとんと沈め水中花      
凍鶴の一歩を賭けて立ちつくす     (『不老』)
秋風や旅人のせて石舞台
赤とんぼ人をえらびて妻の膝      (『繚乱』)
みちのくに光堂あり芹を摘む      (『寒竹風松』)
蕗の薹傾く南部富士もまた
鵞鳥三羽逆立一人卒業す
蟷螂のなまぐさきもの食ひて老ゆ
秋の蛇人のごとくに我を見る
春愁や虚構の恋の捨てがたく
一樹にして森なせりけり百千鳥
雲の中すこし雲燃ゆ秋の暮
文筆の徒にもありけり年用意
手裏剣のごとく蜂とぶ牡丹の前     (『日は永し』)
枯芝に手をつき梅を仰ぎけり      (『虚子選ホトトギス雑詠選集100句鑑賞』)
   ☆
仲秋や花園のものみな高し
お供餅の上の橙いつも危し
ラゝラゝと青年うたひ年暮るる
                          目次へ
 富田木歩(1897-1923)
背負はれて名月拝す垣の内
我が肩に蜘蛛の糸張る秋の暮
かそけくも咽喉鳴る妹や鳳仙花
遠火事に物売通る静かかな
                          目次へ
 日野草城(1901-56)
きさらぎの薮にひびける早瀬かな    (『花氷』)
春暁や人こそ知らね木々の雨 
春の昼遠松風のきこえけり   
春の夜のわれをよろこび歩きけり
篁(たかむら)を染めて春の日しづみけり
研ぎ上げし剃刀にほふ花ぐもり
春の灯や女は持たぬのどぼとけ
じやんけんの白き拳や花衣
潮干狩夫人はだしになり給ふ
春の夜や都踊はよういやさ
物種をにぎれば生命(いのち)ひしめける
満月の照りまさりつつ花の上
南風や化粧に洩れし耳の下
雷に怯えて長き睫(まつげ)かな
ところてん煙のごとく沈みをり
星屑や鬱然として夜の新樹
聖(きよ)くゐる真夜のふたりやさくらんぼ
新涼や女に習ふマンドリン
朝寒や歯磨匂ふ妻の口
秋風やつまらぬ男をとこまへ
しろがねの水蜜桃や水の中
秋の夜や紅茶をくぐる銀の匙
船の名の月に讀まるる港かな
手をとめて春を惜しめりタイピスト   (『青芝』)
水晶の念珠つめたき大暑かな
わぎもこのはだのつめたき土用かな
鼻の穴すずしく睡る女かな
をさなごのひとさしゆびにかかる虹   (『昨日の花』)
えりあしのましろき妻と初詣
重ね着の中に女のはだかあり
かいつぶりさびしくなればくぐりけり
をみなとはかかるものかも春の闇 
永き日や相触れし手は触れしまま
こひびとを待ちあぐむらし闘魚の辺
二上山(ふたかみ)をみてをりいくさ果てしなり(『旦暮』)
山茶花やいくさに敗れたる国の
てのひらに載りし林檎の値を言はる
ちちろ虫女体の記憶よみがへる     (『人生の午後』)
初霜やひとりの咳はおのれ聴く
霜白し妻の怒りはしづかなれど
高熱の鶴青空に漂へり   
切干やいのちの限り妻の恩
妻が持つ薊の棘を手に感ず
夏布団ふわりとかかる骨の上
右眼には見えざる妻を左眼にて
見えぬ目の方の眼鏡の玉も拭く
浴後裸婦らんまんとしてけむらへり   (『銀』)
こほろぎや右の肺葉穴だらけ
誰が妻とならむとすらむ春着の子
初鏡娘のあとに妻坐る
    ☆
ひとりさす眼ぐすり外れぬ法師蝉
薔薇色のあくびを一つ烏猫
ナプキンの糊のこはさよ避暑の荘 
砂山をのぼりくだりや星月夜
雪の夜の紅茶の色を愛しけり
                          目次へ
 杉田久女(1890-1946)
東風吹くや耳現るるうなゐ髪      (『杉田久女句集』)
花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ
夕顔に水仕(みづし)もすみてたたずめり
秋来ぬとサフアイア色の小鯵買ふ
朝顔や濁り初めたる市の空
露草や飯(いひ)吹くまでの門歩き
甕たのし葡萄の美酒がわき澄める
戯曲よむ冬夜の食器浸けしまま
冬川やのぼり初めたる夕芥
足袋つぐやノラともならず教師妻
紫陽花に秋冷いたる信濃かな
われにつきゐしサタン離れぬ曼珠沙華
ぬかづけばわれも善女や佛生會
優曇華の木陰はいづこ 佛生會
防人の妻恋ふ歌や磯菜摘む
磯菜つむ行手いそがんいざ子ども
牡丹を活けておくれし夕餉かな
愛蔵す東籬の詩あり菊枕
ちなみぬふ陶淵明の菊枕
白妙の菊の枕をぬひ上げし
谺して山ほととぎすほしいまま
朱欒咲く五月となれば日の光り
栴檀の花散る那覇に入学す
風に落つ楊貴妃桜房のまま
むれ落ちて楊貴妃桜尚あせず
鶴舞ふや日は金色の雲を得て
雉子なくや宇佐の盤境(いはさか)禰宜ひとり
たてとほす男嫌ひの単帯
張りとほす女の意地や藍ゆかた
雉子かなし生みし玉子を吾にとられ
蝶追うて春山深く迷ひけり
鳥雲にわれは明日たつ筑紫かな
冬服や辞令を祀る良教師        (「補遺」)
虚子ぎらひかな女嫌ひのひとへ帯
  ☆
灌沐の浄法身を拝しける
                          目次へ
 相生垣瓜人(1898-1985)
青梅を落としし後も屋根に居る     (『微茫集』)
大寒に試みられてゐるとする
春めくを冬田のためにおしむなり
寒燈にも蟲の如きが来りけり
地虫出づふさぎの虫に遅れつつ
梅雨明けぬ猫がまづ木に駈け上がる
隙間風その数条を熟知せり
家にゐても見ゆる冬田を見に出づる 
荒海の秋刀魚を焼けば火も荒らぶ
秋風を聞けり古曲に似たりけり     (『明治草』)
蜈蚣(むかで)死す数多の足も次いで死す
何物が蛾を装ひて入り来るや
ふらふらと死にゐし風が起き上る
わが宿のいささ群竹酔ふ日かも
死にきらぬうちより蟻に運ばるる 
力行の範たる蟻をつぶしけり
一団の年賀状にぞ襲はれし
永き日のなほ永かれと希(ねが)ひけり
初鴉わが散策を待ちゐたり       (『負喧』)
炎天をさ迷ひをれる微風あり
一連の好語を聞けり鶯語なり
一院へ落花を浴びに行きにけり
微塵等も年を迎へて喜遊せり
天高し其他の物は皆低し 
恐るべき八十粒や年の豆
老人の打つに忍びぬ老鬼かな
行く年の後ろに就いて行きにけり
クリスマス佛は薄目し給へり
無謀にも米寿の春を迎へけり
亡き母に米寿の春を贈られし
心まで着ぶくれをるが厭はるる
春来る童子の群れて来る如く
   ☆
隙間風薔薇色をこそ帯ぶべけれ
蟻のため簡なる地獄備はれり
先人は必死に春を惜しみけり
                          目次へ
 中村草田男(1901-83)
貝寄風(かひよせ)に乗りて帰郷の船迅し (『長子』)
土手の木の根元に遠き春の雲 
夕桜あの家この家に琴鳴りて
夕桜城の石崖裾濃なる
そら豆の花の黒き目数しれず
麦の道今も坂なす駆け下りる
ふるさとの春暁にある厠かな
鴬のけはひ興りて鳴きにけり
校塔に鳩多き日や卒業す
菜の花や夕映えの顔物を云ふ
町空のつばくらめのみ新しや
とらへたる蝶のあがきのにほひかな
つばくらめ斯くまでならぶことのあり
ひた急ぐ犬に會ひけり木の芽道
大学生おほかた貧し雁帰る
乙鳥(つばくろ)はまぶしき鳥となりにけり
田を植ゑるしづかな音へ出でにけり
家を出て手を引かれたる祭かな
蟾蜍長子家去る由もなし
滂沱たる汗のうらなる独り言
手の薔薇に蜂来れば我王の如し
玫瑰(ハマナス)や今も沖には未来あり            
蜥蜴の尾鋼鉄(まがね)光りや誕生日
六月の氷果一盞の別れかな
起し絵の男をころす女かな
香水の香ぞ鉄壁をなせりける
蚊の声のひそかなるとき悔いにけり
秋の航一大紺円盤の中
曼珠沙華落暉も蘂をひろげけり
万巻の書のひそかなり震災忌
軍隊の近づく音や秋風裡
雁渡る菓子と煙草を買ひに出て
鴨渡る鍵も小さき旅カバン
蜩のなき代りしははるかかな
蚯蚓なくあたりへこごみあるきする
一ト跳びにいとどは闇へ皈りけり 
蜻蛉行く後ろ姿の大きさよ
貌見えてきて行違ふ秋の暮
月光の壁に汽車くる光かな
冬の水一枝の影も欺かず
冬空をいま青く塗る画家羨(とも)し
オリオンと店の林檎が帰路の栄(はえ)
隙間風狂言自殺の看護(みとり)なる
木葉髪文芸永く欺きぬ
冬すでに路標にまがふ墓一基
返り花三年教へし書にはさむ
あたたかき十一月もすみにけり
降る雪や明治は遠くなりにけり
狂人も狡き日のあり日脚伸ぶ
春草は足の短き犬に萌ゆ       
夕汽笛一すじ寒しいざ妹へ       (『火の島』)
妻二タ夜あらず二タ夜の天の川
晩夏光バットの函に詩を誌す
吾妻かの三日月ほどの吾子胎(やど)すか
桜の実紅経てむらさき吾子生る
父となりしか蜥蜴とともに立ち止る
燭の灯を煙草火としつチエホフ忌
雪女郎おそろし父の恋恐ろし
白足袋のチラチラとして線路越ゆ
冬晴れの晴衣の乳を飲んでをる
青空に寒風おのれはためけり
春陰の国旗の中を妻帰る
妻抱かな春昼の砂利踏みて帰る
猫の仔の鳴く闇しかと踏み通る
松籟や百日の夏来りけり	
炎天の空へ吾妻の女体恋ふ
妻恋し炎天の岩石もて撃ち
蒲公英のかたさや海の日も一輪
冬浜を一川の紺裁ち裂ける
寒鴉啼きて沖には国もなし			
あかんぼの舌の強さや飛ぶ飛ぶ雪
金魚手向けん肉屋の鉤に彼奴を吊り
世界病むを語りつつ林檎裸となる		
萬緑の中や吾子の歯生え初むる
赤んぼの五指がつかみしセルの肩
枕木を五月真乙女一歩一歩
友もやや表札古りて秋に棲む
月ゆ声あり汝(な)は母が子か妻が子か
泉辺のわれ達に遠く死は在(あ)れよ
鰯雲百姓の背は野に曲る    
冬薔薇石の天使に石の羽根       (『萬緑』)
神の凧オリオン年の尾の空に
春淡き月像(つきがた)乗せて金三日月
連山の流るるままに流る鷹     
壮行や深雪に犬のみ腰をおとし    
少年の見遣るは少女鳥雲に
妻に謝す妻よりほかに女知らず
六月馬は白菱形を額(ぬか)に帯び
若者には若き死神花柘榴
毒消し飲むやわが詩多産の夏来る
玉菜は巨花と開きて妻は二十八
あたたかなふたりの吾子を分け通る   (『来し方行方』)
夜の蟻迷へるものは弧を描く
富士秋天墓は小さく死は易し
膝に来て模様に満ちて春着の子
白鳥といふ一巨花を水に置く
餅焼く火さまざまの恩にそだちたり
勇気こそ地の塩なれや梅真白
冬空に聖痕もなし唯蒼し
百千鳥もつとも烏の声甘ゆ
みちのくの蚯蚓短し山坂勝ち
蟷螂は馬車に逃げられし馭者のさま
焼跡に遺る三和土(たたき)や手毬つく
空は太初の青さ妻より林檎うく
耕せばうごき憩へばしづかな土
童話書くセルの父をばよぢのぼる
伸びる肉ちぢまる肉や稼ぐ裸
なめくじのふり向き行かむ意志久し
響爽かいただきますといふ言葉
四十路さながら雲多き午後曼珠沙華
はたはたや退路絶たれて道初まる
鰯雲個々一切地上にあり
種蒔ける者の足あと洽しや
わが背丈以上は空や初雲雀
炎熱や勝利の如き地の明るさ
銀河の下ひとり栄えて何かある   
梅一輪踏まれて大地の紋章たり     (『銀河依然』)
暁(あけ)の蜩不義理が三つ四つほど
葡萄食ふ一語一語の如くにて
花藤や母が家(や)厠紙白し
寒星や神の算盤ただひそか
才能では消せぬもの罪梅大輪
いくさよあるな麦生(むぎふ)に金貨天降(あまふ)るとも
浮浪児昼寝す「なんでもいいやい知らねえやい」
厚餡割ればシクと音して雲の峰
をみらも涼しきときは遠(をち)を見る
金剛茅舎朴散れば今も可哀さう (茅舎没後はやくも十年)
生れて十日生命(いのち)が赤し風がまぶし
三日月のせた水輪こちらへ来たがるよ
この世の未知の深さ喪に似て柘榴咲く 
残雪や「くれなゐの茂吉」逝きしけはひ (『母郷行』)
チンドン屋と半学者なる詩人すすむ
母の日や大きな星がやや下位に
秋天一碧潜水者(ダイバー)のごと目をみひらく
諸手さし入れ泉にうなづき水握る   
真直ぐ往けと白痴が指しぬ秋の道    (『美田』) 
むらさきになりゆく墓に詣るのみ
原爆忌いま地に接吻してはならぬ
咲き切つて薔薇の容(かたち)を越えけるも
子のための又夫(つま)のための乳房すずし
墜ち蟷螂だまつて抱腹絶倒せり
黒雲から黒鮮かに初燕
旧景が闇を脱ぎゆく大旦        (『時機』)
教会の庭豪放の焚火せよ
果しなく弟(おとと)ともぐる巨蒲団(おほぶとん)
終生まぶしきもの女人ぞと泉奏づ
ほととぎす敵は必ず斬るべきもの
長女次女に瞳(め)澄む夫(つま)来よ破魔矢二本
冬涛や倦まざるものの青と白
いざ行かん身につく蟻を払ひ尽し
ほととぎす敵は必ず斬るべきもの
白馬の眼めぐる癇脈雪の富士
「日の丸」が顔にまつはり真赤な夏   (『大虚鳥』)
初鴉大虚鳥(おほをせどり)こそ光あれ
  ☆
繭玉や今宵の空は星吊りて
吹かれあがりつづく落花や呼ぶごとし
                          目次へ
 加藤楸邨  (1905-93)
綿の実を摘みゐてうたふこともなし   (『寒雷』)
行きゆきて深雪の利根の船に逢ふ
麦を踏む子の悲しみを父は知らず
降る雪が父子に言(こと)を齎(もた)らしぬ
梟の憤(いか)りし貌(かほ)ぞ観られゐる
枯れゆけばおのれ光りぬ枯木みな
かなしめば鵙金色の日を負ひ来
鷹翔てば畦しんしんとしたがへり
冬の鷺あな羽搏たんとして止みぬ
屋上に見し朝焼のながからず
秋蝉のこゑ澄み透り幾山河
蟻殺すわれを三人の子に見られぬ
道問へば露地に裸子充満す
鰯雲人に告ぐべきことならず
さむきわが影とゆき逢ふ街の角
その冬木誰も瞶めては去りぬ
学問の黄昏さむく物を言はず
寒雷やびりりびりりと真夜の玻璃
蟇誰かものいへ声かぎり        (『颱風眼』)
つひに戦死一匹の蟻ゆけどゆけど
白地着てこの郷愁の何処よりぞ
はたとわが妻とゆき逢ふ秋の暮
蚊帳出づる地獄の顔に秋の風
灯を消すやこころ崖なす月の前
山ざくら石の寂しさ極まりぬ
露の中万相うごく子の寝息       (『穂高』)
長き長き春暁の貨車なつかしき
さえざえと雪後の天の怒濤かな     (『雪後の天』)
春愁やくらりと海月くつがへる
耕牛やどこかかならず日本海
水温むとも動くものなかるべし
隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな
十二月八日の霜の屋根幾万
生きてあれ冬の北斗の柄の下に
蟇あるく大きくゆるく爆音下
どこやらに硝子がわれぬ桐の花
幾人(いくたり)をこの火鉢より送りけむ
安達太郎(あだたら)の玻璃襖なす焚火かな
安達太良の瑠璃襖なす焚火かな      
毛糸編はじまり妻の黙(もだ)はじまる (『火の記憶』)
冴えかへるもののひとつに夜の鼻
火の奧に牡丹崩るるさまを見つ
明易き欅にしるす生死かな       (『野哭』)
雉子の眸のかうかうとして売られけり
飴なめて流離悴むこともなし
蜘蛛夜々に肥えゆき月にまたがりぬ
死ねば野分生きてゐしかば争へり
死や霜の六尺の土あれば足る
凩や焦土の金庫吹き鳴らす
冬鷗生に家なし死に墓なし
死にたしと言ひたりし手が葱刻む
夾竹桃しんかんたるに人をにくむ  
天の川怒濤のごとし人の死へ
炎昼の女体のふかさはかられず
パン種の生きてふくらむ夜の霜
死にたしと言ひたりし手が葱刻む
ユダの徒もまた復活す労働歌
鵙たけるロダンの一刀われに欲し
大鷲のつめあげて貌かきむしる
一本の鶏頭燃えて戦(いくさ)終る    
寂として万緑の中紙魚は食ふ
天の川鷹は飼はれて眠りをり      (『沙漠の鶴』)
夕焼の雲より駱駝あふれ来つ
雲の峰夢にもわきてかぎりなし
鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる     (『起伏』)
火事を見る胸裏に別の声あげて
虹消えて馬鹿らしきまで冬の鼻
木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ
おのづからひらく瞼や牡丹雪 
こがらしや女は抱く胸をもつ
野の起伏ただ春寒き四十代
霜夜子は泣く父母よりはるかなるものを呼び
こがらしや女は抱(いだ)く胸をもつ
汗垂れて昔こいし顔昼寝          
チンドン屋枯野といへど足をどる      (『山脈』)
落葉松はいつめざめても雪降りをり
しづかなる力満ちゆきばつたとぶ
冬嶺(ふゆね)に縋りあきらめざる径(みち)曲り曲る
鉄の刃の鉄を裁りとる夏まひる      
原爆図中口あくわれも口あく寒(かん)   (『まぼろしの鹿』)
遺壁(いへき)の寒さ腕失せ首失せなほ天使
馬が目をひらいてゐたり雪夜にて
恋猫の皿舐めてすぐ鳴きにゆく
天の川法螺吹き男ふとなつかし
葱切つて溌剌たる香悪の中
今も目を空へ空へと冬欅
冬の浅間は胸を張れよと父のごと
寒卵どの曲線もかへりくる
まぼろしの鹿はしぐるるばかりなり
死ににゆく猫に真青の薄原
鶴の毛は鳴るか鳴らぬか青あらし
無数蟻ゆく一つぐらゐは遁走せよ
蜩や硯の奧の青山河
白牡丹土中の暗に繋がるる       (『吹越』)
満月やたたかふ猫はのびあがり
梨食ふと目鼻片づけこの乙女
おぼろ夜の鬼ともなれずやぶれ壺
おぼろ夜のかたまりとしてものおもふ
みちのくの月夜の鰻あそびをり
蒲公英のほとりから沙無限かな
バビロンに生きて糞ころがしは押す
吹越に大きな耳の兎かな
花火師の旅してゐたり曼珠沙華
霧にひらいてもののはじめの穴ひとつ 
おぼろ夜の身を貫ける骨一つ    
渡り鳥消えし虚空を君渡る     (悼む) 
炎天や真のいかりを力とし         
蛇の頭はわれより軽げ太陽よ
天の川鷹は飼はれて眠りをり      (『砂漠の鶴』)
バビロンに生きて糞ころがしは押す   (『鸛と煙突』)
日本語をはなれし蝶のハヒフヘホ    (『死の塔』)
砂暑し沈黙世界影あるき     
頬杖の何を見てゐる冬銀河
冬の薔薇すさまじきまで向うむき    (『怒濤』)
牡丹の奥に怒濤怒濤の奥に牡丹     
ふくろふに真紅の手鞠つかれをり
秋の風むかしは虚空声ありき
四角な冬空万葉集にはなき冬空
天の川わたるお多福豆一列
蟻逢ひて暗し暗しと言ひゐたり
雲の峯巨大な崩壊見をわりぬ
今もなほ絵踏みや何か踏みつづけ  
霜柱どの一本も目ざめをり  
あらがへる背骨一本青あらし
陽炎の中にて財布のぞきゐる       
百代の過客しんがりに猫の子も       (『雪起し』)
浅蜊椀無数の過去が口開く         (『望岳』)
黴の中一本の径(みち)通りをり     
海底に何か目ざめて雪降り来       
二人しての芽摘みし覚えあり (春日部・ここに赴任、ここに結婚)
 (注)妻、知世子すでに亡し。
年賀やめて小さくなりて籠りをり
   ☆
陽炎と共に時計の中をゆく          (「寒雷1993」)   
   ☆
カフカ去れ一茶は来れおでん酒
蝸牛いつか哀歓を子はかくす
                         目次へ
 中村汀女(1900-88)

 中村汀女(1900-88)
さみだれや船がおくるる電話など    (『汀女句集』)
曼珠沙華抱くほどとれど母恋し
とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな
冬座敷ときどき阿蘇へ向かふ汽車
地階の灯春の雪ふる樹のもとに
蕗の薹おもひおもひの夕汽笛
肉皿に秋の蜂来るロッジかな
泣いてゆく向ふに母や春の風
たんぽぽや日はいつまでも大空に
おいて来し子ほどに遠き蝉のあり
稲妻のゆたかなる夜も寝べきころ
中空にとまらんとする落花かな
ふるさとも南の方の朱欒かな
秋雨の瓦斯がとびつく燐寸かな
ゆで玉子むけばかがやく花曇
なほ北へ行く汽車とまり夏の月
あはれ子の夜寒の床の引けばよる
咳の子のなぞなぞあそびきりもなや
少年のかくれ莨(たばこ)よ春の雨
目をとぢて秋の夜汽車はすれちがふ
休暇はや白朝顔に雨斜め
夫と子をふつつり忘れ懐手
春暁や水ほとばしり瓦斯燃ゆる
わが心いま獲物欲り蟻地獄
蟇歩く到りつく辺のある如く
春宵や駅の時計の五分経ち
洗髪月に乾きしうなじかな
童等のふつつり去りし夕落葉
引いてやる子の手のぬくき朧かな
春潮のまぶしさ飽かずまぶしめる
外にも出よ触るるばかりに春の月    (『花影』)
雨粒のときどき太き野菊かな
枯芒ただ輝きぬ風の中
初富士にかくすべき身もなかりけり   (『都鳥』)
恋猫に思ひのほかの月夜かな
人の死の小さき活字春火鉢       (『紅白梅』)
バラ散るや己がくづれし音の中
行く方にまた満山の桜かな       (『風花』)
汗ばめる母美しき五月来ぬ       (『薔薇粧ふ』)
自然薯がおのれ信じて横たはる
嫁ぐとは親捨つことか雁渡る      (『汀女芝居句集』)
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 星野立子  (1903-85)
ままごとの飯もおさいも土筆かな    (『立子句集』)
大佛の冬日は山に移りけり
蝌蚪一つ鼻杭にあて休みをり
水飯のごろごろあたる箸の先
鞦韆に腰かけて読む手紙かな
吹かれきし野分の蜂にさされけり
しんしんと寒さがたのし歩みゆく
昃(ひかげ)れば春水の心あともどり
たはむれにハンカチ振つて別れけり
娘等のうかうか遊びソーダ水
女郎花少しはなれて男郎花
美しき帰雁の空も束の間に
父がつけしわが名立子や月を仰ぐ
暁は宵よりさびし鉦叩
考へても疲るるばかり曼珠沙華
ペリカンの人のやうなる喧嘩かな
下萌にねぢ伏せられてゐる子かな
行く我をひとめぐりして秋の蝶
赤とんぼとまればいよよ四方澄み
いつの間にがらりと涼しチョコレート    
囀をこぼさじと抱く大樹かな      (『続立子句集』)
午後からは頭が悪く芥子の花
秋空へ大きな硝子窓一つ
吾(あ)も春の野に下り立てば紫に   (『笹目』)
美しき緑走れり夏料理
下萌えぬ人間それに従ひぬ
大蟻の雨をはじきて黒びかり
この旅の思ひ出波の浮寝鳥
春めくと覚えつつ読み耽るかな  
失せものにこだはり過ぎぬ蝶の昼
いふまじき言葉を胸に端居かな
恐ろしき緑の中に入りて染まらん    (『実生』)
障子しめて四方の紅葉を感じをり
激情を日焼けの顔の皺に見し    
たんぽぽと小声で言ひてみて一人    (『春雷』)
娘とは嫁して他人よ更衣
鎌倉の谷戸の冬日を恋ひ歩く      (『句日記II』)
はつきりと月見えている枯木かな    (『虚子選ホトトギス雑詠選集100句鑑賞』)
    ☆
雛飾りつつふと命惜しきかな
若者はどこにでもゐる炎天にも
銀河濃し枕に頬を埋め寝る
目の前に大きく降るよ春の雪
悲しみを互にいはずストーヴに
朝寝して吾には吾のはかりごと
十六夜や地球の上に我家あり
下萌にねぢ伏せられてゐる子かな
月の下死に近づきて歩きけり
くる煙よけつつ落葉焚いてをり
凍蝶にかがみ疲れて立上る
皆が見る私の和服パリ薄暑
                          目次へ
 川端茅舎  (1897-1941)
夜店はや露の西国立志編        (『川端茅舎句集』)
白露に阿吽(あうん)の旭さしにけり
ひろびろと露曼陀羅の芭蕉かな
金剛の露ひとつぶや石の上
露の玉蟻たぢたぢとなりにけり
白露に薄薔薇色の土龍(もぐら)の掌
新涼や白きてのひらあしのうら
葛飾の月の田圃を終列車
森を出て花嫁来るよ月の道
白樺の霧にひびける華厳かな
御空より発止と鵙や菊日和
蚯蚓鳴く六波羅密寺しんのやみ
放屁蟲エホバは善(よし)と観たまへり
亀甲の粒ぎつしりと黒葡萄
芋腹をたたいて歓喜童子かな
八方を睨める軍鶏や芋畑
耳塚の前ひろびろと師走かな
山内にひとつ淫祠や小六月
しぐるるや僧も嗜(たしな)む実母散
 (注)実母散(じつぼさん):婦人薬の名。血の道、冷え性などに。
湯ぶねより一とくべたのむ時雨かな
時雨るるや又きこしめす般若湯
通天やしぐれやどりの俳諧師
しぐるるや目鼻をわかず火吹竹
酒買ひに韋駄天走り時雨沙弥
しんしんと雪降る空に鳶の笛
一枚の餅のごとくに雪残る
寒月や見渡すかぎり甃(いしだたみ)
銀杏散る童男童女ひざまづき
たらたらと日が真赤ぞよ大根引
生馬の身を大根でうづめけり
大根馬かなしき前歯見せにけり
初春の二時打つ島の旅館かな
暖かや飴の中から桃太郎
春の夜や寝れば恋しき観世音
春の夜や女に飲ます陀羅尼助
春天に鳩をあげたる伽藍かな
漣の中に動かず蛙の目
蛙の目越えて漣又さざなみ
桜鯛かなしき目玉くはれけり
菜の花の岬を出でて蜆舟
椿道奇麗に昼もくらきかな
花大根黒猫鈴をみてあそぶ
蝶の空七堂伽藍さかしまに
月涼し僧も四条へ小買物
金輪際わりこむ婆や迎鐘
昼寝覚うつしみの空あをあをと
土手越えて早乙女足を洗ひけり
翡翠の影こんこんと遡り
蟻地獄見て光陰をすごしけり
水晶の念珠に映る若葉かな
朴の花猶青雲の志
蝿一つ良夜の硯舐(ね)ぶり居り    (『華厳』)
ひらひらと月光降りぬ貝割菜
土不蹈(つちふまず)ゆたかに涅槃し給へり
河骨の金鈴ふるふ流れかな
月光に深雪の創(きず)のかくれなし
雪の原犬沈没し躍り出づ
法師蝉しみじみ耳のうしろかな
青蛙ぱつちり金の瞼かな
ぜんまいののの字ばかりの寂光土
どくだみや真昼の闇に白十字
鵙猛り柿祭壇のごとくなり
菜殻火の襲へる観世音寺かな      (『白痴』)
畑大根皆肩出して月浴びぬ
潰(つ)ゆるまで柿は机上に置かれけり 
咳き込めば我火の玉のごとくなり
また微熱つくつく法師もう黙れ
約束の寒の土筆を煮て下さい
花杏(あんず)受胎告知の翅音びび   (『定本川端茅舎句集』)
朴散華即ちしれぬ行方かな
石枕してわれ蝉か泣き時雨
ふくやかな乳に稲扱ぐ力かな      (『虚子選ホトトギス雑詠選集100句鑑賞』)
   ☆
寒月や穴の如くに黒き犬
此石に秋の光陰矢の如し
兜虫み空を兜を捧げ飛び
                          目次へ
 松本たかし(1906-56)
葉牡丹の火(ほ)むら冷めたる二月かな (『松本たかし句集』)
春寒や貝の中なる桜貝
草堤に座しくづほれて春惜しむ
蝌蚪生れて未だ覚めざる彼岸かな
仕(つかまつ)る手に笛もなし古雛
西行忌我に出家の意(こころ)なし
物の芽のほぐれほぐるる朝寝かな
恋猫やからくれなゐの紐をひき
目白の巣我一人知る他に告げず
大空に唸れる虻を探しけり
ひく波の跡美しや桜貝
いま一つ椿落ちなば立去らん
南(みんなみ)の海湧き立てり椿山
山越えて伊豆に来にけり花杏
たんぽぽや一天玉の如くなり
もの芽出て指したる天の真中かな
遠雷や浪間浪間の大凹
羅(うすもの)をゆるやかに著て崩れざる
ロンロンと時計鳴るなり夏館
金魚大鱗夕焼の空の如きあり
金粉をこぼして火蛾やすさまじき
芥子咲けばまぬがれがたく病みにけり
向日葵に剣のごときレールかな
秋晴の何処かに杖を忘れけり 
虫時雨銀河いよいよ撓んだり
十棹とはあらぬ渡しや水の秋
渡鳥仰ぎ仰いでよろめきぬ
鈴虫は鳴きやすむなり虫時雨
雨音のかむさりにけり虫の宿
大木にして南(みんなみ)に片紅葉
鶏頭を目がけ飛びつく焚火かな
我去れば鶏頭も去りゆけり
鶺鴒(せきれい)の歩き出て来る菊日和
南縁の焦げんばかりの菊日和
曼珠沙華に鞭うたれたり夢さむる
玉の如き小春日和を授かりし
日を追うて歩む月あり冬の空
あの雲が飛ばす雪かや枯木原
鶏頭を目がけ飛びつく焚火かな
とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな
水仙や古鏡の如く花をかかぐ
赤く見え青くも見ゆる枯木かな
枯菊と言捨てんには情あり
青天にただよふ蔓の枯れにけり
日の障子太鼓の如し福寿草
八方に山のしかかる枯野かな
どん底を木曽川の行く枯野かな
静かなる自在の揺れや十三夜
山山を統べて富士在る良夜かな     (『鷹』)
叔父の僧姪の舞妓や大石忌
セルを着て遊びにゆくや東京へ
木曽谷の奈落に見たる銀河かな
遊女屋の使はぬ部屋の秋の暮
春潮の彼処に怒り此処に笑む
春愁や稽古鼓を仮枕
チチポポと鼓打たうよ花月夜
我庭の良夜の薄湧く如し        (『野守』)
炭竃に塗込めし火や山眠る
春水の大鏡ある木の間かな
渋柿の滅法生りし愚さよ
夕まで初富士のある籬(まがき)かな
夢に舞ふ能美しや冬籠         (『石魂』)
天龍へ崩れ落ちつつ眠る山
箱庭とまことの庭と暮れゆきぬ
雪嶺に三日月の匕首(ひしゆ)飛べりけり
雪嶺の歯向ふ天のやさしさよ
深雪晴非想非非想天までも
綺羅星は私語し雪嶺これを聴く
雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと
入海の更に入江の里の秋        (『火明』)
海中(わだなか)に都ありとぞ鯖火もゆ
目のあたり浴泉群女深雪晴
眼つむれば駆けりゐる血や日向ぼこ
鳥雲に身は老眼の読書生
通夜までのすこし暇(いとま)の昼蛙 (母永眠)
    ☆
春月の病めるが如く黄なるかな
落花踏んで見知らぬ庭に這入りをり
真つ白き障子の中に春を待つ
                          目次へ
  皆吉爽雨  (1902-1983)
ゆく雁やふたたび声すはろけくも    (『皆吉爽雨句集』角川文庫)
がうがうと深雪の底の機屋かな
ふるさとの色町とほる墓参かな
白樺のまれにはななめ秋晴るる
さわやかにおのが濁りをぬけし鯉
返り花きらりと人を引きとどめ
女湯もひとりの音の山の秋
冬耕の田のま中より打ちはじむ
万緑に朴また花を消すところ
麦笛やおのが吹きつつ遠音とも     「雪解」
背山より今かも飛雪寒牡丹       (『泉聲』)
  ☆
散る花にたちてに身より枝しづか    (『聲遠』)
                          目次へ
 後藤夜半(1895-1976)
国栖人の面をこがす夜振かな      (『翠黛』)
狐火に河内の国のくらさかな
金魚玉天神祭映りそむ
乙訓(おとくに)の四方の薮なり畑打
傘さして都をどりの篝守 
ひらきたる秋の扇の花鳥かな
探梅のこころもとなき人数かな
瀧の上に水現れて落ちにけり
曼珠沙華消えたる茎のならびけり
水べりに嵐山きて眠りたる
暗(くらが)りをともなひ上る居待月
童女ゐて頬杖をして涅槃像       (『青き獅子』)
難波橋春の夕日に染まりつつ
道のべに牡丹散りてかくれなし
早乙女の一枚の田に下りそろふ
幼な顔ときどきに上げ麦踏めり
つく息にわづかに遅れ滴れり
老の掌をひらけばありし木の実かな
水べりに嵐山きて眠りたる
春の月上がりて暗き波間かな      (『彩色』)
しつかりと降りしつかりと梅雨晴間
飯白き柿の葉鮓をいただきし
遠鹿にさらに遠くに鹿のをり
さし招く団扇の情にしたがひぬ
てのひらにのせてくださる柏餅
その花を都忘と覚えゐて        (『底紅』)
逢ひがたく逢ひ得し一人静かな
桃生けて菜の花生けて不足なし
香水やまぬがれがたく老けたまひ
端居して遠きところに心置く
鰻の日なりし見知らぬ出前持
大阪はこのへん柳散るところ
あやまたず沈む冬至の日を見たり
人形に愛憎すこし冬籠
薄日とは美しきもの帰り花
心消し心灯して冬籠
着ぶくれしわが生涯に到り着く
破れ傘一生涯と眺めやる
クリスマスカード消印までも読む
かりそめの世とは思はじ古稀の春
                          目次へ
 石田波郷(1913-69)
バスを待ち大路の春をうたがはず    (『鶴の眼』)
あえかなる薔薇撰りをれば春の雷
さくらの芽のはげしさ仰ぎ蹌ける
春暁のまだ人ごゑをきかずゐる
春の街馬を恍惚と見つつゆけり
夜桜やうらわかき月本郷に
朝の虹ひとり仰げる新樹かな
草負うて男もどりぬ星祭
昼顔のほとりによべの渚あり
朝刊を大きくひらき葡萄食ふ
描きて赤き夏の巴里をかなしめる
プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ
坂の上たそがれ長き五月憂し
日出前五月のポスト町に町に
萩青き四谷見附に何故か佇つ
梅雨はげし右も左も寝てしまふ
蝉の朝愛憎は悉く我に還る
百日紅ごくごく水を呑むばかり
しづけさにたたかふ蟹や蓼の花
雀らの乗つてはしれり芋嵐
秋の暮業火となりて秬(きび)は燃ゆ			
秬(きび)焚や青き螽(いなご)を火に見たり
吹きおこる秋風鶴をあゆましむ
寒卵薔薇色させる朝ありぬ
檻の鷲寂しくなれば羽搏つかも
雪嶺よ女ひらりと船に乗る
英霊車去りたる街に懐手
われら一夜大いに飲めば寒明けぬ 
冬日宙少女鼓隊に母となる日
椎若葉さわぎさやぐは何思ふか     (『鶴の眼』時代)
初蝶やわが三十の袖袂(そでたもと)  (『風切』)
遠足や出羽の童に出羽の山
花散るや瑞々(みづみづ)しきは出羽の国
松籟の武蔵ぶりかな実朝忌
蛞蝓(なめくじり)急ぎ出てゆく人ばかり
女来と帯纒き出づる百日紅
椎若葉一重瞼を母系とし
紫蘇濃ゆき一途に母を恋ふ日かな 
葭雀二人にされてゐたりけり
牛の顔大いなるとき青梅落つ
冷奴隣に灯先んじて
くらがりの合歓を知りゐる端居かな
雀らも海かけて飛べ吹流し
萬緑を顧みるべし山毛欅(ぶな)峠
法師蝉朝より飢のいきいきと
朝顔の紺のかなたの月日かな
葛咲くや嬬恋村の字いくつ
うつむきて歩く心や蓼の花
名月や門の欅も武蔵ぶり
一高へ径の傾く芋嵐
顔出せば鵙迸る野分かな
槙の空秋押移りゐたりけり
寒椿つひに一日のふところ手
鷹現れていまぞさやけし八ケ岳
浅間山空の左手(ゆんで)に眠りけり
霜柱俳句は切字響きけり
琅玕(ろうかん)や一月沼の横たはり
木葉木菟(このはづく)悟堂先生眠りけり
鷹現れていまぞさやけし八ケ岳
雁(かりがね)やのこるものみな美しき (『病鴈』)
鶏頭に隠るる如し昼の酒
秋風や夢の如くに棗(なつめ)の実
六月や風のまにまに市の音
雷落ちて火柱みせよ胸の上
遙かなるものばかりなる夜寒かな  (興城陸軍病院)
秋の夜の憤(いきどほ)ろしき何々ぞ
秋の風萬の禱を汝一人に (一子修大に) 
一茶忌や父を限りの小百姓
がうがうと欅芽ぶけり風の中  
鳰の岸女いよいよあはれなり      (『雨覆』)
ニコライの鐘の愉しき落葉かな
風雲の少しく遊ぶ冬至かな
牡丹雪その夜の妻のにほふかな
焼跡に透きとほりけり寒の水
細雪妻に言葉を待たれをり
百方の焼けて年逝く小名木川
雪催小家に住める友ばかり
ことごとく枯れし涯なり舟の中
百方に餓鬼うづくまる除夜の鐘
立春の米こぼれをり葛西橋
はこべらや焦土のいろの雀ども
金雀枝(えにしだ)や基督に抱(いだ)かると思へ
六月の女すわれる荒筵
日々名曲南瓜ばかりを食はさるる
勿忘草わかものの墓標ばかり 
西日中電車のどこか掴みて居り
夏河を電車はためき越ゆるなり
栗食むや若く哀しき背を曲げて
東京に妻をやりたる野分かな
雁の束の間に蕎麦刈られけり
野分中つかみて墓を洗ひをり
稲妻のほしいままなり明日あるなり
君たちの恋句ばかりの夜の萩
霜の墓抱き起されしとき見たり     (『惜命』)
胸の上に雁行きし空残りけり
柿食ふや遠くかなしき母の顔
天地に妻が薪割る春の暮
春夕べ襖に手かけ母来給ふ
優曇華(うどんげ)や昨日の如き熱の中
咳臥すや女の膝の聳えをり
桔梗や男も汚れてはならず
金の芒はるかなる母の祷りをり
たばしるや鵙叫喚す胸形変
鮮烈なるダリアを挿せり手術以後
鰯雲ひろがりひろがり創(きず)痛む
麻薬うてば十三夜月遁走す
秋の暮溲瓶泉のこゑをなす
悴み病めど栄光の如く子等育つ
力竭(つく)して山越えし夢露か霜か
病む師走わが道或はあやまつや
病む六人一寒燈を消すとき来
除夜の妻ベツドの下にはや眠れり
綿虫やそこは屍(かばね)の出てゆく門
白き手の病者ばかりの落葉焚
寒むや吾がかなしき妻を子にかへす
外套を脱ぐ妻罪人吾が仰ぐ
雪はしづかにゆたかにはやし屍室
力なく降る雪なればなぐさまず
春疾風屍は敢て出でゆくも
緑陰を看護婦がゆき死神がゆく
蟻地獄病者の影をもて蔽ふ
ほととぎすすでに遺児めく二人子よ
灯るごと梅雨の郭公鳴き出だす
七夕竹借命の文字隠れなし
悉く遠し一油蝉鳴きやめば
遠く病めば銀河は長し清瀬村
朱欒割くや歓喜の如き色と香と
癩夫婦西日のトマト手より手へ
接吻もて映画は閉ぢぬ咳満ち満つ  (患者慰問映画)
息安く仰臥してをりクリスマス
水仙花三年病めども我等若し    (妻に)		
名月や格子あるかに療養所     
不眠者のベツドきしみて枯野星
あかあかと雛栄ゆれども咳地獄     (『春嵐』)
一樹なき小学校に吾子を入れぬ 
病むかぎりわが識りてをる枯野道
雑炊や頬かがやきて病家族
手花火を命継ぐ如燃やすなり
泉への道後れゆく安けさよ
弥撒(ミサ)の庭蚯蚓が砂にまみれ這ふ
ゆるぎなく妻は肥りぬ桃の下
鰯雲甕担がれてうごき出す
蛍火や疾風のごとき母の脈
七月や妻の背を越す吾子二人
梅雨夕焼負けパチンコの手を垂れて
冬濤(波)や時待つ群の鳶烏
乙女駆けて初電車得しを祝福す
鶏頭の澎湃(ホウハイ)として四十過ぐ
とまり木に隠れ心や西行忌       (『酒中花』)
壺焼やいの一番の隈(すみ)の客   (西銀座卯浪)
万愚節半日あまし三鬼逝く
三鬼あやふし流れ若布の漂ふ間も  (葉山にて)
ひとつ咲く酒中花はわが恋椿
いつも来る綿虫のころ深大寺
時雨忌や林に入れば旅ごころ
ほしいまま旅したまひき西行忌
寒菊や母のやうなる見舞妻
雪降れり時間の束の降るごとく
病室に豆撒きて妻帰りけり
万緑や山下るごと階下り     
蛍籠われに安心あらしめよ       (『酒中花以後』)
人はみな旅せむ心鳥渡る
生き得たりいくたびも降る春の雪   
元日の日があたりをり土不踏
命継ぐ深息しては去年今年
わが死後へわが飲む梅酒遺したし
今生は病む生なりき烏頭
   ☆
秋の夜の洋酒壜ども声あげよ      (石田修大『波郷の肖像』より)
                                     目次へ
 芝不器男  (1903-30)
ぬば玉の寝屋かいまみぬ嫁が君    (『新編芝不器男句集』)
 (注)寝屋:寝間 嫁が君 :正月の鼠
繭玉に寝がての腕あげにけり
谷水を撒きてしづむるとんどかな
汽車見えてやがて失せたる田打かな
永き日のにはとり柵を越えにけり
白波を一度かかげぬ海霞
山焼くやひそめきいでし傍の山
まながひに青空落つる茅花かな
人入つて門のこりたる暮春かな
まのあたり天降(あも)りし蝶や桜草
卒業の兄と来てゐる堤かな
うまや路や松のはろかに狂ひ凧
奥津城に犬を葬る二月かな
ふるさとや石垣歯朶に春の月
白藤や揺りやみしかばうすみどり
春月や宿とるまでの小買物
麦車馬に遅れて動き出(い)づ
向日葵の蕊を見るとき海消えし
虚国の尻無川や夏霞 (戦場ヶ原二句)
郭公や国の真洞(まほら)は夕茜
風鈴の空は荒星ばかりかな
ころぶすや蜂腰(すがるごし)なる夏痩女
泳ぎ女(め)の葛隠るまで羞ぢらひぬ
さきだてる鵞鳥踏まじと帰省かな
花うばらふたたび堰にめぐり合ふ
夕釣や蛇のひきゆく水脈あかり
柿もぐや殊にもろ手の山落暉
川蟹のしろきむくろや秋磧
うちまもる母のまろ寝や法師蝉
あなたなる夜雨の葛のあなたかな (仙台につく)
落栗やなにかと言へばすぐ谺
沈む日のたまゆら青し落穂狩
学生の一泊行や露の秋
蝉時雨つくつく法師きこえそめぬ
野分してしづかにも熱いでにけり
草市や夜雨となりし地の匂ひ
野路ここにあつまる欅落葉かな
枯木宿はたして犬に吠えられし
風立ちて星消え失せし枯木かな
北風や青空ながら暮れはてて
大年やおのづからなる梁響 
寒鴉己(し)が影の上(え)におりたちぬ
燦爛と波荒るるなり浮寝鳥
一片のパセリ掃かるる暖炉かな
ストーブや黒奴給仕の銭ボタン
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 篠原鳳作  (1905-36)
浜木綿に流人の墓の小ささよ      (「海の旅」現代俳句集成六)
うるはしき入水図あり月照忌
炎天につかへてメロン作りかな
夜もすがら噴水唄ふ芝生かな
颱風や守宮は常の壁を守り
ふるぼけしセロ一丁の僕の冬
満天の星に旅ゆくマストあり    
しんしんと肺碧きまで海の旅
月光のおもたからずや長き髪
あぢさゐの毬より侏儒よ駆けて出よ
あぢさゐの花より懈(たゆ)くみごもりぬ
日輪をこぼるる蜂の芥子にあり
向日葵の黄に堪へがたくつるむ
をさなけく母となりゆく瞳のくもり
我も亦ラッシュアワーのうたかたか
にぎりしめにぎりしめし掌に何もなき (赤ん坊)
赤ん坊の蹠(あうら)まつかに泣きじやくる
太陽に襁褓かかげて我が家とす
蟻よバラを登りつめても陽が遠い
一塊の光線(ひかり)となりて働けり
一碧の水平線に籐寝椅子 
                          目次へ
 富澤赤黄男  (1902-62)
絶壁へ冬の落日吹きよせられ      (『魚の骨』)
味噌汁をふきつつわれは頽廃れゆく
陽だまりにをれば内閣倒れけり
自転車がゆきすぐそのあとを闇がゆく
貝殻の青き肌(はだえ)に雨くるよ
ペリカンは秋晴れよりもうつくしい
玉ねぎが白くて風邪をひいてゐる   
爛々と虎の眼に降る落葉        (『天の狼』)
寒雷や一匹の魚天を搏ち
草原のたてがみいろの昏れにけり
火口湖は日のぽつねんとみづすまし
海峡を越えんと紅きものうごく
もくせいの夜はうつくしきもの睡る
蝶ひかりひかりわたしは昏くなる 
影はただ白きカン湖(=塩湖)の候鳥(わたりどり)
灯を消してああ水銀のおもたさよ
瞳に古典紺々とふる牡丹雪
冬天の黒い金魚に富士とほく
蝶墜ちて大音響の結氷期
一本のマツチをすれば湖は霧
椿散るああなまぬるき昼の火事
鶏交り太陽泥をしたたらし
鶴渡る大地の阿呆 日の阿呆
赤い花買ふ猛烈な雲の下
落日に支那のランプのホヤを拭く
やがてランプに戦場のふかい闇がくるぞ
灯をともし潤子のやうな小さいランプ
戛々(かつかつ)とゆき戛々と征くばかり
湖はしんしんとある空中戦
困憊の日輪をころがしてゐる傾斜
蛇よぎる戦(いくさ)にあれしわがまなこ
沛然と雨ふれば地に鐵甲
南国のこの早熟な青貝よ
ゆく船へ蟹はかひなき手をあぐる
秋風の下にゐるのはほろほろ鳥
戀びとは土龍のやうにぬれてゐる
春宵のきんいろの鳥瞳(め)に棲める
ガラス窓壊れてしまふよい天気
暗闇に座れば水の湧くおもひ 
黒豹はつめたい闇となつてゐる  
めつむれば虚空を黒き馬をどる   
鶏頭のやうな手をあげ死んでゆけり   (『再版天の狼』)
賑やかな骨牌(カルタ)の裏面(うら)のさみしい繪
断雲(ちぎれぐも)浮いてキリンに喰べられる
蝙蝠は孤独の枝にぶらさがる
大地いましづかに揺れよ油蝉      (『蛇の笛』)
石の上に 秋の鬼ゐて火を焚けり 
甲蟲たたかへば 地の焦げくさし
切株に 人語は遠くなりにけり
流木よ せめて南をむいて流れよ
あはれこの瓦礫の都 冬の虹   
大露に 腹割つ切りしをとこかな
羽がふる 春の半島 羽がふる
乳房や ああ身をそらす 春の虹
乳房に ああ満月のおもたさよ
頭蓋のくらやみ 手に 寒燈をぶらさげて
いつぽんの枯木に支へられし 天
寒い月 ああ貌がない 貌がない
月光へ せめて 掌(てのひら)およがせむ
切株は じいんじいんと ひびくなり
くらやみへ くらやみへ 卵ころがりぬ
軍艦が沈んだ海の 老いたる 鷗(鴎=かもめ)
虹を切り 山脈(やま)を切り 秋の鞭 
満月光 液体は呼吸する        (『黙示』)
草二本だけ生えてゐる 時間
切株ノ 白イ時間ガマハル 年輪
偶然の 蝙蝠傘が 倒れてゐる
稲光 わたしは透きとほらねばならぬ
   ☆
蚊帳青し水母にもにてちちぶさは
枯原の風が電車になつてくる
一木の凄絶の木に月あがるや
美しきネオンの中に失職せり
屋根屋根はをとことをみなと棲む三日月
黒い手が でてきて 植物 をなでる

                          目次へ
 高屋窓秋(1910-99)
頭(づ)の中で白い夏野となつてゐる  (『白い夏野』)
白い靄に朝のミルクを売りにくる
降る雪が川の中にもふり昏れぬ
さくら咲き丘はみどりにまるくある
静かなるさくらも墓もそらの下
ちるさくら海あをければ海へちる
月光をふめばとほくに土こたふ
山鳩よみればまはりに雪がふる
やはらかき小径とおもふ月あかり  
雪つもる国にいきもの生れ死ぬ
南風や屋上に出て海を見る  
星月の昏き曠野をゆきまよふ
降る雪が川のなかにもふり昏れぬ     (『補遺』)
河ほとり荒涼と飢ゆ日のながれ     (『河』)
花蔭に天才孤児が自殺する       (『石の門』)
雪の山山は消えつつ雪ふれり
木の家のさて木枯らしを聞きませう
石の家にぼろんとごつんと冬が来て
荒地にて石も死人も風発す
地吹雪の奥より旅のひかりかな     (『ひかりの地』)
海の眼や深い孤影の波まより
きらきらと蝶が壊れて痕もなし
詩のことばかすみの肌に彫られけり
血を垂れて鳥の骨ゆくなかぞらに 
海原の 海べの 酒は こぼれけり
蝶ひとつ 人馬は消えて しまひけり
おほぞらや渦巻きそめし星月夜      (『補遺』)
いつしかに白虎となりて老いにけり
泳ぎつく銀河のほとり夢深し      (『花の悲歌』) 
いざ山を吹かれて下りん花吹雪
花の悲歌つひに国歌を奏でをり 
くろがねの秋の艦隊沈みけり
降る雪や昭和は虚子となりにけり
春の月土筆のために上りけり
歳時記に何はなくとも四月馬鹿
貝ひとつ浮かれて泳ぐ春の海
雪月花銀河の端のこの梅見
黄泉路にて誕生石を拾ひけり
雪月花美神の罪は深かりき  
核の冬天知る地知る海ぞ知る  
永遠と宇宙を信じ冬銀河   
  ☆
霧の中太陽一個考える
雪月花不幸な列車どこへ行く
                          目次へ
 三橋鷹女(1899-1972)
日本のわれはをみなや明治節      (『向日葵』)
春の夢みてゐて瞼ぬれにけり
夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり
初嵐して人の機嫌はとれません
つはぶきはだんまりの花嫌ひな花
暖炉昏し壺の椿を投げ入れよ
暖炉灼く夫よタンゴを踊ろうか
ひるがほに電流かよひゐはせぬか    
みんな夢雪割草が咲いたのね
風鈴の音が眼帯にひびくのよ
天地ふとさかさまにあり秋を病む
詩に痩せて二月渚をゆくはわたし
あたたかい雨ですえんま蟋蟀です
めんどりよりをんどりかなしちるさくら
すみれ摘むさみしき性を知られけり
蝶飛べり飛べよとおもふ掌の菫
秋風や水より淡き魚のひれ       (『魚の鰭』)
薄紅葉恋人ならば烏帽子で来
この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉
笹鳴に逢ひたき人のあるにはある
日の本の男の子かなしも業平忌
くちびるに夜霧を吸へりあまかりき   (『白骨』)
初湯出て青年母の鏡台に
月見草はらりと宇宙うらがへる
炎天を泣きぬれてゆく蟻のあり
老いながらつばきとなつて踊りけり
白露や死んでゆく日も帯締めて
鞦韆は漕ぐべし愛は奪うべし
昔雪夜のランプのやうなしいさな恋 
みみづくが両眼抜きに来る刻か
蔦枯れて一身がんじがらみなり     (『羊歯地獄』)
十方にこがらし女身錐揉みに
枯蔦となり一木を捕縛せり
青葡萄天地ぐらぐらぐらす
狂ひても女 茅花を髪に挿し
てのひらに蜂を歩ませ歓喜仏
夕日が来て枯向日葵に火を放つ
雪をよぶ 片身の白き生き鰈
墜ちてゆく 燃ゆる冬日を股挟み
囀や海の平を死者歩く        (『橅/ブナ』)        
老鴬や泪たまれば啼きにけり
荒海にめしひて鯛を愛すかな
一匹の蟻ゐて蟻がどこにも居る
椿落つむかしむかしの川ながれ
秋蝉やうばすて山に姥を捨て      (『橅/ブナ』以後F)
どんぐりの樹下ちちははのかくれんぼ
千の虫鳴く一匹の狂ひ鳴き   
寒月光こぶしをひらく赤ん坊
藤垂れてこの世のものの老婆佇つ
   ☆
虹消えてしまえば還る人妻に
人の世のことばに倦みぬ春の浪    
けものらの耳さんかくに寒明けぬ    
女一人佇てり銀河を渉るべく
                          目次へ
 西東三鬼(1900-62)
咳(しはぶ)きて神父女人のごと優し   (『旗』)
水枕ガバリと寒い海がある       
春ゆふべあまたのびつこ跳ねゆけり (びつことなりぬ)
黒蝶のめぐる銅像夕せまり
右の眼に大河左の眼に騎兵
白馬を少女れて下りにけむ
手品師の指いきいきと地下の街
算術の少年しのび泣けり夏
緑陰に三人の老婆わらへりき
道化師や大いに笑ふ馬より落ち
哭(な)く女窓の寒潮縞をなし
厖大なる王氏の昼寝端午の日
昇降機しづかに雷の夜を昇る
屋上の高き女体に雷光る
熱ひそかなり空中に蠅つるむ
空港なりライタア処女の手にともる
兵隊がゆくまつ黒い汽車に乗り
僧を乗せしづかに黒い艦が出る
湖畔亭にヘヤピンこぼれ雷匂ふ
夜の湖ああ白い手に燐寸の火
機関銃眉間ニ赤キ花ガ咲ク
パラシウト天地ノ機銃フト黙ル
占領地区の牡蠣を将軍に奉る
女学院燈ともり古き鴉達      
三階へ青きワルツをさかのぼる
聖燭祭工人ヨセフ我が愛す       
葡萄あまししづかに友の死をいかる
月夜少女小公園の木の股に
寝がへれば骨の音する夜寒かな
まくなぎの阿鼻叫喚をふりかぶる    (『三鬼百句』)
広島や卵食ふ時口開く      
国飢ゑたりわれの立ち見る冬の虹    (『夜の桃』)
寒燈の一つ一つや国敗れ    
中年や独語おどろく夜の秋
恋猫と語る女は憎むべし
おそるべき君等の乳房夏来(きた)る
中年や遠くみのれる夜の桃
穀象の群を天より見るごとく
穀象の一匹だにもふりむかず
狂院をめぐりて暗き盆踊
みな大き袋を負へり雁渡る
枯蓮のうごく時きてみなうごく
露人ワシコフ叫びて柘榴打ち落す
倒れたる案山子の顔の上に天
冬浜に老婆ちぢまりゆきて消ゆ
黒人の掌の桃色にクリスマス
元日を白く寒しと昼寝たり
大寒の猫蹴つて出づ書を売りに
大寒の街に無数の拳ゆく
赤き火事哄笑せしが今日黒し
大寒や転びて諸手つく悲しさ
限りなく降る雪何をもたらすや
黒蝶は何の天使ぞ誕生日
ひげを剃り百足虫を殺し外出す
夜が来る数かぎりなき葱坊主 
青梅が闇にびつしり泣く嬰児
少女二人五月の濡れし森に入る
大旱の赤牛となり声となる
九十九里浜に白靴提げて立つ
夕焼へ群集だまり走り出す
百舌に顔切られて今日が始るか
陳氏来て家去れといふクリスマス    (『今日』)
クリスマス馬小屋ありて馬が住む
猫が鶏殺すを除夜の月照らす
犬の蚤寒き砂丘に跳び出せり  
雨の中雲雀ぶるぶる昇天す
蓮池にて骨のごときを掴み出す 
体内に機銃弾あり卒業す
野遊びの皆伏し彼等兵たりき
くらやみに蝌蚪の手足が生えつつあり
麦熟れてあたたかき闇充満す
滅びつつピアノ鳴る家蟹赤し
モナリザに仮死いつまでもこがね虫
かじかみて貧しき人の義歯作る
垂れ髪に雪をちりばめ卒業す
頭悪き日やげんげ田に牛暴れ
身に貯へん全山の蝉の声
西日中肩で押す貨車動き出す
耶蘇ならず青田の海を踏み来るは
炎天の坂や怒を力とし 
生創(なまきず)に蠅を集めて馬帰る
穴掘りの脳天が見え雪ちらつく
雪嶺やマラソン選手一人走る
うつくしき眼と会ふ次の雷待つ間
炎天の犬捕り低く唄ひだす
歩くのみの冬蠅ナイフあれば舐め
夜の桜満ちて暗くて犬噛み合ふ
梅雨はげし百虫足殺せし女と寝る
秋の航一尾の魚も現れず        (『変身』)
寒夜明け赤い造花が又も在る      
薄氷の裏を舐めては金魚沈む
見事なる蚤の跳躍わが家にあり
炎天の岩にまたがり待ちに待つ
暗く暑く大群集と花火待つ
蓮掘りが手もておのれの脚を抜く
蝮の子頭くだかれ尾で怒(いか)る
雪山呼ぶ O(オー)の形の口赤く
みどり子の頬突く五月の波止場にて
梅雨富士の黒い三角兄死ぬか
眼帯の内なる眼にも曼珠沙華
通夜寒し居眠りて泣き覚めて食ふ
杖上げて枯野の雲を縦に裂く
発光する基地まで闇の万の蛙
死火山麓泉の声の子守唄
青高原わが変身の裸馬逃げよ
ネロの業火石焼芋の竃に燃ゆ
黒き月のせて三日月いつまで冬
蠅生れ天使の翼ひろげたり
冬に生ればつた遅すぎる早すぎる
巨大な棺五月のプール乾燥し
老斑の月より落葉一枚着く
海から誕生光る水着に肉つまり
父のごとき夏雲立てり津山なり
鶯にくつくつ笑ふ泉あり 
秋の暮大魚の骨を海が引く
少年を枝にとまらせ春待つ木
薬師寺の尻切れとかげ水飲むよ
強き母弱き父田を植ゑすすむ     
豊胸の胸の呼吸へ冬怒濤
薔薇の家犬が先ず死に老女死す
クローバーに青年ならぬ寝型残す   
切り捨てし胃の腑かわいや秋の暮    (『変身以後』)
木瓜の朱へ這いつつ寄れば家人泣く
春を病み松の根つ子も見あきたり
露けき夜喜劇と悲劇二本立    
地震来て冬眠の森ゆり覚ます 
這い出でて夜霧舐めたや魔の病  
寝がへれば骨の音する夜寒かな     (『拾遺』)
   ☆
酸素の火見つめ寒夜の鉄仮面
鏡餅暗きところに割れて座す
玻璃窓を鳥ゆがみゆく年の暮
不眠症魚は遠い海にゐる        (『荊冠』)
                          目次へ
 渡邊白泉 (1913-69)
白壁の穴より薔薇の国を覗く      (『渡邊白泉全句集』)
街燈は夜霧にぬれるためにある   
あまりにも石白ければ石を切る
鶏(とり)たちにカンナは見えぬかもしれぬ
昆虫のごとく自動車灼けゐたり
一本の道遠ければ君を恋ふ 
ふつつかな魚のまちがひそらを泳ぎ
われは恋ひきみは晩霞を告げわたる
ああ小春我等涎し涙して
憲兵の前で滑つて転んぢやつた
戦争が廊下の奥に立つてゐた
銃後といふ不思議な町を丘で見た
鳥籠の中に鳥飛ぶ青葉かな
夏の海水兵ひとり紛失す
玉音を理解せし者前に出よ
新しき猿又ほしや百日紅 (終戦)
まんじゆしやげ昔おいらん泣きました
日向ぼこするや地球の一隅に
桐一葉落ちて心に横たはる
地平より原爆に照らされたき日
ひらひらと大統領がふりきたる
気の狂つた馬になりたい枯野だつた
あぢさゐも柳も淡き雨のなか
松の花かくれてきみとくらす夢
おらは此のしつぽのとれた蜥蜴づら
ハルポマルクス見に起重機の叢林を
繃帯を巻かれ巨大な兵となる
戦場へ手ゆき足ゆき胴ゆけり   
やはらかき海のからだはみだらなる
支那兵が草山を抱き戦死せり
あをあをとぶらんこをこぐ手足かな   
桃色の足を合はせて鼠死す
秋の夜や宇宙を点とみる努力       
わが秋や疊の上の道をしえ
秋の日やまなこ閉づれば紅蓮の国
馬場乾き少尉の首が跳ねまわる  
赤く青く黄いろく黒く戦死せり
わが胸を通りてゆけり霧の舟
   ☆
かぎりなく樹は倒るれど日はひとつ
わが頬の枯野を剃つてをりにけり 
秋霖(しうりん)の社会の奥に生きて食ふ
ふつつかな魚のまちがひ空を泳ぎ
終点の線路がふつと無いところ
                          目次へ
  野見山朱鳥 (1917-70)
林檎描く絵具惨憺盛り上り       (『曼珠沙華』)
犬の舌枯野に垂れて真赤なり 
二階より枯野のおろす柩かな
手にふれし汗の乳房は冷たかり
逢ふ人のかくれ待ちゐし冬木かな
蝌蚪に打つ小石天変地異となる
巡礼の如くに蝌蚪の列進む
春月に山羊の白妙産れけり
火を投げし如くに雲や朴の花
なほ続く病床流転天の川
白妙の初夜の襖を閉めにけり
蒲団開け貝のごとくに妻を入れ
いちまいの皮の包める熟柿かな
曼珠沙華散るや赤きに耐へかねて
花散りしあとに虚空や曼珠沙華
春雪を玉と頂く高嶺かな
いのち得て光り飛びゆく落花かな
花時も天上天下唯我咳く
ふとわれの死骸に蛆のたかる見ゆ
空蝉の一太刀浴びし背中かな
冬波の壁おしのぼる藻屑かな
飛び散つて蝌蚪の墨痕淋漓たり
蝌蚪乱れ一大交響楽おこる
星空へ飛びもだへゐる焚火かな
落椿天地ひつくり返りけり
身二つとなりたる汗の美しき
昼寝覚発止といのち裏返る
星涼し川一面に突刺さり
阿蘇山頂がらんどうなり秋の風
寒雷や針を咥へてふり返り
火の独楽を廻して椿瀬を流れ
死なば入る大地に罌粟を蒔きにけり
大干潟立つ人間のさびしさよ
菜殻火やイエスの如くわれ渇す
曼珠沙華竹林へ燃え移りをり
林檎むく五重塔に刃を向けて
妻来ると枯野かがやく昼餉前
運慶の仁王の舌の如く咳く      
磔の釘打つ如く咳きはじむ
吹雪く夜の影の如くにわれ病めり
鶏頭の大頭蓋骨枯れにけり
われ蜂となり向日葵の中にゐる     (『天馬』)
初蝶の大地五重の塔をのせ
双頭の蛇の如くに生き悩み
炎天を駆ける天馬に鞍を置け
胸の上聖書は重し鳥雲に
雪渓に山鳥花の如く死す
二三歩をあるき羽搏てば天の鶴
虚空より鶴現はるる遠嶺かな   
生涯は一度落花はしきりなり      (『荊冠』)
秋風や書かねば言葉消えやすし
海女潜る上を走れる野分波
強ひていへばそは春愁のごときもの 
罰よりも罪おそろしき絵踏かな
かなしみはしんじつ白し夕遍路
天に祈る人に廃墟に天の川  
秋風や日向は波の大き国        (『運命』)
道化師が妻にもの言ふ秋の暮
死にゆくは鬼もあはれや神遊び
初みくじ神の言葉を樹に咲かせ
永劫の涯に火燃ゆる秋思かな
降る雪や地上のすべてゆるされたり 
しづけさは明日への力蔓枯るる     (『幻日』)
みなうしろ姿ばかりの秋遍路
牡丹散る時の一片散るごとく
天の鷹雄のさびしさを高めつつ 
火の阿蘇に幻日かかる花野かな
万緑や太初(はじめ)の言葉しづかに炎え
吾に残る時幾許ぞ鳥雲に        (『愁絶』)
黴の中きらりきらりと一と日過ぐ
わが中に道ありて行く秋の暮
けふの日の終る影曳き糸すすき
灯を消してわが病むかぎり銀河濃し 
冬の暮灯(と)もさねば世に無きごとし
一片の落花生死の外へ飛ぶ
いつぽんのすすきに遊ぶ夕焼雲
わが影を遠き枯野に置き忘れ   
うれしさは春のひかりを手に掬ひ
火の隙間より花の世を見たる悔
遠きより帰り来しごと昼寝覚 
仰臥こそ終の形の秋の風
春落葉いづれは帰る天の奧		
つひに吾も枯野のとほき樹となるか
一枚の落葉となりて昏睡す
絶命の寸前にして春の霜
亡き母と普賢と見をる冬の夜
                          目次へ
 木下夕爾(1914-65)
目にしみる空の青さよ揚ひばり     (『木下夕爾全句集』)
花蕎麦に雲多き日のつづきけり
茨の実にわが影長き墓畔かな
焚火消えて真如の闇となりにけり
わが声の二月の谺まぎれなし
水ぐるまひかりやまずよ蕗の薹
いひにくきこと言へりオーバの襟を立て
この丘のつくしをさなききつね雨
春暁の大時計鳴りをはりたる
家々や菜の花いろの燈をともし
春雨やみなまたたける水たまり
黒穂抜けばあたりの麦の哀しめり
林中の石みな病める晩夏かな
繭に入る秋蚕(あきこ)未来をうたがはず
南風の麦みな鎌にあらがへり
つくねんと木馬よ春の星ともり
鐘の音を追ふ鐘の音よ春の昼
秋の日や凭(よ)るべきものにわが孤独
かたく巻く卒業証書遠ひばり
あくびしていでし泪や啄木忌
あたたかにさみしきことをおもひつぐ
熟れ麦の息する風とおもひけり
児の本にふえし漢字や麦の秋
緑陰やこころにまとふ水の音
夕焼のうつりあまれる植田かな
秋草にまろべば空も海に似る
よく折れる鉛筆の芯春の蝉
郭公や柱と古りし一家族
音のして海は見えずよ草の花
かたつむり日月遠くねむりたる
泉のごとくよき詩をわれに湧かしめよ
遠雷やはづしてひかる耳かざり
海の音にひまはり黒き瞳をひらく
少年に帯もどかしや蚊喰鳥
短夜のまづ青くそよぎそむ
汗拭けり孤りとなりしわが影と
炎天や相語りゐる雲と雲
樹には樹の哀しみのありもがり笛
草矢高くこころに海を恋ひにけり
噴水の涸れし高さを眼にゑがく
冬凪や鉄塊として貨車憩ふ
炎天や昆虫としてただあゆむ
ひと若しはしれる汗もうつくしく
ふりいでし雨の水輪よ休暇果つ
とけてゐるアイスクリーム秋の蝉
をちの燈のひとつともれる野分かな
稲妻や夜も語りゐる葦と沼
地球儀のうしろの夜の秋の闇
そよぎあふ草の秀たのし秋の雲
のぼりきて全き月の芭蕉かな
海鳴りのはるけき芒折りにけり
てのひらにうけて全き熟柿かな
繭の中もつめたき秋の夜もあらむ
噴水にひろごりやまず鰯雲
こほろぎやいつもの午後のいつもの椅子
秋天や最も高き樹が愁ふ
かくれすふたばこのけむり秋の風
秋風の中われに向く顔ひとつ
にせものときまりし壺の夜長かな
子のグリム父の高邱(こうきゆう)春ともし
秋風や話につれてゆるみし歩
短日の貨車押しあひつつ停る
冬凪や鉄塊として貨車憩ふ
枯野ゆくわがこころには蒼き沼
春の燈やわれのともせばかく暗く
鐘の音を追ふ鐘の音よ春の昼
枯野ゆくともりてさらに遠き町
毛糸あめば馬車はもしばし海に沿ひ
柿は柿雲は雲秋をはりけり
樹林いま揺れしづまれり春の月
とぢし眼のうらにも山のねむりけり
しはぶきの次の言葉を待ちにけり
寒林に日も吊されてゐたりしよ
ひとすぢの春のひかりの厨水
春昼のすぐに鳴りやむオルゴール
惜春のいつ失ひし備忘録
地球儀のあをきひかりの五月来ぬ
毛虫焼く火のめらめらと美しき
遠谺しづめて泉あをかりき
壺にさしてすぐに風そふ芒かな
燃ゆる日にひしめく闇も去年今年
竹林の奥春の水奏でそむ
花冷の包丁獣脂もて曇る
空ことにまぶし林檎の花のもと
手をふれてピアノつめたき五月かな
丘の斜面に耕馬現れ海光る
森あをくふかくて春の祭笛
夕づつや首の短きうまごやし
初蝉やプールに水は満ちつつあり
たべのこすパセリのあをき祭りかな
秋草の中相逢へる径(みち)ふたつ
秋燕やまろべば高き草の丈
さへづりや昏れなやみゐる野の一樹
茅花野につづきてしろし波がしら
郭公や消されてにほふランプの芯
遠雷や萱わけて人出できたる
湧きつぎて空閉ざす雲原爆忌
兜虫漆黒の夜を率てきたる
ひるの月噴水の穂触れやまず
遠雷や萱わけて人出できたる
ひとの手のつめたき記憶夜の秋
月涼しこころに棲めるひと遠く
ふりむいてまだ海見ゆる展墓か
夢いまだ子には託さじいわしぐも
刃を入れるべく紅き林檎をぬぐひけり
立冬の木の影遊ぶ芝の上
孤独なり冬木にひしととりまかれ
冬の坂のぼりつくして何もなし
昼月のみてゐる落葉焚きにけり
榾火燃え闇あたらしくひろごれり
梟や机の下も風棲める
鮟鱇に似て口ひらく無為の日々
わがつけし傷に樹脂噴く五月来ぬ
冬園のベンチを領し詩人たり
一片の雲ときそへる独楽の澄み
   ☆
君の瞳(め)にみづうみ見ゆる五月かな
うかびたる句を玉として桃青忌
                          目次へ
 大野林火  (1904-84)
鳴き鳴きて囮は霧につつまれし     (『海門』)
霜夜来し髪のしめりの愛(かな)しけれ
本買へば表紙が匂ふ雪の暮
燈籠にしばらくのこる匂ひかな
白き巨船きたれり春も遠からず		
子の髪の風に流るる五月来ぬ
蓬髪のわれよりたかく蘆枯れたり
春塵の衢(ちまた)落第を告げに行く	
さみだるる一燈長き坂を守り      (『冬青集』)
梅雨見つめをればうしろに妻も立つ   (『早桃』)
こがらしの樫をとらへしひびきかな
あをあをと空を残して蝶分れ
冬雁に水を打つたるごとき夜空     (『冬雁』)
ねむりても旅の花火の胸にひらく
毛糸編む母子の世界病みて知る     (『青水輪』)
鶏頭を抜けばくるもの風と雪
秋の暮笑ひなかばにしてやめぬ
鳥も稀の冬の泉の青水輪
百日紅この叔父死せば来ぬ家か
月夜つづき向きあふ坂の相睦む     (『白幡南町』)
風立ちて月光の坂ひらひらす
一燈にみな花冷えの影法師
飛騨涼し北指して川流れをり
雪の水車ごとんことりもう止むか
秋立つやこつこつと越す跨線橋     (『雪華』)
こがらしのさきがけの星山に咲く
炎天に怒りおさへてまた老うも
人の行く方へゆくなり秋の暮
青嶺聳(た)つふるさとの川背で泳ぐ  (『潺潺集』)
あはあはと吹けば片寄る葛湯かな
山ざくら水平の枝のさきに村
紙漉のこの婆死ねば一人減る
雪ふる夢ただ山中とおもふのみ
鴨群るるさみしき鴨をまた加へ
淡墨桜風たてば白湧きいづる      (『飛花集』)
日向ぼこ佛掌の上にゐる思ひ      (『方円集』)
落花舞ひあがり花神の立つごとし
山々のみな丹波なる良夜かな
みちのくの頭良くなる湯に夜長     (『月魄集』)
萩明り師のふところにゐるごとし
   ☆
銭金や遠くかかれる夕の虹
薄墨桜風立てば白湧きいづる
雪山に春のはじめの滝こだま
雪ふる夢ただ山中と思ふのみ
                          目次へ
 橋本多佳子  (1899-1963)
曇り来し昆布干場の野菊かな      (『海燕』)
わが行けば露とびかかる葛の花
火の山の阿蘇のあら野に火かけたる
月光にいのち死にゆくひとと寝る 
月光に一つの椅子を置きかふる (夫の忌に)(『信濃』)
さびしさを日日のいのちぞ雁わたる
硯洗ふ墨あをあをと流れけり
七夕や髪ぬれしまま人に逢ふ
母と子のトランプ狐啼く夜なり
凍蝶に指ふるるまでちかづきぬ     (『紅絲』)
雪はげし抱かれて息のつまりしこと
鶏しめる男に雪が殺到す
毟りたる一羽の羽毛寒月下
寒月に焚火ひとひらづつのぼる
星空へ店より林檎あふれをり
蛇いでてすぐに女人に会ひにけり
蛇を見し眼もて彌勒を拝しけり
仏母たりとも女人は悲し灌仏会
袋角鬱々と枝(え)を岐ちをり
雄鹿の前吾もあらあらしき息す
女(め)の鹿は驚きやすし吾にみかは
白桃に入れし刃先の種を割る
罌粟ひらく髪の先まで寂しきとき
あぢさゐやきのふの手紙はや古ぶ
夫恋へば吾に死ねよと青葉木菟
螢籠昏ければ揺り炎えたたす
乳母車夏の怒濤によこむきに
日を射よと草矢もつ子をそそのかす
一ところくらきをくぐる踊の輪
祭笛吹くとき男佳かりける
生き堪へて身に沁むばかり藍浴衣
いなびかり北よりすれば北を見る
くらがりに傷つき匂ふかりんの実
鶏頭起きる野分の地より艶然と
霧月夜美して一夜ぎり
つくるよりはや愛憎や木の実独楽
濃き墨のかわきやすさよ青嵐 
万緑やわが額(ぬか)にある鉄格子   (『海彦』)
青蘆原をんなの一生(よ)透きとほる
胸先にくろき富士立つ秋の暮
手をおけば胸あたたかし露微塵
きしきしと帯を纏(ま)きをり枯るる中
オリオンの盾新しき年に入る
月一輪凍湖一輪光あふ
猟銃音殺生界に雪ふれり
鷺打たる羽毛の散華遅れ散る
この雪嶺わが命終に顕ちて来よ     (『命終』)
白炎天鉾の切尖深く許し
蝶蜂の如く雪渓に死なばと思ふ
雪の日の浴身一指一趾愛し
雪はげし書き遺すこと何ぞ多き
   ☆
春空に鞠とどまるは落つるとき
                          目次へ
 永田耕衣 (1900-97)
人ごみに蝶の生まるる彼岸かな     (『加古』)
父の忌にあやめの橋をわたりけり
まん中を刈りてさみしき芒かな
寒鴉歩けば動く景色かな
死ぬ蝶は波にとまりぬ十三夜      (『傲霜』)
行年のくろかみくろくねむるなり
日のさして今おろかなる寝釈迦かな   (『真風』)
田にあればさくらの蕊がみな見ゆる
夜もすがら冱ててありけり父の筆
冬の雲一個半個となりにけり      (『與奪鈔』)
父祖哀し氷菓に染みし舌だせば
まつくらに暮れてしづかや寒雀
月の出や印南野に苗余るらし
瓜苗やたたみてうすきかたみわけ
月明の畝遊ばせてありしかな
妄想の足袋百間を歩きけり
厄介や紅梅の咲き満ちたるは      (『驢鳴集』)
夢の世に葱を作りて寂しさよ
恋猫の恋する猫で押し通す
かたつむりつるめば肉の食ひ入るや
朝顔や百たび訪はば母死なむ
行けど行けど一頭の牛に他ならず
寒雀母死なしむること残る
或高さ以下を自由に黒揚羽
うつうつと最高を行く揚羽蝶
緑陰のわが入るときに動くなり
秋水や思ひつむれば吾妻のみ
百姓に今夜も桃の花盛り
もう種でなくまつさおに貝割菜
秋水や思ひつむれば吾妻のみ
年とつて冷たき土堤に遊びけり
店の柿減らず老母に買ひたるに
母死ねば今着給へる冬着欲し
ひろびろと母亡き春の暮つ方
母の死や枝の先まで梅の花
夏蜜柑いづこも遠く思はるる
夕凪や使はねば水流れ過ぐ
物として我を夕焼染めにけり
吾が啖ひたる白桃の失せにけり
いづかたも水行く途中春の暮
野遊びの児等の一人が飛翔せり
寒鮒の死にてぞ臭く匂ひけり
物書きて天の如くに冷えゐたり
池を出ることを寒鮒思ひけり 
水を釣つて帰る寒鮒釣一人       (『吹毛集』)
天心にして脇見せり春の雁
笑ひ棲む池の鯰を笑ひけり
近海に鯛睦み居る涅槃像
尿の出て身の存続す麦の秋
後ろにも髪脱け落つる山河かな
カットグラス布に包まれ木箱の中
道路ほど寂しきは無し羽抜鶏
秋水やまた会ひ難き女ども
腸(はらわた)の先づ古び行く揚雲雀
新しき蛾を溺れしむ水の愛
百合剪るや飛ぶ矢の如く静止して
死蛍に照らしをかける蛍かな      (『悪霊』)
泥鰌浮いて鯰も居るというて沈む
秋雨や空盃の空溢れ溢れ
野を穴と思い飛ぶ春純老人
白桃を今虚無が泣き滴れり
夜なれば椿の霊を真似歩く      
淫乱や僧形となる魚のむれ       (『闌位』)
野菊道数個の我の別れ行く
晩年や空気で冷える夏の海
少年や六十年後の春の如し
てのひらというばけものや天の川		
我が頭穴にはあらずや落椿
男老いて男を愛す葛の花
舐めにくる野火舐め返す童かな
晩年を覗いてみよう葱の筒
皆行方不明の春に我は在り       (『冷位』)
荒野菊身の穴穴に挿して行く
茄子や皆事の終るは寂しけれ
手を容れて冷たくしたり春の空
出歩けば即刻夢や秋の暮
春の夜や土につこりと寂しけれ
寂しくて道のつながる年のくれ     (『殺佛』)
薄氷や我を出で入る美少年
たつぷりと皆遠く在り夏の暮
永遠が飛んで居るらしあかとんぼ 
枯韮にたつぷり水を注ぎけり
コーヒー店永遠に在り秋の雨
両岸に両手かけたり春の暮
古池を触つて居れば眠りけり
生涯を独活まで来たる思いかな     (『殺祖』)
長生きや口の中まで青薄
薄氷と遊んで居れば肉体なる
物感として頭脳在り秋の暮
落蝉や誰かが先に落ちて居る 
寂しさをこぼさぬ蠅の頭脳哉      (『物質』)
物質の我を紅葉四方刺しに
炎天や十一歩中放屁七つ   
しみじみと牛肉はあり寒雀
春の道だけが歩いているわいのう
念願の釣瓶落としを浴び通す
いづこにも我居てや春むづかしき
晩年や左眼の涙を右眼容れ
知己もみな物質春の道を行く
追い越しし少年見えず秋の暮
何もせぬ忙(せわ)しさに在り冬桜   (『葱室』)
老いぬれば股間も宙や秋の暮 
大白桃妄想森の如くなり    
空蝉に肉残り居る山河かな
はるかぜや玄関番の蠅一つ
人類を頼まぬ花の盛り哉
少年を噛む歓喜あり塩蜻蛉  
人生を発明し得ず猪を食ぶ       (『人生』)
空蝉に入らむと待てる空気哉   
あんぱんを落して見るや夏の土
源流に腰かけて居る翁かな       (『自人』)
源流の寂しさに在り秋の暮    
骨折はみな老人や雪景色
老雪(ろうせつ)や無欲の欲が深くなる  
キリストを借景と為す秋の暮
冗談に空蝉個個に歩きけり
朝顔や死神は少年であつて欲し     
バランスを以て肉あり受肉祭
踏切のスベリヒユまで歩かれへん
死神が死んで居るなり百日紅(さるすべり)
白梅や天没地没虚空没 (阪神大地震)
枯草や住居無くんば命熱し       (『陸沈考』)
死神が時を渡つて来て死にぬ
枯草の大孤独居士ここに居る
   ☆
人寂し優し怖ろし春の暮
朝顔や我を要せぬ我である
                          目次へ
 橋閒石(かんせき)(1903-92)
秋の湖真白き壺を沈めけり       (『雪』)
雪降れり沼底よりも雪降れり
柩出るとき風景に橋かかる       (『風景』)
七十の恋の扇面雪降れり        (『荒栲』)
渡り鳥なりしと思う水枕
豪雪や母の臥所のかぐわしく      (『卯』)
蝶になる途中九億九光年
わがいのち風花に乗りすべて青し
枯蓮に隈(くま)おとしたる道化たち
二階から降りて用なき石蕗日和
冬死なば烏百羽は群がるべし  
故山我を芹摘む我を忘れしや      (『和栲』) 
まさしくは死の匂いかな春の雪 
きさらぎの手の鳴る方や落椿
耳垢も目刺のわたも花明り
躓くや老いも裾濃の夕霞
日輪を呑みたる蟇の動きけり
合歓咲くや語りたきこと沖にあり
はらわたに昼顔ひらく故郷かな
夏風邪をひき色町を通りけり
ひとつ食うてすべての柿を食い終わる
寒鯔を釣る夢もちて人の中
乾鮭をさげて西方無辺なり
火の迫るとき枯草の閑かさよ     
生米の奥は千里の冬霞
眉白く虹の裏ゆく旅人よ
雁帰る幕を揚げてもおろしても
まどろみのひまも仮面や花の冷
空蝉のからくれないに砕けたり
笹鳴よこの身焼かるる日も鳴くか
散る柳貌なきものら往き交わす
昼の木菟いずこに妻を忘れしや
日の沈むまで一本の冬木なり
階段が無くて海鼠の日暮かな
縄跳とびの端もたさるる遅日かな
顔じゅうを蒲公英にして笑うなり
下町や殊にしたたる女傘
三枚におろされている薄暑かな
炎上の弥陀萍を照らしけん
詩も川も臍も胡瓜も曲りけり
すっぽりと大根ぬけし湖国かな
ふるさとや灰の中から冬の鳥
たましいの暗がり峠雪ならん
ふぶく夜や蝶の図鑑を枕もと
春山のむこうから物頼まれたり
春山の腰のあたりを越えゆけり
白扇をたためば乾く山河かな
秋ふかく用無き物を盗られけり
雪ふれり生まれぬ先の雪ふれり
見えているだけで安堵や冬大樹   
陽炎を隔てて急ぐものばかり          
お浄土がそこにあかさたなすび咲く  
春浅き二階へ声をかけて出る
草の根を分けても春を惜しむかな
たましいの玉虫色に春暮れたり
いたずらに僧うつくしや二月の山
しばらくは風を疑うきりぎりす
しろがねの噂好きなる尾花かな
何か呼ぶ吹雪の奥へ帰りたし    
毬唄のそこから先は忘れたり       (『虚』)
人知れずもの書きためる雪の底     
陰干しにせよ魂もぜんまいも
ふと思うことありて蟻ひき返す
人にそう呼ばれて一人静かなり 
木の股の猫のむこうの空気かな 
風呂敷をひろげ過ぎたる秋の暮   
西田幾多郎のごとく冬帽掛かりいたり  
春の風邪ときには弥陀もひき給え
大脳のよろめきに照る桜かな
木枕に秋のあたまを頼むかな       (『橋閒石俳句選集』)
泣くことも柿剥くことも下手なりけり
体内も枯山水の微光かな         (『微光』)
噴水にはらわたの無き明るさよ 
銀河系のとある酒場のヒヤシンス
雪山に頬ずりもして老いんかな
ラテン語の風格にして夏蜜柑
細胞のひとつひとつの小春かな
郭公や酒も命もなみなみと      
冬空の青き脳死もあるならん  
送り出てそのまま春を惜しみおり 
顔剃らせいて梟のこと思う
混沌の落し子なりやかたつむり
水母から便りありたる薄暑かな
芹の水言葉となれば濁るなり 
枕から外れて秋の頭あり          (『微光』以後)
吐くだけの息を吸うなり大根畑      
                          目次へ
 秋元不死男  (1901-77)
クリスマス地に来ちちはは舟をこぐ   (『街』)
寒や母地のアセチレン風に欷(な)き
少年工学帽かむりクリスマス
厨房に貝が歩くよ雛祭
子を殴(う)ちしながき一瞬天の蝉 
降る雪に胸飾られて捕へらる      (『瘤』)
獄を出て触れし枯木と聖き妻
蝿生れ早や遁走の翅(はね)使ふ
幸(さち)ながら青年の尻菖蒲湯に
吸殻を炎天の影の手が拾ふ
鳥わたるこきこきこきと罐切れば
運動会少女の腿の百聖し
明日ありやあり外套のボロちぎる
へろへろとワンタンすするクリスマス
すみれ踏みしなやかに行く牛の足    (『万座』)
冷されて牛の貫禄しづかなり
向日葵の大声でたつ枯れて尚
売文や夜出て髭のあぶらむし
北欧の船腹垂るる冬
悪評や垂れて冬着の前開き
豊年や切手をのせて舌甘し
ライターの火のポポポポと滝涸るる
ただ妻の支持のみ確か蟇低音(ひくね)
三月やモナリザを売る石畳
死の見ゆる日や山中に栗おとす
隆々と一流木の焚火かな
終戦日妻子入れむと風呂洗ふ
橋に乗るかなしき道を道をしえ     (『甘露集』)
富士爽やか妻と墓地買ふ誕生日
わが骨を見てゐる鷹と思ひけり 
春惜しむ白鳥(スワン)の如き溲瓶持ち
ねたきりのわがつかみたし銀河の尾
蛇消えて唐招提寺裏秋暗し (補遺)
    ☆
蛇苺黒衣聖女の指が摘む
満開の花の中なる虚子忌かな
靴裏に都会は固し啄木忌
                          目次へ
 平畑静塔  (1905-97)
絶巓へケーブル賭博者を乗せたり    (『月下の俘虜』) 
徐々に徐々に月下の俘虜として進む 
我を遂に癩の踊の輪に投ず
藁塚に一つの強き棒挿さる
狂ひても母乳は白し蜂光る
狂女なりしを召使はれて夜長し
鳩踏む地かたくすこやか聖五月
故郷の電車今も西日に頭振る
形骸の旧三高を茂らしめ        (『旅鶴』)
一本の道を微笑の金魚売り
星月夜われらは富士の蚤しらみ     (『壺國』)
座る余地まだ涅槃図の中にあり     (『漁歌』)
身半分かまくらに入れ今晩は      (『矢素』)
   ☆
山や野を歩き元日熟睡す
枯野ゆく鳴りを鎮めし楽器箱
うす繭の中ささやきを返しくる

                          目次へ
 細見綾子(1907-97)
来て見ればほほけちらして猫柳     (『桃は八重』)
そら豆はまことに青き味したり
うすものを着て雲の行くたのしさよ
涼しさに心の中を言はれけり
でで虫が桑で吹かるる秋の風 
菜の花がしあはせさうに黄色して
チユーリツプ喜びだけを持つてゐる
ふだん着でふだんの心桃の花
つばめつばめ泥がすきな燕かな
み仏に美しきかな冬の塵
初ひばり胸の奥處(おくど)といふ言葉  (『冬薔薇』)
鶏頭を三尺離れもの思ふ        
峠見ゆ十一月のむなしさに
冬来れば母の手織の紺深し			
くれなゐの色を見てゐる寒さかな
春雷や胸の上なる夜の厚み
硝子器を清潔にしてさくら時
炎天に焔となりて燃え去りし
白木槿嬰児も空を見ることあり
寒卵二つ置きたり相寄らず
山茶花は咲く花よりも散つてゐる    (『雉子』)
つひに見ず深夜の除雪人夫の顔
葉桜の下帰り来て魚に塩
能登麦秋女が運ぶ水美し
雪合羽汽車に乗る時ひきずれり
枯野電車の終着駅より歩き出す     (『和語』)
雪解川烏賊を喰ふ時目にあふれ
雪渓を仰ぐ反り身に支へなし
蕗の薹喰べる空気をよごさずに
胸うすき日本の女菖蒲見に
もぎたての白桃全面にて息す
木綿縞着たる単純初日受く
女身仏に春剥落のつづきをり      (『技藝天』)
青梅の最も青き時の旅
春立ちし明るさの声発すべし      (『曼陀羅』)
春の雪青菜をゆでてゐたる間も 
古九谷の深むらさきも雁の頃
生家なる生れ生れの赤き蛇
紙屑を燃やしてゐても年の暮
蕗の薹見つけし今日はこれでよし    (『存問』)
冬来れば大根を煮るたのしさあり
曼陀羅の地獄極楽しぐれたり
天然の風吹きゐたりかきつばた     (『天然の風』)
がらがらとあさりを洗ふ春の音
どんぐりが一つ落ちたり一つの音
年暮るる胸に手をおきねむらんか
犬ふぐりはりつきて咲く地べたかな   (『虹立つ』)
餅花を見上ぐるたびに華やぎて
深海のさざえ全身青藻かな
元日の雨や静かに午後は止む      (『牡丹』)
相会ふも桜の下よ言葉なし
わが余白雄島の蝉の鳴き埋む
再びは生れ来ぬ世か冬銀河
門を出て五十歩月に近づけり
牡丹のため朝夕を土に佇つ
   ☆
水入れて壺に音する秋の暮
                          目次へ
 安住敦  (1907-88)
くちすへばほほづきありぬあはれあはれ (『安住敦集』)
てんと虫一兵われの死なざりし
雁啼くやひとつ机に兄いもと
しぐるるや駅に西口東口
ランプ売るひとつランプを霧にともし
啄木忌いくたび職を替へてもや
ひとの恋あはれにをはる卯浪かな
梅雨の犬で氏も素性もなかりけり
妻がゐて子がゐて孤独いわし雲
蜆舟少しかたぶき戻りけり        「午前午後」
春昼や魔法の利かぬ魔法壜       (『歴日抄』)
鶏頭を抜き捨てしより秋の暮
鳥帰るいづこの空もさびしからむに
初電車子の恋人と乗りあはす
甚平着て女難の相はなかりけり     (『柿の木坂雑唱』)
雪の降る町といふ唄ありし忘れたり   (『柿の木坂雑唱以後』)
    ☆
過ぎし日は昨日も遠し浮寝鳥
ある朝の鵙聞きしより日々の鵙
葱坊主子を憂ふれば切りもなし
                         目次へ
 相馬遷子  (1908-76)
元日や部屋に浮く塵うつくしく     (『山國』)
天ざかる鄙に住みけり星祭
高空は疾き風らしも花林檎
往診の夜となり戻る野火の中
山国や年逝く星の充満す
癌病めばもの見ゆる筈夕がすみ     (『山河』)
凍る夜の死者を診て来し顔洗ふ
来年は遠しと思ふいなびかり 
わが山河まだ見尽さず花辛夷
冬麗の微塵となりて去らんとす 
わが山河いまひたすらに枯れゆくか
    ☆
天近き花野にまろび刻(とき)もなし
                          目次へ
 石川桂郎  (1909-75)
栗飯を子が食ひ散らす散らさせよ    (『含羞』)
入学の吾子人前に押し出だす
ゆめにみる女はひとり星祭
鳥交るしきりと喉の乾く日ぞ
柚子湯して妻とあそべるおもひかな
昼蛙どの畦のどこ曲ろうか 
遠蛙酒の器の水を呑む				
三寒の四温を待てる机かな       (『高蘆』)
裏がへる亀思ふべし鳴けるなり     (『四温』)
                          目次へ
 篠原梵(1910-74)
冬日蹴るくびれのふかき勁(つよ)き足 (『皿』)
葉桜の中の無数の空さわぐ
聞くうちに蝉は頭蓋の内に居る
閉ぢし翅しづかにひらき蝶死にき    (『雨』)
蟻の列しづかに蝶をうかべたる
子のバケツ目高の下に鮒しづむ
犬がその影より足を出してはゆく
   ☆
吾子たのし涼風をけり母をけり
やはらかき紙につつまれ枇杷のあり
                          目次へ
 下村槐太(1910-66)
女人咳きわれ咳つれてゆかりなし    (『光背』)
死にたれば人来て大根煮きはじむ    (『下村槐太全句集』)
心中に師なく弟子なくかすみけり
                          目次へ
 能村登四郎(1911-2001)
ぬばたまの黒飴さはに良寛忌      (『咀嚼音』)
くちびるを出て朝寒のこゑとなる
長靴に腰埋め野分の老教師 
教師やめしその後しらず芙蓉の実
洗はれて月明を得む吾子の墓       
子にみやげなき秋の夜の肩車
白地着て血のみを潔く子に遺す
梅漬けて赤き妻の手夜は愛す
老残のこと伝はらず業平忌
白川村夕霧すでに湖底めく       (『合掌部落』)
暁紅に露の藁屋根合掌す
霧をゆく父子同紺の登山帽 
火を焚くや枯野の沖を誰か過ぐ     (『枯野の沖』)
教師に一夜東をどりの椅子紅し
甕の水雪夜は言葉蔵しをり
発想のひしめく中の裸なり
花冷えや老いても着たき紺絣
春ひとり槍投げて槍に歩み寄る
敵手と食ふ血の厚肉と黒葡萄
すべて黴びわが悪霊も花咲くか 
ゆつくりと光が通る牡丹の芽      (『民話』)
板前は教へ子なりし一の酉
おぼろ夜の霊のごとくに薄着して
薄墨がひろがり寒の鯉うかぶ      (『有為の山』)
遠い木が見えてくる夕十二月
葛の花遠つ江(あふみ)へ怨み文    (『幻山水』)
ひだり腕すこし長くて昼寝せり     (『冬の音楽』)
一雁の列をそれたる羽音かな      (『天上華』) 
一度だけの妻の世終る露の中
朴散りし後妻が咲く天上華
気に入りの春服を出す心当て
削るほど紅さす板や十二月      
みほとけの千手犇(ひしめ)く五月闇 
墓洗ふみとりの頃のしぐさ出て     (『寒九』)
一撃の皺が皺よぶ夏氷
初あかりそのまま命あかりかな
蝿叩くには手ごろなる俳誌あり     (『菊塵』)
今思へば皆遠火事のごとくなり
霜履きし箒しばらくして倒る      (『長嘯』)
鳥食(ばみ)に似てひとりなる夜食かな
べつたりと掌につく春の樹液かな
すこしづつ死ぬ大脳のおぼろかな
紙魚ならば棲みてもみたき一書あり
妻死後を覚えし足袋のしまひ場所
甚平を着て今にして見ゆるもの
てのひらの艶をたのめる初湯かな    (『易水』)
あたらしき声出すための酢牡蠣かな
きのふてふ遥かな昔種子を蒔く
遅き日の欠伸のあとはやる気出て
ガニ股に歩いて今日は父の日か
たわいなき春夢なれども汗すこし
身にしみて一つぐらいは傷もよし
去年よりも自愛濃くなる懐手
匂ひ艶よき柚子姫と混浴す
すぐ帰る若き賀客を惜しみけり
跳ぶ時の内股しろき蟇         
蝉穴といふ寂寞をのぞき見る
秋風に突き当りけり首だせば
火取虫男の夢は瞑るまで
月明に我立つ他は箒草  (『羽化』)
   ☆
うららかや長居の客のごとく生き
まさかと思ふ老人の泳ぎ出す
                          目次へ
 桂信子(1914-2004)
梅林を額明るく過ぎゆけり       (『月光抄』)
ひとづまにゑんどうやはらかく煮えぬ
月あまり清ければ夫をにくみけり
クリスマス妻のかなしみいつしか持ち
夫逝きぬちちはは遠く知り給はず
白菊とわれ月光の底に冴ゆ
クリスマス妻のかなしみいつしか持ち
元日の鳥が来て鳴く裏の川
夏雲や夢なき女よこたはる
鷲老いて胸毛吹かるる十二月
寒の馬首まつすぐに街に入る
さくら咲き去年とおなじ着物着る
ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜   
やはらかき身を月光の中に容れ
ひるのをんな遠火事飽かず眺めけり
閂をかけて見返る虫の闇
男臥て女の夜を月照らす
かりがねや手足つめたきままねむる  
春燈のもと愕然と孤独なる 
雁なくや夜ごとつめたき膝がしら  
春の海一灯つよく昏れにけり      (『女身』)
藤の昼膝やはらかくひとに逢ふ
ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき
ひとりねのひるの底よりきりぎりす
月の中透きとほる身をもたずして
大き掌に枯野来し手をつつまるる
衣ぬぎし闇のあなたやあやめ咲く
窓の雪女体にて湯をあふれしむ
ひとり臥てちちろと闇をおなじうす
暖炉ぬくし何を言ひ出すかも知れぬ		
賀状うずたかしかのひとよりは来ず
外套のなかの生ま身が水をのむ
まんじゆさげ月なき夜も蘂ひろぐ
手袋に五指を分かちて意を決す     (『晩春』)
香水の香の内側に安眠す      
寒鮒の一夜の生に水にごる
鯛あまたゐる海の上盛装して
男の旅岬の端に佇つために
野遊びの着物のしめり老夫婦      (『新緑』)
母の魂梅に遊んで夜は還る
凧糸の白のひとすぢ身より出て
ひとの死へいそぐ四月の水の色
明日は死ぬ寒鮒の水入れ替る
夜の町は紺しぼりつつ牡丹雪      (『初夏』)
一日の奧に日の差す黒揚羽
呪文とけ冬日の亀が歩き出す
秋水や鯉のねむりは眼をはりて
野の果をずいと見渡す更衣       (『緑夜』)
桶あれば桶をのぞいて十二月
葉牡丹や女ばかりの昼の酒
如月や海の底ゆく白鰈
足音のひと現れず夏座敷
海流は夢の白桃のせて去る
ごはんつぶよく噛んでゐて桜咲く    (『草樹』)
涼しさはいつもの席の柱陰
曇天の山深く入る花のころ
しづかなる扇の風のなかに居り
傘さしてまつすぐ通るきのこ山 
草の根の蛇の眠りにとどきけり     (『樹影』)
地の底の燃ゆるを思へ去年今年
裘(かはごろも)銃身に似し身をつつむ
たてよこに富士伸びてゐる夏野かな
忘年や身ほとりのものすべて塵
冬滝の真上日のあと月通る       (『花影』)
矢面に立つ人はなし弓始
死ぬことの怖くて吹きぬ春の笛
青空や花は咲くことのみ思ひ   
胸板をつらぬく矢欲し更衣
ふり返るひと怖しき霧のなか
寒月に白刃をかざす滝のあり
闇のなか髪ふり乱す雛もあれ  
ゆくゆくは骨撒く洋の冬怒濤 
初日出て限りなく来る波の金      (『草影』)  
冬麗や草に一本づつの影
初御空いよいよ命かがやきぬ 
亀鳴くを聞きたくて長生きをせり
亀鳴くや身体のなかのくらがりに
一心に生きてさくらのころとなる
花のなか魂遊びはじめけり
黒揚羽現れてこの世のひと悼む
万物の一塵として年迎ふ  
夕風やさざ波となる遠き蝉  
いつ遺句となるやも知れずいぼむしり
雪たのしわれにたてがみあればなほ
      ます
太古より光は真直ぐ初日出づ 
  
かび美しき闇やわが身も光りだす
一応は泰然として残り鴨        (『草影』以後) 
この世また闇もて閉づる夏怒濤
往生に「大」をつけたし今朝の春
   ☆
いつの世も朧の中に水の音
啓蟄やこの世のもののみな眩し
                          目次へ
 角川源義(1917-75)
ロダンの首泰山木は花えたり      (『ロダンの首』)
何求(と)めて冬帽行くや切通し
盆の海親知らず子知らず陽の没るよ
起伏(おきふしの)丘みどりなす吹流し
冬波に乗り夜が来る夜が来る      (『秋燕』)
篁(たかむら)に一水まぎる秋燕
花あれば西行の日とおもふべし     (『西行の日』)
月の人のひとりとならむ車椅子     (『拾遺』)
                          目次へ
 森澄雄(1919-2010)
冬の日の海に没る音をきかんとす    (『雪櫟』)
かんがへのまとまらぬゆゑ雪を待つ
黒松の一幹迫る寒灯下
麦の穂の焦がるるなかの流離かな
枯るる貧しさ厠に妻の尿きこゆ
家に時計なければ雪はとどめなし
満月や白桃の辺はみづみづし
除夜の妻白鳥のごと湯浴みをり
をみならとくらげとわたる城ケ島
早乙女の股間もみどり透きとほる    (『花眼』)
磧にて白桃むけば水過ぎゆく 
一つづつ食めば年逝くピーナツツ
鉛筆一本田川に流れ春休み
花杏旅の時間は先へひらけ
雪夜にてことばより肌やはらかし
綿雪やしづかに時間舞ひはじむ
雪嶺のひとたび暮れて顕はるる
雪国に子を生んでこの深まなざし
雪国に齢ふるぶ気も狂はずに
年過ぎてしばらく水尾のごときもの
餅焼くやちちははの闇そこにあり   (『花眼』)
初夢に見し踊子をつつしめり      (『浮』)
さくら咲きあふれて海へ雄物川
鶏頭をたえずひかりの通り過ぐ
かたかごの花や越後にひとり客
夢はじめ現(うつつ)はじめの鷹一つ
寒鯉を雲のごとくに食はず飼ふ
水のんで湖国の寒さひろがりぬ
咲き満ちて風にさくらのこゑきこゆ
田を植ゑて空も近江の水ぐもり
秋の淡海かすみて誰にもたよりせず
雁の数渡りて空に水尾もなし
鳰入(かいつぶり)人をしづかに湖の町
白をもて一つ年とる浮
三月や生毛生えたる甲斐の山 
浮寝していかなる白の浮?
ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに   (『鯉素』)
西国の畦曼珠沙華曼珠沙華
山の蟇二つ露の眼良夜かな
春の野を持上(もた)げて伯耆大山を
飛彈の夜を大きくしたる牛蛙
炎天より僧ひとり乗り岐阜羽島
若狭には佛多くて蒸鰈
鮎食うて月もさすがの奥三河
大年の法然院に笹子ゐる
昼酒もこの世のならひ初諸子
すぐ覚めし昼寝の夢に鯉の髭
はるかよりの女(め)ごゑ西行忌
しばらくは藻のごときとき年を越す 
さるすべり美しかりき与謝郡      (『游方』)
若き日の 八衢(やちまた)おもへ夜の辛夷
卯の花や縦一文字ほとの神
淡海いまも信心の国かいつむり
若狭には佛多くて蒸鰈
昼酒もこの世のならひ初諸子    
観音の腰のあたりに春蚊出づ      (『空艫』)
紀の国に闇大きかり鉦叩
数珠玉や歩いて行けば日暮あり
おのが息おのれに聞え冬山椒
秋風の吹きあたりゐる伊吹山      (『四遠』)
億年のなかの今生実南天
朧にて寝ることさへやなつかしき
はるかまで旅してゐたり昼寝覚 
子のこゑのことに女(め)の子の春の暮  
われ亡くて山べのさくら咲きにけり   (『所生』)
つまむことこの世にいとし吾亦紅
妻がゐて夜長を言へりさう思ふ
木の実のごとき臍もちき死なしめき  (妻、心筋梗塞にて急逝)
亀鳴くといへるこころをのぞきゐる
飲食(おんじき)をせぬ妻とゐて冬籠 
さくらよしり少し色濃し桜餅     
なれゆゑにこの世よかりし盆の花    (『餘日』)
齢深みたりいろいろの茸かな
そのままに雲を見てをり昼寝覚
白地着てつくづく妻に遺されし
夜寒さの松江は橋の美しき
人の世は命つぶてや山櫻       
雪の夜のわれも路通か余呉に寝て
妻亡くて道に出てをり春の暮      (『白小』)
奥三河芋の葉にのる月夜かな
いとほしや人にあらねど小紫
見渡してわが晩年の山櫻
水仙のしづけさをいまおのれとす    (『花間』)
死にぎはの恍惚おもふ冬籠
われもまたむかしもののふ西行忌    (『天日』)
こころにもゆふべはありぬ藤の花
われもまた露けきもののひとつにて
古人みな詠ひつくせり秋の風      (『虚心』)
美しき落葉とならん願ひあり
水澄むや天地(あまつち)にわれひとり立つ 
大いなるわれも浮雲春の雲       (『深泉』)
おのれまたおのれに問うて春の闇
まな弟子のわれも一人や翁の忌 
凩や胸に手を置く一日かな       (『蒼茫』) 
行く年や妻亡き月日重ねたる 
    ☆
秋山と一つ寝息に睡りたる 
阿修羅あり雲雀あがれる興福寺
                          目次へ
 金子兜太(1919-)
蛾のまなこ赤光なれば海を恋う      (『少年』)
葭切や屋根に男が立上る       
富士を去る日焼けし腕の時計澄み
鰯雲故郷の竈火(かまどび)いま燃ゆらん
薔薇よりも淋しき色にマツ千の焔
なめくじり寂光を負い鶏(とり)のそば
曼珠沙華どれも腹出し秩父の子
木曽のなあ木曽の炭馬並び糞(ま)る
魚雷の丸胴蜥蜴這い回りて去りぬ
水脈の果て炎天の墓標置きて去る   
死にし骨は海に捨つべし沢庵噛む
朝日煙る手中の蚕妻に示す
縄とびの純潔の額を組織すべし
きよお!と喚いてこの汽車はゆく新緑の夜中
雪山の向うの夜火事母なき妻
暗闇の下山くちびるをぶ厚くし
まら振り洗う裸海上労働済む
ガスタンクが夜の目標メーデー来る
白い人影はるばる田をゆく消えぬために
原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ
屋上に洗濯の妻空母海に 
熊蜂とべど沼の青色を抜けきれず   
少年一人秋浜に空気銃打込む        
白梅や老子無心の旅に住む        (『生長』)
  トラック島にて (二句)     
ふる里はあまりに遠しマンゴー剥く
スコールに濡れたるままの夕餉かな 
車窓より拳現われ旱魃田         (『金子兜太句集』)
青年鹿を愛せり嵐の斜面にて
人生冴えて幼稚園より深夜の曲
激論つくし街ゆきオートバイと化す
朝はじまる海へ突込む鷗(鴎=かもめ)の死  
銀行員ら朝より蛍光す烏賊のごとくに
強し青年干潟に玉葱腐る日も
湾曲し火傷し爆心地のマラソン
華麗な墓原女陰あらわに村眠り
殉教の島薄明に錆びゆく斧
冬森を管楽器ゆく蕩児にごと
手術後の医師白鳥となる夜の丘
粉屋が哭く山を駈けおりてきた俺に
果樹園がシヤツ一枚の俺の孤島
わが湖(うみ)あり日陰真暗な虎があり
どれもロ美し晩夏のジャズ一団      (『蜿蜿』)
無神の旅あかつき岬をマツチで燃し 
霧の村石を投(ほう)らば父母散らん	
石柱さびし女の首にこおろぎ住み
三日月がめそめそといる米の飯
海流ついに見えねど海流と暮らす		
人体冷えて東北白い花盛り
 (注)桜、林檎、梨の花など一斉に咲き乱れる。
石柱さびし女の首にこおろぎ住み
霧中疾走創る言葉はいきいき吐かれ 
鶴の本読むヒマラヤ杉にシヤツを干し
最果ての赤鼻の赤魔羅の岩群(いわむれ) 
林間を人ごうごうと過ぎゆけり       (『暗緑地誌』)
犬一猫二われら三人被爆せず
谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな
二十のテレビにスタートダッシュの黒人ばかり
暗黒や関東平野に火事一つ
樹といれば少女ざわざわと繁茂せり	
夕狩の野の水たまりこそ黒眼(くろめ) 
夜ふかく三日月で梳くみどりの髪 
眼を開けては光入れ眠り聖者の旅      
骨の鮭鴉もダケカンバも骨だ         (『早春展墓』)
海とどまりわれら流れてゆきしかな
山峡に沢蟹の華(はな)微かなり
ぎらぎらの朝日子照らす自然(しぜん)かな(『狡童』) 
わが世のあと百の月照る憂世かな 	
河の歯ゆく朝から晩まで河の歯ゆく
髭のびててつぺん薄き自然かな
日の夕べ天空を去る一狐かな     
人刺して足長蜂(あしなが)帰る荒涼へ (『旅次抄録』 )
霧に白鳥白鳥に霧と言うべきか
大頭の黒蟻西行の野糞
海鳥が撃突おれの磨崖仏    
梅咲いて庭中に青鮫が来ている     (『遊牧集』)
山国や空にただよう花火殻
遊牧のごとし十二輌編成列車
猪(しし)が来て空気を食べる春の峠
地蔵のような青年といる春の霧
呼吸とはこんなに蜩を吸うことです
立山や便器に坐禅のような俺が     (『猪羊集』)
黒部の沢真つ直ぐに墜ちてゆくこおろぎ  
禿頭の悪童もいるすももの里       
流るるは求むるなりと悠(おも)う悠う (『詩經國風』)
抱けば熟れいて夭夭(ようよう)の桃肩に昴(すばる)
桐の花河口に眠りまた目覚めて
この入江にひとり棲む鳶ひとり舞う
つばな抱く娘(こ)に朗朗と馬がくる
月が出て美女群浴の白照す
若狭乙女美(は)し美(は)しと鳴く冬の鳥
白樺老僧みずみずしく遊ぶ
師走かな屋根の修理でおつこちたる
人さすらい鵲(かささぎ)の巣に鳩眠る
人間に狐ぶつかる春の谷 
この入江にひとり棲む鳶ひとり舞う  
つばな抱く娘(こ)に郎朗と馬がくる
麒麟の脚のごとき恵みよ夏の人      
夏の山国母いてわれを与太という      (『皆之』)
牛蛙ぐわぐわ鳴くよぐわぐわ
冬眠の蝮のほかは寝息なし
雪の中で鯉があばれる寒そうだ
たつぷりと鳴くやつもいる夕ひぐらし
雪の家房事一茶の大揺(おおゆ)すり 
大前田英五郎の村黄落す          (『両神』)        
酒止めようかどの本能と遊ぼうか    
長生きの朧のなかの眼玉かな
森の村闘鶏場にしんと人
存在や木菟に寄り添う木菟
春落日しかし日暮をいそがない
白雪なり魂沈みゆく白雪なり
熊ん蜂空気につまずき一回転 
燕帰るわたしも帰る並(な)みの家
語り継ぐ白狼のことわれら老いて   
心臓に麦の青さが徐徐に徐徐に     
芸妓駆け来て屍(かばね)にすがる菜の花明り
二階に漱石一階に子規秋の蜂
熊ん蜂空気につまづき一回転
よく眠る夢の枯野が青むまで         (『東国抄』)
夢の中人々が去り二、三戻る
「天地大戯場」とかや初日出づ
鳥渡り月渡る谷人老いたり
秋の花すべてが消えて初日かな
おおかみに螢が一つ付いていた
おおかみを龍神(りゅうがみ)と呼ぶ山の民
狼生く無時間を生きて咆哮
人間と人間出会う初景色
生きるため猪急ぐ山神楽
小鳥来て巨岩に一粒の言葉 
暁闇に褌(たふさぎ)代えて初日待つ
雪中に飛光飛雪の今がある      
妻病みてそわそわとわが命あり
暁闇を猪(しし)やおおかみが通る
秋高し仏頂面も俳諧なり            (『日常』)
お互いに糸瓜野郎の故山かな       
荒星に和む眼(まなこ)の友ら老ゆ
「活きて老いに至る」とは佳し青あらし  
みちのくに鬼房ありきその死もあり
穴子寿司食べてる鬼房が死んだ
長寿の母うんこのようにわれを産みぬ
いのちと言えば若き雌鹿のふぐり楽し
わが修羅へ若き歌人が酔うてくる
子馬が街を走つていたよ夜明けのこと
言霊の脊梁山脈のさくら
合歓の花君と別れてうろつくよ 
亡妻いまこの木に在りや楷芽吹く
頂上はさびしからずや岩ひばり
孤独死の象や鯨や正月や
合歓の花君と別れてうろつくよ
ふつくらと泳ぐジユゴンや春曙
今日までジユゴン明日は虎ふぐのわれか
春光漆黒わが堂奥に悔の虫 
木や可笑し林となればなお可笑し     
ここに居て風雲(かざぐも)数十個を飛ばす
眠気さし顔とりおとす夏の寺
夏遍路欲だらけなりとぼとぼとぼ
蜃気楼旅人にフリーターも混じり
一生怠けて暮した祖父の柿の秋
いじわるな叔母逝き母に虎落笛
大航海時代ありき平戸に朝寐して
老母指せば蛇の体の笑うなり
   ○ ○ ○
コップかざす夕焼けの馬来る空へ
満月へ友去るどんどん空へ浮き
こころ優しきもの生かしめよ菜の花盛り

  二〇〇八年            (『百年』)
昭和通りの梅雨を戦中派が歩く
縁ありてわが枕頭に兜虫
  二〇〇九年
粋がつて生きております笑初
声美し旅の隣の姫始め
稲稔り奇声とばして人暮らす
定住漂泊メモばかりして青葉づけ
眼の奥に陽光溜めて猪(しし)撃たる
  二〇一〇年
わが猪(しし)の猛進をして野につまづく
鬱にして健健にして鬱夏のおでき
  二〇一一年
雑煮食(た)ぶ九十一歳やや過食
津波のあとに老女生きてあり死なぬ
被曝の牛たち水田に立ちて死を待つ 
被爆の人や牛や夏野をただ歩く
  二〇一二年
父泳ぎ母眺めいし鮎の川
弱者いたぶる奴等狼に喰わす
  二〇一三年
白寿過ぎねば長寿にあらず初山河
大寒の奥に被爆の山河あり
緑陰に津波の破船被爆せり
暗闇の大王烏賊と安眠す 
山葵田を眺めることも生きること
干柿に頭ぶつけてわれは生く
  二〇一四年
サーフインの若者徴兵を知らぬ
ひぐらしの広島長崎そして福島
「大いなる俗物」富士よ霧の奥
人ら老い柿黙黙と熟れて落つ
  二〇一五年
狂いもせず笑いもせず餓死の人よ
朝蝉よ若者逝きて何の国ぞ
  二〇一六年
戦あるな人喰い鮫の宴(うたげ)あるな
草田男有り詩才無邪気に溢れて止まぬ
草田男の自信満々季語に遊ぶ
雪の夜を平和一途の妻抱きいし
妻よまだ生きます武蔵野に稲妻
  二〇一七年
谷に墜ち無念の極み狐かな
狂とは言えぬ諦めの捨て切れぬ冬森
  二〇一八年 
秩父の猪よ星影と冬を眠れ
雪晴れに一切が沈黙す
犬も猫も雪に沈めりわれらもまた 
河より掛け声さすらいの終るその日
陽の柔わら歩ききれない遠い家
                          目次へ
 佐藤鬼房  (1919-2002)
かまきりの貧しき天衣ひろげたり    (『名もなき日夜』)
毛皮はぐ日中桜満開に
生きて食ふ一粒の飯美しき (豪北スンバワ島に於て敗戦)
切株があり愚直の斧があり
青年に愛なき冬木日曇る        (『夜の崖』) 
縄とびの寒暮傷みし馬車通る
怒りの詩沼は氷りて厚さます
馬の目に雪ふり湾をひたぬらす     (『海溝』) 
陰(ほと)に生る麦尊けれ青山河    (『地楡』)
赤沼に嫁ぎて梨を売りゐたり      (『朝の日』)
生きてまぐはふきさらぎの望の夜
新月や蛸壺に目が生える頃       (『何處へ』)
下北の首のあたりの炎暑かな 
地吹雪や王国はわが胸の中に      (『半跏坐』)
七五三妊婦もつとも美しき
壮麗の残党であれ遠山火 
半跏坐の内なる吾や五月闇
みちのくの海がゆさぶる初景色
蝦蟇よわれ混沌として存へん
いつまでも在る病人の寒卵       (『瀬頭』)
鳥帰る無辺の光追ひながら
露けさの千里を走りたく思ふ 
やませ来るいたちのやうにしなやかに		
みちのくは底知れぬ国大熊(おやぢ)生く
かげろふの中やこれより衣川 
羽抜鶏胸の熱くてうづくまる
除夜の湯に有難くなりそこねたる
秘仏とは女体なるべし稲の花      (『霜の聲』)
老衰で死ぬ刺青の牡丹かな
海嶺はわが栖なり霜の聲
帰りなん春曙の胎内へ         (『枯峠』)
ほら吹きになりたや春の一番に
ひぐらしのさざなみとなり朝の空 
もしかして俺は善知鳥(うとう)のなれのはて
死に至るわが道草の車前草(おおばこ)よ
北溟二魚有リ盲ヒ死齢越ユ 
またの世は旅の花火師命懸       (『愛痛きまで』)
秘してこそ永久(とわ)の純愛鳥渡る
    ☆
赤光の星になりたい穀潰し
齢(よわい)来て娶るや寒き夜の崖
                          目次へ
 鈴木六林男 (1919-)
失語して石階にあり鳥渡る       (『荒天』)
蛇を知らぬ天才といて風の中
風の中困憊の赭き河流れ
遺品あり岩波文庫「阿部一族」
水あれば飲み敵あれば射ち戦死せり
かなしきかな性病院の煙出
おかしいから笑うよ風の歩兵達
暗闇の眼玉濡らさず泳ぐなり      (『谷間の旗』)
五月の夜未来ある身の髪匂う
寒光の万のレールを渡り勤む      (『第三突堤』)
降る雪が月光に会う海の上
いつまで在る機械の中のかがやく椅子  (『桜島』)
戦争が通つたあとの牡丹雪
遠景に桜近景に抱擁す
月の出や死んだ者らと死者を待つ
凶作の夜ふたりになればひとり匂う 
わが死後の乗換駅の潦 
天上も淋しからんに燕子花       (『国境』)
寒鯉や見られてしまい発狂す
奇術師や野分の夜は家にいて      (『後座』)
通夜のため大知識人枯野来る      (『悪霊』)
右の眼に左翼左の眼に右翼
満開のふれてつめたき桜の木
裏切者それは見事に日焼けして     (『賊』)
二人して何もつくらず昼寝覚      (『雨の時代』)
花篝戦争の闇よみがえり
夏の季語らし「戦友」の二人消え    (『一九九九年九月』)
   ☆
短夜を書きつづけいまどこにいる
おかしいから笑ふよ風の歩兵たち
歯朶の原女怒涛の如く寄る
                          目次へ
 澤木欣一  (1919-)
世の寒さ鳰の潜るを視て足りぬ     (『雪白』)
天の川柱のごとく見て眠る
春近し雪にて拭う靴の泥
白桃に奈良の闇より薮蚊来る      (『塩田』)
わが妻に永き青春桜餅
塩田に百日筋目つけ通し
子が知れる雪野の果の屠殺場      (『地聲』)
良寛の乞食(こつじき)のみち田植かな
伊豆の海紺さすときに桃の花
群羊の一頭として初日受く
赤富士の胸乳ゆたかに麦の秋      (『赤富士』)
秋風をきくみほとけのくすりゆび    (『二上挽歌』)
立冬のことに草木のかがやける
八雲わけ大白鳥の行方かな       (『白鳥』)
上官を殴打する夢四月馬鹿
    ☆
水塩の点滴天地力合せ           
                   目次へ
 石原八束(1919-98)
流人墓地寒潮の日の高かりき      (『秋風琴』)
原爆地子がかげろふに消えゆけり
霧の中「受胎告知」の目を見たり
血を喀(は)いて眼玉の乾く油照
月光を炎えさかのぼる海の蝶
雪の上を死がかがやきて通りけり
鍵穴に雪のささやく子の目覚め     (『雪稜線』)	
パイプもてうちはらふ万愚節の雪
素顔さへ仮面にみゆる謝肉祭 
くらがりに歳月を負ふ冬帽子      (『空の渚』)
身を鎧ふ才覚はなし木の葉髪
風船をつれコスモスの中帰る
死は春の空の渚に遊ぶべし
悪玉が笑へり赫き盆の月
鰯雲しづかにほろぶ刻の影
落葉焚きゐてさざなみを感じをり    (『操守』)
湯豆腐やいとぐち何もなかりけり    (『高野谿』)
仁王の眼を啄木鳥(けら)がたたけり高野谿
一之町二之町三之町しぐれ
霧迅しノートルダムが動きくる
枯れきつて胸に棲みつく怒りの虫    (『黒凍みの道』)
達治亡きあとはふらここ宙返り
黒凍(くろじ)みの道夜に入りて雪嶺顕(ゆきねた)つ
闇ふかき天に流燈のぼりゆく
流人墓地みな壊(く)えてをり鰤起し
妻あるも地獄妻亡し年の暮 (十余年病み疲れて逝きし妻の葬儀を了えて)(『断腸花』)
かげろふや丘に群がる兵の霊      (『藍微塵』)
煮凝やいつも胸には風の音
白炎をひいて流氷帰りけり       (『風信帖』)
コンコルド広場の釣瓶落しかな
谷川の音天にある桜かな        (『風霜記』)
鼓うてば闇のしりぞく薪能
霜柱はがねのこゑをはなちけり     (『白夜の旅人』)
彼の世より光をひいて天の川      (『人とその影』)
さよならをくりかへしゐる走馬燈
亀鳴くは己の拙(せつ)を泣くごとし  (『雁の目隠し』)
天上に昇らむと蝶生まれけむ
雁立ちの目隠し雪や信濃川
昼寝覚めれば誰かが死んでをり     (『幻生花』)
崩れむとして白牡丹羽ひらく
躓いてひとり笑ひて麦茶かな
心臓と同じくらゐの海鼠かな      (『仮幻』)
ナイル河の金の睡蓮ひらきけり
身の鬼を扇ぎてゐたる団扇かな
板山葵(いたわさ)に銚子二本の晦日蕎麦
光りつつ沖より時雨来たりけり
わが詩(うた)の仮幻に消ゆる胡沙の秋
陽関の涯て泉あり寄れば逃ぐ
   ☆
雪の降る遠き世赤く燃えてをり
雁も船も海峡わたるとき迅し
看取り寒し笑ひは胸にきてとまる
素顔さへ仮面にみゆる謝肉祭
                          目次へ
 松崎鉄之介  (1918-)
炉にゐるや別の己が北風を行き     (『歩行者』)
金獲たり本の神田の雁高し
ひとりづつ死し二体づつ橇にて運ぶ
殺戮もて終へし青春鵙猛る
金を掘りたのしみうすく雪に住む    (『鉄線』)
ただ灼けて玄奘の道つづきけり     (『玄奘の道』)

人間に退屈しをり葱坊主
                          目次へ
 村越化石  (1922-)
除夜の湯に肌触れ合へり生くるべし   (『獨眼』)
闘うて鷹のゑぐりし深雪なり      (『山国抄』)
ふと覚めし雪夜一生見えにけり
小春日や杖一本の旅ごころ       (『端座』)
山眠り火種のごとく妻が居り      (『筒鳥』)
                          目次へ
 野澤節子(1920-95)
われ病めり今宵一匹の蜘蛛も宥さず   (『未明音』)
遠(を)ちの枯木桜と知れば日々待たる
冬の日や臥して見あぐる琴の丈 
春昼のゆびとどまれば琴も止む
春曙何すべくして目覚めけむ
天地の息合ひて激し雪降らす
春灯にひとりの奈落ありて座す
幸福といふ語被せられ餅焦がす     (『雪しろ』)
春暁をまだ胎内の眠たさに       (『花季』)
はじめての雪闇に降り闇にやむ
せつせつと眼まで濡らして髪洗ふ    (『風蝶』)
炎昼の胎児ゆすりつ友来る
天日も鬣(たてがみ)吹かれ冬怒濤
をさなくて蛍袋のなかに栖む
さきみちてさくらあをざめゐたるかな  (『飛泉』)
野分中いのち小さく浪の上
大寺の月の柱の影に入る        (『在身』)
身のうちへ落花つもりてゆくばかり   (『八朶集』)
   ☆
霜の夜の眠りが捕ふ遠き汽車
峠路を行かばそのまま雪をんな
                          目次へ
 草間時彦(1920-2003)
木の卓にレモンまろべりほととぎす   (『中年』)
冬薔薇や賞与劣りし一詩人
秋鯖や上司罵るために酔ふ
運動会授乳の母をはづかしがる
公魚(わかさぎ)をさみしき顔となりて喰ふ
まつくらな海がうしろに切子かな    (『淡酒』)
茶が咲いて肩のほとりの日暮かな
足もとはもうまつくらや秋の暮     (『櫻山』)
顔入れて顔ずたずたや青芒
大粒の雨が来さうよ鱧の皮
甚平や一誌持たねば仰がれず
しろがねのやがてむらさき春の暮
好色の父の遺せし上布かな       (『朝粥』)
さくらしべ降る歳月の上にかな
色欲もいまは大切柚子の花       (『夜咄』)
さうめんや妻は歌舞伎へ行きて留守
酔ふことを急いでゐたり霜の声
牡蠣食べてわが世の残り時間かな    (『盆点前』) 

   ☆
こだはらず妻はふとりぬシクラメン
年寄は風邪引き易し引けば死す
冬の夜や金柑を煮る白砂糖
父ほどの放蕩出来ず柚子の花
                          目次へ
 飯田龍太(1920-2007)
萌えつきし多摩ほとりなる暮春かな   (『百戸の谿』)
春の鳶寄りわかれては高みつつ
野に住めば流人のおもひ初つばめ
黒揚羽九月の樹間透きとほり
隼の鋭き智慧に冬青し
鶏毟るべく冬川に出でにけり
凍光や帰省す尿を大胆に		
紺絣春月重く出でしかな
雪山に春の夕焼瀧をなす
わが息のわが身に通ひ渡り鳥
露の村墓域とおもふばかりなり
空若く燃え春月を迎へけり
露草も露の力の花ひらく
秋嶽ののび極まりてとどまれり
鰯雲日かげは水の音迅く
ひややかに夜は地をおくり鰯雲
天つつぬけに木犀と豚にほふ
月の坂こころ遊ばせゐたるなり
春すでに高嶺未婚のつばくらめ
いきいきと三月生る雲の奧
満月に目をみひらいて花こぶし
椋鳥の千羽傾く春の嶺
炎天の巌の裸子やはらかし
青竹が熟柿のどれにでも届く
山河はや冬かがやきて位に即(つ)けり
強霜の富士や力を裾までも
外風呂へ月下の肌ひるがへす 
炎天に樹々押しのぼるごとくなり
大寒の一戸もかくれなき故郷      (『童眸』)
雪の峰しづかに春ののぼりゆく
竹林の月の奥より二月来る
渓川の身を揺りて夏た来るなり
月の道子の言葉掌に置くごとし
枯れ果てて誰か火を焚く子の募域
馬の瞳も零下に碧む峠口
高き燕深き廂に少女冷ゆ
秋冷の黒牛に幹直立す
湯の少女臍すこやかに山ざくら
満目の秋到らんと音絶えし  
晩年の父母あかつきの山ざくら
夏すでに海恍惚として不安       
夏の雲湧き人形の唇(くち)ひと粒   (『麓の人』)
雪山のどこも動かず花にほふ
山碧く冷えてころりと死ぬ故郷
手が見えて父が落葉の山歩く
雪山に何も求めず夕日消ゆ
ねむるまで冬滝響く水の上
水上の一児ふくいくたる暮色
一月の瀧いんいんと白馬飼ふ
碧空に山充満す早川
紙ひとり燃ゆ忘年の山平ら
緑陰をよろこびの影すぎしのみ
秋の船風吹く港出てゆけり
梅を干す真昼小さな母の音
春の雲人に行方を聴くごとし 
生前も死後もつめたき箒の柄      (『忘音』)
落葉踏む足音いづくにもあらず  (母死去)
父母の亡き裏口開いて枯木山
山々のはればれねむる深雪かな
冬耕の兄がうしろの山通る
あをあをと年越す北のうしほかな
寒の汽車すばやくとほる雑木山
子の皿に塩ふる音もみどりの夜
どの子にも涼しく風の吹く日かな
凧ひとつ浮かぶ小さな村の上
ふるさとはひとりの咳のあとの闇
春暁の竹筒にある筆二本	
しぐる夜は乳房二つに涅槃の手  
一月の川一月の谷の中         (『春の道』)
雲のぼる六月宙の深山蝉
雪の日暮れはいくたびも読む文のごとし
風の彼方直視十里の寒暮あり
炎天のかすみをのぼる山の鳥
信濃から人来てあそぶ秋の浜
沢蟹の寒暮を歩きゐる故郷       (『山の木』)
大鯉の屍(かばね)見にゆく凍の中
冬深し手に乗る禽の夢を見て
山の雨たつぷりかかる蝸牛
紫蘇もんでゐる老人の地獄耳
大寒の薔薇に異端の香気あり
ふるさとの坂八方に春の嶺
かたつむり甲斐も信濃も雨のなか 
朧夜のむんずと高む翌檜
白梅のあと紅梅の深空あり
黒猫の子のぞろぞろと月夜かな
三伏の闇はるかより露のこゑ
少年の毛穴十方寒の闇
枯山の月今昔を照らしゐる
貝こきと噛めば朧の安房の国
たのしさとさびしさ隣る瀧の音
水澄みて四方に関ある甲斐の国
釣りあげし鮠に水の香初しぐれ
冬の雲生後三日の仔牛立つ
永き日の水照(みで)りはばたくばかりかな
眠る嬰児(やや)水あげてゐる薔薇のごとし
源流を夢みてねむる蛍の夜
山椒魚(はんざき)の水に鬱金の月夜  
短日やこころ澄まねば山澄まず 
木犀の香に昇天の鷹ひとつ       (『涼夜』)
春の夜の藁屋ふたつが国境ひ
朧夜の船団北を指して消ゆ
冬晴れのとある駅より印度人
梅漬の種が真赤ぞ甲斐の冬
存念の色定まれる山の柿        (『今昔』)
去るものは去りまた充ちて秋の空
葱抜くや春の不思議な夢の後
何見るとなく見て遠き夏景色
種蒔きしあとの遠目を駿河まで
波騰(あ)げてひたすら青む加賀の国
返り花咲けば小さな山のこゑ 
裏富士の月夜の空を黄金虫
河豚食うて佛陀の巨体見にゆかむ
鹿(か)の子にももの見る眼ふたつづつ
天寿おほむね遠蟬(蝉)の音に似たり
良夜かな赤子の寝息麩のごとく
初夢のなかをわが身の遍路行
鳥帰るこんにやく村の夕空を
柚の香はいづれの世の香ともわかず  
大仏にひたすら雪の降る日かな 
裏返る蟇の屍(かばね)に青嶺聳(た)つ
朱欒(ざぼん)叩けば春潮の音すなり  (『山の影』)
朧月露国遠しと思ふとき  
鏡餅わけても西の遥かかな
龍の玉升(のぼ)さんと呼ぶ虚子のこゑ
鎌倉をぬけて海ある初秋かな
詩はつねに充ちくるものぞ百千鳥
鶏鳴のちりりと遠き大暑かな
八方に音捨ててゐる冬の瀧
春の夜の氷の国の手鞠唄
去年今年よき詩に酔へるこころまた
鏡餅ひとごゑ山に消えしまま  
手毬唄牧も雪降るころならむ   
奥甲斐の夜毎の月の猿茸(ましらたけ)  
満月に浮かれ出でしは山ざくら     (『遅速』)
闇よりも山大いなる晩夏かな
鶏鳴に露のあつまる虚空かな
白雲のうしろはるけき小春かな
仕事よりいのちおもへと春の山
なにはともあれ山に雨山は春
露の夜は山が隣家のごとくあり
眠り覚めたる悪相の山ひとつ 
千里より一里が遠し春の闇
淑気来る誰ひとり居ぬ小径より  
雪月花わけても花のえにしこそ   (悼 山本健吉先生)
百千鳥雄蘂雌蘂を囃すなり 
春の富士沸々と鬱麓より
涼風の一塊として男来る
枯蟷螂に朗々の眼あり
子がひとりゆく冬眠の森の中
懸命に瀧落ちてゐる小春かな
家を出て枯れ蟷螂のごとく居る 
永き日のながきねむりの岩襖      (『遅速』以後)
深空より別の風来る更衣
短夜のペン雑然と何か待つ
山青し骸(むくろ)見せざる獣にも
またもとのおのれにもどり夕焼中
遠くまで海揺れてゐる大暑かな
    ☆
遺されて母が雪踏む雪あかり
                         目次へ
 三橋敏雄(1920-2002)
かもめ来よ天金の書ひらくたび     (『まぼろしの鱶』)     
少年ありピカソの青のなかに病む
出征ぞ子供等犬は歓べり 
いつせいに柱の燃ゆる都かな
新聞紙すつくと立ちて飛ぶ場末
野の果の孤独な火事を逃げる馬
外を見る男女となりぬ造り滝
世界中一本杉の中は夜
生存者一人沖より泳ぎ着き 
共に泳ぐ幻の鱶僕のやうに
秋の暮柱時計の内部まで
死の国の遠き桜の爆発よ 
昭和衰へ馬の音する夕かな       (『眞神』)
鬼赤く戦争はまだつづくなり
鉄を食ふ鉄バクテリア鉄の中
ぶらんこを昔下り立ち冬の園
蝉の穴蟻の穴よりしづかなる
渡り鳥目二つ飛んでおびただし
鬼やんま長途のはじめ日当れり
日にいちど入る日は沈み信天翁(あほうどり)
油屋にむかしの油買ひにゆく
たましひのまはりの山の蒼さかな
撫で殺す何をはじめの野分かな
石塀を三たび曲れば秋の暮
絶滅のかの狼を連れあるく
天地や揚羽に乗つていま荒男
晩春の肉は舌からはじまるか
蝉の殻流れて山を離れゆく
戦没の友のみ若し霜柱		
鈴に入る玉こそよけれ春のくれ
ふるさとは旅館の昼の布団部屋
撫でて在る目のたま久し大旦
秋色や母のみならず前を解く    
むささびや大きくなりし夜の山     (『青の中』)
尿尽きてまた湧く日日や梅の花     (『鷓鴣』)
いくたびも日落つる秋の帝かな
卓上の石炭一箇美しき
一生の幾箸づかひ秋津洲    
夜枕の蕎麦殻すさぶ郡かな
老い皺を撫づれば浪かわれは海
満月や水兵永く立泳
行かぬ道あまりに多し春の国
かたちなき空美しや天瓜粉
またの夜を東京赤く赤くなる     
暗闇を殴りつつ行く五月かな      (『巡禮』)
手をあげて此世の友は来りけり
蛍火のほかはへびの目きつねの目 
顔押し当つる枕の中も銀河かな
裏富士は鴎を知らず魂まつり  
表札は三橋敏雄留守の梅        (『長濤』)  
螢火のほかはへびの目ねずみの目 
長濤を以て音なし夏の海 
立ち上がる直射日光被爆者忌
已むを得ず日本に住みて梅雨深し
淋しさに二通りあり秋の暮       (『畳の上』)
戦争と畳の上の団扇かな 
汽車よりも汽船長生き春の沖
戦前の一本道が現るる
戦争にたかる無数の蠅しづか
あやまちはくりかへします秋の暮
海へ去る水はるかなり金魚玉
大正九年以来われ在り雲に鳥
春深き混沌君われ何処へ行く
一木の沈黙永し百千鳥
家毎(いえごと)に地球の人や天の川 
いづこへにも行かぬ竹の子薮の中
青空の奥処は暗し魂祭
死に消えてひろごる君や夏の空 
体温を保てるわれら今日の月       
鳥雲に美人動けばわれ動く       (『しだらでん』)
石段のはじめは地べた秋祭
当日集合全国戦没者之生霊
満月の裏はくらやみ魂祭  
太陽はいつもまんまる秋暑し
みづから遺る石斧石鏃しだらでん
梟や男はキヤーと叫ばざる
家に居る標札のわれ夏休
二つ目の原爆の日も過ぎにけり
観桜や昭和生れの老人と
森に入る道あり行かぬ良夜かな
こちら日本戦火に弱し春の月 
齢のみ自己新記録冬に入る
黒板と黒板拭と冬休
突つ立つてゐるおとうさんの潮干狩
知合の神様は無し独活の花  
流星や生れし覚えなき嬰児
山に金太郎野に金次郎予は昼寝     (「句集」以後、絶筆)
われ思はざるときも我あり籠枕
   ☆
秋風や蝶は逃げ蜂向ひくる
大初日海はなれんとしてゆらぐ
桃咲けり胸の中まで空気満ち
山深く隠るる山やほととぎす
                         目次へ
 上村占魚 
天上に宴ありとや雪やまず
春の水光琳模様ゑがきつつ
                         目次へ
 清崎敏郎 (1922-99)
かへり見る雪山既に暮れゐたり     (『安房上總』)
梅が散るはうれんそうの畑かな
コスモスの押しよせてゐる廚口
春灯の衣桁に何もなかりけり
かなかなのかなかなとなく夕かな
口まげしそれがあくびや蝶の昼     (『鳥人』)
歩をゆるめつつ秋風の中にあり (折口先生逝き給ふ)
仰ぎたるところにありし返り花
鳥日和つづきて鳥の渡るころ
立ち上りくる冬濤を闇に見し
露けさのこの辺までは径ありて     (『東葛飾』)
まくなぎに目鼻まかして牛の貌
うすうすとしかもさだかに天の川
山門を掘り出してある深雪かな     (『系譜』)
蛍火と水に映れる蛍火と
                          目次へ
 高柳重信(1923-83)
小松宮殿下の銅像近き桜かな      (『前略十年』)
金魚玉明日は歴史の試験かな
人恋ひてかなしきときを昼寝かな
友はみな征けりとおもふ懐手
われら永く悪友たりき春火鉢
日本の夜霧の中の懐手
まくなぎや人の怒を得て帰る
木の葉髪無職の名刺刷り上がる
きみ嫁けり遠き一つの訃に似たり
胸中に刺客つぶやく夜のらつせる
負け犬が慕ふ凋然たる散歩
蓬髪が感ずる遠い夜の風雨
健康がまぶしきときの女たち
  *
身をそらす虹の            (『蕗子』)
絶巓
   処刑台 
  *
「月光」旅館
開けても開けてもドアがある
  *
月下の宿帳
先客の名はリラダン伯爵
  *
船焼捨てし
船長は

泳ぐかな
  *
のぼるは夕月        
負傷を待ってゐる乳房
  *
孤島にて               (『伯爵領』)
不眠の鴉
白くなる 
  *
明日は
胸に咲く
血の華の
よひどれし
蕾かな
  *
灰が降る

丘の酒場に
身を焼く薪           

  *
軍鼓鳴り               (『罪囚植民地』)
荒涼と
秋の
痣となる
   *
まなこ荒れ              (『蒙塵』)
たちまち
朝の
終りかな		
   *
たてがみを刈り
たてがみを刈る

愛撫の晩年
   *
港に
鱶は老い
遠き
海の大祭
   *
見殺や                (『遠耳父母』)

じつに静かに
百鳴る銅鑼
   *
沖に
父あり
日に一度
沖に日は落ち
   *
飛騨の                (『山海集』)
美(うま)し朝霧
朴葉焦がしの
みことかな
   *
飛騨の
山門(やまと)の
考え杉の
みことかな
   *
後朝(きぬぎぬ)や
いづこも
伊豆の
神無月
   *
淋しさよ
秩父も
鬼も
老いぬれば
   *
富士は
白富士
至るところの
富士見坂                 
   *
目醒め
がちなる
わが盡忠(じんちゆう)は
俳句かな
  *
松島を                (『日本海軍』)
逃げる
重たい
鸚鵡かな
   *
いま
我は
遊ぶ鱶にて
逆さ富士
   *
八雲さし
島ひとつ
いま
春山なり   
   *
軍隊が近づき春は来たりけり      (『山川蝉夫句集』)
葬列や数人仰ぐ渡り鳥
まぼろしの白き船ゆく牡丹雪
六つで死んでいまも押入で泣く弟
さびしさよ馬を見に来て馬を見る
早鐘の吉野をい出て海に立つ 
体内の迷路も夏か水いそぐ        (『山川蝉夫句集』以後)
われら皆むかし十九や秋の暮
思へば遠し十九の闇の蜀魂(ほととぎす)
友よ我は片腕すでに鬼となりぬ
                          目次へ
  赤尾兜子  (1925-81)
鉄階にいる蜘蛛智恵をかがやかす    (『蛇』)
音楽漂う岸侵しゆく蛇の飢
広場に裂けた木 塩のまわりに塩軋み
ささくれだつ消しゴムの夜で死にゆく鳥 (『虚像』)
子の鼻血プールに交じり水となる    (『歳華集』)
帰り花鶴折るうちに折り殺す
大雷雨鬱王と会うあさの夢
空鬱々さくらは白く走るかな
機関車の底まで月明か 馬盥
俳句思へば泪わき出づ朝の李花     (『玄玄』)
柿の木はみがかれすぎて山の国 
ゆめ二つ全く違ふ蕗のたう
ねむれねば頭中に数ふ冬の滝
心中にひらく雪景また鬼景 
   ☆
まなこ澄む男ひとりやいわし雲
蓬髪の明日にあてなき夜霧かな    
                          目次へ
 津田清子(1920-)
狡休みせし吾をげんげ田に許す     (『礼拝』)
薔薇の園引き返さねば出口なし
ばつた跳ね島の端なること知らず
千里飛び来て白鳥の争へる       (『二人稱』)
氷原に鷲来て吾の生身欲る       (『縦走』)
無方無時無距離砂漠の夜が明けて    (『無方』)
砂漠の木自らの影省略す
唾すれば唾を甘しと吸ふ砂漠
いなびかり海の花道誰か来る
学校が好き朝顔に水をやる
春の河盲目の水碧く厚く
   ☆
一切があるなり霧に距てられ
命綱たるみて海女の自在境
                          目次へ
 中村苑子(1913-2001)
貌が棲む芒の中の捨て鏡        (『水妖詞館』)
放蕩や水の上ゆく風の音
鈴が鳴るいつも日暮の水の中			
死にそびれ糸遊はいと遊ぶかな
澪標(みをつくし)身を尽くしたる泣きぼくろ
人妻に春の喇叭が遠く鳴る
桃の世へ洞窟(ほこら)を出でて水奔る
桃の木や童子童女が鈴なりに
如月も尽きたる富士の疲れかな
天と地の間(ま)にうすうすと口を開く
凧(いかのぼり)なにもて死なむあがるべし
春の日やあの世この世と馬車を駆り
黄泉に来てまだ髪梳くは寂しけれ
昨日から木となり春の丘に立つ
わが春も春の木馬も傷みたり
翁かの桃の遊びをせむと言ふ
母の忌や母来て白い葱を裂く       
地の春に水の絶景はじまりぬ      (『花狩』)
桃のなか別の昔が夕焼けて
すれ違ふ春の峠の樽と樽
蝉の穴覗く故郷を見尽して
わが墓を止り木とせよ春の鳥      (『四季物語』)
胎内の水音聴いてゐる立夏
枯野光わが往く先をわれ歩く 
晩年は桜ふぶきといふべかり      (『吟遊』)
死なば死螢生きてゐしかば火の螢
余命とは暮春に似たり遠眼鏡
遠しとは常世か黄泉か冬霞
うしろ手に閉めし障子の内と外
俗名と戒名睦む小春かな
人の世は跫音(あしおと)ばかり韮の花 
凧一つ貌のごときが冬空に
麗かや野に死に真似の遊びして
炎天下貌失ひて戻りけり 
父母遥か我もはるかや春の海 
睡蓮や聞き覚えある水の私語   
冬うらら海賊船は壜の中        (『花隠れ』)
振り向けばふるさと白く夕霰
生前も死後も泉へ水飲みに
むかし吾(あ)を縛りし男(を)の子凌霄花(のうぜんくわ)
狐面つけて踊りの輪の中に       
車椅子ぽつねんとあり死後の秋 
   ☆
重信忌いまも瑞瑞しき未完
ゆふべ死んで炎天を来る黒い傘
                          目次へ
 飯島晴子(1921-2000)
泉の底に一本の匙夏了る        (『蕨手』)
雪を来て光悦消息文暮色
旅客機閉ざす秋風のアラブ服が最後
うすうすと稲の花さく黄泉の道
白き蛾のゐる一隅へときどきゆく
待つてゐる死があり谷の夏火鉢
橡(とち)の花きつと最後の夕日さす
これ着ると梟が啼くめくら縞
ねんねこから片手でてゐる冬霞
いちにちの光があそぶ秋の川
吊柿鳥に顎なき夕べかな
一月の畳ひかりて鯉衰ふ				
蛍とび疑ひぶかき親の箸
やつと死ぬ父よ晩夏の梅林
樹のそばの現世や鶴の胸うごき
紅梅であつたかもしれぬ荒地の橋    (『朱田』) 
玉葱はいま深海に近づけり
さるすべりしろばなちらす夢違い
天網は冬の菫の匂かな
天の川禽獣の夢ちらかりて
青ぶだう人間の腕詰る闇
孔子一行衣服で赭い梨を拭き
とつぜんに歳とる芹に照らされて
山脈(やまなみ)の荒々しくも天瓜粉
人の身にかつと日当る葛の花
萩を刈る一個の固き頭なり
百合鴎少年をさし出しにゆく
友の棲む氷の島の見えて来し
筍をゆがく焔の快楽かな
氷水東の塔のおそろしく    
山かぞへ川かぞへ来し桐の花
男らや真冬の琴をかき鳴らし
うしろからいぼたのむしと教へらる   (『春の蔵』)
さきほどのひとは盥に冷えてをりぬ
をとめらや氷の上をともに恋ひ
初氷島のなかとも思はれず
西国は大なめくじに晴れてをり
春の蛇座敷のなかはわらひあふ
箱庭の草心外にそよぎをり
うたたねの泪大事に茄子の花
養家にて消防服を着てみたり
わが末子(ばつし)立つ冬麗のギリシヤの市場
ていねいにからだを拭いて黒鯛くふ
氷水これくらゐにして安達ヶ原
鴬に蔵をつめたくしておかむ
かげろふの坂下りてくる大あたま
春田のなかしきりに勇気勇気といふ
木槿夕雨こんなところに赤ん坊
月光の象番にならぬかといふ
春の蔵からすのはんこ押してゐる
いつもこのかたちに眠る流氷よ     (『八頭』)
竹植ゑてそれは奇麗に歩いて行く 
先頭を行くことにして黴の花 
恋ともちがふ紅葉の岸をともにして
鱧の皮買ひに出でたるまでのこと
いつも二階に肌ぬぎの祖母ゐるからは
でで虫の繰り出す肉に後れをとる
わがたましひ赤鱏(えひ)となり泳ぐかな
自転車で鳩分けてゆく恵方かな
もてなしの大狐火となりにけり
一徹の弘法麦の穂なりけり
金蝿も銀蝿も来よ鬱頭(うつあたま)
草こほる伝大友皇子の墓
金屏風何とすばやくたたむこと
八頭いづこより刃を入るるとも
禿鷲の翼片方づつ収む
むつつりと春田の畦に倒(こ)けにけり
簟(たかむしろ)眼に力這入りけり 
夏蜜柑ところどころに置きて鬱
春嵐足ゆびをみなひらくマリア  
愛居はも春の吹雪の忽ちに
雪吊を見てゐて酷なことを云ふ
腸のよろこんでゐる落椿  
大雪のわれのニコニコ絣かな
みぞはぎは大好きな花愚図な花      (『寒晴』)
死ぬ人の大わがままと初蛙 
螢の夜老い放題に老いんとする 
凍蝶を過(あやまち)のごと瓶に飼ふ
土筆飯ならば少々神妙に
いつまでもかくれてゐたく萩青し
寒晴やあはれ舞妓の背の高き
男らの汚れるまへの祭足袋
白緑の蛇身にて尚惑ふなり
らしくともらしくなしとも猪の跡
冬虹のいま身に叶ふ淡さかな
瓢箪の足らぬくびれを云々す  
土筆折る音たまりける体かな
けむり茸ぱたぱたと踏みいざ後生
藤若葉死人の帰る部屋を掃く
目張鮨割つてわれらが国見かな 
大空はいま死者のもの桐の花     
漲りて一塵を待つ冬泉      
初夢のなかをどんなに走つたやら      (『儚々』)
はんざきの傷くれなゐにひらく夜
寂しいは寂しいですと春霰
今頃は桜吹雪の夫の墓
十薬の蕊高くわが荒野なり
白髪の乾く早さよ小鳥来る       
拝みたき卒寿のふぐり春の風
さつきから夕立の端にゐるらしき
昼顔のあれは途方に暮るる色
弱音吐かなくて何吐く雲の峰
昼顔は誰も来ないでほしくて咲く
穴惑刃(やいば)の如く若かりき
飯どきや亀の鳴かうと鳴くまいと
翔べよ翔べ老人ホームの干布団
遅き日の漱石の髭重たからん
許せないものはまくなぎぐらゐかな
蓑虫の蓑あまりにもありあはせ
年迎ふ鈴を惜まず三番叟
をんならの足許冬の蟻地獄
陰(ほと)岩を蹴りもしてみる寒さか
今度こそ筒鳥を聞きとめし貌(かほ)
諾ふは寒の土葬の穴一つ    
郭公や吾が石頭たのもしく  
子どもうせ天神さまの泉かな
豆ごときでは出て行かぬ鬱の鬼
萍のみんなつながるまで待つか            
はくれんのひしめく真夜をさめてをり
竹馬に乗つて行かうかこの先は     (『平日』)
大綿やだんだんこはい子守唄
気がつけば冥土に水を打つてゐし    
かくつよき門火われにも焚き呉れよ
海女潜くまへの生身が生火欲る
ほんだはら潰し尽くしてからなら退(の)く
葛の花来るなと言つたではないか
大雪にぽつかりと吾れ八十歳 
そのうちに隠れ住みたき鴛鴦の沼
蛍袋のなかの明るさほどの智慧
なぜかしら好きになれない金魚かな
丹田に力を入れて浮いて来い
月見草ここで折れてはおしまひよ  
遙かなる筍堀の挙動かな
わが闇の何処(いづく)に据ゑむ鏡餅 
死の如し峰雲の峰かがやくは 
初夢のわが野に放つ一悍馬
   ☆ 
枯葦の流速のなか村昏るゝ         (「馬酔木」時代)
ひとの死へ磨く黒靴朧の夜         (初期作品)
                          目次へ
 波多野爽波  (1923-91)
腕時計の手が垂れてをりハンモツク   (『舗道の花』)
鳥の巣に鳥が入つてゆくところ
新緑や人の少なき貴船村
毛糸編む一つ想ひを追ひつづけ 
末黒野に雨の切尖限りなし
冬空や猫塀づたひどこへもゆける
金魚玉とり落しなば鋪道の花
夕焼の中に危ふく人の立つ
下るにはまだ早ければ秋の山
大空は微笑みてあり草矢放つ
大根の花や青空色たらぬ
真白な大きな電気冷蔵庫        (舗道の花時代)
桜貝長き翼の海の星          (『湯呑』)
ちぎり捨てあり山吹の花と葉と
きれぎれの風が吹くなり菖蒲園
掛稲のすぐそこにある湯呑かな
蓑虫にうすうす目鼻ありにけり
ねんねこの人出て佇てり鞍馬山
あかあかと屏風の裾の忘れもの
吾を容れてはばたくごとし春の山
白粉花吾子は淋しい子かも知れず
炬燵出て歩いてゆけば嵐山       (『骰子』)
天ぷらの海老の尾赤き冬の空
大根の花まで飛んでありし下駄
骰子の一の目赤し春の山
大金をもちて茅の輪をくぐりけり
冬ざるるリボンかければ贈り物
羅のひとのなかなか頑なに
この人の才能は未知おでん酒
玄関のただ開いてゐる茂かな    
星月夜愛されずして犬飼はれ
いろいろな泳ぎ方してプールにひとり  (『一筆』)
五山の火燃ゆるグランドピアノかな
老人よどこも網戸にしてひとり 
腹具合怪しけれども舟遊び  
次なる子はやも宿して障子貼る
手が冷た頬に当てれば頬冷
裂かれたる穴子のみんな目が澄んで
金策に夫婦頭を寄せすいっちょん
金亀子とび続けをりいま何時  
墓参ほめられし句を口ずさみ   
ついてくるひとはと見れば吾亦紅
すつぽりと鏡中にあり青芒
元気な人ここでも元気墓洗う
チューリツプ花びら外れかけてをり   (『一筆』以後)
西日さしそこ動かせぬものばかり
永き日の祇園抜けみち知り尽くす
穴子裂くそれを見て立つ変な人
   ☆
美しやさくらんぼうも夜の雨も
日盛の橋に竣工年月日
                          目次へ
 藤田湘子 (1926-2005)
雪しろき奧嶺があげし二日月      (『途上』)
夕月や雪あかりして雑木山
夕星(ゆうづつ)のいきづきすでに冬ならず
雁ゆきてまた夕空をしたたらす
朧よりうまるる白き波おぼろ
あてどなく急げる蝶に似たらずや
はからずも夕焼濃しや軒菖蒲
水脈しるく曳きて晩夏のひかりとす
夕潮の紺や紫紺や夏果てぬ
夜のわがこころの行方いなびかり
冬に入る馬の尾さばき音もなし
冬の街戛々とゆき恋もなし
牛の顔枯野へ向けて曳き出す
くらくらと日の燃え落ちし春の雁
羽蟻の夜かなしき家を出て歩く
薔薇一枝挿しぬ忘られてはゐずや
牛の眼に雲燃えをはる秋の暮
犬若し月光をうしなへば吠ゆ
労働祭汽缶車日浴びつつ憩ふ
愛されずして沖遠く泳ぐなり
逢ひにゆく八十八夜の雨の坂
白地着て行きどころなしある如し
団栗にうたれし孤独地獄かな
音楽を降らしめよ夥(おびただ)しき蝶に
わが屋根をゆく恋猫は恋死ねよ
月下の猫ひらりと明日は寒からむ    (『雲の領域』)
山茶花やいまの日暮の旅に似て
暗き湖より獲し公魚の夢無数
暮るるまでこころ高貴や花辛夷
小説の発端汗の捨切符
柿若葉多忙を口実となすな
葭切に空瓶流れつく故郷
綿虫に顔の力を応とぬく
枯野行刻々沈む日が標
雲を透く秋空見れば笛欲しや      (『白面』)
恍惚と秘密あり遠き向日葵あり
夜霧さむし海豹などは灯なく寝む
春雷や土の香幹に沿ひのぼる
音もなく紅き蟹棲む女医個室
青霧にわが眼ともして何待つや
口笛ひゆうとゴツホ死にたるは夏か
たかむらに竹のさまよふ秋のくれ
雪の灯へどの樹も向けり物語
羽抜鶏見て奧の間の磔刑図
いはれなくけふ頸燃えて五月逝く    (『狩人』)
枯山に鳥突きあたる夢の後
髪刈つて晩夏さとき身黄昏へ	
貝食べて遠国へ行く冬帽子
月の出や草擦りてゆく牛の貌
東京は暗し右手に寒卵
花葵雨中に夢の像(かたち)見て
水仙をまはり水底へ行く如し
口で紐解けば日暮や西行忌
連翹や昨日は雨に(えり)挿して
梅の実を拾ひしことをいつまでも
孔雀まで吹かれて来たり春の暮
七月や雨脚を見て門司にあり
冬帽や夜更け見えたる一飛沫
春の雪研師は海を想ひけり
孔雀よりはじまる春の愁かな
鯛の目玉煮つまつてゆく月夜なり
春祭鴉も鳶も山寄りに
筍や雨粒ひとつふたつ百
鯉の口朝から強し半夏生
蝉丸忌半日鈍く京にをり
水母より西へ行かむと思(も)ひしのみ
わが声の五十となりぬ凧(いかのぼり) (『春祭』)
さすらひまだ終らぬ雲とまくなぎと
砂肝をかりりと美濃や厚氷
揚羽より速し吉野の女学生 
うすらひは深山へかへる花の如
宮城野のどの子に触るる風花ぞ
卯月波父の老いざま見ておくぞ
ひとのため末黒野を行き落膽す
土の音松にのぼりぬ春の暮
鯉老いて真中を行く秋の暮
三日月に狐出て見よオホーツク
父に金遣りたる祭過ぎにけり
歩くたび近づく海や木忌       (『一個』)
春の昼喪服の中のししむらも
蚤も亦世に容れられず減りゆけり
あさまらのめでたき春となりにけり
めんどりの尻蹴つてああ夏の果 
物音は一個にひとつ秋はじめ
君もまた長子の愁ひ蚯蚓鳴く
芋の葉の大きな露の割れにけり
干蒲団男の子がなくてふくらめり
柊の花最小をこころざす
下仁田の葱を庖丁始めかな       (『去来の花』)
うつうつと夜汽車にありぬ木忌
藤の虻ときどき空(くう)を流れけり
遠足の列大仏へ大仏へ
篠(すず)の子は雲に巻かれて育つらし 
わが裸草木蟲魚幽(くら)くあり
戦争が過ぎ凩が過ぎにけり
強情を以て今年を終るなり
涅槃図の人ことごとく大頭       (『黒』)
坂東の血が酢海鼠を嫌ふなり
かりがねや生死はいつも湯が滾(たぎ)り
元日や風とほりゆく草の形(なり)
黄沙いまかの楼蘭を発つらんか
枯山へわが大声の行つたきり
両眼の開いて終わりし晝寝かな     (『前夜』)
茂吉の忌茂吉狂ひも減りしかな
朗々のわが尿褒めて百千鳥
月明の一痕としてわが歩む		
水草生ふ後朝(きぬぎぬ)のうた昔より
家を出て家に歸りぬ春の暮
あちこちにふえし才女や葱坊主
巣立鳥明眸すでに嶽を得つ
男次第ぞリヤカー押すも紙干すも
あるときはふるさと燃ゆる春の夢
けむり吐くような口なり桜鯛
本阿彌光悦卯月は如何なもの着しや
紙袋より絢爛の水着出す
椎の實が降るはればれと愛されよ
もう我のこころをはなれふきのたう
水の闇たかむらの闇丈草忌
夕牡丹これよりの知己信ずべし
去りゆきし春を種火のごと思ふ
日のみちを月またあゆむ朴の花
口論の真ん中にあり蝿叩
眞青なる疊の晝寢をはりけり
六月やはだけし胸のおのれの香
蝿もへり蝿虎(はへとりぐも)も減りけるよ
七五三水の桑名の橋わたる
湯豆腐や死後に褒められようと思ふ
霧氷林あらたまの日を捧げたり     (『神楽』)
雲水の疾風(はやて)あるきや百千鳥
水母にもなりたく人も捨てがたく
ゆくゆくはわが名も消えて春の暮
蜩や死までの扉いくつある
清水湧く青き千曲となるために
干蒲団箱根の谷に叩きをり
もろびとの鼻大寒となりにけり
巣立鳥大樹いづれも風あふれ
炎天の記憶あくまで無音なり
甚平着て転向といふ暗部あり
終戦忌頭が禿げてしまひけり
横浜の狸なりしが轢死せり
葛飾や一弟子われに雁わたる
あかつきに雪降りし山神還る
陶枕に混沌の頭を与へけり
闊歩して詩人になろうねこじゃらし
狐火の燃えたる頃の堕落論
我去れば電柱も野に遊ぶらん
老人は大言壮語すべし夏
あめんぼと雨とあめんぼと雨と
焼石に水の千代田区散水車
死蝉をときをり落し蝉しぐれ
亡き師ともたたかふこころ寒の入
結界の紅茸どもへ鐘一打
天山の夕空も見ず鷹老いぬ
春の鹿幻を見て立ちにけり
君たちの頭脳硬直ビヤホール
冬晴やお陰様にて無位無官
野火見つつ人間不信今更に       (『てんてん』)
たんぽぽと一本道とあそびをり
ひとりこそ自在や花の蕊に虻
空蝉(うつせみ)を拾へば笑ひ天よりす
暑けれど佳き世ならねど生きようぞ
春曙(はるあけぼの)我となるまでわれ想ふ
春の草孤独がわれを鍛へしよ
春の暮死んでから読む本探す
滅びても光年を燃ゆ春の星
けふ見たる桜の中に睡るなり
一塊のででむし動くああさうか
マクベスの科白(せりふ)がふつといなびかり
涅槃図に顔寄せ俳句亡者かな
伊予にゐてがばと起きたる虚子忌かな
枯山へわが大声の行つたきり
手術経し腹の中まで秋の暮
春夕好きな言葉を呼びあつめ
郭公の日暮や北は永遠(とは)に北 
死ぬ朝は野にあかがねの鐘鳴らむ  (無季)
   ☆
雪の夜のしづかな檻の中にをり
                          目次へ
 飴山實(1926-2000)
小鳥死に枯野よく透く籠のこる     (『少長集』)
うつくしきあぎととあへり能登時雨
冬海の近くの溝を米の粒 
春浅き海へ落すや風呂の水
釘箱から夕がほの種出してくる
手にのせて火だねのごとし一位の実
捨て菜畑うぐひすいろに氷けり  
冬川をたぐり寄せては布放つ
金魚屋のとどまるところ濡れにけり
かなかなや母よりのぼる灸の煙
子の置きし柚子に灯のつく机かな
比良ばかり雪をのせたり初諸子     (『辛酉小雪』)
目をあぐるたびに岩見の花辛夷
昨日まで卯の花くだし鞍馬川
あをあをとこの世の雨のははきぐさ
妻いねて壁も柱も月の中	
紅梅やをちこちに波たかぶれる   
きさらぎの骨ぬくめをる風呂の中
とびついてとるあおぞらの熟れ棗
めんどりにして蟷螂をふりまはす
年酒して獅子身中の虫酔はす      (『次の花』)
この峡の水を醸して桃の花 
光琳忌きららかに紙魚走りけり
昼の酒濁世の蛙聞きながら
花筏やぶつて鳰の顔のぞく
白山の初空にしてまさをなり
木から木へこどものはしる白雨かな   
俎の鯉の目玉に秋高し
秋の暮キリンのあたま茜して
大雨のあと浜木綿に次の花
うぶすなは提灯だけの秋祭
骨だけの障子が川を流れだす
沖かけて白波さわぐ雛かな
夕空を花のながるる葬りかな      (『花浴び』)
花掃いて流れにすすぐ竹箒
残生やひと日は花を鋤きこんで
大いなる鐘にゆきあふ朧かな
早鞆の風に口あけ燕の子
空蝉の阿鼻叫喚や厳島
けふはけふの山川をゆく虫しぐれ
かなかなのどこかで地獄草子かな
拾はれぬ骨まだ熱し麦の秋
なめくじも夕映てをり葱の先
墓ありて人のぼりゆく花の山 
山ふたつむかうから熊の肉とどく
刈らんとて芒にふかく沈みたる 
奥山の風はさくらの声ならむ
放生のきのふの亀があるきをり
虚仮の世に虚仮のかほ寄せ初句会 
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 宇佐美魚目(1926-)
箱眼鏡みどりの中を鮎流れ       (『崖』)
馬もまた歯より衰ふ雪へ雪       (『秋収冬蔵』)
すぐ氷る木賊(とくさ)の前のうすき水
藁苞を出て鯉およぐ年の暮 
あかあかと天地の間の雛納
最澄の瞑目つづく冬の畦
白昼を能見て過す蓬かな        (『天地存問』)
東大寺湯屋の空ゆく落花かな
初夢のいきなり太き蝶の腹       (『草心』)
紅梅や謡の中の死者のこゑ
美しきものに火種と蝶の息       (『薪水』)
吹きつけしかたちにものの氷りたる

光陰のやがて薄墨桜かな
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 川崎展宏(1927-2009)
夕焼て指切の指のみ残り        (『葛の葉』)
天の川水車は水をあげてこぼす
エンゼル・フィッシュ床屋で眠る常識家
夜の眼のしばたたくゆゑ小雪くる           
雄ごごろの萎えては雪に雪つぶて
虚子に問ふ十一月二十五日のこと如何に
仏生会鎌倉の空人歩く
明日(みやうにち)は満月といふ越後湯沢
みづうみへこころ傾く葛の花      (『義仲』)
戸口まで紅葉してをる鼠捕
秋しぐれ上着を銀に濡らしける
うしろ手に一寸紫式部の実
人影のかたまつてくる寒牡丹
むつつりと上野の桜見てかへる
「大和」よりヨモツヒラサカスミレサク
桃の咲くそらみつ大和に入りにけり
京都駅下車迷はずに鱧の皮
二人してしづかに泉よごしけり
鮎の腸口をちひさく開けて食ふ
白波にかぶさる波や夜の秋       (『観音』)
黒鯛を黙つてつくる秋の暮
人間は管より成れる日短
かたくりは耳のうしろを見せる花
鶏頭に鶏頭ごつと触れゐたる
あとずさりしつつわたしは鯰です 
ともしびの明石の宿で更衣       (『夏』)
玉くしげ箱根の上げし夏の月
高波の夜目にも見ゆる心太
酒盛りのひとり声高十三夜
座敷から月夜へ輪ゴム飛ばしけり
冬すみれ富士が見えたり隠れたり
熱燗や討入り下りた者同士
椅子一つ抛り込んだる春焚火
すみれの花咲く頃の叔母杖に凭る
桜貝大和島根のあるかぎり
方寸にあり紅梅の志          (『秋』)
赤い根のところ南無妙菠薐草
あ初蝶こゑてふてふを追ひにけり
箸置に箸八月十五日 
桜鯛子鯛も口を結びたる
夏座敷棺は怒濤を蓋ひたる (加藤楸邨先生)
いましがた出かけられしが梅雨の雷 (悼 井伏鱒二氏)
炎天へ打つて出るべく茶漬飯
冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ
骨もまた疲れて眠る龍の玉 (櫻井博道を憶う)
冬麗の水に靨や流れをり
柚子風呂にひたす五体の蝶番
塗椀が都へのぼる雪を出て
綿虫にあるかもしれぬ心かな       (『冬』) 
歳月や地獄も霞む硫黄島               
あらぬ方へ手毬のそれし地球かな
居並ぶや春の愁ひの大鎧
春宵一刻博多の太か月が出た
すみにけり何も願はぬ初詣    
晩年を過ぎてしまひし昼寝覚       (全句集『春』)
晩年を隈なく照らす今日の月   
花はみな菩薩鬼百合小鬼百合
   ☆
晩年を隈なく照らす今日の月
                          目次へ
 阿部完市(1928-)
鰯雲人を死なせてしまいけり      (『無帽』)
冬鳥よ飛んで帰郷かも知れず 
少年来る無心に充分に刺すために    (『絵本の空』)
ローソクもちてみんなはなれゆきむほん
とんぼ連れて味方あつまる山の国
栃木にいろいろ雨のたましいもいたり  (『にもつは絵馬』)
木にのぼりあざやかあざやかアフリカなど
たとえば一位の木のいちいとは風に揺られる(『春日朝歌』)
沙河にゆきたし六月私は小馬      (『純白諸事』)
ねぱーるはとても祭で花むしろ     (『軽のやまめ』)
いたりあのふいれんつ遠しとんぼ釣り  (『その後・の集』)
                          目次へ
 岡本眸(1928-)
霧冷えや秘書のつとめに鍵多く     (『朝』) 
おでん屋に同じ淋しさおなじ唄
山枯るる音なき音の充満す
春菜束購ふ裏返しうらがえし
螢籠螢の死後も闇に置く
柚子湯沁む無数の傷のあるごとく
白玉や子のなき夫をひとり占め
鰯雲二人で佇てば別れめく
立冬の女生きいき両手に荷       (『冬』)
わが十指われにかしづく寒の入     (『二人』)
ポピー咲く帽子が好きで旅好きで
喪主といふ妻の終の座秋袷
寒卵狂ひもせずに朝が来て
日脚伸ぶ亡夫の椅子に甥が居て    
雲の峰一人の家を一人発ち       (『母系』)
かたまつて同じ事務服日向ぼこ     (『十指』)
炎昼のきはみの櫛を洗ひけり      (『矢文』)
日傘さすとき突堤をおもひ出す
秋深むひと日ひと日を飯炊いて
さみしさのいま声出さば鴨のこゑ    (『手が花に』)
大寒の明日へきちんと枕置く      (『知己』)
梅筵来世かならず子を産まむ
火と話し水と話して冬ごもり
をみなにも着流しごころ夕永し
近すぎて自分が見えぬ秋の暮
芥子散るや音なくすすむ物思ひ
                          目次へ
 加藤郁乎(1929-2012)
冬の波冬の波止場に来て返す      (『球体感覚』)
昼顔の見えるひるすぎぽるとがる
枯木見ゆすべて不在として見ゆる
おもひでの雲雀来て鳴く髪の中
六月の馬上にのこる鞭の音
切株やあるくぎんなんぎんのよる
耕人は立てりしんかんたる否定
蘆刈のうしろひらける大和かな
天文や大食(タージ)の天の鷹を馴らし
一満月一韃靼の一楕円
雨季来たりなむ斧一振りの再会
遺書にして艶文、王位継承その他無し  (『えくとぷらすま』)
とりめのぶうめらんこりい子供屋のコリドン(『形而情学』)
春しぐれ一行の詩はどこで絶つか    (『出イクヤ記』)
かげろふを二階にはこび女とす     (『微句抄』)
秋風や豚に鳴かれてしまひけり
三夕やさいふをさがす秋の暮      (『佳気颪』)
十五から我酒のみ出て小正月
 (注)十五から酒をのみ出てけふの月 宝井(榎本)其角
小細工の小俳句できて秋の暮      (『秋の暮』)
このひととすることもなき秋の暮
俳々と馬鹿の一念寒たまご       (『江戸櫻』)
小者ほどそりかへりみる小梅かな
春しぐれ十人とゐぬ詩人かな
本物は世に出たがらず寒の鰤
素袷やそのうちわかる人の味
流行はどうでもよけれ古すだれ
あらかたは二番煎じに初しぐれ
しぐるるやくだまくひとの衿糞
江戸桜いらざる句々を散らしけり
一対の男女にすぎぬ夜長かな
初桜さて世の中は化鳥かな
春の川虚名ここだくなく流れ
押入の似合ふおひとや秋の暮
おのづから俳は人なりこぞことし
春の泥御用詩人が世なりけり
古草や野に遺賢あり内助あり
軽みをば軽く見誤る春の暮
俳諧は愚図々々言はず秋の暮
持論などいかがなものか春の夢
しぐるるや異端もやがて伝統に
鳥雲に入るや黙つてついてこい
家桜かざらぬひとは宝なり
かならずや具眼の士あり葉鶏頭
水澄みて亜流の亜流ながれけり
連れ添うて宝なりけり秋扇
もがり笛よがりのこゑもまぎれけり
しぐるるや異端もやがて伝統に
しぐるるや油断のならぬ虚子もどき
りんとして古きに遊ぶ夜寒かな
渋うちは一見詩人烏合の衆 
古すだれ世にへつらはぬは手酌これ   (『初昔』)
定型にすぎぬ凡句やにぎり鮓
大人とうすうす気つく秋の暮
いろいろの枕の下を野分かな
売文は明日へまはして菊の酒
しぐるるや只事俳句傑作集
枯枝に烏合の衆のとまりけり
別嬪の降つて来さうなゆだちかな
虚名より無名ゆたかに梅の花
業俳の田舎まはりや走馬燈
かげ口は男子に多し秋の暮
月並を説く月並や冷やつこ
はつとする古句が相手よ冬籠
枝道としらずのどけし歩一歩
茄子漬や持つべきものは世話女房
大方は堕つる人魂寒の月
俳諧道五十三次蝸牛
時代より一歩先んじ蚊帳の外
お中元おなじやうなる句集来る
春立つや一生涯の女運
どうであれ生涯一句初昔
反骨は群れをつくらず浮かれ猫
文体もなき新星が春星忌
 (注)春星忌(蕪村忌)
またしても仲間褒めなり青蛙
考へがあつての馬鹿を冷奴
さかしらを詩的と云へり浮寝鳥
名ばかりの俳人の世を子規忌かな
   ☆
けれん味はもう沢山や冷奴
挨拶は短いがよし秋の暮
朽(くだ)ら野や妙竹林話水手書
知られようなどと思はじこぼれ萩
雄蕊相逢ふいましスパルタのばら   (『百句燦燦』より)
あヽ 亜麻色の初花のともぐひ 
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 鷹羽狩行(1930-)
乗りてすぐ市電灯ともす秋の暮     (『誕生』)
舷梯をはづされ船の蛾となれり
廻されて電球ともる一葉忌
スケートの濡れ刃携へ人妻よ
妻へ帰るまで木枯の四面楚歌
新しき家はや虻の八つ当り
新緑のアパート妻を玻璃囲ひ
金亀子(ぶんぶん)に裾つかまれて少女妻
夫とゐて冬薔薇に唇つけし罪
妻と寝て銀漢の尾に父母います
落椿われならば急流へ落つ
みちのくの星入り氷柱われに呉れよ
天瓜粉しんじつ吾子は無一物
新妻の靴づれ花野来しのみに 
わが而立握り拳を鷹も持つ
つねに一二片そのために花篝      (『遠岸』)
母の日のてのひらの味塩むすび
摩天楼より新緑がパセリほど
ピーチパラソルの私室に入れて貰ふ		
うすものの中より銀の鍵を出す     (『平遠』)
大言海割つて字を出す稿始め
一対か一対一か枯野人
紅梅や枝々は空奪いあひ        (『月歩抄』)
鴬のこゑ前方に後円に
葛の花むかしの恋は山河越え
村々のその寺々の秋の暮
十薬や才気ささふるもの狂気      (『六花』)
湖(うみ)といふ大きな耳に閑古鳥
流星の使ひきれざる空の丈
しがらみを抜けてふたたび春の水
秋風や魚のかたちに骨のこり      (『七草』)
選句地獄のただなかに懐手
黙礼のあとの黙殺白扇子
高きより破魔矢でかぞへ島の数
叱られて姉は二階へ柚の花
枯野ゆく最も遠き灯に魅かれ
日と月のごとく二輪の寒椿       (『八景』)
稿始め楔のごとき一語欲り
陰謀の場を煌々と菊人形
七夕や別れに永久とかりそめと
風の日はものみな遠く桜餅       (『第九』)
身ほとりに風湧く思ひ更衣
いそがしことのさみしきみそさざい
麦踏みのまたはるかなるものめざす
全長に回りたる火の秋刀魚かな     (『十友』)
勤めあるごとく家出て春の泥      (『十一面』)
人の世に花を絶やさず返り花      (『十二紅』)
年迎ふ山河それぞれ位置に就き     (『十五峯』)
熱中も夢中のときも過ぎて秋      
なんとなく尋ねて泣かれ年忘
読初の聖書の荒野より戻る       (『十七恩』)
雪渓といふ一刀を掲げたり      
汲みあぐるほどに湧き出て若井かな   (『俳日記』)
大寒を選びしごとく逝きたまふ
海坂の暮るるに間あり実朝忌
初笑ひゆゑの涙と思はれず
白梅の万蕾にさすみどりかな
花冷えや昼には昼の夜には夜の
いつせいにきのこ隠るる茸狩
地下街に鮮魚鮮菜文化の日
ああいへばかういう兜太そぞろ寒
討入りの日や下町に小火(ぼや)騒ぎ
   ☆
万緑といふつばさ延べ富士の山      (『2014角川俳句年鑑』)
発つときは灯をともすとき暮の秋     (「俳句年鑑 2017年版」) 
   ☆
虹なにかしきりにこぼす海の上
昼は日を夜は月をあげ大花野 
山みちはみな山に消え西行忌
噴煙のごときを上げて氷河崩(く)ゆ
                          目次へ
 河原枇杷男(1930-)
身の中のまつ暗がりの螢狩り      (『鳥宇論』)
空蝉の両眼濡れて在りしかな
母の忌の蛍や籠の中を飛ぶ
蝶交む一瞬天地さかしまに 
手にもてば手の蓮に來る夕かな
身を出でて杉菜に踞む暗きもの
在る草に佛眼賜ふ玉霰
行く秋のひとさし指は焚きにけり
流木の一つは深夜を飛行せる
秋かぜや耳を覆へば耳の声
野菊まで行くに四五人斃れけり
薄氷笑ふに堪へて物は在り
萍の一つは頭蓋のなかにうく
蝸牛賓辞は空を彷徨えり
淵に来てしばらく水の涼むなり 
外套やこころの鳥は撃たれしまま    
冬暗き渚は鈴を秘蔵せり
流木の一つは深夜を飛行せり
梨の木に老虚無栖んで暮らしけり
蛇いちご魂二三箇色づきぬ       (『密』)
枯草に二人の我のひとりすむ  
抱けば君のなかに菜の花灯りけり
身のなかを北より泉ながれけむ
誰も背に暗きもの負ふ蓬摘み
ある闇は蟲の形をして哭けり
枯野くるひとりは嗄れし死者の声    (『閻浮提考』)
昼顔や死は目をあける風の中    
身のなかの逢魔が辻の蛍かな      
揚雲雀死より遠くは行きゆけず
一頭の闇のいななく粉雪かな   
身のなかの逢魔が辻の蛍かな      
死はひとつ卵生みけり麦の秋
天の川われを水より呼びださむ     (『流灌頂』)
野遊びの二人は雨の裔ならむ
ぜんまゐのこの一本の嗤ひかな
月天心家のなかまで真葛原
てふてふや水に浮きたる語彙一つ
昔より我を蹤けくる蝶ひとつ      (『訶梨陀夜』)
薄氷天に奥山在るごとし   
くれなゐの夢より蝉かひとつ落つ   
誰かまた銀河に溺るる一悲鳴      (『蝶座』)
星月夜こころに羽打つもの棲みて
おほむらさき太虚(おほぞら)もまた年経たる
蝶吹雪こころは枝の如く在り   
春深しおのれ抱へてよろめきぬ     (『喫茶去』)
三味線草地球も長き影曳くや  
家霊みな嫗のかほや稲の秋
蛾を打つて我ばらばらに毀れける
響として皆物は在り寒昴
死にごろとも白桃の旨き頃とも思ふ 
家霊みな嫗のかほや稲の秋 
鶯や高橋新吉けふも留守         (『阿吽』)
この道や虹よりことば又貰ふ
こがらしの尾を踏む観心寺出て
実朝忌至るところに谺棲み
年の暮れときどき我を君と呼び
    ☆
君とねて行方不明の蝶ひとつ
春の道わが家まで来て昏れゐたる
身のなかを身の丈に草茂るかな
十三夜畳をめくれば奈落かな
                          目次へ
 原裕(1930-99)
渡り鳥わが名つぶやく人欲しや     (『葦牙』)
中年や華やぐごとく息白し
鳥雲に入るおほかたは常の景      (『青垣』)
桜咲く磯長(しなが)の国の浅き闇			
みちのくの闇をうしろに牡丹焚く    (『新治』)
寒卵吸はるるごとく吸ひゐたり
石蹴つて鎌倉の冬起こしけり      (『出雲』)
はつゆめの半ばを過ぎて出雲かな
西行のうた懐に耕せり
十一面観音桜見にゆかん
六月の海原に玉沈めんか        (『正午』)
   ☆
子の母のわが妻のこゑ野に遊ぶ
                          目次へ
 有馬朗人(1930-)
梨の花郵便局で日が暮れる       (『母国』) 
水中花誰か死ぬかもしれぬ夜も
日向ぼこ大王よそこどきたまえ     (『知命』)
村人に永き日のあり歓喜天
街あれば高き塔あり鳥渡る
あかねさす近江の国の飾臼       (『天為』)
祇園会や千の乙女に千の櫛
柚子風呂に聖痕のなき胸ひたす
麦秋やここなる王は父殺し		
紙漉くや天の羽衣より薄く		
朱欒割りサド侯爵の忌を修す
光堂より一筋の雪解水
鳥帰る空に積み上げ無縁仏
千本の氷柱の中にめざめけり      (『耳順』)
根の国のこの魴 のつらがまへ
月山の木霊と遊ぶ春氷柱
     ☆
釣瓶落しの日が首吊りの縄の中
宝石にまぎれ何時より花の種
初夏に開く郵便切手ほどの窓
なまけものぶらさがり見る去年今年
                          目次へ
 稲畑汀子(1931-)
今日何も彼もなにもかも春らしく    (『汀子句集』)
とらへたる柳絮を風に戻しけり
人事と思ひし河豚に中りたる
年賀状だけのえにしもいつか切れ
見る者も見らるる猿も寒さうに
昼寝するつもりがケーキ焼くことに
日向ぼこし乍(なが)ら出来るほどの用
転びたることにはじまる雪の道     (『汀子第二句集』)
君がため春着よそほふ心あり
どちらかと言へば麦茶の有難く    
落椿とはとつぜんに華やげる
花の道つづく限りをゆくことに
長き夜の苦しみを解き給ひしや
看取りより解かれし冬を淋しめり
空といふ自由鶴舞ひやまざるは
地吹雪と別に星空ありにけり
光る時光は波に花芒
皆花野来しとまなざし語りをり 
初蝶を追ふまなざしに加はりぬ     (『汀子第三句集』)
書初の筆の力の余りけり
一山の花の散り込む谷と聞く   
一枚の障子明りに技芸天        (『障子明り』)
見ることも松の手入でありしかな
霧氷ならざるは吾のみ佇みぬ
明るさは海よりのもの野水仙
   ○
春光を砕きては波かがやかに      (『ホトトギスの俳人101』)
ふり向けば又芒野に呼ばれさう
がたと榾崩れて夕べなりしかな
初御空富士の夜明でありにけり     (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』)
   ☆
夏潮に道ある如く出漁す
冷蔵庫又開ける音春休
                          目次へ
 上田五千石(1933-97)
ゆびさして寒星一つづつ生かす     (『田園』)
オートバイ荒野の雲雀弾き出す
春潮に巌は浮沈を愉しめり
萬緑や死は一弾を以て足る
もがり笛風の又三郎やあーい
桐の花姦淫の眼を外らしをり
冬銀河青春容赦なく流れ
青胡桃しなのの空のかたさかな
水草生ふ放浪の画架組むところ
柚子湯出て慈母観音のごとく立つ
父といふしづけさにゐて胡桃割る
はじまりし三十路の迷路木の実降る
流寓のながきに過ぐる鰯雲
遠浅の水清ければ桜貝
みづからを問いつめゐしが牡丹雪
あけぼのや泰山木は蝋の花
新しき道のさびしき麦の秋
秋の雲立志伝みな家を捨つ
校庭の柵にぬけみち冬あたたか
緑陰に美貌やすませゐたりけり
水といふ水澄むいまをもの狂ひ
森といふ大きじじまよ寒の内
渡り鳥みるみるわれの小さくなり
水鏡してあぢさゐのけふの色
秋の蛇去れり一行詩のごとく
冬薔薇の花瓣の渇き神学校         
鳥雲に西方の使者帰りけり
みみず鳴く日記はいつか懺悔録
いちまいの鋸置けば雪がふる      (『森林』)
初めての蛍水より火を生じ
秋富士が立つ一湾の凪畳
冬浜に浪のかけらの貝拾ふ
この秋思五合庵よりつききたる
山開きたる雲中にこころざす
合流をはたしての緩冬芒
雁ゆきてしばらく山河ただよふも
和紙買うて荷嵩(にがさ)に足すよ鰯雲
しぐれ忌を山にあそべば鷹の翳
さざなみは切子光に猫柳 
白露や一詩生れて何か消ゆ
いつせいに春落葉塔はばたくか
暮れ際に桃の色出す桃の花  
夕空の美しかりし葛湯かな       (『風景』)
女待つ見知らぬ町に火事を見て
六道のどの道をいま春の泥
一万尺下りきて盆の町通る 
これ以上澄みなば水の傷つかむ
太郎に見えて次郎に見えぬ狐火や
啓蟄に引く虫偏の字のゐるはゐるは
水馬水ひつぱつて歩きけり
上流の闇美しき夜振かな
一対の凍鶴何の黙示なる
早蕨や若狭を出でぬ仏たち
牡蠣といふなまめくものを啜りけり
白扇のゆゑの翳りをひろげたる     (『琥珀』)
塔しのぐもののなければしぐれくる
対のものいつしか欠くるひめ始め
涅槃会や誰が乗り捨ての茜雲
まぼろしの花湧く花のさかりかな
筆買ひに行く一駅の白雨かな
友として妻ゐる返り花ざかり
距りの十歩をつめず秋の暮
梟や出てはもどれぬ夢の村
あたたかき雪がふるふる兎の目
風船を手放すここが空の岸
ふだん着の俳句大好き茄子の花
心すこし売つて夜寒の灯に戻る
春の月思ひ余りし如く出し
刃いま匂ひたつなり桜鯛
たまねぎのたましひいろにむかれけり
月の村川のごとくに道ながれ
だまりこくるための夜食となりにけり
翁忌といへば近江のかいつぶり
通らせてもらふ小春の菊畠
河馬の背のごときは何ぞおでん酒
家を出てすぐに旅人法師蝉
貧交の誰彼とほし春の雁
貝の名に鳥や桜や光悦忌
はらわたをしぼる吟なし蕨餅
もがり笛洗ひたてなる星ばかり
初蝶を見し目に何も加へざる
身ひとつを旅荷とおもふ葛の花
火の鳥の羽毛降りくる大焚火
麦秋やあとかたもなき志
文弱のいのちの硯洗ひけり       (『天路』)
木犀や雨に籠れば男饐(す)え
いにしへの女人の嘆き読み始む
火遊びの富士山焼に比するなし
魚族みなまなこ険しき四月かな
みくまのの精神瀧と現じたり
月中天高層階は地に沈み
冬帝に媚びるごとくに日向ぼこ
羅(うすもの)や母とて女ざかり経し
みほとけはいづち見給ふ百千鳥
母が哭(な)くわが三歳の雪の景
呆とあるいのちの隙(ひま)を雪降りをり
螢火やゆかりといふもみんなゆめ
安心のいちにちあらぬ茶立虫
蚊遣香父のをんなもみんな果て
秋風や吾妻をつひの知己として
   ☆
冬空の鳶や没後の日を浴びて
硝子戸に洗ひたてなる春の闇
                          目次へ
 平井照敏(1931-)
鰯雲子は消ゴムで母を消す       (『猫町』)
誕生日午前十時の桐の花
リア王の蟇のどんでん返しかな
サルビアの咲く猫町に出でにけり
大川をあをあをと猫ながれけり
雲雀落ち天に金粉残りけり
初明りして胸中のモツアルト      (『天上大風』)
引鶴の天地を引きてゆきにけり
ふと咲けば山茶花の散りはじめかな
漱石忌猫に食はしてのち夕餉
鵜は出でぬ水の暗(やみ)より火の暗に
芒山うつくしかりしとのみ告げん
おさへねば浮き出しさうな良夜なり
全円の虹胸中に立ちにけり       (『枯野』)
目黒過ぎ目白を過ぎぬ年の暮
いつの日も冬野の真中帰りくる
冬濤の見ざれば仁王立ちするか     (『牡丹焚火』)
牡丹焚く宙に青衣の女人の手
秋風やきのふはしろきさるすべり    (『多磨』)
もう春のをどれる水でありにけり
心願のいよいよとがる氷柱かな
木下闇抜け人間の闇の中        (『春空』)
わがためにうまれしをんな蕗の薹
秋の道あとをつけくるわれの闇   (『夏の雨』)
                          目次へ
 寺山修司(1935-83)
目つむりていても吾(あ)を統(す)ぶ五月の鷹(『花粉航海』)
ラグビーの頬傷ほてる海見ては
十五歳抱かれて花粉吹き散らす
燃ゆる頬花よりおこす誕生日
父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し
林檎の木ゆさぶりやまず逢いたきとき
土曜日の王国われを刺す蜂いて
二階ひびきやすし桃咲く誕生日
流すべき流灯われの胸照らす
大揚羽教師ひとりのときは優し
桃うかぶ暗き桶水父は亡し
癌すすむ父や銅版画の寺院
暗室より水の音する母の情事
裏町よりピアノを運ぶ癌の父
鍵穴に蜜ぬりながら息あらし
母恋し鍛冶屋に赤き鉄仮面
便所より青空見えて啄木忌
いまは床屋となりたる友の落葉の詩
花売車どこへ押せども母貧し
電球に蛾を閉じこめし五月かな
わが夏帽どこまで転べども故郷    
秋風やひとさし指は誰の墓
螢来てともす手相の迷路かな
かくれんぼ三つかぞえて冬となる
母とわが髪からみあう秋の櫛
私生児が畳をかつぐ秋まつり
母の蛍捨てにゆく顔照らされて
鵞鳥の列は川沿いがちに冬の旅
父と呼びたき番人が棲む林檎園
枯野ゆく棺のわれふと目覚めずや
遠花火人妻の手がわが肩に
この家も誰かが道化揚羽高し
冷蔵庫に冷えゆく愛のトマトかな
螢火で読みしは戸籍抄本のみ
長子かえらず水の暗きに桃うかぶ
恋地獄草矢で胸を狙い打ち
独学や拭き消す窓の天の川
待てど来ずライターで焼く月見草
ランボーを五行とびこす恋猫や
わが死後を書けばかならず春怒濤
目かくしの背後を冬の斧通る
眼帯に死蝶かくして山河越ゆ
剃刀に蝿来て止まる情事かな
魔にもなれずマント着て立つ広場かな 
旅に病んで銀河に溺死することも
教師呉れしは所詮知恵なり花茨
肉体は死してびつしり書庫に夏
月光の泡立つ父の生毛かな
法医学・櫻・暗黒・父・自涜
少年のたてがみそよぐ銀河の橇(そり)
月蝕まつみずから遺失物となり
うつむきて影が髪梳く復活祭 
たんぽぽは地の糧詩人は不遇でよし 
亡びつつ巨犬飼う邸秋桜 
葱坊主どこをふり向きても故郷     (『われに五月を』)
読書するまに少年老いて草雲雀     (『わが金枝篇』)   
テーブルの下の旅路やきりぎりす    (『わが高校時代の犯罪』)
心中を見にゆく髪に椿挿し
別れの瞳海より青し疑わず       (未刊全句集『浪漫飛行』)
もしジャズが止めば凩ばかりの夜 
    ☆
青空がぐんぐんと引く凧の糸      (「初期句篇」)
    ☆
駒鳥いる高さに窓あり誕生日
方言かなし菫に語り及ぶとき
春の虹手紙の母に愛さるる
稲妻に目とじて神を瞠(み)ざりけり
西行忌あふむけに屋根裏せまし
生命線ほそく短し秋日受く
                          目次へ
 福永耕二(1938-80)
花冷えや履歴書に押す磨滅印      (『鳥語』)
明星と逢ふまでこともなき花野
ふとりゆく妻の不安と毛糸玉
子の蚊帳に妻ゐて妻もうすみどり
紅葉して桜は暗き樹となりぬ
父在らば図らむ一事朴咲けり      (『踏歌』)
水底の日暮見て来し鳰の首
山垣のかなた雲垣星まつり
浮寝鳥海風は息長きかな
梧桐に少年が彫る少女の名 
新宿ははるかなる墓碑鳥渡る
薫風のみなもとの樟大樹なり
   ☆
わがための珈琲濃くす夜の落葉
眼に溜めて風の音見ゆこぼれ萩 
いわし雲空港百の硝子照り
燕が切る空の十字はみづみづし
                          目次へ
 矢島渚男 (1935-)
炎天に尻うち据ゑて栄螺割る      (『采薇』)
じやが薯を植ゑることばを置くごとく
金木犀妻の里訪ひ妻に逢ふ
教壇は十歩に足らず黄落す
炬燵に顎のせ友恋か山恋か
むらさきになりゆく二羽の青鷹(もろがへり)
安曇野や囀り容れて嶺の数
ひとりきてふたりで帰る曼珠沙華
田を植ゑてゐるうれしさに信濃空
姫はじめ闇美しといひにけり      (『木蘭』)
父がまづ走つてみたり風車
臍の緒を家のどこかに春惜しむ
囀りの美しかりしこと閨(ねや)に
数へ日のこころのはしを人通る
ああといひて吾を生みしか大寒に
大いなる声きかばやと枯野行く
数へ日のこころのはしを人通る
ひそひそと茸の山につてゐし
天高く妻にゆまりのところなし     (『天衣』)
梟の目玉見にゆく星の中
アルプスの濡身はがやく桃の花
背泳ぎにしんとながるる鷹一つ
鶏頭をこづいて友のきたりけり     (『梟』)
さびしさや撞けばのどかな鐘の音
われよりも年寄る海鼠食ひにけり
太古より昼と夜あり蛍狩
天の川小さくあれど志
船のやうに年逝く人をこぼしつつ    (『船のやうに』)
大鮟鱇触つてみれば女体かな
遠くまで行く秋風とすこし行く
戸隠や顔にはりつく天の川
行秋のとんぼにとまるとんぼかな
黒塗りの昭和史があり鉦叩       (『翼の上に』)
力ある風出できたり鯉幟
山に石積んでかへりぬ夏休み
初霞山がものいふ国ぞよき
大部分宇宙暗黒石蕗の花        (『延年』)
戦争がはじまる野菊たちの前 
万緑に沈みし鷹の浮揚待つ
腿太き土偶に割れ目豊の秋
はんざきの小さな眼(まなこ)その宇宙  (『百済野』)
百済野に雲雀を聞きにゆきたしよ
ちらばりし遺伝子たちへお年玉      (『冬青集』)
銀河系銀河ちひさしただ寒し
あをぞらに波の音する春の富士
永劫の時死後にあり名残雪
マフラーの少年よ聴け星のうた 
着ぶくれて賢者の相の羊たち       
   ☆
みな過去に呑み込まれゆく楸邨忌      (『俳句年鑑2013』)
やあといふ朝日へおうと冬の海
                          目次へ
 黒田杏子  (1938-)
十二支みな闇に逃げこむ走馬灯     (『木の椅子』)
白葱のひかりの棒をいま刻む
暗室の男のために秋刀魚焼く
磨崖佛おほむらさきを放ちけり
かまくらへゆつくりいそぐ虚子忌かな  (『水の扉』)
秋つばめ包(パオ)のひとつに赤ん坊  (『一木一草』)
ガンジスに身を沈めたる初日かな
狐火をみて命日を遊びけり
梅干して誰も訪ねて来ない家
子をもたぬをとことをんな毛蟲焼く
まつくらな那須野ヶ原の鉦叩
花満ちてゆく鈴の音の湧くやうに    (『月光日光』)
初夢の向うから来る我に逢ふ
夏終る柩に睡る大男
花を待つひとのひとりとなりて冷ゆ   「俳句2009年2月号」
亀鳴くやみんなやさしく年とつて    『2008年版 俳句年鑑』
海底やゆらぐ千本山櫻         (『俳句年鑑2013』)
   ☆
花の闇お四国の闇我の闇
                         目次へ
 角川春樹(1942-)
勇魚(いさな)捕る碧き氷河に神のゐて (『カエサルの地』)
火はわが胸中にあり寒椿
黒き蝶ゴッホの耳を殺ぎにくる
晩夏光ナイフとなりて家を出づ
裏山の骨の一樹は鷹の座ぞ       (『信長の首』)
韃靼の馬嘶(いなな)くや冬怒濤
瞑(めつむ)れば紅梅墨を滴らす
西方へ灯る薄墨桜かな
藤の花雨の匂ひの客迎ふ
向日葵や信長の首切り落とす
米飾るわが血脈は無頼なり
御仏の貌美しき十二月
亡き妹の現れて羽子板市なるや
秋風に小銭の溜まる峠神        (『流され王』)
一枚の空に鴈ある絹の道
流されてたましひ鳥となり帰る
いつぽんの大きく暮れて花の寺
いにしへの花の奈落の中に座す
その頃の吉野の駅に時雨けり      (『補陀落の径』)
睡りても大音響の桜かな
鳥葬の人肉きざむ秋の山
見てをりぬいのちしづかに寒牡丹    (『一つ目小僧』)
北風吹くや一つ目小僧蹤(つ)いてくる
水のんでおのれ朧となりにけり     (『夢殿』)
あをあをと瀧うらがへる野分かな
昼すぎて大和の空のいかのぼり
室生寺やすすき分け行く水の音     (『花咲爺』)
あかあかとあかあかあかとまんじゆさげ
くわんおんのそびらもあおきころもがへ
波郷忌のけふ止まり木にゐてひとり   (『関東平野』)
春立つや雪降る夜の隅田川
将門の関八州に野火走る
信長の喰ひ残したる美濃の柿      (『月の船』)
篁に風吹いてゐる去年今年
その奥も咲きてしづもる桜かな
風吹くや傾きやすき天の川
あかあかと寶珠のごとき月のぼる
遥かなる旅はるかにも月の船
冬の夜はをとこの海鳴りす
三寒の瀧と四温の枯木灘
声なくて月夜を渡る鳥のかず
そこにあるすすきが遠し檻の中      (『檻』)
存在と時間とジンと晩夏光        (『存在と時間』)
年ゆくや天につながる命の緒       (『いのちの緒』)
原爆の日の青空に傷もなし        (『JAPAN』)
寒椿まだ捨てかねし志
まぼろしの大和が浮かぶ朧かな
万緑や脳の中まで濡れてをる
亀鳴くやのつぴきならぬ一行詩
人間の生くる限りは流される       (『角川家の戦後』)
花あればこの世に詩歌立ちあがる     (『朝日あたる家』)
銀河にも飢餓海峡のありにけり      (『飢餓海峡』)
   ☆
去年今年今も未完の沖があり       (『2014角川俳句年鑑』)
   ☆
詩は魂(たま)の器なりけり雲に鳥
                          目次へ
 坪内稔典(1944-)
浮雲は中也の帽子春の丘        (『朝の岸』)
会うたびに無口になる父鯖を裂く
塩鯖がかつと目をあけ雑木山
鬼百合がしんしんとゆく明日の空    (『春の家』)
飯噴いてあなたこなたで倒れる犀
か、仮に 女盛りの昼へ行く      (『わが町』)
秋風にちりめんじゃこが泳ぎ着く
ゆびきりの指が落ちてる春の空
晩夏晩年角川文庫蝿叩き        (『落花落日』)
三月の甘納豆のうふふふふ
桜散るあなたも河馬になりなさい
坪内氏、おだまき咲いて主婦を抱く
君はいま大粒の雹、君を抱く
おとといのああしたことも鶴渡る
水中の河馬が燃えます牡丹雪
春風に母死ぬ龍角散が散り
帰るのはそこ晩秋の大きな木      (『猫の木』)		
魚くさい路地の日だまり母縮む	
バッタとぶアジアの空のうすみどり
がんばるわなんて言うなよ草の花
春風の大阪湾に足垂らす
みんなして春の河馬まで行きましょう
せりなずなごぎょうはこべら母縮む   (『百年の家』)
三月や人のきれいな膝小僧
列島をかじる鮫たち桜咲く
びわは水人間も水びわ食べる
日本の春はあけぼの犬の糞       (『人麻呂の手紙』)
柿若葉カミさんと地図買いに出て
たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ  (『ぽぽのあたり』)
ストレスのたまる松の木秋うらら
ころがして二百十日の赤ん坊      (『月光の音』)
口あけて全国の河馬桜咲く
友だちのいない晩夏の貨物船      (『ヤツとオレ』)
びわ食べて君とつるりんしたいなあ
   ☆
縁側にころがる柿と曾祖母と
                          目次へ
 攝津幸彦 (1947-96)
千年やそよぐ美貌の夏帽子       (『姉にアネモネ』)
南浦和のダリアを仮のあはれとす    (『鳥子』)
幾千代も散るは美し明日は三越
花ぐもりまつかな船を焼いている    
南国に死して御恩のみなみかぜ
馬上より淋しく一人静かな
物干しに美しき知事垂れてをり     (『與野情話』)
現はれてやがては消ゆる鈴木かな    (『鳥屋』)
三島忌の帽子の中のうどんかな
秋草に乳美しき伝道団
階段を濡らして昼が来てゐたり
古池をしばし掻きまぜ帰る神父
夏草に敗れし妻は人の蛇
少年の脇腹淋しさるすべり
木枯しに思はず上がる花火かな
殺めては拭きとる京の秋の暮
生き急ぐ馬のどのゆめも馬 
八月の山河の奥に保健室
淋しさを許せばからだに当る鯛  
うしろより地球濡れるや前かがみ        
白象に苦しむ姉に江戸の春
してゐる冬の傘屋も淋しい声を上ぐ
子宮より切手出て来て天気かな
ある夜の桜に懸る飛行服
夏鹿を撫でて神童不明なり       (『鸚母集』)
手を入れて思へば淋し昼の夢
野を帰る父のひとりは化粧して
饅頭に陸の淋しさありにけり
父にしてむかし不良の木霊かな
美しき腰遅れつつ輪廻せり
国家よりワタクシ大事さくらんぼ    (『陸々集』)
春夜汽車姉から先に浮遊せり
なんとなく生きてゐたいの更衣
さやうなら笑窪荻窪とろヽそば
露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな
黒船の黒の淋しさ靴にあり
文芸の美貌の風や夏館
祈りとは膝美しく折る晩夏
永遠にさそはれてゐる外厠
それとなく御飯出てくる秋彼岸     (『鹿々集』)
比類なく優しく生きて春の地震(なゐ)
ぶらぶらを春の河まで棄てにゆく 
チェルノブイリの無口の人と卵食ふ
校門の陰に春暮の卵佇つ   
美しき学校あらば草朧
山桜見事な脇のさびしさよ
人の鼻つまみし覚えなき聖夜  
人生を視る術なくて平目かな
新聞紙揉めば鳩出る天王寺  
ひんやりとしゆりんと朱夏の宇宙駅  
繃帯の人と食ふべし茸飯
蝉時雨もはや戦前かも知れぬ      (『四五一句』)
詰襟の君が草矢の的となる
捺印すわが春景の前景に
橋上のひとりにひとつ前頭葉
チンドン屋しづかに狂ふ大夏野
境涯に使はぬ言葉茂りあふ
糸電話古人の秋につながりぬ
   ☆
鍵かけてしばし狂ひぬ春の山 
                          目次へ
 中原道夫  (1951-)
白魚のさかなたること略しけり     (『蕩児』)
屏風絵の鷹が余白を窺へり
約束は確か北口風花す
目隠しの中も眼つむる西瓜割
飯鮹に猪口才な口ありにけり
あと戻り多き踊りにして進む
蟻地獄のぞきて揺れしもの乳房
税関で越後毒消見せもする
初夢のいくらか銀化してをりぬ
颱風の目つついてをりぬ予報官     (『顱頂』)
饅頭の天邊に印あたたかし     
亀鳴くと首をもたげて亀の聞く 
絨毯は空を飛ばねど妻を乗す
擂粉木のあたまを遣ふはるのくれ
明易し灘の名かはるあたりにて
飛込の途中たましひ遅れけり      (『アルデンテ』)
瀧壺に瀧活けるてある眺めかな
褒美の字放屁に隣るあたたかし
風呂吹に舌一枚の困るなり
わが机ひと日寄らねば蘖(ひこば)ゆる (『中原道夫俳句日記』)
雪暮れや憎くてうたふ子守唄      (『不覺』) 
にはとりの血は虎杖(いたどり)に飛びしまま
雪うさぎゆきのはらわた蔵したり    (『巴芹』)
竹馬や黄泉はぬかると云う晴子 
   ☆
血で血を洗ふ絨毯の吸へる血は     (「俳句年鑑 2017年版」)    
                          目次へ
 長谷川櫂(1954-)
春の水とは濡れてゐるみづのこと    (『古志』)
はくれんの花に打ち身のありしあと
冬深し柱の中の濤の音
大雪の岸ともりたる信濃川
いつぽんの冬木に待たれゐると思へ
深山蝶飛ぶは空気の燃ゆるなり
吹雪く夜の橋思はれてしばし寝ねず
春の月大輪にして一重なる
雪の港かすかにきしみゐたりけり
眠る子を運びゆくなり夕牡丹
蕪村忌や炎澄みたる桜榾
夏の闇鶴を抱へてゆくごとく      (『日本名句集成』)
暗闇に水の湧きゐる椿かな       (『天球』)
運ばるる氷の音の夏料理
荒々と花びらを田に鋤き込んで
水底の砂の涼しく動くかな
灰の上の灰は木の葉の形して
だぶだぶの皮の中なる蟇
妻子いま夕餉のころか初蛙       (『果実』)
日がさして熟柿の中の種みゆる
せんべいの紙たべてゐる子鹿かな
冬の日や縁の下まで箒の目
飛行機のずしんと降りる枯野かな
湧きかけし白湯の匂ひや夕桜
朴若葉子規の無念の畳かな
初なすび水の中より跳ね上がる
淡海といふ大いなる雪間あり      (『蓬莱』)
大広間好きなところで昼寝かな    
禅僧とならぶ仔猫の昼寝かな
なきがらを霞の底に埋めけり      (『虚空』)
妻入れて春の炬燵となりにけり 
外套に荒ぶる魂を包みゆく 
裸にて死の知らせ受く電話口   
百代の過客の一人おでん酒
虚空あり定家葛の花かほる
初山河一句を以つて打ち開く      (『初雁』)
はるかなる空よりしぐれきたりけり
白露やこぼれこぼれてとどまらず
激流に呑まるるごとく年は去る
我一人幻一人冬ごもり
みちのくの山河慟哭初桜         (『震災句集』)
わが眠る氷の庵たづねこよ        (『柏餅』)
今年また愚かにをれば春立ちぬ
天上を吹く春風に富士はあり      (『富士』)
寝て覚めて桜や花の宿          (『吉野』)
死神のとなりと知らず日向ぼこ      (『沖縄』)
富士といふ大埋火が雪の中
魂の銀となるまで冷し酒
   ☆
初春や生きて伊勢えび桶の中      (『2008年版 俳句年鑑』
       (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』)
初富士やまだ清らかな闇の中      (「俳句」2015年1月号 「宇宙」)
人類に愛の神あり日向ぼこ       (「俳句年鑑 2017年版」) 
   ☆
地球自滅以後の沈黙天の川
   ☆
この月の月を近江の人々と         (『九月』)
どこをどう行かうが月の浮御堂
月光に溺れんばかり舟の人
森々と心の奥へ月の道
月孤独地球孤独や相照らす
                          目次へ
 夏石番矢  (1955-)
降る雪を仰げば昇天する如し      (『猟常期』)
階段を突き落されて虹となる
そよかぜや花びらが持つ記憶 (めもうりあ)
逃散の夜のましろき曼珠沙華
降る雪や野には舌持つ髑髏 (ひとがしら) 
家ぬちを濡羽の燕暴れけり  
階段を突き落とされて虹となる
あめんぼの吹き溜りにて目覚めけり
未来より滝を吹き割る風来る      (『メトロポリティック』)	
千年の留守に瀑布を掛けておく
一行の詩が処刑台のやうに響く朝だ
街への投網のやうな花火が返事です 
フカギヤクセイキヨケツセイギンガ カヘ
不可逆性虚血性銀河ニ帰ラナム     (『真空律』)
夢に見よ身長十億光年の影姫      (『神々のフーガ』)
月光を堪え忍ぶ山ここへ来い
瑠璃王の東西南北みずけむり
うなばらにああ神々の深呼吸      
日本海に稲妻の尾が入れられる
ひんがしに霧の巨人がよこたわる
本日は晴天なり走行距離をのばす精子  (『人体オペラ』)
すなあらし私の頭は無数の斜面
南の大魚の夢に入りて叫びたし
ふりかぶれ熊野の鬱の蝉の歌      (『楽浪』)
夏の浪中上健次大むくろ      
森の議会すべての雨粒が議員      (『ターコイズ・ミルク』)
地球より重たいミルクの最後の一滴 
父と子のあいだの山・川・火の港
すべてをなめる波の巨大な舌に愛なし  (『ブラックカード』)
揺すぶられ流され致死量を超える嘘
強風や原発の底に竹の根
本の海の本の沖には神の孤独      (「俳壇」2015.11.)) 
   ☆
鴉と一緒に夕日は叫んでみたくなる 
                          目次へ
 小澤實  (1956-)
透谷の死に方はうれん草ゆでる     (『砧』)
本の山くずれて遠き海に鮫
かげろふやバターの匂ひして唇
蛇口の構造に関する論考蛭泳ぐ
さらしくぢら人類すでに黄昏て
ゆたんぽのぶりきのなみのあはれかな
空中に虻とどまれり恋人来
浅蜊の舌別の浅蜊の舌にさはり
MADE IN SHANGHAI(シヤンハイ)の花火なりしが不発なり
虚子もなし風生もなし涼しさよ
「はい」と言ふ「土筆摘んでるの」と聞くと
芋虫のまはり明るく進みをり
みちのくのおほてらの池普請かな
海鼠突く銛を持たせてくれたるよ
くわゐ煮てくるるといふに煮てくれず
ふはふはのふくろうの子のふかれをり
子燕のこぼれむばかりこばれざる    (『立像』)
夏芝居監持某(なにがし)出てすぐ死
君胡麻擂れ我擂鉢を押さへゐむ
遠足バスいつまでも子の出できたる
窓あけば家よろこびぬ秋の雲
茅舎旧居露の呼鈴押したしよ
露の玉考へてをりふるへをり
人抱けば人ひびきける霜夜かな
虫抱いて蜘蛛しづかなる夕かな
貧乏に匂ひありけり立葵
噴井愛しぬ噴井に眼鏡落すまで
友死すや啜りて牡蠣のうすき肉
是々非々もなき氷旗かかげある
帰るべき山霞みをり帰らむか
水墨の槎(いかだ)に孤客冬深む
水晶の大塊に春きざすなり
文楽の頭に懸想水草生ふ
炎天の一点として飛べるなり
一太刀に穴子の頭飛びにけり
文学を捨てし誰彼ゐのこづち
飄客の束ね髪なり雪景色
雪晴や猫舌にして大男
大寺のいくつほろびし日向ぼこ
浮世絵を出よ冷し酒注ぎに来よ
秋風や濡らしてみたき壺ひとつ
林中にわが泉あり初茜         (『瞬間』)
春闌けぬ貝の蔵して小さき闇
人妻ぞいそぎんちやくに指入れて
穴子の眼澄めるに錐を打ちにけり
蜩や男湯にゐて女の子
室町以後動かぬ石や梅雨深き
わが細胞全個大暑となりにけり
寒烏老太陽を笑ふなり
神護景雲元年写経生昼寝
こがね打ちのべしからすみ炙るべし 
洛中に居るが肴ぞ春の暮
穴子の眼澄めるに錐を打ちにけり
残雪を弾き出でたる熊笹ぞ
酒匂川吹かれてすかんぽもわれも 
初比叡一点のわれ立ちにけり
入る店決まらで楽し冬灯
鰻待つ二合半(こなから)酒となりにけり 
盃をコップに代へよ春の雪    
ひとすじの光は最上鳥渡る      (「澤」未完句集)
初浅間わが両眼を占むるなり
さざなみにさざなみあらた花待てる 
花冷や鳥打帽のひとさらひ      (「俳句2009年2月号」)    
花火いま連射連発照りに照る     (2015「俳壇」9月号)
床の間に据ゑ本棚や冬籠        (2017「俳句2月号」「凩のけだもの」)
心棒の頭を突き抜けし案山子かな
   ☆
居酒屋の昼定食や荻の風
槍烏賊の直進水を強く吐き
                          目次へ
 田中裕明  (1959-2004)
大学も葵祭のきのふけふ        (『山信』)
夏の旅みづうみ白くあらはれし  
渚にて金沢のこと菊のこと       (『花間一壺』)
七草のまだ人中にある思ひ
たはぶれに美僧をつれて雪解野は    (『桜姫譚』) 
京へつくまでに暮れけりあやめぐさ
竹生島へ妻子を送り秋昼寝
初雪の二十六萬色を知る   
生年と没年の間露けしや        (『先生から手紙』)
どの道も家路と思ふげんげかな
小鳥来るここに静かな場所がある
人間の大きな頭木の実降る   
人の目にうつる自分や芝を焼く
おのづから人は向きあひ夜の長し
暗幕の向うあかるし鳥の声     
団栗やなりたきものに象使ひ
恋をはるもうからつぽの種袋
夏鶯道のおはりは梯子かな       
空へゆく階段のなし稲の花       (『夜の客人』)
糸瓜棚この世のことのよく見ゆる
歩くうちたのしくなりぬ麦の秋
ぼうふらやつくづく我の人嫌ひ
おほぜいできてしづかなり土用波
爽やかに俳句の神に愛されて
詩の神のやはらかき指秋の水
みづうみのみなとのなつのみじかけれ
くらき瀧茅の輪の奥に落ちにけり
凶年や頭あづけて夜の柱
あらそはぬ種族ほろびぬ大枯野
さびしいぞ八十八夜の踏切は
横に寝て大地に遠し年の暮
   ☆
まだよまぬ詩おほしと霜にめざめけり
                          目次へ
 岸本尚毅(1961-)
冬空へ出てはつきりと蚊のかたち    (『鶏頭』)
海上を驟雨きらきら玉椿
客人は青無花果を見てをられ
蟷螂のひらひら飛べる峠かな
四五人のみしみし歩く障子かな
てぬぐひの如く大きく花菖蒲
蛇の頭に日のさしてゐる牡丹かな
放生会真つ赤な鯉のあばれけり
河骨にどすんと鯉の頭かな
手をつけて海のつめたき桜かな     (『舜』)
一陣の落花が壁に当る音
墓石に映つてゐるは夏蜜柑
酔ふ人を押せば倒れてきりぎりす
凍鶴に一つ菫の咲いてゐし
土間に人畳の上に羽抜鶏
猫よりも朴の落葉の大きくて
音もなく歩くお方や城の秋
末枯に子供を置けば走りけり
マフラーやうれしきまでに月あがり
一寸ゐてもう夕方や雛の家
どう見ても子供なりけり懐手
青大将実梅を分けてゆきにけり
先生やいま春塵に巻かれつつ
火を焚いて春の寒さを惜しみけり    (『健啖』)
吹き晴れし大空のある蝶々かな
春の日や手にして掃かぬ竹箒
湧き立ちてしばらく見ゆる落花かな
まはし見る岐阜提灯の山と川
あかつきや歩く音して籠の虫
また一つ風の中より除夜の鐘
健啖のせつなき子規の忌なりけり
はるかより這うて来る子や夏座敷
ぼろ市の大きな月を誰も見ず
春月や招かれゆけば柩ある 
初寄席に枝雀居らねど笑ふなり     (『感謝』)
ある年の子規忌の雨に虚子が立つ
秋の妻数かぎりなき人の中
我を見て笑ふ我あり初鏡        (『小』)
雲の峰玉の夕日をかたはらに      (「毎日新聞」2013,12)
似たやうな姿の蟻が蟻襲ふ
黒き蝶赤きところを見せにけり     (「俳句年鑑 2017年版」) 
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*** (続) *** 進行上「新しく取り上げた俳人」をとりあえずここに入れておきます。
すこしずつ増えて行くことになります。
いつか「上記の俳人」を含めて改訂をしたいと思っています。
                          
目次へ  井上井月(1822-86) 漂泊の俳人。  用のなき雪のただ降る余寒かな     (『井月全集』、引用は蝸牛社刊『井上井月』) 遅き日や碁盤の上の置手紙 春雨や心のままのひじ枕 富士にたつ霞程よき裾野かな 何処やらに鶴(たづ)の声聞く霞かな 淡雪や橋の袂(たもと)の瀬田の茶屋 山笑ふ日や放れ家の小酒盛 手元から日の暮れゆくや凧(いかのぼり) 舟を呼ぶこゑは流れて揚雲雀 春風や碁盤の上の置き手紙 山笑ふ日や放れ家の小酒盛 今日ばかり花もしぐれよ西行忌 乙鳥(つばくろ)や小路(こうぢ)名多き京の町 寝て起て又のむ酒や花心 梅が香や流行(はやり)出したる白博多 春風に待つ間程なき白帆哉 風涼し机の上の湖月抄 岩が根に湧く音かろき清水かな 水際や青田に風の見えて行く 涼しさの真ただ中や浮見堂 寄せて来る女波男波や時鳥 玉苗や乙女が脛(はぎ)の美しき 塗り下駄に妹(いも)が素足や今朝の秋 秋風や身方が原の大根畑  (注)身方が原=三方ヶ原(信玄と信長・家康連合軍が戦った。静岡県) 飛ぶ星に眼のかよひけり天の川 名月や院へ召さるる白拍子 芋掘りに雇はれにけり十三夜 よみ懸けし戦国策や稲光 駒ヶ根に日和定めて稲の花 初時雨からおもひ立首途(かどで)かな 時雨るや馬に宿貸す下隣 松の雪暖かさうに積りけり 鷹匠の涕(はな)すすり込(こむ)旭かな 酒さめて千鳥のまこときく夜かな 明日知らぬ小春日和や翁の忌 旭(ひ)は浪を離れぎはなり鷹の声 目出度さも人任せなり旅の春 初空を鳴きひろげたる鴉かな     ☆ 妻持ちしことも有りしを着衣始(きそはじめ) 陽炎の動かす石の華表(とりゐ)かな     鳥居 降るとまで人には見せて花曇り 旅人の我も数なり花ざかり 数ならぬ身も招かれて花の宿 柳から出て行船(ゆくふね)の早さかな 姿見にうつる牡丹の盛りかな 菊咲くや陶淵明が朝機嫌 月ささぬ家とてはなき今宵かな 立ちそこね帰り後れて行(ゆく)乙鳥(つばめ) 鬼灯(ほほづき)を上手にならす靨(ゑくぼ)かな 冬ざれや壁に挟(はさ)みし柄なし鎌 よき酒のある噂なり冬の梅 鍛冶の槌桶屋の槌も師走かな 蝙蝠(かはほり)や足洗ひとて児(こ)は呼ばる 長閑さの余りを水の誇りかな 世事はみな人にまかして花に鳥 翌日しらぬ身の楽しみや花に酒                           目次へ  石井露月(1873-1928) 暁や湖上を走る青嵐          (『露月句集』) 麦刈て近江の海の碧(あお)さかな 草枯や海士が墓皆海を向く 張りつめし氷のなかの巌かな 雪山はうしろに聳ゆ花御堂       (『補遺』)                           目次へ  青木月斗(1879-1949) 元旦や暗き空より風が吹く       (『月斗翁句抄』) 春愁や草を歩けば草青く                           目次へ  岡本松浜(1879-1939) 目覚むれば元日暮れてゐたりけり    (『白菊』) 春雪やうす日さし来る傘の内 露けさの一つの灯さへ消えにけり 寐かさなき母になられし蒲団かな 枯菊の終に刈られぬ妹が手に                           目次へ  大須賀乙字(1881-1920) 雁鳴いて大粒な雨落しけり       (『乙字俳句集』) 凩に木の股童子泣く夜かな 漆山染まりて鮎の落ちにけり 火遊びの我れ一人ゐしは枯野かな 干足袋の日南(ひなた)に氷る寒さかな 野遊びや肘つく草の日の匂ひ                          目次へ  鈴木花蓑(1881-1942) 大いなる春日の翼垂れてあり      (『鈴木花蓑句集』)                           目次へ  野村泊月(1882-1961) 屋根の上に人現れし野分かな      (『比叡』) 石段に立ちて眺めや京の春       (『虚子選ホトトギス雑詠選集100句鑑賞』) 名月やどこやら暗き沼の面       (『旅』)    ☆ 雪嶺の麓に迫る若葉かな                            目次へ  嶋田青峰(1882-1944) 工女等に遅日めぐれる機械かな     (『青峰集』) 曝書しばし雲遠く見て休らひぬ 蛇打つて森の暗さを逃れ出し 出でて耕す囚人に鳥渡りけり                            目次へ  清原枴童(かいどう)(1882-1948) 土砂降の夜の梁(うつばり)の燕かな  (『枴童句集』) 日を吸へる吾亦紅あり山静か      (『枯芦』)                            目次へ  高田蝶衣(1886-1930) 春の夜や衣桁の裾にひそむ鬼      (『蝶衣句集』) 窓あけて見ゆる限りの春惜む 三日月の鎌や触れけん桐一葉                           目次へ  阿部みどり女(1886-1980) 秋の日や姉妹異なる髪の影       (『笹鳴』) 春水を押しくぼまして風が吹く     (『微風』) 北上の空に必死の冬の蝶 雑用の中に梅酒を作りけり       (『光陰』) 大空の一枚白く凍てにけり       (『雪嶺』) 鈴虫のいつか遠のく眠りかな      ☆ 九十の端(はした)を忘れ春を待つ めまぐるしきこそ初蝶と言ふべきや まなうらは火の海となる日向ぼこ                           目次へ  野村喜舟(1886-1983) 初夏の乳房の筋の青さかな       (『小石川』) 沖の石のひそかに産みし海鼠かな ゆさゆさと風に身を漕ぐ蟷螂かな    (『柴川』)                            目次へ  松村蒼石 (1887-1982) たわたわと薄氷に乗る鴨の脚      (『露』) 星ぞらのうつくりかりし湯ざめかな   (「老鴬抄」)    ☆ 木の葉降る闇やはらかと思ひ寝む 盆の月遥けきことは子にも言はず                           目次へ  林原耒井(らいせい)(1887-1975) 片隅で椿が梅を感じてゐる       (『蘭鋳』)    ☆ 満員電車巾着(きんちやく)切りも汗すらむ                           目次へ  鈴鹿野風呂(1887-1971) 雲を吐く三十六峯夕立晴        (『野風呂句集』) しぼり出すみどりつめたき新茶かな 北嵯峨の水美しき冷奴                           目次へ  池内たけし(1889-1974) 春暮るる花なき庭の落花かな      (『たけし句集』) やすらふや耕す土にひた坐り 仰向きに椿の下を通りけり 大樫の枝こまやかに芽を吹けり どくだみの匂ひはじめし二葉かな 清水汲む心はるばる来つるかな 京去るや鴨川踊今宵より 遠花火草に映りて揚りけり この頃や芭蕉玉巻き玉をとき 秋天や大堤防に寝ころびて この道の心覚えや野菊咲く 三人の一人こけたり鎌鼬 大原の小学校も冬休 遠方に吹きさわぎゐる落葉かな 元日や暮れてしまひし家の中 汗かいて器量よしなり撰鉱婦 口にする鹿せんべいや旅の春    ☆ 雪止んで狐は青い空が好き                           目次へ  吉岡禅寺洞 (1889-1961) 海苔買ふや追わるる如く都去る     (『銀漢』) 一握の砂を滄海にはなむけす      (『定本吉岡禅寺洞句集』) 啓蟄のつちくれ躍り掃かれけり                           目次へ  大場白水郎 (1890-1962) うなぎやの二階にゐるや秋の暮     (『白水郎句集』)                           目次へ  大橋裸木 (1890-1933) 陽(ひ)へ病む            (『四十前後』)                           目次へ  尾崎迷堂 (1891-1970) 鎌倉右大臣実朝の忌なりけり      (『孤輪』) ある時は月を古仏となしにけり                           目次へ  軽部烏頭子(うとうし)(1891-1963) 初雁のまぎれなかれし夜の雨      (『しどみの花』) つばさあるもののあゆめり春の土 蝌蚪流れ花びらながれ蝌蚪ながる    (『灯虫』) 毛虫行きぬ毛虫の群にまじらむと                           目次へ  島村元 (1893-1923) 春雷や布団の上の旅衣         (『島村元句集』) 囀やピアノの上の薄埃                           目次へ  栗林一石路 (1894-1961) シヤツ雑草にぶつかけておく      (『シヤツと雑草』) 人間が爆発しそうな出勤電車でちらとさくら どつと笑ひしがわれには病める母ありけり                           目次へ  西島麦南 (1895-1979) 秋風や殺すにたらぬ人ひとり      (『人音』) 玉の緒のがくりと絶ゆる傀儡かな 菊人形泣き入る声のなかりけり 雪達磨とけゆく魂のなかりけり     (『西島麦南全句集』) 炎天や死ねば離るる影法師    ☆ 木の葉髪一世(ひとよ)を賭けしなにもなし                         目次へ  長谷川双魚(1897-1987) 降る雪や天金古りしマタイ伝      (『風形』) 曼珠沙華不思議は茎のみどりかな 首出して湯の真中に受験生 蝉の穴淋しきときは笑ふなり      (『ひとつとや』) 毛蟲焼く僧の貧乏ゆすりかな 地芝居の楽しむさまに人殺す 起し絵のおもひつめたる殺しかな 雀の子一尺とんでひとつとや                           目次へ  山口草堂(1898-1985) 夜光虫波の秀に燃え秀にちりぬ     (『帰去来』) 癌病めばものみな遠し桐の花      (『四季蕭蕭』)                           目次へ  三宅清三郎(1898-1969)(新規) 今の世も男と女西鶴忌    ☆ 春の風あなどりあそぶ女かな      (『虚子選ホトトギス雑詠選集100句鑑賞』)                 目次へ  篠田悌二郎 (1899-1986) はたはたのをりをり飛べる野のひかり  (『四季薔薇』) 海照ると芽吹きたらずや雑木山 暁やうまれて蝉のうすみどり 春蝉や多摩の横山ふかからず 酔ひて子がはじめてもどる夜の野分   (『霜天』)  嫁ぐすぐ妊るあはれ桜草        (『深海魚』) あじさゐのさみどり母は若く死にき   (『玄鳥』) 寒林に生きものの香の我あゆむ                           目次へ  横山白虹(1899-1983) ラガー達のそのかちうたのみぢかけれ  (『海堡』) 雪霏々(ひひ)と舷梯のぼる眸(め)濡れたり                           目次へ  及川貞(1899-1993) およぎつつうしろに迫る櫓音あり    (『野道』) 夕焼の大きな山に迎へられ 老いてこそなほなつかしや雛飾る    (『榧の実』) 空澄めば飛んで来て咲くよ曼珠沙華 みよしのの百花の中やひそと著莪    (『終始』)                           目次へ  右城暮石(1899-1995) 草矢よく飛びたり水につきささる    (『上下』) 一身に虻引受けて樹下の牛 裸に取り巻かれ溺死者運ばるる 入学の少年母を掴む癖 何もせぬ我が掌汚るる春の昼 冬浜に生死不明の電線垂る 人間に蟻をもらひし蟻地獄 あきらかに蟻怒り噛むわが足を 首伸ばし己たしかむ羽抜鶏 水中に逃げて蛙が蛇忘る 妻の遺品ならざるはなし春星も     (『虻峠』) 鮎かかり来しよろこびを押しかくす   (『一芸』) 一芸と言ふべし鴨の骨叩く    ☆ 電灯の下に放たれ蛍這ふ 芒の穂双眼鏡の視野塞ぐ 油虫紙よりうすき隙くぐる 夜光虫身に鏤めて泳ぎたし                           目次へ  金尾梅の門(1900-80) ふところに入日のひゆる花野かな    (『古志の歌』) 月明や落ちてひさしき桐一葉      (『鳶』) 侏儒たち月夜の落葉ふむならし とびからすかもめもきこゆ風ゆきげ こほろぎの闇こほろぎの貌うかぶ                           目次へ  高濱年尾(1900-79) 黒きもの暗に飛び行く焚火かな     (『年尾句集』) 遠き家の氷柱落ちたる光かな 全山の枯木となりし静かかな 其のちの噂聞きたしさくら餅 ここ涼しかしこ涼しと座をかへて よき家に泊まり重ねて朝桜 お遍路の静かに去つて行く桜   女房は下町育ち祭好き         (『句日記三』) 会ひたしと思ふ人あり去年今年     (『病床百吟』)    ○ 秋晴やかもめの尻に水の映え      (『ホトトギスの俳人101』) 秋風や竹林一幹より動く かるたとる手がすばしこく美しく 吾一人落伍をしたる虚子忌かな    ☆ 牡丹打つ雨の力を見てゐたり                           目次へ  滝春一(1901-96) かなかなや師弟の道も恋に似る     (『瓦礫』) 青海に額ぶつけて泳ぎ出づ 初蝶やいのち溢れて落ちつかず あの世へも顔出しにゆく大昼寝     (『ゆずり葉』)     ☆ 絶対に甘柿と言ふ苗木買ふ                           目次へ  海藤抱壺(かいどう・ほうこ)(1902-40) 神様の楽書として自分を全うしよう   (『海藤抱壺句集』) 戦争と空、わたしは八つ手の花をみてゐる 君の清貧に菊咲けば菊の花たべてゐるか わが心のやうな林檎があるナイフのそば                           目次へ  橋本夢道(1903-74) 厭だという俺におじぎをしろと親父がペコペコしていたみじめな記憶だ(『無礼なる妻』) 精虫四万の妻の子宮へ浮游する夜をみつめている  妻よたつた十日余りの兵隊にきた烈げしい俺の性慾が銃口を磨いている 呵々と笑い互いに笑い銃をもつ うごけば、寒い     無礼なる妻よ毎日馬鹿げたものを食わしむ 妻よおまえはなぜこんなにかわいんだろうね うぐいすの匂うがごときのどぼとけ    ☆ 大戦起るこの日のために獄をたまわる 煙突の林立静かに煙をあげて戦争のおこりそうな朝です                           目次へ  武原はん女(1903-98) 小つづみの血に染まり行く寒稽古 除夜の鐘なれば舞はんと立ちあがり     ☆ 惜しみても惜しみても散る桜かな かげろふの羽より淡し舞衣                           目次へ  百合山羽公(1904-91) 海道を好みて走るいなびかり      (『故園』) 桃冷す水しろがねにうごきけり     (『寒雁』)     ☆ 子等とまた長き八月きりぎりす 急流のごとき世なれどおでん酒                           目次へ  福田蓼汀(りょうてい)(1905-88) 福寿草家族のごとくかたまれり     (『山火』) 生涯にかかる良夜の幾度か       (『碧落』) 稲妻の斬りさいなめる真夜の岳     (『秋風挽歌』)    ☆ 幽明の境の屋根を月照らす       (『福田蓼汀全集』)     ☆ 月あらば満目秋草の野なるべし 目つむれば我も石仏山眠る                           目次へ  池内友次郎 (1906-91) わが弾くに耕す土の響きかな      (『結婚まで』) 追ふ如くをとめと走る野路夕立 春草に野はまろし白き道を載せ     ☆  秋風や嘘言はぬ人去つてゆく                           目次へ  石塚友二 (1906-86) 酔ひ諍ひ森閑戻る天の川        (『方寸虚実』) 別れ路や虚実かたみに冬帽子 百方に借あるごとし秋の暮       (『光塵』) らあめんのひとひら肉の冬しんしん   (『曠日』) 建長寺さまのぬる燗風邪引くな ゆく春やいつ棲み初めし耳の蝉     (『磊集』) 原爆も種なし葡萄も人の知恵      (『玉縄抄』)                           目次へ  長谷川素逝 (1907-46) おぼろめく月よ兵らに妻子あり     (『砲車』) 円光を着て鴛鴦の目をつむり      (『暦日』) あたたかくたんぽぽの花茎の上 いちまいの朴の落葉のありしあと しづかなるいちにちなりし障子かな 菜の花の暮れてなほある水明かり ふりむけば障子の桟に夜の深さ     (『定本素逝集』) さよならと梅雨の車窓に指で書く 春の夜のつめたき掌なりかさねおく 連翹の雨にいちまい戸をあけて 現(うつ)し身をつつみて寒さ美しき                           目次へ  細谷源二 (1906-70) 地の涯に倖せありと来しが雪      (『砂金帯』)                           目次へ  山口波津女(1906-85) 風船を居間に放ちて冬籠        (『良人』) 香水の一滴づつにかくも減る      (『天楽』) くらがりに悪を働く油虫 糸ほどのものにてすでに百足虫なり   (『紫玉』) 水むるむ主婦のよろこび口に出て     「馬酔木掲載」 馬酔木咲く丘は野となり丘となる                           目次へ  柴田白葉女(1906-84) 水鳥のしづかに己が身を流す      (『遠い橋』)      ☆ 月光のおよぶかぎりの蕎麦の花 春の星ひとつ潤めばみなうるむ 日向ぼこ人死ぬはなし片耳に                           目次へ  稲垣きくの(1906-87) この枯れに胸の火放ちなば燃えむ    (『冬濤』)                           目次へ  鈴木真砂女 (1906-) あるときは船より高き卯浪かな     (『生簀籠』) 羅(うすもの)や人悲します恋をして 男憎しされども恋し柳散る       (『卯浪』) すみれ野に罪あるごとく来て二人 降る雪やここに酒売る灯をかかげ    (『夏帯』) ゆく春や海恋ふものは海で死ね 黴の宿いくとせ恋の宿として 鯛は美のおこぜは醜の寒さかな     (『夕蛍』) 死にし人別れし人や遠花火       (『居待月』) ふるさとの波音高き祭かな 怖いもの知らずに生きて冷汁      (『都鳥』) 笑ひ茸食べて笑つてみたきかな 目刺し焼くここ東京のド真中 恋を得て蛍は闇に沈みけり 死なうかと囁かれしは蛍の夜 悪相の魚は美味し雪催 春愁をづかづか歩く渚かな    ☆ とほのくは愛のみならず夕螢                           目次へ  中川宋淵(1907-84) 秋晴や火口を落ちる砂の音       (『詩龕』) 元日の海に出て舞ふ木の葉かな      (雲母) ひたすらに風が吹くなり大旦 花の世の花のやうなる人ばかり     (『命篇』)    ☆ 紅葉の色きはまりて風を絶つ                           目次へ  橋本鶏二(1907-90) 鷹の巣や太虚に澄める日一つ      (『年輪』) 鳥のうちの鷹に生れし汝かな 磐石を掴みて鷹の双(なら)びけり 巌襖しづかに鷹のよぎりつつ 冬濤の掴みのぼれる巌かな 眦(まなじり)に金ひとすぢや春の鵙 たふれたる麦の車の輪が廻る 鷹匠の指さしこみし鷹の胸       (『鷹の胸』) 春潮は裂け巖々は相擁す                           目次へ  谷野予志(1907-95) 冬の海越す硫酸の壺並ぶ        (『天狼選集』)                           目次へ  赤城さかえ(1908-67) 秋風やかかと大きく戦後の主婦     (『浅蜊の唄』)                           目次へ  殿村菟絲子(としこ)(1908-2000) 鮎落ちて美しき世は終りけり      (『晩緑』) 烈風の辛夷の白を旗じるし       (『樹下』)     ☆ 油蝉ひとつといふは静かなり                           目次へ  藤後左右(1908-91) たかうなに幾千の竹生ひ立てる     (『現代俳句集』「藤後左右集」)  (注)たかうな:たかんな(筍、竹の子)。 夏山と溶岩(ラバ)の色とはわかれけり 炎天や行くもかへるも溶岩(ラバ)のみち 曼珠沙華どこそこに咲き畦に咲き まつさおな雨が降るなり雨安居 横町をふさいで来るよ外套(オーバ)着て 大文字の大はすこしくうは向きに 口々に都をどりはヨーイヤサー 兵隊の誰もが持つ遥かなるまなざし 新樹並びなさい写真撮りますよ 舞いたい鶴舞いたくない鶴一緒に舞う                           目次へ  京極杞陽(きよう)(1908-81) 美しく木の芽の如くつつましく     (『くくたち上』) テームスのふなびとに寄せ窓の薔薇 百日紅佛蘭西風と見れば見ゆ 風車とまりかすかに逆まはり 花石榴燃ゆるラスコリニコフの瞳 炎天に鼻を歪めて来りけり 鶏頭を撲ち撲つ雨の白き鞭 青天に音を消したる雪崩かな 都踊はヨーイヤサほほゑまし 汗の人ギュ―ット眼つぶりけり 香水や時折キツとなる婦人 性格が八百屋お七でシクラメン マスクして彼の目いつも笑へる目 しやぼんだま天が映りて窓の如 まつぴるま河豚の料理と書いてある よきことの一つ日脚の伸びしこと  浮いてこい浮いてこいとて沈ませて 一羽にていそぎおよいでゐる鴨よ    (『くくたち下』) 春雨を枕に耳をあてて聞く 大衆にちがひなきわれビールのむ 子供らに雪ふれ妻に春来たれ 春愁の東洋人でありにけり 春川の源へ行きたかりけり 美しきひと美しくマスクとる 春風や但馬守は二等兵 聖書ありあるときはなし置炬燵     (『但馬住』) 妻いつもわれに幼し吹雪く夜も   蝿とんでくるや箪笥の角よけて 月の幸月に並べる星の幸 雪嶺に立つ父の過去子の未来 生きてゐるうちはスキーを老紳士 桃一つ流れて来ずや岩の間を 死神の如蟷螂の立上り 詩の如くちらりと人の炉辺に泣く スエターの胸まだ小さし巨きくなれ 宗教史星のキリスト花の釈迦 ロココ美として極まれる薔薇もあり 雪国に六の花ふりはじめたり 春風の日本に源氏物語 秋風の日本に平家物語 ががんぼのタツプダンスの足折れて 白峰の月くらがりを落つる滝 わが知れる阿鼻叫喚や震災忌 二串の花見団子の三色かな  青芒歴史はさほど遠からず       (『花の日』) 甚平を着て働いて死ににけり 伐られたる竹やしづかに倒れゆく 人生は秋晴もあり野菊も咲き    見送られ次第に霧にへだてられ 月一つ見つづけて来しおもひあり  大阪の冬日やビルにひつかかり     (『露地の月』) たんぽぽの咲く踏切を寿福寺へ ブラウスをつまんで涼を入れてをり  年の瀬を俳諧舟はながれゆく ほうたるの草を離れて遊行かな     ここに又虚子残党や月の秋     うしろ手を組んで桜を見る女 初不二を一句の中に浮かばしめ     (『さめぬなり』) 昼寝して童の頃の夢を見て    トトトトと鳴る徳利や桜鯛 ひぐらしに歴史は常にかなしくて かなしみのむかごめしでもたべやうか 短夜や夢ほどはやき旅はなく     ☆ ひとり酌む李白は月に吾は虫に 蛤のうす目をあけてをりにけり                          目次へ  石橋辰之助 (1909-48) 繭干すや農鳥岳にとはの雪       (『山行』) 朝焼の雲海尾根を溢れ落つ 霧深き積石(ケルン)に触るるさびしさよ                           目次へ  石橋秀野(1909-47) 鮎打つや石見も果ての山幾つ     (『桜濃く』) 春暁の我が吐くものの光り澄む 衣更鼻たれ餓鬼のよく育つ (病中子を省みず自嘲) 病み呆けて泣けば卯の花腐(くだ)しかな 緑なす松や金欲し命欲し 短夜の看とり給ふも縁(えにし)かな 妻なしに似て四十なる白絣 裸子をひとり得しのみ礼拝す 西日照りいのち無惨にありにけり 蝉時雨子は担送車に追ひつけず                           目次へ  中島斌雄(たけお)(1908-88) 子へ買ふ焼栗(マロン)夜寒は夜の女らも(『火口壁』) 爆音や乾きて剛(つよ)き麦の禾(のぎ)(『麦の禾』) 抱き上げて冬日のにほふ子供かな                           目次へ  岸風三楼(1910-82) 手をあげて足をはこべば阿波踊     (『往来』) 月明のいづくか悪事なしをらむ     (『往来以後』)     ☆ うつくしき炭火蕪村の忌たりけり ジョッキ宙に合する音を一にせり                           目次へ  三谷昭 (1911-78) 雪国の駅や目鼻が汽車を待つ      (『獣身』) 原爆の灰の中にも蝶がいる 暗がりに檸檬泛かぶは死後の景                           目次へ  神生彩史(1911-66) 秋の昼ぼろんぼろんと艀(はしけ)ども (『深淵』) 貞操や柱にかくれかがやけり    ☆ 先頭の男が春を感じたり 深淵を蔓がわたらんとしつつあり 抽斗の国旗しづかにはためける 羽抜鳥しづかに蛇を跨(また)ぎけり                           目次へ  清水径子(1911-) 寒凪やはるかな鳥のやうにひとり    (『鶸』) 菫のやうに泪もろくて雨合羽      (『夢殿』)                           目次へ  火渡周平 (1912-44) セレベスに女捨てきし畳かな      (『匠魂歌』) 月天心くりかへし自爆くりかへし                              目次へ  古澤太穂(1913-2000) ロシア映画みてきて冬のにんじん太し  (『三十代』) 木忌春田へ灯す君らの寮 白蓮白シャツ彼我ひるがえり内灘へ   (『古澤太穂句集』) 本漁ればいつも青春肩さむし    ☆ 白髪みごとしかしおれには神を説くな                            目次へ  田川飛旅子(1914-99) 蛇遣ひなかなか袋より出さず      (『花文字』) 耳の如くカンナの花は楽に向く 犬交る街へ向けたり眼の模型      (『外套』) 踊りの輪ちぢんだ処にて手をうつ    (『植樹祭』) 笹鳴や保育器にさく十指あり      (『薄荷』) 介錯を頼む友なし竹移す 非常口に緑の男いつも逃げ                           目次へ  後藤綾子 (1913-94) 老いてなどをれぬ椋鳥(むく)来る雨が漏る(『一痕』) にぎやかに亀も田螺も鳴きくれよ     家中にてふてふ湧けり覚めにけり 運ばむと四枚屏風に抱きつきぬ 炉話の百貫目とは牛のこと 損してもこの道をゆく氷水 はんざきの目の在りどころ瞬けよ 鴨の骨叩く音なり二階まで 初夢にさつぱりわやと青畝大人 鬼も蛇も来よと柊挿さでけり                           目次へ  斎藤玄(1914-80) 明日死ぬ妻が明日の炎天嘆くなり    (『クルーケンベルヒ氏腫瘍と妻』) 癌の妻風の白鷺胸に飼ふ たましひの繭となるまで吹雪きけり   (『雁道』) まくなぎとなりて山河を浮上せる 死が見ゆるとはなにごとぞ花山椒    (『無畦』)    ☆ 寒鯉の腹中にてもさざなみす 眼路(めじ)といふものの末なる秋の暮 菜の花の波の中ゆく波がしら                           目次へ  阿部青鞋(せいあい)(1914-89) 皿嗅げば皿のにおいがするばかり    (『火門集』) 地曳網おそろしければ吾も曳く 半円をかきおそろしくなりぬ 電線を死後のごとくに見上げ居り 流れつくこんぶに何が書いてあるか 虹自身時間はありと思ひけり 青年と気持のわるい握手をする むつかしき顔してあるく暑さかな 寒鯉やくちをむすんでひげ二つ かあかあと飛んでもみたい桜かな 砂ほれば肉の如くにぬれて居り かたつむり湖畔に踏まれうれしがる わが目にくるほかはなき冬日差 雁がみな帰る香炉も帰るおもい 人間を撲つ音だけが書いてある 立ちあがりくる夏汐のふぐり見ゆ 噴水を上げて不幸な首都があり ぶりの血を見ながら牡蛎を買いにけり 感動のけむりをあぐるトースター べとべとのつめたい写真館があり 憤怒して畳にもどる冬の蠅 キリストの顔に似ている時計かな 釣人のうしろ鶯きゃーと鳴く 牛を飼い畠をつくる嫉妬深さ げに悪き鯉にならばやと思う教師 蓮根は飛んでみたしと思ひけり ゆびずもう親ゆびらしくたたかえり ぼくの家が五六の蜂に愛される つったっている憂鬱な汐干狩 青年のごとくに腹をこわしをり 梟の目にいっぱいの月夜かな 群衆のごとくに書店の書よ崩れよ 畦みちの虹を両手でどけながら 空蝉もたしかに鳴いて居りにけり 貝のほか飛ぶもののなき時間かな 埠頭から大きなとげが生えている かたつむり踏まれしのちは天の如し 梯形の口して泣けり或る男 赤ん坊ばかりあつまりいる悪夢     あたたかに顔を撫ずればどくろあり 淋しさや竹の落葉の十文字     かあかあと飛んでもみたいさくらかな   かたつむりいびきを立ててねむりけり 空蝉もたしかに鳴いて居りにけり 空たかくのびてしまいし二人のキス 冬蝶のこときれしのちあそびけり     (『続・火門集』) 筋肉が緊張すればすみれ咲く 額縁屋額縁だけを売りにけり 十本の指を俄かにならべてみる おそろしき般若のめんのうらを見る うかんむりの空を見乍ら散歩する この国の言葉によりて花ぐもり      (『ひとるたま』) 想像がそつくり一つ棄ててある 炎天をゆく一のわれまた二のわれ ねむれずに象のしわなど考へる くさめして我はふたりに分れけり 或るときは洗ひざらしの蝶がとぶ 冷蔵庫に入らうとする赤ん坊 左手に右手が突如かぶりつく 一匹の穀象家を出てゆけり    何もかも知らんとひかる螢かな 大野火の中より誰か燃えきたる 人生をにくんで泳ぐプールかな   綿菓子屋をらねばならぬ祭かな 海溝を貝の墜ちゆく夏の夢 台風後かまきり蝶をくひにけれり   ひるねからさめたるうしろ頭かな     ☆ あんぱんのあんを見て食ふ二月かな      (補遺) 元朝のねりはみがきをしぼりだす 望の月しばらく見ればしばらく経つ      (不明) いくつ鳴るつもりの柱時計かな 天国へブラック珈琲飲んでから 参考に一つの星が流れけり 人間の皮膚より寒いものはなし 冬ぞらへわが家の微塵のぼりゆく                            目次へ  林翔(1914-2009) 今日も干す昨日の色の唐辛子      (『和紙』) 白桃のかくれし疵の吾にもあり さくら咲き心足る日の遠まわり 猪突など遠き日のこと初日浴ぶ     (『2008年版 俳句年鑑』) 一花だに散らざる今の時止まれ     (『平成秀句選集』) 光年の中の瞬の身初日燃ゆ 耳鳴りは宇宙の音か月冴ゆる この若き心を映せ冬鏡    ☆ 遊び子のこゑは漣はるのくれ 鷹が眼を見張る山河の透き徹る ピカソ虚子ともに逞しその忌なり                           目次へ  中尾寿美子(1914-89) ひつそりと蝌蚪の爆発三鬼の死     (『狩立』) 大空の淋しき国へ凧          (『草の花』) 走るのが好きで走れば芒かな      (『舞童台』) 葉桜や家出をおもひ家にゐる たち泳ぎして友情を深うせり      (『老虎灘』) 次の間にときどき滝をかけておく もしかして芽吹くか箸も端々も     (『新座』) 生家なり座せばたちまち夏景色     ☆ パラソルを廻し胎児をよろこばす 旅人はぱつと椿になりにけり                           目次へ  目追 (めさく) 秩父 (1917-63) 土用波わが立つ崖は進むなり      (『雪無限』) 狂へるは世かはたわれか雪無限                           目次へ  上野泰 (1918-73) 春着きて孔雀の如きお辞儀かな     (『佐介』) ふらここの宙を二つに割り遊ぶ 笑ふかに泣くかに雛の美しく 干足袋の天駆けらんとしてゐたり 打水の流るる先の生きてをり 考へを針にひつかけ毛糸編む 子と春の波の戯れいつまでも 尺蠖の哭くが如くに立ち上り 魂にゆりおこされて昼寝覚め 春眠の身の閂を皆はずし  初電話父に代りて母となり       (『春潮』) 椿落つかたづをのんで他の椿 学帽を耳に支へて入学す 海女として鉄道員の妻として 一本の足となりつつ海女沈む 世の中を美しと見し簾かな 末の子の今の悲しみ金魚の死      (『泉』) 一生のこの時のこの雁渡る 我をのせ廻る舞台や去年今年 第三の志望なりしが入学す       (『一輪』) 月仰ぐ月の面より風来たり 美しく反りつつ鮎の釣られたる     (『城』) 山霧に幹の如くに我は濡れ     ☆ 傷もまたかく育ちつつ大夏木 鳥獣の我ら侍りし涅槃かな 春燈や長女の部屋は消えずをる                           目次へ  香西照雄 (1917-87) あせるまじ冬木を切れば芯の紅     (『対話』) 夏濤夏岩あらがふものは立ちあがる                           目次へ  後藤比奈夫 (1917-) 瀧の上に空の蒼さの蒐り来       (『初心』) 矢のごとくビヤガーテンへ昇降機 睡蓮の水に二時の日三時の日 首長ききりんの上の春の空 白魚汲みたくさんの目を汲みにけり   (『金泥』) サングラス掛けて妻にも行くところ 鶴の来るために大空あけて待つ 月よりも雲にいざよふこころあり 日本の仮名美しき歌留多かな    風鈴の音の中なる夕ごごろ 光らねば冬の芒になり切れず      (『祇園守』) 花了へてひとしほ一人静かな      (『花匂ひ』) 東山回して鉾を回しけり 木下闇木下明りのも熊野道     雲は行き懸大根はとどまれり      (『花びら柚子』) 年玉を妻に包まうかと思ふ 遠足といふ一塊の砂埃 化野に普通の月の上りたる しやぼん玉吹き太陽の数殖やす     (『庭詰』) 滝の面をわが魂は駆け上る       (『めんない千鳥』) 美しき臍を持ち寄りたる祭       (『残日残照』)    ☆ 春の野に出でて摘むてふ言葉あり 蛇踏んで見せつまらなき男かな    ☆ クリスマスローズそんなにうつむくな  (『2014角川俳句年鑑』)    ☆ 見る夢もなくて久しや籠枕                           目次へ  岸田稚魚(1918-88) 東京へ歩いてゐるやいぬふぐり     (『負け犬』) 草木より人翻る雁渡し 鬼灯市夕風のたつところかな      (『筍流し』) 鹿の中鹿ひた急ぐ冬日かな じゆぶじゆぶと水に突込む春霰     (『雪涅槃』) 鳥なんぞになり炎天に消えなむか      ☆ 屍の出づるとき爽やかなこゑ通る                           目次へ  清水基吉(1918-) 欠伸して伸びして猫と冬ごもり     (『花の山』) ご先祖といふお荷物や墓洗ふ 黴の中業の筆執るあぐら組む 夕顔や妻がもどりて髪変へ来 春愁や犬は寝そべり鯉沈む 打水やビルの谷間の小待合 やらふべき心の鬼も老いにけり にこにこと分らずじまひ生身霊                           目次へ  西垣脩(1919-78) さやけくて妻とも知らずすれちがふ   (『西垣脩句集』)                           目次へ  斎藤空華(1918-50) 蓑虫や思へば無駄なことばかり     (『空華句集』) 行く雲も帰雁の声も胸の上 十薬の今日詠はねば悔のこす 死ぬる馬鹿生きてゐる馬鹿四月馬鹿                           目次へ  島津亮(1918-2000) 怒らぬから青野でしめる友の首     (『記録』)    ☆ 父酔ひて葬儀の花と共に倒る                            目次へ  原子公平(1919-) 戦後の空へ青蔦死木(しぼく)の丈に充つ(『浚渫船』)                           目次へ  沼等外(1919-) 水着踏む姦淫犯したるに似て      (『笑意』) どんぐりの単純すこしづつちがふ 砲丸のドスンと寒の明けにけり おさすり場おまたぎ場とて囀れり (天城湯ヶ島 明徳寺) 傘さしてお山開に加はれり お水取悪僧面の減りにけり うららかや川が曲がれば汽車曲がる 生涯に何歩あゆむやいわし雲                           目次へ  伊丹三樹彦(1920-) 長き夜の楽器かたまりゐて鳴らず    (『仏恋』) 夜の洋傘女入れたる行方かな      (『人中』) ベレーはみ出る白鬢 神戸でなら死にたい(『神戸・長崎・欧羅巴』) 古仏より噴き出す千手 遠くでテロ。  (『樹冠』) くらやみに なおも花散る 平家琵琶  (『夢見沙羅』) 沙羅の花 濁世の側に身は処して 筋肉の無駄なく 三輪車と老いる    (『隣人洋島』)    ☆ 水天の何れさみしき浮寝鳥       (『身体髪膚』)    ☆ 鳥葬図見た夜の床の 腓返り                           目次へ  眞鍋呉夫(1920-2012) びしよぬれのKが還つてきた月夜    (『雪女』) 花よりもくれなゐうすき乳暈(ちがさ)かな いつも身近に眞清水涌くを感じをり 花冷のちがふ乳房に逢ひにゆく 花柚の香さびしくなれば眠るなり わが夢にきらめく雁の泪かな 露の戸を突き出て寂し釘の先 あの世にも職安通ありといふ 大昼寝湖の底抜けんとす 約束の螢になつて來たと言ふ       (『月魄(つきしろ)』) この世より突き出でし釘よ去年今年 去年今年海底の兵光だす 死者あまた卯波より現れ上陸す 骨箱につみこまれゐし怒濤かな 月明るすぎて雄阿寒歩き出す 寒月下忘れた杖が歩きだす 落し角跳ねて落ちゆく月の崖 耳鳴りがするほど寂し雪の底 雪を来て恋の体となりにけり 花ひらくごとくに水の湧いてをり 鐡帽に軍靴をはけりどの骨も (「ノモンハン事件より六十年後の遺骨収容」) もひとりの我の住みゐる蜃気楼       (『俳句年鑑2012』)    ☆ 雪 桜 螢 白桃 汝が乳房 露ふたつ契りしのちも顫へをり                           目次へ  楠本憲吉(1922-88) 寒スバル裁かるがごと振り仰ぐ     (『隠花植物』) 汝が胸の谷間の汗や巴里祭       (『楠本憲吉集』) 梅雨の航喪失の二字現れては消ゆ    (『孤客』)                           目次へ  小川双々子(1922-) 後尾にて車掌は広き枯野に飽く     (『幹幹の声』)                           目次へ  深見けん二(1922-) とまりたる蝶のくらりと風を受け   (『父子唱和』)  これよりの心きめんと昼寝かな 鳥渡る勤め帰りの鞄抱き       (『雪の花』) かなかなや森は鋼のくらさ持ち    (『星辰』) 月よりの風が涼しく届きけり  ばらばらに賑わってをり秋祭     (『花鳥来』) 人はみななにかにはげみ初桜 ものの芽のほぐるる先の光をり 一片の落花のあとの夕桜 雨かしら雪かしらなど桜餅 囀の一羽なれどもよくひびき 梨の花蜂のしづかににぎはへる   人ゐても人ゐなくても赤蜻蛉     (『水影』) 風よりも荒く蝶来る牡丹かな     (『余光』) 声揃へたる白鳥の同じかほ       重なりて花にも色の濃きところ まつすぐに落花一片幹つたふ 薄氷(うすらひ)の吹かれて端の重なれる 流燈に雨脚見えて来たりけり     (『日月』) 朝顔の大輪風に浮くとなく 枝移り来て色鳥の貌を見せ あをによし奈良の一夜の菖蒲酒 片栗の花一面や揺るるなく 一蝶の現れくぐる茅の輪かな 光の矢折々飛ばし泉湧く 拭ひたる明るさとなり後の月 ざわめきの天より起る落葉かな 水離れたる白鳥のなほ低く 一花にも大空湛へ犬ふぐり 汗ふくや時には頭の天辺も ゆるむことなき秋晴れの一日かな 奥までも幹に日当る枯木立 青げらの楡ひとめぐり霜の朝 水底にまことくれなゐ冬紅葉 俳諧の他力を信じ親鸞忌  蝶に会ひ人に会ひ又蝶に会ふ     (『蝶に会ふ』) 来し方はもとより行方陽炎へる 花菖蒲しづかに人を集めをり ふくれたるところより餅ふくれけり 足もとの蟻の話の聞えさう  人生の輝いてゐる夏帽子       (『菫濃く』) 日の沈む前のくらやみ真葛原 仰ぎゐる頬の輝くさくらかな わが胸を貫くほどに花吹雪 地震のことどこかこころに青き踏む 春燈のふえて暮れゆく淡海かな     ☆ こまごまと大河の如く蟻の列     (『2014角川俳句年鑑』)    ☆ 今もなほ敵は己や老の春                          目次へ  堀口星眠 (1923-) 部屋に椅子一つあるのみほととぎす   (『火山灰の道』) 郭公や道はつらぬく野と雲を 雪蛍泉の楽はをはりなし 若き日の足音(あおと)帰らず夜の落葉 (『営巣期』) 啄木鳥や鏡睡らぬ森の家 病む人に白き嘘言ふ朝ぐもり 父といふ世に淡きもの桜満つ 鳥雲に拾ふともなきますほ貝      (『樹の雫』)    ☆ 灯を消して観る夜桜の息づかひ 冬の栗鼠樅の青波乗りゆけり                           目次へ  鷲谷七菜子(1923-) われを見る深きまなざし雪降るなか   (『黄炎』) 人の手がしづかに肩へ秋日和 野にて裂く封書一片曼珠沙華 春愁やかなめはづれし舞扇 夕ざくら髪くろぐろと洗ひ終ふ 滝となる前のしづけさ藤映す      (『銃身』) 行きずりの銃身の艶猟夫(さつを)の眼    万緑をしりぞけて滝とどろけり     (『花寂び』) 行き過ぎて胸の地蔵会明りかな 山河けふはればれとある氷かな すさまじき真闇となりぬ紅葉山     (『游影』) 水底は暗(やみ)のさざなみ雪降れり 髪洗ひゐて茫々の山河かな       (『一盞』)    ☆ 日当れば湧きて浮寝の鳥の数 牡丹散るはるかより闇来つつあり                           目次へ  和田悟朗 (1923-2015) 秋の入水眼球に若き魚ささり        (『七十万年』) 春の家裏から押せば倒れけり         (『山壊史』) 親鸞と川を距てて踊るかな          (『櫻守』) 夏至ゆうべ地軸の軋む音すこし        (『少間』)  即興に生まれて以来三輪山よ         (『即興の山』) 膨張を思いとどまる茄子かな       大いなる梨困惑のかたちなす わが庭をしばらく旅す人麻呂忌 野菊とは雨にも負けず何もせず 寒暁や神の一撃もて明くる (神戸地震) ローマ軍近付くごとし星月夜 文芸の不幸にS 氏神無月  (攝津幸彦氏逝去)(『坐忘』)  病院前どつと病人降りて春 藤の花少年疾走してけぶる    句集とは俳句の墓場春の暮       冬山を登りて冬の街を見き          (『人間律』) 空中にとどまるやんま矢のごとし 永劫の途中に生きて花を見る 焼いもは固体 元気は気体かな 人間であることひさし月見草 二階には二階の畳夏休み           (『風車』) 春いちばん大道芸人失敗す           虫めがねもて見る虫のすね毛かな これだけの菊を咲かせて怠け者 眼球も地球も濡(ぬ)れて花の暮 鯉幟天上の水ゆたかなり 着膨れの中は裸よただ歩く  全身を液体として泳ぐなり 戦争をせぬ国なれば平泳ぎ 百歳はしだいに遠し蝉(せみ)止(や)まず 人間を休む一日朴落葉 歓声は沖より来たり風車 トンネルは神の抜け殻出れば朱夏    西方に大国興り枯野かな 瞬間はあらゆる途中蓮ひらく         (『疾走』) 本当は迷える地球夏に入る 高齢は病いにあらず朴の花 水中に水見えており水見えず この卵どんなひよこか卵呑む なつかしき太平洋を泳ぐなり   死ぬほどに愛していしがかき氷     大空の自由をわれと蜜蜂と            (『俳句界』2015.2月号)    ☆ アマゾンを地球の裏に年の市                           目次へ  神尾久美子(1923-) 雪催ふ琴になる木となれぬ木と     (『桐の木』)                           目次へ  森田峠(1924-) 箱河豚の鰭は東西南北に        (『避暑散歩』) 森田家の背高の墓を洗ひけり 安宿とあなどるなかれ桜鯛 曼珠沙華御油赤坂をつらねたる     (『三角屋根』) まつすぐに物の落ちけり松手入     (『逆瀬川』)    ☆ 春光のステンドグラス天使舞ふ                           目次へ  古賀まり子(1924-) 紅梅や病臥に果つる二十代       (『洗礼』) わが消す灯母がともす灯明易き     (『緑の野』) 今生の汗が消えゆくお母さん      (『竪琴』)                           目次へ  八木三日女(1924-) 紅き茸礼賛しては蹴る女        (『紅茸』) 例ふれば恥の赤色雛の檀 初釜や友孕みわれ涜(けが)れゐて  満開の森の陰部の鰓呼吸        (『赤い地図』) 赤い地図なお鮮血の絹を裂く                           目次へ  林田紀音夫(1925-98) 鉛筆の遺書ならば忘れ易からむ     (『風触』) いつか星空屈葬の他は許されず     (『幻燈』) 月光のをはるところに女の手      (『林田紀音夫句集』)                           目次へ  松沢昭 (1925-) 凩や馬現れて海の上          (『神立』) 川のはじまりうつとりと花盛り     (『父ら』) うすらひにだれ漕ぎだして行つたやら  (『乗越』)                           目次へ  寺田京子 (1925-1976) 日の鷹がとぶ骨片となるまで飛ぶ    (『日の鷹』)                           目次へ  岡井省二(1925-) 大鯉のぎいと廻りぬ秋の昼       (『岡井省二集』俳人協会) たとへなきへだたりに鹿夏に入る 春の暮佛頭のごと家に居り                           目次へ  鈴木しづ子(1925?-?) 大寒の東京駅に人を待つ        (『春雷』) 省線のスパイクはげしぬれつばめ あめのおと太きうれしさ夏来り 夫ならぬひとによりそふ青嵐 東京と生死をちかふ盛夏かな (爆撃はげし) 長き夜や掌もてさすりしうすき胸 ダンサーになろか凍夜の駅間歩く   (『指輪』) まぐはひのしづかなるあめ居とりまく  コスモスなどやさしく吹けば死ねないよ 夏みかん酸つぱしいまさら純潔など    ☆ 黒人と踊る手さきやさくら散る                           目次へ  橋本美代子(1925-) さくらんぼ笑(えみ)で補ふ語学力   (『石階』) 石段を上り第二の薔薇の園 初日の壺太平洋に溢れ出す       (『七星』) フアクシミリ紫雲英田一枚送りたし   (『あくあ』)                           目次へ  加藤三七子(1925-) 遠火事のふたたび炎あがりけり     (『萬華鏡』) いくたびも月にのけぞる踊かな     (『蛍籠』) 胸もとにみづうみ匂ふ星まつり     (『戀歌』)                           目次へ  星野麦丘人(1925-) 滝落ちて山中の春ゆるやかに      (『日本名句集成』) 西行忌もはやどうでもよかりけり    (『小椿居以後』)                           目次へ  針呆介(1925-) わつと夏野がありて大仏殿ありぬ    (『夏野』)                           目次へ  山田みづえ(1926-) ふたたび見ず柩の上の冬の蜂      (『忘』) 柿食ふや不精たのしき女の日 悪女たらむ氷ことごとく割り歩む 廃校の母校の桜吹雪かな        (『木語』) いつか死ぬ話を母と雛の前       (『梶の花』)                           目次へ  穴井太(1926-97) 吉良常と名づけし鶏は孤独らし     (『鶏と鳩と夕焼と』) 己が羽くわえて歩く羽抜鶏 十二月あのひと刺しに汽車で行く    (『土語』) 番長も俺も毛深きゆきのした      (『天籟雑唱』)                           目次へ  福田甲子雄(1927-2005) 生誕も死も花冷えの寝間ひとつ     (『藁火』) 八方の嶺吹雪をり成人祭 枯野ゆく葬(はふ)りの使者は二人連れ 稲刈つて鳥入れかはる甲斐の空     (『白根山麓』) 斧一丁寒暮のひかりあてて買ふ     (『青蝉』) 雨の野を越えて雪降る谷に入る 盆地は灯の海山脈は寒茜        (『盆地の灯』) 靄あげて種蒔くを待つ大地かな     (『盆地の灯』以降)    ☆ 春雷は空にあそびて地に降りず                           目次へ  津沢マサ子(1927-) 灰色の象のかたちを見にゆかん     (『楕円の昼』) 泣きながら責めたる母の荒野かな 板の間にゆうべはありし桃一個     (『華燭の海』) 気がついたときは荒野の蝿だった    (『空の季節』) 階段の途中はながい秋だった どこまでが帯どこからがおぼろの夜   (『風のトルソー』) ひと遠く自分も遠いとおい夏      「俳句2009年2月号」                           目次へ  沼尻巳津子(1927-) 目覚めけり青き何かを握りしめ     (『華弥撒』) けふ我は揚羽なりしを誰も知らず わが骨の髄はくれなゐ夕月夜      (『背守紋』) 夕焼くる大和よ恋も死もあまた                           目次へ  廣瀬直人(1929-) 正月の雪真清水の中に落つ       (『日の鳥』) 山々の藍重ねたる秋思かな       (『遍照』) 茄子苗を抱へて噂持ち歩く                           目次へ  大峯あきら(1929-) 炎天の富士となりつつありしかな    (『紺碧の鐘』) 帰り来て吉野の雷に坐りをり       高浪をうしろにしたり暦売       (『月讀』) 難所とはいつも白波夏衣     人は死に竹は皮脱ぐまひるかな     (『吉野』) 餅配大和の畝のうつくしく  まだ名無き赤子にのぼる山の月  神々のたたかひし野に鍬始 くらがりに女美し親鸞忌 吾子が嫁く宇陀は月夜の蛙かな     (『夏の峠』) 虫の夜の星空に浮く地球かな 曝書して太平洋を明日越えん 花野よく見えてゲーテの机かな 初空といふ大いなるものの下      (『宇宙塵』) 日輪の燃ゆる音ある蕨かな       (『牡丹』) 一瀑のしづかに懸かり山始 ことごとく今年の星となりにけり 青空の太陽系に羽子をつく 月はいま地球の裏か磯遊び まだ若きこの惑星に南瓜咲く      (『群生海』) 大瑠璃は杉のいちばん先が好き 白山を大廻りして小鳥来る とめどなき落葉の中にローマあり 化けさうな一軒家あり螢狩   星空となりて止みたる落葉かな 迷ひたる如くに花の中にをり  いつまでも花のうしろにある日かな    (『短夜』) 金銀の木の芽の中の大和かな       草枯れて地球あまねく日が当り 大きな日まいにち沈む雪間か 九天に舞ひはじめたる落葉かな 春の雪眺めてをれば積りけり    静かなる盤石に夏来たりけり 朝顔や仕事はかどる古机 元日の山を見てゐる机かな      金銀の木の芽の中の大和かな 昼ごろに一人通りし深雪かな 大木の静かになりてしぐれけり   蘇我入鹿亡びし夏野歩きけり 麦熟れて太平洋の鳴りわたる                           目次へ  青柳志解樹(1929-) 吾を容るる故郷や月の一本道      (『耕牛』) 月光へ目覚めて繭の中にあり 雪ふるや姿正しく杉檜         (『杉山』) 炎天の地蔵の頭撫でて過ぐ 誰も来ぬ日の山中に茸(たけ)あそぶ  (『山歴』) ふるさとはさみしきところ昼寝覚    (『楢山』) 牛放つ蓮華つつじの火の海へ 冬薔薇に開かぬ力ありしなり      (『松は松』) 松は松杉は杉なり朧にて                           目次へ  宮津昭彦(1929-) 風上に白鳥あそび年立てり       (『来信』) 空に咲く白のはじめの花辛夷      (『暁蜩』) 花筏行きとどまりて夕日溜む                           目次へ  斎藤梅子(1929-) 燈明に離れて坐る朧かな        (『愛甕』) 波の秀の高きに崩れ花の昼       (『青海波』)                           目次へ  星野椿(1930-) 朝顔のぱつと開きし濃紫        (『早椿』) 短夜や今日しなければならぬ事 蝶々に大きく門の開いてをり 湖に暑さ去りゆく夕かな        (『華』) 夏潮に一直線に出漁す 今日よりも明日が好きなりソーダ水   (『波頭』) 水仙が咲けば月夜も匂ふなり       『2008年版 俳句年鑑』 小鳥来て幸福少し置いてゆく      (『俳句界 2013年11月』「自選30句」)    ☆ 初電話かけてもみたし仏達                            目次へ  倉橋羊村(1931-) 落葉降るひかりの中を妻とゆけり    (『倉橋羊村集』) 屋上より落下地点を思ふ冬 仮の世のほかに世のなし冬菫      (『愛語』) 生死みなひとりで迎ふ冬木立                           目次へ  永島靖子(1931-) 一枚の絹の彼方の雨の鹿        (『眞晝』) 横濱や無人のぶらんこを愛す    ☆ てのひらにくれなゐの塵実朝忌                            目次へ  大牧広(1931-) 如月の灯のいきいきと悪所なり     (『某日』) 春の海まつすぐ行けば見える筈     (『午後』) 人なぜか生国を聞く赤のまま                           目次へ  鍵和田秞子(1932-) 三叉路の一つは海へ青胡桃       (『未来図』) すみれ束解くや光陰こぼれ落つ 啓蟄や指輪廻せば魔女のごと 未来図は直線多し早稲の花 遠富士に雲の天蓋雛祭         (『浮標』) 鳥渡る北を忘れし古磁石 炎天こそすなわち永遠(とは)の草田男忌(『飛鳥』)                           目次へ  馬場駿吉(1932-) 大寒の胸こそ熱き血の器        (『夢中夢』)    ☆ わが鬱の淵の深さに菫咲く                              目次へ  折笠美秋 (1934-90) いちにちの橋がゆつくり墜ちてゆく   (『虎嘯記』) 杉林あるきはじめた杉から死ぬ 春暁や足で涙のぬぐえざる 空谷や 詩いまだ成らず 虎とも化さず 棺のうち吹雪いているのかもしれず  天体やゆうべ毛深きももすもも   微笑(ほほえみ)が妻の慟哭 雪しんしん(『君なら蝶に』) 七生七たび君を娶らん 吹雪くとも ひかりの野へ君なら蝶に乗れるだろう 見えざれば霧の中では霧を見る 麺麭屋まで二百歩 銀河へは七歩    (『死出の衣は』) 海の蝶最後は波に止まりけり    ☆ 俳句思う以外は死者かわれすでに                           目次へ  友岡子郷(1934-) 青信濃鐘鳴るときも踏切越す      (『遠方』) 跳箱の突手一瞬冬が来る        (『日の径』) 走馬燈草いろの怨(をん)流れゐる 倒・裂・破・崩・礫の街寒雀 (阪神大震災)(『翌(あくるひ)』) ただひとりにも波は来る花ゑんど      ☆ 子らの子のいくたり生れさくらかな   (「俳句年鑑 2017年版」)                            目次へ  宇多喜代子(1935-) ベラの海大きな他人と並ぶかな     (『りらの木』) 晩祷の退屈に蟹が出て来たよ 横文字のごとく午睡のお姉さん サフランや映画はきのう人を殺め 夏の日のわれは柱にとりまかれ     (『夏の日』) 魂も乳房も秋は腕の中 美しく火葬のおわる午前かな 鳥のほかなにも来はせぬ辻の春 半身は夢半身は雪の中         (『半島』) 出欠を考へ考へ梅を漬け        (『夏月集』) 還暦の海女の被れる真水かな 短日の崖にぶつかる鳥獣 極寒を四十の父生還す コカコーラ持つて幽霊見物に      (『世紀末の竟宴』、「現代俳句集成全一巻」) 冬座敷かつて昭和の男女かな      (『象』) 心臓のにぎやかな日の牡丹雪 大きな木大きな木蔭夏休み 天空は生者に深し青鷹(もろがへり) 熊の出た話わるいけど愉快 向い合い善人として餅を食う わが死後を崩るる書物秋きらら    お向かいの妙にしずかな三日かな    (『記憶』) 八月の赤子はいまも宙を蹴る 寒卵年寄りはまた年をとる 庭花火生者ばかりで手を繋ぐ      ☆ 青胡桃一期が夢であるものか      (『2014角川俳句年鑑』)     ☆ 父のため母仰向きぬ十三夜                           目次へ  野村秋介(1935-199?) 俺に是非を説くな激しき雪が好き    (『銀河蒼茫』)                           目次へ  安井浩司(1936-) 鳥墜ちて青野に伏せり重き脳      (『青年経』) ふるさとの沖にみえたる畠かな     (『中止観』) キセル火の中止(エポケ)を図れる旅人よ ひるすぎの小屋を壊せばみなすすき   (『阿父学』) 御灯明ここに小川の始まれり 法華寺の空とぶ蛇の眇(まなこ)かな 麦秋の厠ひらけばみなおみな      (『密母集』) はこべらや人は陰門(ひなと)にむかう旅 稲の世を巨人は三歩で踏み越える    (『霊果』) 恋人よ麦分け行けば岸がある 鶏抱けば少し飛べるか夜の崖      (『汝と我』) 有耶無耶の関ふりむけば汝と我 深山菫慟哭しつつ笑いけり       (『氾人』) 月光や漂う宇宙母(ぼ)あおむけに   (『空なる芭蕉』) 師と少年宇宙の火事を仰ぎつつ     (『宇宙開』)                           目次へ  中嶋秀子(1936-) プールサイドの鋭利な彼へ近づき行く  (『陶の耳飾り』) 流燈となりても母の躓けり       (『命かぎり』) 乳房渡すも命渡さず鵙高音    ☆ 流燈となりても母の躓けり                           目次へ  檜紀代(1937-) くすぶりてゐしが一気に火の落葉                           目次へ  大串章(1937-) 水打つや恋なきバケツ鳴らしては    (『朝の舟』) 秋雲やふるさとで売る同人誌 酒も少しは飲む父なるぞ秋の夜は 耕人に傾き咲けり山ざくら 切株に冬日二段の鋸の跡 薄氷をたたき割りたる山の雨      (『山童記』) 青あらし神童のその後は知らず 赤人の富士を仰ぎて耕せり       (『百鳥』) 野遊びの終り太平洋に出づ 春の旅海から山へ入りけり       (『天風』) 耕して高き欅を野に残す 流れ来しやうに鳥の巣掛かりをり 大ひまはり花壇の外に咲いてをり 山の湖満月箔を伸ばしけり 水平線大きな露と思ひけり 落鮎の夕日を引いて釣られけり 水鳥の混沌として暮れにけり 木守柿勝残りしや破れしや 風花は雪か花かと翁さぶ 父の骨冬田の中を帰りけり 年とつて優しくなりぬ龍の玉 黒揚羽三度現れ三度消ゆ         『2008年版 俳句年鑑』 帰省子に校歌の山河近づけり (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』)                           目次へ  宮坂静生(1937-) 白萩や妻子自害の墓碑ばかり (大日向開拓地)(『青胡桃』) 死にがたしとて蓑虫のあつまれる    (『山開』) 田の上の春の金星応と見て       (『樹下』) 首据わる赤子へ秋の畝傍山       (『春の鹿』) 濁りこそ川の力や白絣 滴りの金剛力に狂ひなし        (『山の牧』) はらわたの熱きを恃(たの)み鳥渡る 朴の花どすんどすんと山置かれ     (『俳句年鑑2012』) 一日がたちまち遠し山ざくら (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』)                            目次へ  茨木和生(1939-) 学校が平地の最後雪の峯        (『木の國』) 海女戻る安乗中学横切りて 夕刊のなき信州の大夕焼 鰯雲この一族の大移動 傷舐めて母は全能桃の花 学校へ一里は歩く竹の秋        (『遠つ川』) ミス卑弥呼準ミス卑弥呼桜咲く     (『野迫川』) 極月の水を讃へて山にをり お尻から腐つて来たる瓜の馬      (『丹生』) 睦ごとはこのごろとんと桜餅      (『三輪岬』) ひかり降るごとく雨来て山桜      (『往馬』) 狼を詠みたる人と月仰ぐ        (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』) 死ぬ暇もなうてと笑ひ薬喰       (『薬喰』) どぶろくはぐいぐいと呑め鎌祝    (『真鳥』) 蛇も迂闊われも迂闊や蛇を踏む                           目次へ  齋藤慎爾(1939-) 北斗星枯野に今日のバス終る       (『夏への扉』) 明らかに凧の糸のみ暮れ残る 月白き海より青きもの釣らる ががんぼの一肢が栞(しおり)卒業す  日蝕や父には暗き蟻地獄 いちまいの蒲団の裏の枯野かな     (『秋庭歌』) 鷹の羽を拾へば秋風また秋風 身の内に螢棲みつく螢狩り 一村に一師一弟子棲みて雪 夢の世にかかる執着空蝉は 雁帰る父の山また母の川  鶏頭を抜き身に覚えなきひかり      (『冬の智慧』) 梟や記紀の山々とはの闇        (『春の羇旅』) 骨として我を夕焼染めにけり 真つ白な犀が来てゐる春の風邪      (「未完句集」芸林文庫版) 両岸に両手かけたり日向ぼこ      (『現代俳句一〇〇人二〇句』) 湯豆腐や行くことのなき荒野見え    (「俳句2009年2月号」) 狂ふまでは螢袋の中にゐた       (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』) 病葉を涙とおもふ齢かな         (『俳句』2015.2月号)    ☆ 山川草木悉皆瓦礫仏の座        (『2014角川俳句年鑑』)                           目次へ  池田澄子(1936-) じゃんけんで負けて螢に生れたの    (『空の庭』) 生きるのが大好き冬のはじめが春に似て 天高し歩くと道が伸びるなり ピーマン切って中を明るくしてあげた 元日の開くと灯る冷蔵庫  湯ざましが出る元日の魔法瓶 月の夜の柱よ咲きたいならどうぞ ふたまわり下の男と枇杷の種      (『いつしか人に生まれて』) 屠蘇散や夫は他人なので好き 育たなくなれば大人ぞ春のくれ 雪積む家々人が居るとは限らない おかあさんどいてと君子蘭通る     (『池田澄子句集』「沖の沖」) 青嵐神社があったので拝む       (『ゆく船』) 太陽は古くて立派鳥の声    初恋のあとの永生き春満月 人類の旬の土偶のおっぱいよ      (『たましいの話』) 人が人を愛したりして青菜に虫 茄子焼いて冷やしてたましいの話 目覚めるといつも私が居て遺憾  大寒の困ったことに良い月夜 前ヘススメ前ヘススミテ還ラザル 夕月やしっかりするとくたびれる 先生の逝去は一度夏百夜     戦場に近眼鏡はいくつ飛んだ 蓋をして浅蜊あやめているところ     (『拝復』) よし分った君はつくつく法師である     ☆ 同じ世に生れ合わせし襖かな        (「俳句年鑑 2017年版」)  一生は呼気で了らん春告鳥     ☆ よく晴れて気の散る秋の体かな                           目次へ  大石悦子(-) てふてふや遊びをせむとて吾が生れぬ  (『群萌』) 眼の力曼珠沙華にて使ひきる      (『百花』) こののちは秋風となり阿修羅吹かむ   (『耶々』)                           目次へ  倉田紘文(1940-) 秋の灯にひらがなばかり母へ文     (『慈父慈母』) 風花のおしもどされて漂へり      (『光陰』) 現れてより立ち通し曼珠沙華 長き夜の遠野に遠野物語        (『無量』)                           目次へ  大木あまり(1941-) さくら咲く氷のひかり引き継ぎて    (『火のいろに』) イエスよりマリアは若し草の絮 守るべき家ありどつと花の冷え ぼろ市や空一枚を使ひけり 夫にして悪友なりし榾を焼く 寒月下あにいもうとのやうに寝て さくら咲く山河に生まれ短気なり 冬の雁子を産む齢すぎにけり      (『雲の塔』)  ふたりして岬の凩きくことも 牡蠣鍋や狂はぬほどに暮しをり 友に恋われに税くる蕗の雨 喪の家の焼いて縮める桜鯛  蝉の眼をはこんでゐたる秋の蟻 人形のだれにも抱かれ草の花 もうなにも起こらぬ家の蚊遣かな 湯気のたつ馬に手を置くクリスマス きちきちと鳴いて心に入りくる      (『星涼』) かりそめの踊いつしかひたむきに      春愁をなだめてこんなところまで 握りつぶすならその蝉殻を下さい 冬草や夢見るために世を去らむ      (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』)    ☆ 牡丹鍋みんなに帰る闇のあり まだ誰のものでもあらぬ箱の桃 頬杖や土のなかより春はくる 蜥蜴と吾どきどきしたる野原かな                          目次へ  石寒太(1943-) かろき子は月にあづけむ肩車      (『あるき神』)    ☆ 一期は夢一会はうつつ旅はじめ                           目次へ  鳴戸奈菜(1943-) 花茨(うばら)此の世は遠きランプかな (『イヴ』)                           目次へ  寺井谷子(1944-) まぼろしの蝶生む夜の輪転機      (『笑窪』) 産むというおそろしきこと青山河    (『以為』) 原爆投下予定地に哭く赤ん坊      (『夏至の雨』)     ☆  秋灯かくも短き詩を愛し                             目次へ  辻桃子(1945-) 虚子の忌の大浴場に泳ぐなり      (『桃』) 胴体にはめて浮輪を買つてくる 包丁を持つて驟雨にみとれたる 蛤を提げて高きに登りけり 青嵐愛して鍋を歪ませる もつと大きな波を待ちをる端午かな   (『ひるがほ』) 五十八階全階の秋灯 雪の夜の絵巻の先をせかせたる     (『花』) あかるさはほたるぶくろの中にこそ   (『童子』)    ☆ かたまりて吹雪の中をゆく吹雪 白い裸赤い裸と春の湯に                           目次へ  大沼正明 (1946-) 無人派出所曲れば降る雪の千代田区   (『大沼正明句集』) 自嘲詩人みずから口を封ぜよ朝だ われ州に十年(ととせ)いまなおMishima 沖を漕げり                           目次へ  小島健 (1946-) 寒鯉のごつとぶつかり煙るかな     (『爽』) 白鳥の首やはらかく混み合へり にぎやかな妻子の初湯覗きけり    ☆ 鉞(まさかり)のごとき詩語欲し冬銀河                           目次へ  高野ムツオ (1947-) 女体より出でて真葛原に立つ       (『雲雀の血』) 奥歯あり喉あり冬の陸奥の闇 青空の暗きところが雲雀の血  白鳥や空には空の深轍      洪水の光に生れぬ蠅の王         (『蟲の王』) うしろより来て秋風が乗れと云う その奥に鯨の心臓春の闇 一億年ぽっちの孤独春の雨 あらたまの玉の中なる戦火かな      (『萬の翅』) 光れるはたましいのみぞ黴の家 冬の暮一物質として坐る 億万の風が生みたる秋の風 海鳴は体内にあり十二月  まっすぐに行けば海底蝉時雨 陸前の海を展きて御慶とす  (平成十七年) 光源として子の眼夏の雨 万の翅見えて来るなり虫の闇 車にも仰臥という死春の月  泥かぶるたびに角組み光る蘆 鬼哭とは人が泣くこと夜の梅 陽炎より手が出て握り飯掴む みちのくの今年の桜すべて供花   かりがねの空を支える首力 凍星や孤立無援にして無数 初蝶やこの世は常に生まれたて この国にあり原子炉と雛人形 膨れ這い捲れ攫えり大津波 月光の分厚きを着て熊眠る 詩の神を露一粒となって待つ  心臓も木瓜もくれない地震の夜  残りしは西日の土間と放射能     瓦礫より出て青空の蝿となる 揺れてこそ此の世の大地去年今年       (『片翅』) 死者二万餅は焼かれて脹れ出す     ☆ 喰う魚も喰われる魚も聖五月        (『2015角川俳句年鑑』)  人間の数だけ闇があり吹雪く         (『俳句』2015.3月号) 滅びたるのちも狼ひた走る 俳句またその一花なり黴の花         (「俳壇」2015.11.) 白鳥や空には空の深轍 奥年の途中の一日冬菫 (「俳句」2015)                           目次へ  大庭紫逢(1947-) 鬱然と写楽の鼻の寒さかな       (『氷室』) たそがれの水紋に痴れ業平忌 氷室山美童の素足垣間見て 姉妹いずれを愛でむ初螢 忌みてなお氷室の闇を忘れかね 隻腕の風船売よ望郷よ 綿入が似合う淋しいけど似合う 一見に如かず王子の狐火へ 一睡のつもりなりしが真葛原 冗談にさわりし虎魚買わさるる 山が山恋せし神代初手斧        (『初手斧』現代俳句の精鋭 I) 薮入よ十銭禿の少年よ                           目次へ  宮入聖(1947-) 背泳ぎで友みんな去る夏の闇      (『千年』)                           目次へ  西川徹郎(1947-) 男根担ぎ仏壇峠越えにけり       (『無灯艦隊』) 祭あと毛がわあわあと山に       (『家族の肖像』) 少しずつピアノが腐爛春の家      (『死亡の塔』) 階段で四、五日迷う春の寺       (『町は白緑』) 月夜の寺が谷間の寺のなかに在る    (『月光学校』) 庭先を五年走っているマネキン     (「自選三十句」)    ☆ 花吹雪観る土中の父も身を起こし たくさんの舌が馬食う村祭                           目次へ  千葉皓史(1947-) 裸子がわれの裸をよろこべり      (『郊外』) 外套の大人と歩む子供かな 七夕竹畳の上に出来上る 冬川につきあたりたる家族かな                           目次へ  あざ蓉子(1947-) 鶴を折る千羽超えても鶴を折る     (『夢数へ』)  おぼろ夜や旅先ではく男下駄  人間へ塩振るあそび桃の花       (『ミロの鳥』) 炎天へ蝙蝠傘を挿入す 黒揚羽水の匂ひの法隆寺 とどまれば我も素足の曼珠沙華                           目次へ  西村和子(1948-) 熱燗の夫にも捨てし夢あらむ      (『夏帽子』) 馴染むとは好きになること味噌雑煮   (『かりそめならず』) この町に生くべく日傘購ひにけり ひととせはかりそめならず藍浴衣    ☆ わが思ふ限り夫在り魂祭                           目次へ  大井恒行(1948-) わが祖国愚直に桜散りゆくよ      (「無題の旅」、『21世紀俳句ガイダンス』より) 天皇も守れる朝の味噌加減     ☆ 原発忌即地球忌や地震の闇                           目次へ  保坂敏子(1948-) 春満月水子も夢を見る頃ぞ       (『芽山椒』) 葦原にざぶざぶと夏来たりけり                           目次へ  能村研三(1949-) 青林檎置いて卓布の騎士隠る      (『騎士』) 肉親へ一直線に早苗投ぐ 海神 (ネプチユーン)の彫琢の作栄螺置く  (『海神』) 寒鯉とわれ遂にわれより動く      (『鷹の木』) 春の暮老人と逢ふそれが父                           目次へ  大西泰世(1949-) 火柱の中にわたしの駅がある      (『椿事』) ひらかなように男がやってくる     (『世紀末の小町』) なにほどの快楽か大樹揺れやまず わたくしの骨とさくらが満開に 号泣の男を曳いて此岸まで 生涯の恋の数ほど曼珠沙華       (『こいびとになってくださいますか』) わが死後の植物図鑑きっと雨 きみ恋わむ式部納言の裔として                           目次へ  今井聖(1950-) 月光のどの石垣も蛇ねむる       (『北限』) 球場に万の空席初燕 向日葵の蕊焼かれたる地図のごと    (『現代秀句選集』角川書店、98) 元全共闘新米を送り来る        (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』) 風船の行く手だんだん廃墟になる    (『戦後生まれの俳人たち』) 春風や舳先に立てば出る涙       (「俳句」2015.4.)    ☆ 酔ひし父引きずる運動会前夜                           目次へ  江里昭彦(1950-) マイホーム似すぎはだめよ男友達    (『ラディカル・マザー・コンプレックス』) 二枚舌だから どこでも舐めてあげる 乱暴しないで 別の乱暴をして 生(あ)れてなお屈葬型に眠る児よ 月の出や口をつかいし愛のあと     (『ロマンチック・ラヴ・イデオロギー』) 児があらばぽぽと飲まさんうしのちち 中天(なかぞら)の巨人懸垂もう止めよ 王権の凪の底にて深呼吸 抱きあってふたりがながすみず違う 首吊りにみとれてガムを踏んじゃった 月光はあまねし家庭内離婚 盛装し下着はつけず観る桜 夢に浮く身風呂にしずむ身四月尽     ☆ 波波波波波あ首波波 狼の滅びし郷(くに)のぼたん雪                            目次へ  奥坂まや(1950-) 地下街の列柱五月来たりけり      (『列柱』) 玉虫や熊野の闇のどかとあり 電線の大河をよぎる良夜かな 蹼(みづかき)の吾が手に育つ風邪心地 どんよりとまんばうのゐる春の風邪 海鳴やこの夕焼に父捨てむ 身のうちに鮟鱇がゐる口あけて 一山の凍死の記録棚にあり オリオンへ向く大年の滑走路 つばくらめナイフに海の蒼さあり 缶切はうしろ進みやあたたかし 大年や海原は空開けて待つ       (『縄文』) 芒差す光年といふ美しき距離     兜虫一滴の雨命中す 渦巻くはさみし栄螺も星雲も 万有引力あり馬鈴薯にくぼみあり 手がありて鉄棒つかむ原爆忌 凍星へまつしぐらなる大樹あり 大いなる鰭欲し春の夕暮は 万緑の山高らかに告(の)りたまへ  十二月コツプに水の直立す       (『妣の国』) 若楓おほぞら死者にひらきけり ことごとく髪に根のある旱かな 坂道の上はかげろふみんな居る みんみんに頭蓋締め付けられゐたり   (『俳句年鑑2012』)    ☆ みんなみは歌湧くところ燕 叫び蔵してことごとく枯木なり 曼珠沙華青空われに殺到す                           目次へ  高澤晶子(1951-) 恍惚の直後の手足雪降れり       (『復活』) 狂わねば届かぬ高さ朴の花 無防備に横たわる彼晩夏光       (『純愛』) 百歳に遠しガラスの指紋拭く      ☆ 地獄見し男と遊ぶさくらかな                           目次へ  大屋達治(1952-) 泳ぎ終へしわが脂浮く中の姉      (『繍鸞』) なのはなのうへに海揺れ安房上総    (『絢鸞』) 一滴の天王山の夕立かな 曇りのちさくらちりゆく大和かな    (『絵詞』) ころがりてほどよくとまる栄螺かな 海上に蔓揺れてゐる昼目覚 大山(だいせん)に脚をかけたる竈馬かな(『龍宮』) 木下闇大寺闇の近江かな 海に出てしばらく浮かぶ春の川                           目次へ  正木ゆう子(1952-) 林檎投ぐ男の中の少年に        (『水晶体』) 双腕はさびしき岬百合を抱く わが行けばうしろ閉じゆく薄原 いつの生(よ)か鯨でありし寂しかりし 螢狩うしろの闇に寄りかかり      (『悠 HARUKA』) 泳ぎたしからだを檻とおもふとき 着膨れてなんだかめんどりの気分 螢火や手首ほそしと掴まれし かの鷹に風と名づけて飼ひ殺す 水の地球すこしはなれて春の月     (『静かな水』) 春の月水の音してあがりけり ものさしは新聞の下はるのくれ 地下鉄にかすかな峠ありて夏至 しづかなる水は沈みて夏の暮 やがてわが真中を通る雪解川 いま遠き星の爆発しづり雪 太古より宇宙は晴れて飾松  クロールの夫と水にすれ違う ひかりより明るく春の泉かな       (『夏至』)    進化してさびしき体泳ぐなり    千年の楠に今年の若葉かな 熊を見し一度を何度でも話す        能村登四郎に「老残のこと伝はらず業平忌」あれば 絶滅のこと伝はらず人類忌         (『羽羽』) 唸り来る筋肉質の鬼やんま   もうどこも痛まぬ躰花に置く      被災した子供たち 人類の先頭に立つ眸なり 出アフリカ後たつた六万年目の夏    虹を呼ぶ念力ぐらゐ身につけし   真炎天原子炉に火も苦しむか  十万年のちを思へばただ月光   ☆ 死のひかり充ちてゆく父寒昂       「俳句2009年2月号」    ☆ 青萩や日々あたらしき母の老                           目次へ  藤原月彦(1952-) 致死量の月光兄の蒼全裸(あおはだか)   (『王権神授説』) 他界より来てまた帰る生姜売り 中世の秋やひとりのけものみち                           目次へ  片山由美子(1952-) 雛飾る部屋に目覚めて闇深し      (『雨の歌』) 子のあらばつけたき名あり花石榴    (『水精』) ふつくらとご飯のたけて厄日かな    風鈴をしまふは淋し仕舞はぬも     (『天弓』) 流されて花びらほどの浮き氷 それぞれの部屋にこもりて夜の長き 鴛鴦のときに一羽となりたがる 騙されてみたき男や夏芝居 一本のすでにはげしき花吹雪 まだもののかたちに雪の積もりをり   (『風待月』) カステラに沈むナイフや復活祭       思ふこと雪の速さとなりゆけり 命あるものは沈みて冬の水       (『香雨』) 待つ人のゐる明るさの春灯       (『片山由美子句集』)                           目次へ  星野高士(1952-) そら豆のやうな顔してゐる子かな    (『谷戸』)    ☆ 頼朝の虚子の鎌倉蝉時雨  赤とんぼ夕暮はまだ先のこと 雁帰る空あり彼方ありにけり 人にまだ触れざる風や朝桜                           目次へ  林桂(1953-) クレヨンの黄を麦秋のために折る    (『銅の時代』) 初恋もカンブリア紀も遠くなる いもうとの平凡赦す謝肉祭                           目次へ  中烏健二(1953-) その犬を蹴つたり撫でたりして帰る   (『俳句の現在・』より) 雁ゆくやキッチン・ドリンカーの姉に  (『愛のフランケンシュタイン』) 大島ヨネの霊感くるふ土用波 夜逃げした若い父さん冷奴                           目次へ  鎌倉佐弓(1953-) 安房は手を広げたる国夏つばめ     (『潤』) サイネリア待つといふこときらきらす ポストまで歩けば二分走れば春     (『走れば春』)                           目次へ  中西夕紀(1953-) 猫の恋シヤワー激しく使ひけり     (『都市』) まつ青な蘆の中から祭の子 拝むとき何も頼まずかいつぶり 馬の癖乗つて覚えよ花ユツカ とどまれば熱き躰や芋嵐 都市暮しやどかりほどの音たてて                           目次へ  和田耕三郎(1954-) 真つ白なシーツを敷けば冬の海     (『水瓶座』) 一月や裸身に竹の匂ひして ゼラニウム男二人の真昼どき 夜のさくらわれは全裸となり眠る    (『午餐』) 鳥つるむオキシドールの泡立ちて 朝の膳泰山木の一花あり        (『燃』) 満月を男が担ぎ来しごとく                           目次へ  四ッ谷龍(1958-) はればれとわたしを殺す桜かな     (『慈愛』) ダリの青キリコの赤と咳けり 身体を折ってうみどりの匂いさす 十九歳蜉蝣の胴紙に貼る シーツみたいな海だな鳥たちは死んでしまった 闘う男に泥からのびる蔓一本 ハープよりこぼれし指の冷じき    ☆ 万両は幻影に色つけた実か                           目次へ  松本恭子(1958-) 恋ふたつ レモンはうまく切れません  (『檸檬の街で』)                           目次へ  石田郷子(1958-) 来ることの嬉しき燕きたりけり     (『秋の顔』) 背泳ぎの空のだんだんおそろしく 足踏の好きな仔馬でありにけり 大海を見てきし目刺焼きにけり さへづりのだんだん吾を容れにけり   (『木の名前』) ことごとくやさしくなりて枯れにけり うごかざる一点がわれ青嵐 若水を夫汲みくれよ星あかり       (『草の王』)   生きてゆくための沈黙かたつむり                            目次へ  藺草慶子(1959-) 学校へ来ない少年秋の蝉        (『鶴の邑』) ぶらんこの影を失ふ高さまで      (『野の琴』) 白息のゆたかに人を恋へりけり                           目次へ  櫂未知子(1960-) ひた泳ぐ自由は少し塩辛い       (『貴族』) 専攻は悪所文学卒業す         吹雪く夜は父が壊れてゆくやうで 一人なら毛布を奪ふこともない 水着出すこころ閉ざしてゐた頃の どの家にも修羅一人あり墓洗ふ 性格が紺の浴衣に収まらぬ 春は曙そろそろ帰つてくれないか    (『蒙古斑』) 致死量の言葉いただく良夜かな 雪まみれにもなる笑つてくれるなら ストーブを蹴飛ばさぬやう愛し合ふ 佐渡ヶ島ほどに布団を離しけり     いきいきと死んでゐるなり水中花 白梅や父に未完の日暮あり          わたくしは昼顔こんなにもひらく    (『櫂未知子集』) 火事かしらあそこも地獄なのかしら     ☆ 一瞬にしてみな遺品雲の峰 簡単な体・簡単服の中                           目次へ  皆吉司(1962-) サイフォンに胎動兆す寒夜なり     (『火事物語』)     うちつけて卵の頭蓋割る晩夏 恋人に近づく冬の象の鼻        (『燃えてゐるチェロ』)                           目次へ  山田耕司 少年兵追ひつめられてパンツ脱ぐ                           目次へ  住宅顕信(すみたく・けんしん)(1961-87) 春風の重い扉だ            (『未完成』) 月が冷い音落とした 水音、冬が来ている ずぶぬれて犬ころ    ☆ 若さとはこんなに淋しい春なのか 何もないポケットに手がある                           目次へ  上田日差子(1961-) 利休忌の白紙にちかき置手紙      (『日差集』)                           目次へ  小川軽舟(1961-) 亀鳴くや行きしことなき本籍地     (『近所』) ソーダ水方程式を濡らしけり 揚雲雀大空に壁幻想す 肘あげて能面つけぬ秋の風 渡り鳥近所の鳩に気負なし 泥に降る雪美しや泥になる       (『手帖』) 闇寒し光が物にとどくまで      実のあるカツサンドなり冬の雲 平凡な言葉かがやくはこべかな 雪女鉄瓶の湯の練れてきし 不惑なり蝌蚪のあげたる泥けむり 楠若葉団地全棟全戸老ゆ         妻の臍十日見ざりき其角の忌 死ぬときは箸置くやうに草の花     (『呼鈴』) 冬の蠅見れば絶叫してゐたる かつてラララ科学の子たり青写真 すぐ手帳開く男と鱧食へり 地は霜に世は欲望にかがやける 一塊の海鼠の如く正気なり    夕空は宇宙の麓春祭           (『俳句年鑑2013』)    ☆ 自転車に昔の住所柿若葉 かへりみる道なつかしく夏野行く                           目次へ  仙田洋子(1962-) 降参か歓呼か諸手おぼろなる     (『橋のあなたに』) 百年は生きよみどりご春の月     (『子の翼』)    ☆ 雷鳴の真只中で愛しあふ 冬銀河かくもしづかに子の宿る 鳥雲に入るや荒ぶる魂となり    ☆ 子供らとしやがんで蟻の国に入る   (『俳句年鑑2013』) 記紀の山よろこぶごとくふぶきけり  (『戦後生まれの俳人たち』)                           目次へ  黛まどか(1965-) 夜桜やひとつ筵に恋敵        (『B面の夏』) シェパードが先に着きたる避暑地かな 水着選ぶいつしか彼の眼となつて 祇園会の真只中のポストかな 別のこと考へてゐる遠花火 兄以上恋人未満掻氷 恋人を待たせて拾ふ木の実かな 東京がじつとしてゐる初景色 蛇衣(きぬ)を脱ぎまつさきに家(うち)に来る(『夏の恋』) しまひには破れかぶれの揚花火     (『戦後生まれの俳人たち』) 青空は神の手のひら揚雲雀       (『命の一句』より)                           目次へ  五島高資(1968-) 胸そらしそのまま染井吉野かな     (『海馬』) 病棟に仕掛けられたる濃紫陽花 気をつけをして立つ父と夏の富士 全力で立つ空びんに薔薇の花 夕立にならんで公務員である 山藤が山藤を吐きつづけおり      (『雷光』) 口開けて叫ばずシャワー浴びており 加速するものこそ光れ初御空      (『蓬莱紀行』)    ☆ 顔洗う手に目玉あり原爆忌 海峡を鮫の動悸と渡るなり                           目次へ ******************    原田浜人 夏雲は湧き諸滝は鳴りに鳴る  火の如き弟子一人欲し年の暮         藤木清子  (生没不明 昭和六年から十五年まで句を発表)      逝くものは逝きて巨きな世がのこる   (『藤木清子全句集』) こめかみを機関車くろく突きぬける 虫の音にまみれて脳が落ちてゐる しんじつは寂し林檎はうつくしく ひとりゐて刃物のごとき晝とおもふ 春宵の時計のねぢを固く巻く きりぎりす視野がだんだん狭くなる しろい晝しろい手紙がごつん来ぬ 昼寝ざめ戦争厳と聳えたり 戦争と女はべつでありたくなし 戦死せり三十二枚の歯をそろへ 運命にもたれをんなのうつくしき 断崖より落ち現実によこたはる  (入院断章) 運命にもたれをんなのうつくしき ひとすぢに生きて目標うしなへり    片山桃史 我を撃つ敵と劫暑を倶にせり       (『反骨無頼の俳人たち』村上護編(春陽堂)) なにもない枯原にいくつかの眼玉    ☆ 一斉に死者が雷雨を駆け上る  兵隊の町に雪ふり手紙くる    阪口涯子 (1901-1989) 凍空に太陽三個死は一個    佐々木巽 未亡人泣かぬと記者よまた書くか      (昭和12年の「天の川」)    堀徹 夜学書のなだれ落ちたる音なりし    坂井道子 少年の眸にはるかなる夏野あり       (『昭和俳句作品年表』より)    原田喬 凍死体運ぶ力もなくなりぬ     松本旭 一両の電車浮き来る花菜中      堀井春一郎 晩夏光教師瞼に孤島もつ    堀葦男 ぶつかる黒を押し分け押し来るあらゆる黒  (『火づくり』)    伊丹公子 思想までレースで編んで 夏至の女    吉野義子 海底山脈山頂は島冬耕す    八田木枯 汗の馬なほ汗をかくしづかなり   (『汗馬楽鈔』) 汗の馬芒のなかに鏡なす 外套のままの仮寝に父の霊 洗ひ髪身におぼえなき光ばかり   あを揚羽母をてごめの日のくれは  (『於母影帖』)    ねころべば血もまた横に蝶の空   (『あらくれし日月の鈔』) 天袋よりおぼろ夜をとり出しぬ   (『天袋』) うしろとは死ぬまでうしろ浮き氷 晝寝より覚めしところが現住所   (『夜さり』) ひるからは顔とりかへて櫻見に   (『鏡騒』) 春を待つこころに鳥がゐてうごく    禿を嘆く粉ナ屋が霧の通夜にきて  (『「鏡騒」以後』) 冬帽子晩年あをく澄みゐたる チンドン屋踊る生生流転かな    星野石雀 鶏頭に風吹く母のみそかごと 妄想は老の逸楽飛花落花       (『鷹』2015.8)    岡田日郎 雪渓の水汲みに出る星の中    小原啄葉 海鼠切りもとの形に寄せてある     (『遥遥』) いくさにもつなみにも生き夕端居    (『俳句年鑑2013』) 春泥のわらべのかたち掻き抱く フクシマの片仮名かなし原発忌     (『無辜の民』)    澁谷道 炎昼の馬に向いて梳る         (『嬰』) 寒卵振ればちからのあるゆらぎ 冬最上あらあらしくも岐れずに     (『桜騒』) 山ゆるみ川あそぶなり郡上節      (『紫薇』) 折鶴をひらけばいちまいの朧      (『蕣帖』) 虫の闇大黒柱孤独なり         (『澁谷道俳句集成』)    伊藤通明 夕月や脈うつ桃をてのひらに      (『白桃』 )    文挟夫佐恵 反戦の一人の旗を巻く朧       (『時の彼方』) 香水は「毒薬(ポアゾン)」誰に逢はむとて (『青愛鷹』) 艦といふ大きな棺(ひつぎ)沖縄忌    (『白駒』)    ☆ 鰯雲美しき死を夜に誓ふ    柿本多映 わが母をいぢめて兄は戦争へ      (『花石』) さくらさくら白き闇吐くさくら 霜月はこつんと骨の音がする 人の世へ君は尾鰭をひるがえし     (『仮生』)    ☆ 回廊の終りは烏揚羽かな 炎帝の昏きからだの中にゐる    今瀬剛一 上野出て午後は枯野を走る汽車     高橋悦男 実朝の海あをあをと初桜    栗林千津 ぼけぬという保証はどこにもない春だ     三村純也 朧夜の白波立つて親不知        (『蜃気楼』) 雪嶺の我もわれもと晴れ来たる      夜桜の根の掴みゐる大地かな      (『常行』) 狼は亡び木霊は存ふる      幽霊が出る教室も夏休み      大神を仕留めて狂ひ絶えし家      (『観自在』) やけに効くバレンタインの日の辛子     宗田安正 逝きし人惜しみはづしつ賀状書く    『2008年版 俳句年鑑』    ☆ 蝶われをばけものと見て過ぎゆけり    石川雷児 冬の馬美貌くまなく睡りをり    酒井弘司  長い休暇のぼくら復活の丘をめざして             澤好摩 うららかや崖をこぼるる崖自身     (『2014角川俳句年鑑』) 鯨ゐてこその海なれ夏遍路    筑紫磐井  唇を吸はれてしまふ螢狩        (『婆伽梵』) もりソバのおつゆが足りぬ高濱家    (『花鳥諷詠』) 俳諧はほとんどことばすこし虚子 人妻の美しいのは貌ばかり 和をもつて文學といふ座談会 来たことも見たこともなき宇都宮 貧しくて美しき世を冀(こひねが)ふ   (『我が時代』) つまらなき山田温泉に逗留す        老人は青年の敵 強き敵   (金子兜太)     持ちぬしの分からぬ荷物われは持つ    ひばり揚がり世は面白きこともなし 大虚子はいつもしづかに笑つてゐる 犬を飼ふ 飼ふたびに死ぬ 犬を飼ふ さういふものに私はなりたくない 美しき渾名をもらふ刺客かな 吾(あ)と無(む    前田吐実男 人日や嘘つく人に逢いにゆく 大寒の橋を渡ればあしたなり 海鼠買ってより大雪に往生す    山本紫黄 牛乳飲む片手は腰に日本人    正木浩一 すれ違ふべき炎天の人はるか     (『槇』)    ☆ 刃のごとき地中の冬芽思ふべし 永遠の静止のごとく滝懸る    いのうえかつこ 等分のキヤベツに今日と明日が出来    (『貝の砂』)    島村正 心眼に見ゆ洋上の雪の富士 (二見浦)  (『富士』)    仁平勝 酔い痴れて櫻地獄で父に逢う 初夏の白いシーツを泳ぎ切る いじめると陽炎になる妹よ 片足の皇軍ありし春の辻    西村我尼吾 春の海光のたまる音響く        (『西村我尼吾句集』) のどけしや破壊はすべて消えてゆく    (『俳句あるふぁ』2015.2,3月号)    戸恒東人 寒禽しづかなり震度7の朝                                 目次へ  姜h東(カン・キドン) 寒月や遠吠えのごと祖国恋ふ       (『ウルジマラ』)    高山れおな 手花火の君は地球の女なり 曲学し阿世し下痢し冬帽子 総金歯の美少女のごとき春夕焼<     *  平明で記憶しやすい一句欲し      (『俳句年鑑2011』)     * 麿、変?               (『荒東雑詩』) げんぱつ は おとな の あそび ぜんゑい も   (『俳諧曾我』)    高柳克弘 ことごとく未踏なりけり冬の星      (『未踏』) 蝶々の遊ぶ只中蝶生る  草原のかぜ虫籠をとほりけり  風死せり海の向かうに未知の海      つまみたる夏蝶トランプの厚さ まつしろに花のごとくに蛆湧けり    紙の上のことばのさみしみやこどり  只の石からすあげはが荘厳す       (「平成の好敵手」) うみどりのみなましろなる帰省かな    (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』) 見てゐたり黴を殺してゐる泡を      (『寒林』) 火の如く一人なりけり落葉踏み もう去らぬ女となりて葱刻む 日盛や動物園は死を見せず 標無く標求めず寒林行く   蟻強しこゑもことばも持たぬゆゑ ぶらんこに置く身世界は棘だらけ   短日や模型の都市の清らなる 枯蓮や塔いくつ消え人類史 ビルディングごとに組織や日の盛         橋本榮治 大航海時代終りし鯨かな        (『現代俳句一〇〇人二〇句』) 老人はとしとりやすし小鳥来る     (『戦後生まれの俳人たち』) 大川の真ん中瞑し翁の忌            倉阪鬼一郎 悪い知らせが届く今日は覚(さとり)の日  (『魑魅』)    島田牙城 さづかれる罪のごとくにおめでたう     (『誤植』) 正月の神取巻が多すぎる  みな道を闊痰ヲてゐる雪野かな         (「間」の旧漢字) 數へ直さうぶらんこの鎖の輪    行方克巳 生涯のいま午後何時鰯雲          (『昆虫記』)    渡辺誠一郎 漂泊は鶴の骸を見るためか         (『俳句年鑑2013』) 慟哭の一幹として裸木は 影の数人より多し敗戦忌          (『戦後生まれの俳人たち』) 人間はものにすがりて春の月        (「小熊座」平成27年5月号) 春愁の炉心の底の潦        ☆ 啓蟄の日本行方不明かな    加藤静夫 中肉にして中背の暑さかな         (『中肉中背』) ねこじやらしほんとにぼけてしまひけり 菊人形菊人形を裁きをる 探梅行商店街にとどこほる 水着なんだか下着なんだか平和なんだか  (『中略』)                           目次へ  ***   「俳句2009年2月号」より ふらここに座れば木々の集れり     井上弘美 やはらかく山河はありぬ鳥の恋     井上弘美(鷹羽狩行『名句案内』より) 卒業の空のうつれるピアノかな     井上弘美(句集失名) 大いなる夜桜に抱かれにゆく      井上弘美 (『戦後生まれの俳人たち』) 数へ日や一人で帰る人の群れ      加藤かな文 毛布からのぞくと雨の日曜日      加藤かな文(「ゼロ年代の俳句100選」+チューンナップ) 困るほど筍もらふ困りをり       加藤かな文(『戦後生まれの俳人たち』) 人間を沈めて白し花の山        柴田佐知子   『2008年版 俳句年鑑』より 鷹鳩と化すやともあれ薄化粧      岩永佐保 家のほか帰る場所なし春の雨      高田正子 寒禽のしづかにゐしが立ちにけり    岩田由美 亡き人の香水使ふたびに減る      岩田由美(「ゼロ年代の俳句100選」+チューンナップ)    鷹羽狩行『名句案内』より+プラス 春愁やかたづきすぎし家の中      八染藍子「園絵」 長き夜のところどころを眠りけり    今井杏太郎(『麦藁帽子』) 初空のなんにもなくて美しき         「俳句」2009年9月号 打ち首はまだかまだかと夏芝居     岬雪夫 しばらくは乳出すからだ麦の秋     小林奈穂    勝目梓『俳句の森を散歩する』より 襤褸市に左団扇を買ひに行く      和湖長六      『俳句界』2011年5月号「夭折の俳人たち」 偉大なる母が寝ておる秋の夜      加本泰男(夭折の俳人)                           目次へ  ********    大谷弘至 波寄せて詩歌の国や大旦        (『超新撰21』) 春の水大塊となり動きけり       (『大旦』)       榮猿丸 富士山は雲の奥なる昼寝かな      (『超新撰21』)  竹馬に乗りたる父や何処まで行く 枯園にライトバン来ぬさぼるため    (『点滅』)    明隅礼子 清明や雲の生まるる音のして      (『超新撰21』)  子のことばあふれて春の川となり    (『戦後生まれの俳人たち』)    小沢麻結 天の川源流今も星生まれ        (『超新撰21』)        上田信治 上のとんぼ下のとんぼと入れかはる   (『超新撰21』)     相子智恵   一滴の我一瀑を落ちにけり       (『新撰21』)    藤田哲史 泳がねど先生水着笛を吹き       (『新撰21』)    山口優夢 心臓はひかりを知らず雪解川      (『新撰21』)     野遊びのつづきのやうに結婚す     (『戦後生まれの俳人たち』) あぢさいはすべて残像ではないか    (『残像』)     ☆ 投函のたびにポストへ光入る    神野紗希 水澄むや宇宙の底にいる私       (『新撰21』)    寂しいと言い私を蔦にせよ       (『戦後生まれの俳人たち』) 食べて寝ていつか死ぬ象冬青空      (『光まみれの蜂』)    ☆ 細胞の全部が私さくら咲く    中本真人 なまはげの指の結婚指輪かな      (『新撰21』)    冨田拓也 うららかや青海原といふけもの     (『新撰21』)   気絶して千年氷る鯨かな  眦(まなじり)はふかき裂目(クレヴァス)薄暑光    宇井十間        ひぐらしや遠い世界に泉湧く      (『千年紀』)  落葉やみしばらくそらにさざなみある 黄落のなか中世の塔の街 そらのはて遠くしずかに瀑布ある                                    目次へ  関悦史 皿皿皿皿皿血皿皿皿皿        (『六十億本の回転する曲がつた棒』) ヘルパーと風呂より祖母を引き抜くなり 抱へて遺骨の祖母燥(はしゃ)ぎつつバス待つ春 虚子の忌の喋る稲畑汀子かな  天使とも蛆ともつかぬものきたる まだ夢を見てゐる牡蠣を食ひにけり 小鳥来て姉と名乗りぬ飼ひにけり 胡桃のなか僧棲みてともに割らる 人類に空爆のある雑煮かな 蝋製のパスタ立ち昇りフォーク宙に凍つ 地下道を蒲団引きずる男かな 天使像瓦礫となりぬ卒業す 冬空に首浮きゐるを秘密とす      (「平穏」『俳句 2014年2月号』) 長州から冷たい黒いミルク来る 「進化」いま汚染水垂れあたたかし セクシーに投票箱は冷えてゐる      (「梨」『クプラス 創刊号』)    堀本裕樹 詩を生みて万年筆の吹雪きけり    (「熊野曼荼羅」「自選十句」) 火焔土器よりつぎつぎと揚羽かな 那智の滝われ一滴のしずくなり 炎天を突き破りたき拳あり      (「平成の好敵手」)    照井翠 双子なら同じ死顔桃の花       (『龍宮』) 三・一一神はゐないかとても小さい 卒業す泉下にはいと返事して 新盆の目礼のみとなりにけり 面つけて亡き人かへる薪能 喪へばうしなふほどに降る雪よ 虹の骨泥の中より拾ひけり     ☆ 寒昴たれも誰かのただひとり     (『2014角川俳句年鑑』) 夏草や根の先々の髑髏(されこうべ) (『戦後生まれの俳人たち』)    金原まさ子 エスカルゴ三匹食べて三匹嘔く    (『カルナヴァル』)    恩田侑布子 睡蓮やあをぞらは青生みつづけ    (『空塵秘抄』)       男来て出口を訊けり大枯野      (『夢洗ひ』) ゆきゆきてなほ体内や雪女 わが視野の外から外へ冬かもめ 吊し柿こんな終りもあるかしら    山下知津子 男を死を迎ふる仰臥青葉冷      (『髪膚』) 抱擁を待つや月光なだれ込む      たつぷりと闇を吸ひたる熟柿かな   (『髪膚』以降)    鴇田智哉 うすぐらいバスは鯨を食べにゆく   (『凧と円柱』)     川口真理 葱買うて木村拓哉のさみしき目    (『双眸』)   夫 骨肉の透きてゆきたる十二月       佐藤文香  夕立の一粒源氏物語         (俳句甲子園 最優秀句) 少女みな紺の水着を絞りけり     (『海藻標本』) 足長蜂足曲げて飛ぶ宝石屋                  知らない町の吹雪のなかは知つている (『新撰21』) セーターをたたんで頬をさはられて  (『君に目があり見開かれ』) 遺影めく君の真顔や我を抱き    光部千代子 日本に目借時ありセナ爆死       (俳誌「鷹」)    月野ぽぽな 途中下車してしばらくは霧でいる   (「俳句」2017.1) 陽炎はとてもやわらかい鎖    竹鼻瑠璃男 人生寒し風の迅さの捨馬券      (『ななかまど』) 瀧落ちて水のなかまと遭遇す 阿弖流為の心臓のごと柿一つ 『俳コレ』 プラス 追加句集など     迷ひたき寒林のある二十歳かな    野口る理  (『しやりり』) 小瑠璃飛ぶ選ばなかつた人生に しづかなるひとのうばへる歌留多かな わたくしの瞳になりたがつてゐる葡萄  夏帽や砂といふ砂風に自由 虫の音や私も入れて私たち 梅園を歩けば女中欲しきかな 初夢の途中で眠くなりにけり    歩き出す仔猫あらゆる知へ向けて   福田若之 おつぱいを三百並べ卒業式      松本てふこ 春の空言葉は歌になりたがり     南十二国 みんな笑顔枯木ばかりの道歩む たんぽぽに小さき虻ゐる頑張らう 幸福だこんなに汗が出るなんて    雪我狂流 湖は平らな所ボート浮く 夜歩きのために夜ある新樹かな    林雅樹 最上川雛の後ろを流れけり      太田うさぎ けふすでにきのふに似たる鰯雲    山田露結 給油所をひとつ置きたる枯野かな あともどり出来ぬ林檎を剥いてをり たましひが人を着てゐる寒さかな 炎天に妻も銅像岐阜羽島       岡野泰輔 入口のやうにふらここ吊られけり   斎藤朝比古 サイレンとカレーの混ざり合ふ朧   山下つばさ 生まれさうなお腹に止まる春の蝿 良夜かな独りになりに夫が逝く    渋川京子 九官鳥同士は無口うららけし     望月周 ものの芽にはじまる山の光かな    小林千史 空蝉をたくさんつけてしづかな木   津川絵里子 (蝉旧字)  見えさうな金木犀の香なりけり                 (『和音』) 立ち直りはやし絵日傘ぱつと差す 江戸川や金魚もかかる仕掛網     依光陽子 蓋開けて旧き我あり春の風 『新撰21』などより 先生の背後にきのこぐも綺麗     谷雄介 開戦や身近な猿の後頭部            (「気分はもう戦争」) 杉花粉飛ぶ街中が逃亡者       北大路翼 (『天使の涎』) 雲の峰落馬の騎手の立ちあがる     キャバ嬢と見てゐるライバル店の火事  セックスも俳句も惰性発泡酒 基地背負う牛の背朝日煙り行く    豊里友行 夕立にあひて分水嶺を越ゆ      五十嵐義知 「平成の名句600句」より110句」 より追加 秋風が芯まで染みた帰ろうか     田島風亜 投げ出して足遠くある暮春かな    村上鞆彦 枯蟷螂人間をなつかしく見る     村上鞆彦(「ゼロ年代の俳句100選」+チューンナップ) 福助のお辞儀は永遠に雪がふる    鳥居真里子 水温む鯨が海を選んだ日       土肥あき子   「ゼロ年代の俳句100選」+チューンナップ より追加 玉葱を切っても切っても青い鳥    小野裕三 全人類を罵倒し赤き毛皮行く     柴田千晶                           目次へ   『虚子選ホトトギス雑詠選集100句鑑賞』(岸本尚毅)より  雪解川名山けづる響かな     前田普羅  青天に音を消したる雪崩かな   京極杞陽 等々、すでに「現代俳句抄」に掲載されている句は多い。  すでに「現代俳句抄」に引用された俳人とその句は原則としてここではとりあげないが、 この『雑詠集』を読み、「現代俳句抄」に名のでている俳人で初めてとりあげることにな る句については例外的に(○)をつけ記載する。 春  石段に立ちて眺めや京の春      野村泊月(○)  山焼の麓に暗き伽藍かな       多田桜朶  春の風あなどりあそぶ女かな     三宅清三郎(○)  大風の藪の鶯きこえけり       田村木国  かくし子のみめうるはしきひひなかな 本田一杉  風の来てたんぽぽ絮をはなしけり   佐藤羨人  永き日や畳に生えし太柱       庄司瓦全  春潮や欧亜を分つボスフォラス    伊藤東離 夏  白々と何の新樹か吹かれ立つ     高木晴子        (『ホトトギスの俳人101』に他の句も))  人かくす簾おろしぬ梅雨の茶屋    川名句一歩  出歩きや梅雨の戸じまりこれでよし  高田つや女  梅雨の寺和尚は獄にありといふ    斎藤鴎翔  本の上の暗し明るし五月雨      岩崎魚将  白壁に蛾がをり輸血終りたる     山本雄示  夾竹桃くらくなるまで語りけり    赤星水竹居        (『ホトトギスの俳人101』に他の句も))  雷鳥を再び霧に見失ふ        余弦  いつの間にわれ人妻や派手浴衣    二三子  滝壺の旱の水のみづすまし      土山山不鳴  海水着ふみしだきつつぬぎにけり   一方女 秋  流燈に下りくる霧のみゆるかな    高野素十(○)  遠まきの星にまもられ今日の月    林さち子  秋蛍つちくれ抱いて光りけり     山本村家  秋風に倒れしもののひびきかな    野村泊月(○)  しみじみと日を吸ふ柿の静かな    前田普羅(○)  ふくやかな乳に稲扱ぐ力かな     川端茅舎(○) 冬  夢殿の前にうしろに返り花      冬青  はつきりと月見えている枯木かな   星野立子(○)  枯芝に手をつき梅を仰ぎけり     山口青邨(○)  枯菊のしづかに雪をかつぐのみ    長田白馬  あをあをと海よこたはる枯野かな   房之助  極道のいやになりたる枯野かな    田部碧天  滝涸れて一枚巌となりにけり     大橋桜坡子  雪野原ぽかと穴ある流かな      弥政杏坡     ☆  なお  黒きもの暗に飛び行く焚火かな    高濱年尾 は、すでに「現代俳句抄」に掲載しているので、ここに掲載しなかったが、今回『雑詠選集』を読んで、 あらためて何かを感じた句である。記しておく。                           目次へ   『ホトトギスの俳人101』(新書館)より+プラス句 風鈴の鳴らねば淋し鳴れば憂し    赤星水竹居 満月に正面したる志         深川正一郎 星空へ蛙は闇をひろげたり       (プラス句) 火の国の男と生れ阿蘇を焼く     大久保橙青 寒燈下面テもあげず沈金師      伊藤柏翠 泣くことも絶ゆることあり彼岸花   高木晴子 鴨泳ぐ胸に日の輪をまるく掛け    上野章子 アラビアンナイトの国の月の旅    福井圭児 星空へ立ちあがりたる橇の馭者    成瀬正俊 エイプリルフールに非ず入院す    荒川あつし み吉野の花なればこそ踏みまよひ   田畑美穂女 朝霧に村溺れんとしてゐたり     藤崎久を 夜神楽や神の饗宴うつくしく     竹下陶子 青い鳥赤い鳥ゐて囀れり       小島左京 子供達お墓参りに来て元気      今井千鶴子 大夕立とて天界の一(ひと)雫    藤浦昭代 大切な看護日誌や年尾の忌      坊城中子 もののけの遊ぶ吉野の春の月     岩垣子鹿 一歩づつ過去となる音落葉踏む    千原叡子 鰯雲生涯いつも一人旅        安原葉 鶏頭の赤が最も暗き庭        山田弘子 我に棲む風も音たて芒原       稲岡長 月光のふりつもりゆく枯野かな    長山あや 遠花火街を絵本にしてしまふ     水田むつみ 籠枕あたまの中を風が吹く      内藤呈念 今生を滝と生まれて落つるかな    岩岡中正 森いつも何かこぼしてゐる五月    岩岡中正 ひそかなるものに花野と信仰と    岩岡中正(「平成の名句600句」より) 春の海かく碧ければ殉教す      岩岡中正(『春雪』)  父も又早世の人獺祭忌(だつさいき) 稲畑廣太郎 Aランチアイスコーヒー付けますか   稲畑廣太郎(「平成の名句600句」より)(『八分の六』) 天晴れな黄身の出でたり寒卵     坊城俊樹 蒲公英や三番打者は女の子      山田佳乃 初夢の覚めてサハラの砂の上     坂西敦子 壮大でたわいなき夢夏布団      坂西敦子                           目次へ   『戦後生まれの俳人たち』(宇多喜代子、毎日新聞社)+追加句 春暁の山は創世記の匂い       渡辺和弘 去年今年月浴びて山睦み合ふ     井上康明 はつなつの櫂と思ひし腕(かいな)かな 田中亜美 星々の軋み大原雑魚寝かな      小林貴子 十一面みな秋風を聞くまぶた     藤田直子 神島へ胸をひらきて鷹発てり     藤田直子  絨毯の一角獣を蹂躙す        有澤榠(りん) <カリン> 芋虫の神は芋虫空しづか       有澤榠(りん) <カリン> (『俳句年鑑2013』) 義士の日や何に触れても静電気    福永法弘 夭折はすでに叶はず梨の花      福永法弘 生きている指を伸べあふ春火鉢    西山睦 バス降りてまたバスを待つ鰯雲    西山睦 若葉して光は光影は影        今橋真理子 正客に山を据ゑたり武者飾      野中亮介 死も選べるだがトランプを切る裸   田島健一 燕来る天はしがらみなき大河     山田径子 春光に嘘ひとつなき馬ぞ立つ     横澤放川 どれほどの鬱ならやまひ花茗荷    細谷喨々 虚子の忌の風を大きく受けにけり   矢野玲奈 部屋いつぱい広げし海図小鳥来る   佐藤郁良 乳与う胸に星雲地に凍河       対馬康子  マフラーをはずせば首細き宇宙    対馬康子 木枯を百年聞いてきた梟       夏井いつき 密会やさるとりいばら棘をはれ
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****** 文筆家(等)の俳句 ******  尾崎紅葉 (1867-1903) 星既に秋の眼をひらきけり       (『紅葉山人俳句集』) 死なば秋露の干ぬ間ぞおもしろき 泣いて行くウエルテルに逢ふ朧哉    (『紅葉句帖』) 芋虫の雨を聴き居る葉裏哉                            目次へ  幸田露伴 (1867-1947) 蟇(ひき)の腹王を呑んだる力かな   (『蝸牛庵句集』) 名月や露の流るる鉄兜 秋深しふき井に動く星の数 長き夜をたたる将棋の一ト手哉                           目次へ  泉鏡花(1873-1939) 母こひし夕山桜峰の松         (「鏡花句集」現代俳句集成別巻一) 雲の峰石伐る斧の光かな わが恋は人とる沼の花菖蒲(あやめ) 打ちみだれ片乳白き砧かな    ☆ 五月雨や棹もて鯰うつといふ                            目次へ  森鴎外 春の海おもちやのやうな遠き舟                               目次へ  佐藤紅緑(1874-1949) 蒲団から頭を出せば春が来た      (『滑稽俳句集』) 雛を見に行けば婆アが出たりけり 宗匠の顔に反吐はけほととぎす 朝寒ぢや夜寒ぢや春はくるるのぢや                           目次へ  永井荷風(1879-1959) 羽子板や裏絵さびしき夜の梅      (『荷風句集』) まだ咲かぬ梅をながめて一人かな 永き日やつばたれ下る古帽子 (自画像) うぐひすや障子にうつる水の紋(あや) 色町や真昼しづかに猫の恋 物干に富士やをがまむ北斎忌 蝙蝠やひるも灯ともす楽屋口 葉桜や人に知られぬ昼あそび 稲妻や世をすねてすむ竹の奥 涼風を腹一ぱいの仁王かな 深川や低き家並のさつき雨 人のもの質に置きけり暮の秋 象も耳立てて聞くかや秋の風 極楽に行く人送る花野かな 昼月や木ずゑに残る柿一ツ 箱庭も浮世におなじ木の葉かな よみさしの小本ふせたる炬燵哉 冬空や麻布の坂の上りおり 落ちる葉は残らず落ちて昼の月 昼間から錠さす門の落葉哉 寒月やいよいよ冴えて風の声 寒き日や川に落ちこむ川の水 紫陽花や身を持ちくづす庵の主      (岩波文庫『荷風俳句集』) 短夜や大川端の人殺し 積み上げし書物くづれて百足かな 雨霽(は)れて起きでる犬や春の月 降りながら消えゆく雪や藪の中 白魚に発句よみたき心かな     ☆ 夜の秋蹠拭けばこころ足る 稲妻や世をすねて住む竹の奥 極楽に行くひと送る花野かな 夏帯やつくつもりなき嘘をつき 捨てし世も時には恋し若かへで                            目次へ  久米正雄(三汀)(1891-1952) 小諸なる古城に摘みて濃き菫      (『返り花』) 末黒野の鴉の舌は赤きかな 炎天を来て燦然と美人たり 魚城移るにや寒月の波さざら    ☆ 朱に交り鬼灯市に無頼たり                           目次へ  寺田寅彦(1878-1935) 客僧の言葉少き夜寒かな        (「寅日子句集」現代俳句集成別巻一) 人間の海鼠となりて冬籠る 先生の銭かぞへゐる霜夜かな  しべりあの雪の奥から吹く風か なつかしや未生以前の青嵐 美しき女に逢ひし枯野哉 老子虚無を海鼠と語る魚の棚 哲学も科学も寒き嚔(くさめ)哉 今そこに居たかと思ふ火燵かな (終夜(妻の)柩を守りて)                           目次へ  内田百閒(1889-1971) 麗らかや長居の客の膝頭        (『百鬼園俳句帖』旺文社文庫) 風光る入江のぽんぽん蒸気かな 春霜や箒ににたる庵の主 龍天に昇りしあとの田螺かな 犬声の人語に似たる暑さ哉 (「獨逸語地獄」ニ題ス) 欠伸して鳴る頬骨や秋の風 夕闇に馬光居る野分哉 少年の頃のこほろぎ今宵も鳴ける こほろぎの夜鳴いて朝鳴いて昼鳴ける 冬籠り猫が聾になりしよな                           目次へ  佐藤春夫(1892―1964) 恋語る魚もあるべし春の海       (『熊火野人十七音詩抄』) もろもろの浴衣に江戸を祭りけり 天籟を猫と聞き居る夜半の冬                           目次へ  滝井折柴(孝作)(1894−1984) 桃の葉垂れたる夜寒をあるく      (『折柴句集』) 僕の春反古(ほご)破るべし破るべし  (『浮寝鳥』) 蛍かごラヂオのそばに灯りけり 浮寝鳥桜田門の日向かな                           目次へ  田中冬二(1894−1980) 富士の水ここに湧き居りまんじゆさげ  (『行人』) われも老い妻も老いけり桜餅      (『麦ほこり』) フライパンに秋の灯(ともし)のはねてゐる 機関車の蒸気すて居り夕ざくら     (『若葉雨』) 古利根のとある宿屋のつくし飯                           目次へ  横光利一(1898-1947) また楽し友遠方の五月文        (「横光利一句集」現代俳句集成別巻一) 蟻台上に飢ゑて月高し    ☆ 摘草の子は声あげて富士を見る                           目次へ  吉屋信子(1898−1973) 初暦知らぬ月日は美しく        (『吉屋信子句集』) すすき原すすきに触れて月のぼる 滑り台児らがすべれば花吹雪 書初は恋の場面となりにけり 緑陰に自転車止めて賭将棋 まことより嘘が愉しや春灯    ☆ 秋灯机の上の幾山河                           目次へ  三好達治(1900-64) 柿うるる夜は夜もすがら水車      (『柿の花』) 秋風の山を越えゆく蝶一つ 水に入るごとくに蚊帳をくぐりけり 木枯やこのごろ多き阿世の徒 春浅き麒麟の空の飛行雲 街角の風を売るなり風車 あんぱんの葡萄の臍や春惜しむ    ☆ 落葉やんで鶏の眼に海うつるらし 蚊帳といふ世界にはこぶ歌書俳書                           目次へ  太宰治 今朝は初雪ああ誰もゐないのだ 旅人よゆくて野ざらし知るやいさ 首くくる縄切れもなし年の暮                           目次へ  五所平之助(1902-81) 沈丁や夜でなければ逢へぬひと     (『五所亭俳句集』) 目覚むれば夜またありぬ蛍籠 生きること一と筋がよし寒椿 鯛焼やいつか極道身を離る 蜩や行く先ちがふ旅仲間 呼びとめて二人となりぬ花明り 廻り道して富士を見る年賀かな 飾られて眠らぬ雛となり給ふ                           目次へ  上林暁(1902−80) 文芸に一世をかけし木の葉髪      (『木の葉髪』) 秋風の吹きぬけて行く四畳半 亡き友の遺著また届く師走かな                           目次へ  永井東門居(龍男)(1904−90) 春浅しあけしばかりの海苔の罐     (『永井龍男句集』) 如月や日本の菓子の美しき 暖かし若き叔母なる口ひげも 春寒や絵具の皿のうす乾き 消してより秋の灯と思ひけり われとわが虚空に堕ちし朝寝かな 短日や置きし眼鏡に日が当る (三汀死去)(『文壇句会今昔』)    ☆ こまごまと木犀散らす金十字 如月(きさらぎ)や日本の菓子の美しき                           目次へ  安東次男 (1919-) 蜩といふ名の裏山をいつも持つ     (『裏山』) そもそものはじめは紺の絣かな 鷹匠の鷹なくあそぶ二月かな      (『昨』)                           目次へ  塚本邦雄(1922-) 良夜かな盥に紺の衣漬けて       (『断弦のための七十句』) 木賊刈るや雪のにほひの絶縁状 曼珠沙華かなしみは縦横無尽 萬難を排して余呉へ芹摘みに      (『甘露』) 何が世捨人苔色の春服着て 放蕩息子遺體の帰宅紅うつぎ 明日は明日海鞘(ほや)食つて女組み伏せむ 愛憎や卓上に吹く虎落笛 初雪や膵臓のかげうすむらさき    ☆ ほととぎす迷宮の扉(と)の開けつぱなし 天命を待ちくたびれて枯紫苑  吉岡実 あけびの実たずさへゆくやわがむくろ 湯殿より人死にながら山を見る                           目次へ  結城昌治 (1927-1996) 賑しく見舞はれし夜のフリージア    (『歳月』) 棺を打つ谺はえごの花降らす くちなはのくちなは故に打たれをり 涙溢るるごとくひぐらし鳴きいだす おとろへしいのちに熱き昼の酒 四月馬鹿つい口癖は死後のこと 柿食ふやすでに至福の余生かな 倒木のなほ光れるは芽ぶくなり     (『四季』) 春惜しむいのちを惜しむ酒惜しむ 逢ひたきは故人ばかりよ秋の風                           目次へ  丸谷才一 仮縫で二三歩あるく春着かな      (『七十句』) 蛇の出た穴大きくて武蔵ぶり ずんずんと鼻毛の伸びる梅雨かな                           目次へ  高橋睦郎 (1937-) 棹ささむあやめのはての忘れ川     (『荒童鈔』) みちをしへいくたび逢はば旅はてむ 山深く人語をかたる虻ありき むらぎもの色に燃えけり古暦       つくづくと黴面白き墨の尻       (『稽古飲食』) ふるさとは盥に沈着(しづ)く夏のもの 捨靴にいとどを飼ふも夢の夢       水戀ふは母戀ひなりし冬霞       (『金澤百句』) 私忌いな世界忌の大夕焼        (『別冊俳句・平成秀句選集』) 夜濯や蹼(みずかき)のこる指の股   (『賚(たまもの)』) 蟲鳥のくるしき春を無為(なにもせず) をちこちと名乗りそめたり桜山 かなかなやあかとき濡れて魂は     (『遊行』) 草莽のあはれは染井吉野かな 小晦日(こつごもり)君を惜しむと夜も青き (田中裕明訃報) 人憎し枕憎しや残る蠅         (『百枕』) 波枕下の地獄も夏果つや 八方の原子爐尊(たふと)四方拜     (『十年』) おほぞらの奥に海鳴る涅槃かな        死ぬるゆゑ一ト生(よ)めでたし花筵 永き日も日暮はありて暮永し 摺足に白進み来る初山河           こゑなくて晝の櫻のよくさわぐ 餘り乳(ち)の碗(金偏、まり)にひびくや明易き 漱(くちすすぐ)水に血の香や今朝の冬 姫始阿のこゑ高く吽低く         (「俳句年鑑 2017年版」)                            目次へ  清水哲男 (1938-) 山笑う生活保護を受けている      (『匙洗う人』) 逆上がりまっさかさまの山口県 田の母よぼくはじゃがいもを煮ています 女教師の眉間の傷も夏めけり 女来てずんと寝ちまう文化の日 愛されず冬の駱駝を見て帰る さらば夏の光よ男匙洗う ラーメンに星降る夜の高円寺 煙草きらして花の下にて我転ぶ 我もまた朽チテシ止マム鰻くらう さるすべり男盛りがつかんだ死 関東平野に雨が一粒秋刀魚焼く 男なり酒にはなみず垂れるなり 大晦日犬が犬の尾垂れている 丸腰の兜太が行くぞ福寿草 日が暮れて暮れ残りたる赤い靴 (長女みぎわドレスデンに留学) 人生に大寒(おおさむ)小寒という睾丸  (注)最初の四句は少年期の句。                           目次へ  辻征夫 (1939-2000) 野に出でよ見わたすかぎり春の風    (『貨物船句集』) 行く春やみんな知らないひとばかり 春雨や頬かむりして佃まで 満月や大人になってもついてくる 遠火事や少年の日の向こう傷 床屋出てさてこれからの師走かな    行春やみんな知らないひとばかり   つゆのひのえんぴつの芯やわらかき 物売りが水飲んでいる暑さかな 新樹濃し少年の尿(いばり)遠くまで 房総へ浦賀をよぎる鬼やんま わが胸に灯いれよそぞろ寒 雉は野へ猿は山へと別れゆき 春雨や頬かむりして佃まで 葱坊主はじっこの奴あっち向き 冬の雨若かりしかば傘ささず にぎわいはなみばかりなる冬の浜 西瓜ひとつ浮かべてありぬ洗濯機 少々は思索して跳ぶ蛙かな 夏館燻製のごとき祖父と立つ                            目次へ  間村俊一 裏山にかげろふを飼ふ女かな    (『鶴の鬱』) 人妻にうしろまへある夕立かな 天上に瀧見しことや鶴の鬱 かりがねや贋金づくりにも厭きて 悦樂園本日閉店初時雨 春深し卍に開く人の妻 湯豆腐やもうひとりゐる氣配して 二人目ものつぺらぼうなり土手の雪 饅頭の薄皮に差す冬日かな                           目次へ  川上弘美 はつきりしない人ね茄子投げるわよ  (『機嫌のいい犬』) はるうれい乳房はすこしお湯に浮く サイダーの泡より淡き疲れかな くちづけの前どんぐりを拾ひましよ                           目次へ 石牟礼道子 祈るべき天と思えど天の病む     (『石牟礼道子全句集』) さくらさくらわが不知火はひかり凪   花ふぶき生死のはては知らざりき                              目次へ *******  特 別 席  (色々な理由から追加) *******  揚田蒼生 (1936-1983)   元「鷹」同人。現「鷹」同人、轍郁摩さんの先達。 父いくたび東にまわり野火防ぐ    (『揚田蒼生全句集』轍郁摩さん選出) 青萱ゆれ少年の手の創は華 鶏頭にふれては僧の夕狂ひ さなぶりの絵皿もちよる土佐大津 雪ぬれの竹かつぎこむ死者の家 冬暁の馬とどまれば烟るなり 残雪やまつりをとこの薄化粧 春の暮こよなく水の溶け合ふも 身に迫る愛別離苦や柘榴の実 闘病の夜明け冴えたり鼻柱 余命もし得たらひつぢ田にて逢はむ  野遊びの一人ふえたる愁かな      (『揚田蒼生全句集』佐々木敏光選出)    伊藤松宇 (1859-1943、子規と『俳諧』を創刊) 元日や凡(およ)そ動かぬふじの山  (「富士百句」子規選十句の内二句) 雲の峰ふじを根にして立にけり  増田龍雨 (旧派から久保田万太郎門周辺へ) まなかひに暗き浪間や初日の出    (『龍雨句集』) さびしさや師走の町の道化者 奉公にある子を思ふ寝酒かな 竹馬やうれしさ見える高あるき ひめはじめ八重垣つくる深雪かな   (『龍雨俳句集』)  トランストロンメル (スウェーデン詩人、ノーベル賞、「俳句詩」三行詩)  木の葉が囁いた  猪がオルガン演奏中だと  と 鐘々が鳴ったのだ  里程標のひとつづき  みずからさまよい出たかのように  聴えくる山鳩の声  人のかたちの鳥たち  林檎の樹々は花をつけていた  この大きな謎  少年がミルクを飲み  おそれもなく眠る独房  石造りの子宮  黙示  あの林檎の古木  海が近い
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******  俳句的一行 櫻の樹の下には屍体が埋まつてゐる      (梶井基次郎 「山本健吉 百句選」より) てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた    (安西冬衛  「山本健吉 百句選」より) 渡し場に/しやがむ女の/淋しさ       (西脇順三郎 「山本健吉 百句選」より) 幾時代かがありまして冬は疾風吹きました   (中原中也「サーカス」『命の一句』より) 馬 軍港を内蔵してゐる            北川冬彦 赤蜻蛉とまっているよ竿の先          三木露風   (童謡「赤とんぼ」の第4節には三木露風が13歳の頃に作った「赤蜻蛉とまっているよ竿    の先」の俳句が歌い込まれている) 万有引力とはひき合う孤独の力である      谷川俊太郎(『二十億光年の孤独』) 谷、響を惜しまず、明星来影す         空海(『三教指帰』) 孤愁 鶴を夢みて 春空に有り         漱石(漢詩の一行)  又吉直樹(ピース) 夕暮れだ逃げろ 幹事の死角に入る  亀山郁夫さんの父君の句   ロシア文学者の亀山郁夫さんは、父君を厳しいだけの理解できない人と思っていたようだが、  死後、俳句の原稿が見つかり、心が解けてきたように思った。 子の帰省待てど返なし三日果つ その白さもて夕顔の月に泛ぶ 虫の宿老いての旅は虔しく 門火焚く捨てし家郷の幾山河 里の火は狐火に似て秋祭 嫁せし子のこたびは泣かず虫しぐれ まぼろしの母が紫蘇拔く裏畑 元日の暮れて一ト日を老ひにけり 三日果つ潮引くごとく子ら発ちて 葱坊主なべて幼きものは愛し 六十路わがいのち愛しみ菊芽挿す ふたりには余る餉の卓虫しぐれ 花八手妻呼ぶ外に呼ぶ名なし 冬ごもり方三尺の座もて足る 年の夜の振子の刻むいのちかな ******  俳句豊穣 ******  原月舟 リリリリリチチリリリチチリリと虫  室積徂春 月あらば乳房にほはめ雪をんな    (『定本室積徂春句集』) 眼つむれば我れも虫なる虫時雨  高篤三 浅草は風の中なる十三夜       (調査中)    中勘助 独り碁や笹に粉雪つもる日に     (大岡信 百句選)  瀧井耕作 妻よ子よ春日の杜(もり)の冬日和  (山本健吉 百句選)  木村蕪城 鷹のほか落暉にそまるものもなし   (調査中)  中島月笠 蓮の実の飛ぶ静かなる思惟を見し   (山本健吉 百句選)     阿部宵人 蚊や蚤や人はすなはちはりねづみ   (山本健吉 百句選)   遠藤梧逸 杖ついて畳を歩く西行忌       (調査中)  成田千空  病む母のひらがなことば露の音    (山本健吉 百句選)  佞武多みな何を怒りて北の闇     (『百光』)  仁智栄坊 射撃手のふとうなだれて戦闘機     (注:射撃手絶命)  三好潤子 稲妻の翼が吾を羽交締め       (『夕凪橋』) 行きずりに星樹の星を裏返す     (『澪標』)  川口重美 渡り鳥はるかなるとき光りけり  角川照子 新巻の塩のこぼれし賑わひや     (山本健吉 百句選)   松葉久美子 初夏やひらきかげんの母の膝     (上杉省和 五十句・選)     田中不鳴 天高し一歩一歩が今である      (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』)  田中陽 砂丘に転び静かな地球と思いたい   (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』)  小川国夫 その腋も潔しわが行手の海鳥     (『二十世紀名句手帖』)  本宮哲郎 父と子と豪気な雪を下ろしけり あたたかき乳房がふたつ雪女 長男に生れて老いて雪下ろす  行川行人 薔薇園に夢の跡など見にゆかん    (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』)  泰夕美 十六夜に夫を身籠りゐたるなり    (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』)  遠山陽子 秋まつり武器も仮面も売られをり   (『弦響』)   本井英 妻知らぬセーターを着て町歩く    (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』)  森田智子 渋滞を抜けて加速の霊柩車      (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』)   山尾玉藻 陽炎をよく噛んでゐる羊かな     (『俳句界別冊「平成名句大鑑」』)  辻田克己 毛布にてわが子二頭を捕鯨せり   (『明眸』)   児玉硝子 百年後もういないけど木の芽和え   (『青葉同心』) 恋愛は体に悪い春の風    的野雄 一富士を拝すその他はてきとうに      寺島ただし かたはらを蟻通りゆく蟻地獄      (『なにげなく』)    稲田眸子 炎天や別れてすぐに人恋ふる    久保純夫 山櫻人体も水ゆたかなる    外山恒一 こんな国もう滅ぼそう原発で      (2014年「角川『俳句』三月号」)    藺草慶子 花言葉輝くばかり種を蒔く    大高翔 体じゆう言葉がめぐる花火の夜     (『17文字の孤独』) 胸の奥に風だけ吹いて夏の果      金澤明子 君だつたのか逆光の夏帽子   長瀬十悟   ふくしまの子として生まれ入園す   (「俳句年鑑 2017年版」)    若井新一 夕焼雲飯田龍太の振り向かず     (「俳句年鑑 2017年版」)    鯉屋伊兵衛 蚊をうちし吾が肉いまだよき音す   田辺和香子 万緑にひそむ山彦若からむ   小津夜景 あたたかなたぶららさなり雨のふる   (『フラワーズ・カンフー』)   月野ぽぽの 耳たぶに何も無き日よ草の花      (2017年角川 俳句賞)      ☆ 我為の五月晴とぞなりにける    徳川慶喜(虚子添削) 春の水靨(ゑくぼ)を見せて流れをり 渋沢渋亭 山いくつ越えて行らむ春の雲    島崎藤村   ほつれ毛に遊ぶ風あり青すだれ   竹久夢二   月一つ落葉の村に残りけり     若山牧水   筑波までつづく青田の広さかな   平塚らいてふ   香たいてひとり籠るや合歓の雨   谷崎潤一郎   わが幻想の都市は空にあり 虹立つや人馬にぎはふ空の上    荻原朔太郎 枯菊や日々に覚めゆく憤り サンルーム花と光のさざめける   神保光太郎 この先を考へてゐる豆のつる    吉川英治 チューリップ明るいバカがなぜ悪い ねじめ正一 死ぬまでの目安立ちたる去年今年  徳川夢声 寒紅や暗き翳ある我が運命     下田実花 渦置いて沈む鯰や大月夜      棟方志功   コロラチュラ囀るごとき春の声   佐治敬三     おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒   江國滋  横溝正史 やや反語的な辞世句 どん栗の落ちて虚(むな)しきアスファルト  お遍路が一列に行く虹の中     渥美清 (『赤とんぼ』) 赤とんぼじっとしたまま明日どうする    ただひとり風の音きく大晦日   人を待つパラソル回ったりする   岸田今日子 *******  入船亭扇橋 ふるさとは風の中なる寒椿       (『友あり駄句あり三十年』) 唇のうすき女や四月馬鹿  永六輔 土筆の向うに土筆より低い煙突     (『友あり駄句あり三十年』) 猫八が虫を鳴く夜の寄席を出る  大西信行 かぼちゃ小さくみな飢えていたあの夏  (『友あり駄句あり三十年』)  小沢昭一 ステテコや彼にも昭和立志伝      (『変哲』) 行くピエロ帰るピエロよ寒夕焼 疲労困ぱいのぱいの字を引く秋の暮 むきだしの命はねたり青がえる 打水や平次が謎を解く時分       (『友あり駄句あり三十年』) バトミントンして凶作の村役場     ☆ 閉経の妻と散歩す鰯雲  柳家小三治 冷奴柱時計の音ばかり         (『友あり駄句あり三十年』) 狐火のやうに嫁いでゆきにけり  中学二年 稲垣政史 新記録出そうな予感鰯雲        (『現代子ども歳時記』チクマ秀版社、平成11年刊)  小学四年 要美香 たいふうがくるぞくるぞと晴れている  中学二年 浅見正樹 父の靴みがけば秋の風光る  中学三年 水野真史 満月のしずくが心にたまります  九歳 園田翔子 あさつゆがはっぱの上にすわってる  十二歳 慶田城究 ざくざくとみんなだまっていねをかる  中学三年 西村伸之 父ときた道きて父の墓洗う  九歳 ほりやよい カマキリはムースのようなたまごうむ  小学四年 重田あつみ 木せいの風はおいしいしんこきゅう  中学一年 神谷夏子 りんごむき父との出会い語る母  十二歳 慶田城海 真冬の日みんなが石になっちゃった  九歳 梶山結子 ゆきがふりわたしの体すきとおる  中学二年 田中貴喜 出漁のあてなき船に雪積る  小学四年 山崎和哉 雪がっせん地球のうらでせんそう中  十一歳 千葉久美子 つららたち下へ下へとせいくらべ  小学二年 ほぎの友き子 やきいもをするけむりまでおいしいね  中学二年 鈴木善太郎 今日の天気くもりときどき落葉かな  十歳 山口夢築(ゆづき) 第17回毎日俳句大賞こどもの部で最優秀賞の句 南からつばめが運ぶ空の色
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後書更新(2015.6.23)  前回の後書に若干追加しておく。  本稿では参考にしている本は数えられない。無数である。富士宮市立図書館を通じ国会図書館やその 他多くの図書館の本を借り出したりしてもいる。その恩恵ははかりしれない。関係の方々に感謝申し上 げる。     *****以下(前回の後書)********  掲載句の更新は常時行っています。掲載句は少しずつ増えていくことになります。適当な時期に配列 を含め整理をし、いたずらにカオス的になることは避けたいと思います。 まだつけていない出典、生年表記もありますので、漸次加えていきます。 引用は俳句雑誌、俳句選集や俳論集なども使っていますが原則的には句集レベルです。引用・抄出にあ たっては、静岡県立図書館、静岡市立図書館、富士宮市立図書館、富士市立図書館、静岡大学図書館、 京都大学図書館、国会図書館、また富士宮市立図書館を通じての県外を含め多くの他の図書館の借り出 した蔵書には色々お世話になっています。

俳句は作者に連絡なしで引用しています。俳句作品紹介のためで、営 利には関わりませんので、その点よろしくお願いします。(自分の勉強のために始めたノート代わりの パソコンのテキストがこのページの出発点です。著作権のこともありますので、読者も鑑賞など個人的 な目的に限っての利用をお願いします。)

なお、システムにない漢字は作字し、ピクチャー(gif)として表示するこもあります。 最近、ユニコードを使っての表示もできる事を知り、ユニコード表示も採用しています。           (2014.5.21)

(開始1996.8.26)

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